魔王の居場所
「さみい……んでこんなにさみいんだよ………」
「文句言わないでよ。だから人が住めたものじゃないんでしょ?」
ガタガタと体を震わせるジリアン様に、いつも通りのツッコミを入れる凛花様。だが、その動きにいつものような精彩はない。口では言わないものの、寒いものは寒いのだろう。かくいう私も震えが止まらないでいる。
「そ、それでも寒すぎます………」
「あまり長時間滞在することは得策とは言えんな。体力を消費し、いざというときに戦えなくなる」
コルネリア様はもはや動くこともできず、その場に蹲ってしまっている。アルヴァ様は寒冷地での戦いの経験があったらしく、普通に立っている。……もしも今魔族が襲って来た場合、アルヴァ様しか対応できないかもしれない。
クアト島に来るためには船を使う必要があるのだが、私たちに操舵の経験などはない。これに関しては流石にアルヴァ様も、ジリアン様も習得していなかった。凛花様、コルネリア様に至っては、船に乗ることすら初めてだったようである。……なので、コルネリア様が船酔いをしてしまうということすら、知っているはずもなかった。
「す、すみません……こんな調子で………」
「いえ、大丈夫ですよ。こればかりはどうしようもないかもしれませんから………」
私も最初に乗ったときは酔って、まともに立っていることができなかった。それに、無理を言っているのはこちらなのだから、責めることなどできるはずもない。私たちにできることと言えば、こうして船のデッキにまで連れて来て、新鮮な空気を吸わせることぐらいだった。
島に近付くにつれて、コルネリア様の吐き気は収まってきたらしい。けれど、今度の問題は寒さだった。ユート様にしたように、寒冷を防ぐ魔法を使ったのだが、それでも寒い。結果、全員の距離は近くなった。
(これは……大丈夫なのでしょうか………?)
視界を遮るような豪雪が、私たちの未来まで見えなくしているようで……私は不安に駆られるのだった。
それから、島へと辿り着いたのはすぐのことだった。錨が下ろされ、島へと上陸する。
「着いたぜ。俺らにできることはここまでだ。なるべく早く戻って来てくれよ………?」
「いえ、助かりました。ご協力感謝します」
「いや、いいってことよ。勇者様たちを運んだともなりゃあ、家内共に自慢できる。それだけで十分過ぎるほどさ」
「そう言っていただけると助かります」
人のよさそうな笑みを浮かべた男性に、もう一度頭を下げた。船を操ることのできなかった私たちが取った手段は簡単。連れて行くことができると判断できた船の船長たちに、クアト島まで操舵してもらうことだった。勿論、危険を伴うことはわかっているので、それなりの金額を払うことを約束した。
命の危険があるということであるため、断る人が多かった。それは仕方ないのだろう。だが、その中でも引き受けてくれたのがこの船長で、この船の乗組員たちだった。彼らは魔族の危険がなくなるのなら、と名乗りを上げてくれたのだ。その厚意に感謝して、私たちもできる限りのことをした。船には騎士たちも乗せてもらい、私たちがいない間には護衛を務めてもらう。自分たちが戦う必要はないと知り、むこうの方々も少しは安心できたようだった。
「それでは勇者様方、姫殿下。ご無事をお祈り致しております」
「ありがとうございます。それでは行きましょうか」
それぞれの同意の声が返り、私たちは拠点から出発した。ロープを使いながら、互いの位置を確認しつつ移動する。少しだけ振り返れば、先ほどまでいた拠点はすぐに見えなくなった。これから向かうのは、人が住むことのできない極寒の世界。そして、実力すら未知数の魔王。
ロープを掴む力が少しだけ強くなる。これを放さぬよう、しっかりと握って一歩を踏み出した。
※ ※ ※
「まさか、本当に見つかるとはな………」
アルヴァ様が珍しく、驚いたような声を出した。私たちも驚く度合いは違えど、同じ気持ちだった。平然としているのは、驚かせている張本人のジリアン様ぐらいのものだ。
「だあら言ったろ?大体ここら辺にあるんじゃねえか、ってよ?」
「いや、だからってそんなすぐに信じられるわけがないでしょ……あんたの芸の広さには毎度驚かされるもんだね………」
「うわあ、すごいです………」
目の前にそびえ立つ建物は壮大であり、人では作り出せないほどに巨大。どんな国の城よりも大きいのではないだろうか。それほどに圧巻であった。
「これが……魔王城………」
魔王が住むとされている城なのだろうか。私と同じ疑問を持ったのか、凛花様が私に問いかけて来る。
「本当に魔王がいるの?もしかしたら勘違いってこともあり得るでしょ?」
「勿論、その可能性がないとは言えません。ですが、この城は綺麗過ぎます。それこそ、ここ最近作られたもののように。ここに渡った人がいるとは聞いたことがありませんし、ここにいるのは恐らく魔族と考えた方がいいのではないかと………」
「だろうな。それに………」
アルヴァ様がとある一点を示す。そこには徐々に消えつつはあるが、なんとかまだ残っている足跡があった。それは大きく、また人のものではなかった。
「確定、だろうな」
私たちは頷いて、一時拠点に戻ることにした。今の私たちでは魔王にまるで歯が立たないであろうことはわかる。なにせ、八魔将であるクロノにすら負けかけたのだから。連携を取るにしても、罠にかけるにしても、全員のレベルアップは必要不可欠なのだ。
『シルヴィア様!』
「え?カトレア、ですか?」
私は驚いて、辺りを見回してしまう。状況を理解したのは、懐にある通信用の魔道具に気付いてからだった。
『急いでお城に戻って来てください!』
「何かあったのですか?尋常ではない様子ですが………」
私は戸惑いながら、カトレアと連絡を続ける。もしかすると魔族がまた襲来したのか、とも思った。けれど、発せられた言葉はそれを裏切るものだった。
『ユート様が目を覚ましたんです!』




