最後と最期
「勝った、のか………?」
「時間切れで私たちの力で勝ったとは言えんがな………」
「でも、これで八魔将は全部………」
目の前に倒れた最後の八魔将に、勇者様たちは呆然といった様子だった。実感が持てないのかもしれない。それもそうだろう。この魔族は強かった。今まで戦ってきたどの魔族よりも。致命傷を負っていなければ、私たちは全滅していたのではないか。そう思うほどに、圧倒的であったのだ。とてもではないが、自分たちの実力で倒したとは言えないと思う。
「……そうだな。だが、勝負というものは結果がすべての世界だ。お前たちが勝ち、私は負けた。それが事実なのであれば、それを伝えればいい。お前たちの背負うものはそれだけ大きいものだろう」
驚いて顔を上げる。見れば、まだクロノは動いている。とはいえ、立ち上がれるだけの力は残っていないらしく、倒れたままで話していた。
「けどよ………」
「お前たちが覚えていれば、それだけでよい。例え歴史が都合のいいように変わっていったとしてもな」
八魔将は穏やかな表情であった。それがどうにも不思議で、私は口を出してしまう。
「何故……あなたはそこまで満足そうなのですか?負けたのですよ?」
「………お前は?」
「シルヴィア=フォン=シュレンブルクと申します。シュレンブルク王国の第2王女です」
「勇者を召喚した姫か……簡単なことだ。自分の満足する形で最期を迎えられる。私の最期としてはこれ以上ないほどに十分な結果だ」
口の端を少しだけ上げて笑う魔族。それでも、私からすれば納得はいかなかった。
「……やはり、納得がいかないか?」
「…………はい」
「理由としてはもう一つある。我ながら女々しい理由だとは思っているがな」
「それは?」
倒れている彼は何かを思い出すように目を閉じた。
「……昔の話だ。私も腰を落ち着けようと考えたときがあった。柄にもなく、妻を迎え入れてな。彼女を愛そうと必死になり、それは上手くいっていた。すべてを捨てたとしても、彼女を守りたいと思えた。彼女もまた私を愛し……共に歩んでくれたのだ」
「それがいったい………?」
「しかし、彼女は死んでしまった。出産時に力を使い果たしてしまったのだ。そして尚悪いことに、生まれた子供はすぐに命を落とした。病に侵されてな」
ハッと息を呑む。彼が戦いに身を置き続けていたのは、私と似たような理由だったのかもしれないと。
「それからは戦いにすべてを捧げた。何もかもを失った私には、それだけしか残していないと思ってな。心のどこかでは死にたいと思っていたのかもしれん。だが、不幸にもと言うべきか、加減などということができない身でな。ここまで生き残ってきたということだ」
「あなたは………」
「さて、そろそろ私は逝く。最後に戦えて光栄だったぞ、勇者たちよ」
「ハッ、よく言うぜ。ほんとに満足させたのはあっちの……ユートの方だろうがよ」
ジリアン様のぼやきに、再び八魔将は口を緩めた。
「フッ……そうだな。では、最後になるが、あの少年に伝えておいてくれ。待っている者を置いて逝くものではない、とな」
「………ああ、わかったよ」
「さらばだ」
それっきり魔族が口を開くことはなかった。後から聞いたのだがその顔は安らかで、後悔はないように見えたという。
「ユート様?ユート様!しっかりしてください!」
私たちが我に返ったのは、カトレアの悲鳴じみた声を聞いてからだった。
振り返れば、必死に何かを呼び掛けている彼女がいた。その姿にただならぬものを感じた私は、すぐさま今の状態を把握しようと魔法を唱える。
「……嘘、ですよね………?」
顔から血の気が引いていく。魔法が知らせてくれたのは残酷なまでの現実。私に……いや、私たちにとっては最悪過ぎる結果。
――――ユート様から生命力が消えていたのだ。
すぐに私は心臓のある位置へと耳を当てた。鼓動が徐々に弱まってきている。吐かれる息も眠りにつくかのように浅い。けれど、今の私にはわかる。このまま寝てしまえば、二度と目を開けることはない。あの魔族が言っていたように、私たちを置いて一人で逝ってしまう。
「ユート様!目を閉じないでください!目を閉じれば死んでしまいます!」
「ユート様!ユート様!」
私たちが必死に声を掛けても、まるで状況がよくならない。コルネリア様が駆けて来て、魔法を使ってくれたが命は零れていくのみだった。
「カトレア……と、シルヴィ………なのかな…………?」
「そうです!お願いです、目を閉じないで!そうすれば、なんとか……なんとかしますから!」
それは希望的な観測で、そうなったらいいという私の願望でしかない。けれど、ここにいる人たちは皆程度は違えど同じ思いを持っているはずだ。もしも神様がいるのならば、この願いだけは叶えてほしい。この人を連れて行かないでほしかった。
「あはは……もう、声も聞こえないや………そこにいることしかわかんない………」
ユート様の身体から力が抜けていく。それが受け入れられず、私とカトレアは駄々っ子のように首を振った。
「ふふ、あったかいねえ……これだけはなくならなくてよかったよ………」
そっと私たちの頬に触れたのは、最後の力を振り絞ったのだろうか。動かないはずの腕すらも操り、私たちの涙を拭い取った。
「ユート様……生きてください………お願いです………」
「ごめんね……二人に会えて、よかった………本当に…………」
ずるっ。頬に触れていた手が力を失う。彼の手を握った私たちの中で、段々とその手は熱を失くしていった。
「ユート様?」
………彼の目はもう開かなかった。




