壊された要塞
私は……いや、私たちは絶句していた。それも無理はないと思う。何故なら………
「要塞が………」
「こんなことがあり得るのか………?」
燃えている。既に大部分は焼き尽くされ、突入できない程ではない。けれど、それは原型を留めていないものがほとんどだった。それが攻撃の恐ろしさをはっきりと表している。
言葉を失う私たちであったが、ジリアン様の掛け声で我に返る。
「おい、ぼさっとしてんな!まだ勝ったわけじゃねえんだ!幸運だったと思って、とっとと突入すんぞ!」
「は、はい!」
全員が慌てて移動を再開する。私も馬を急がせた。
中に突入してからも、驚きは続く。魔族はいた。確かに、存在はした。だが………
「おいおい、えげつねえな………」
「これ……全部、ユートがやったって言うの………?」
そのほとんどは死んでいた。僅かに生きているものもいるが、数は少ない。しかも、まともに戦えなさそうだ。狂ったように笑い、武器を振り回すだけの者。何を言っているのかも理解できない者。あるいは、駄々を捏ねている者もいた。その誰もが知性がないのかと疑うような行動をとっているのだ。
「これは………」
「《思考共有》、ですか………?」
ここには10万もの魔族の意識があったはずだ。それを一気に脳に詰め込まれたら?考えるとゾッとする。間違いなく発狂するのは目に見えている。最悪、死の危険だってあるだろう。
また、人の影のようなものが地面に映っていたり、辛うじて魔族だったのではないかと思うような何かがあったり。あるいは、魔族のパーツのみであったり。破壊の嵐が通っていったと聞けば、納得してしまうような風景がここにはあった。
「……行きましょう」
道はまだ、続いている。
※ ※ ※
短距離移動を続け、開けた場所に出る。そこはここに辿り着いたものを迎えるかのように、広く大きな空間だった。
「よくもやってくれましたね………」
そんな怒り交じりの声を出しながら、こちらへと歩み寄って来るのは今までと違う威圧感を持つ魔族。けれど、クロノではない。
身軽そうな老人の姿をしている。遠目から見れば、本当に人間と思ってしまうだろう。白髪も身長も肌の色でさえも、丸っきり人間と同じなんだから。違うところとすれば、額に生えた1本の角だろうか。その角のために、魔族であるということがわかる。いや、こうやって相対すれば、実力でわかるんだけどね。
「あなたの奇襲のせいで、大きな打撃を受けました……これは盟約を破ったということでよろしいのですな?」
「いや、これは僕の独断行動さ。たった一人の……いいや、二人の戦力だったんだし、許してくれないかな?」
「ふざけるな!」
老人は激昂し、僕を睨みつけた。僕は肩を竦める。やっぱりだめか。
「貴様さえ!貴様さえいなければ、この世界は我らのものとなっていた!魔族は救われていたというのに!貴様にはそれだけの覚悟や信念もないだろうに!」
「……あなたの言っている意味は分からないけれど。でも、一つ聞かせてくれないかな?魔族を救うために、この世界に住む人たちを殺すのかい?」
「当たり前だ!人間など、我らよりもずっと下等!ずっと低能!そんな者たちが我らの糧となるのだから、喜ぶべきではないか!」
老人の顔からは狂気しか感じられない。人間を殺したい。自分たちは素晴らしい。そんな顔。そして、そんな顔を僕はよく知っていた。よく、見てきたから。
「そうだね。人間はあなたたちよりも劣っているのかもしれない」
「そうだろう!ならばこそ、今すぐ死ねい!」
老人が迫って来る。身体は重い。避けることすらままならないだろう。目も霞んできている。物を見ることさえも、辛くなってきているんだ。
「でもね」
諦めることはできない。したくない。右手を少しだけ上げる。
「だからと言ってさ」
まっすぐ前を見る。僕の友達を思い浮かべ、ほんの少しだけ力を貸してもらう。
袖から現れた刃が、僕の腹を突き破る。
「それは滅ぼしていい理由にはならないと思うんだ」
パチン。音が鳴る。なんとか回避はしたらしいけど、間に合わなかったみたい。腕をもぎ取られて、絶叫を上げている。
ありがとう、ルーちゃん。そう胸の中で呟けば、ルーちゃんはやめろ、という声が聞こえたような気がする。
「な、何故だ!?貴様はもう死にかけではないか!」
「お人好しな神様のおかげだよ」
何度か炎を放ち、絶叫と共にその場に倒れ込む。流石にもう焼き尽くせるほどの力はなかったみたい。集中すれば、一回ぐらいなんとかなりそうではあるけど。
僕には物が見えなくたって、未来を視ることはできる。咄嗟にルーちゃんの力を使って、タイミングを合わせただけ。相手が知らなかったのが……いいや、激昂していたせいで失念していたのが敗因だったのだろうと思う。
「これで後は………ッ」
ごほごほと堪らず咳き込む。立っているのも辛く、その場に膝をついてしまう。吐き出した血の量はとてもじゃないけど、よく生きていられるな、と思うぐらいに多い。身体への負担は恐らく、限界を超えている。それどころか、ここまで保たせるために《過剰強化》も使ってきた。いよいよ、死が近付いて来てるんだろう。
ふと、いつもなら心配の声を掛けてくれる友達を探す。それはすぐに見つかった。ぐったりとした様子で、地面に倒れ伏していた。たぶんだけど、こっちも限界だったのだと思う。
「ありがとね、クロ。行ってくるよ」
クロの頭を優しく撫でて、目の前にある扉に立つ。膝は笑っているし、息も荒い。けど、まだ戦えた。
《超念動》を使って、扉を開ける。部屋の中に立っているのは最強の八魔将。レインさんですら敵わない、そんな相手。
「よくぞ来たな、勇者よ」
クロノが立っていた。




