表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
179/204

進軍開始

 「時間だ。戦場に向かってもらう」


 時間が延長されることはなく、目的地へと出発する。予定と異なるのは、どうしても連れて行ってほしいと頭を下げた、獣人の少女が共にいることだった。私と同じ馬に乗り、前を見つめている。その瞳に映しているのは、本来共にいるはずだったあの勇者様のことだろうか。


 「分の悪い戦いになるだろう。死者も多く出ることはわかっている。だが、これだけは覚えておいてくれ。この戦いに敗れれば、この世界に未来はない。この世界の未来のために、どうか力を貸してほしい」


 父が頭を下げた。騎士たちは自身を鼓舞するために叫んでいる。冒険者たちは緊張した面持ちだった。誰もが死の恐怖に怯えているのかもしれない。

 けれど。もしあの方が戦場にいるのならば、話はまるで変わる。まさに一騎当千。一人で戦局を一気に変えることができる人。体調が万全であるのなら、私はきっと何度でも頭を下げていただろう。ここにいる人たちの命を救ってもらうために。犠牲となる人たちが少しでも減るために。


 (……でも………)


 それはあくまで万全であればの話。今のように、死にかけている人を無理矢理に連れて行きたいとまでは考えていない。それが超能力を使うことで寿命を減らすのなら、尚更だった。それで犠牲者が結果的に増えてしまうのだとしても。


 「シルヴィア?」

 「……ッ、凛花様。どうかいたしましたか?」

 「どうかしたも何も、もう出発だよ。ボーっとしていたら、置いて行かれちゃうよ?」


 周りを見れば、王城を出発して行軍を始めている。用意をしていなかったのは、私だけだったようだ。慌てて手綱を取り、周囲に合わせた。幸い、後方に位置していたこともあって、邪魔になることは少ないと言ってもいいだろう。後ろに位置する人々に軽く頭を下げた。


 「……ユートのこと?」

 「………はい…………」


 隣で馬を走らせる凛花様に頷く。凛花様はそう、と呟き、複雑な顔をしていた。


 「あんまり、気にしすぎないでね?シルヴィアのせいじゃないよ……勿論、カトレアのせいでも、さ………」


 きっとあまりにもひどい顔をしていたのだろう。慰めるような言葉。違う、私のせいだ。そう叫びたくもなったけれど、それを言ったところで何かが変わるわけではない。結局、口を開けたり閉めたりするだけで、何も返すことはできなかった。ただ、俯くだけ。それを見て、一層隣家様は悲痛そうな顔をしていた。


 「よせ。今は目の前のことに集中するべきだろ」

 「それは……わかってるけど………」

 「それに、姫さんにもそっちの嬢ちゃんにも、気持ちを整理する時間が必要だろうさ。今はそっとしておいて、気持ちを落ち着かせてやれよ」

 「…………うん」


 凛花様の馬が離れていく。ジリアン様の行為がこれほどまでにありがたいと感じたのは、初めてのことかもしれない。今はただ、誰にも話しかけてほしくはなかった。

 空は憎らしいほどに晴れ渡っていた………


※               ※               ※

 戦場へ向かう道には、何故か魔物が存在しなかった。ただの一度も遭遇することはなかったのだ。それどころか、死体すら見受けられない。何かを使った跡さえも。まるで、最初から存在しなかったかのように。結果的に消耗がなかったため、軍としては喜ぶべきことであったが……それが不安を増長させているのは私だけなのだろうか。平原に入る少し手前。そこで休憩を取っている私はそう思う。


 「よし、そろそろ時間だ。作戦を始めるぞ」


 そこにいる人々の注目を受け、ジリアン様が話を始める。それまで思い思いに過ごしていた騎士や冒険者たちも、勇者様が話すとなっては静かになる。ここにいる人々にとって、勇者という存在は希望であるから。皆の目が彼へと向いたのだ。


 「これから行くのは正直、勝率が低い。例え俺らが無傷で切り抜けられたとしても、どうしようもねえ、っつー可能性が十分にある」


 場がどよめく。それもそのはずだ。こんな自信のないような言葉を聞かされては、不安にもなるというものだろう。けれど、言葉はそれだけではなかった。


 「けどな。それをひっくり返せるようなやつがいた。そいつは最後の力を振り絞って、この決戦を勝たせようとしてくれている。痛いはずだし、苦しいはずだ。だから、頼む。これだけは覚えておいてほしい」


 ジリアン様が頭を下げる。


 「勇者は5人いた。そして、最後の5人目は誰よりも優しい人間だった、ってな」


 頬を涙が落ちていく。だってその言葉はユート様が目指していた姿。こうなりたいと願った夢。それはもう叶っているのだと。それを覚えていてほしいと願っているのだ。けして、彼が忘れ去られないように。彼の功績を残すために。


 「行くぞ。勝つために」


 野太い声が上がる。もはや居場所がばれるなどといったことを考えている人はいないのだろう。それほどに大きな声だった。

 誰もが動く準備を始める。馬を使う人は馬に跨り、歩兵として戦う人はいつでも動けるよう荷物をまとめる。


 (だから、どうか………)


 生きていてほしい。また会いたい。また会って、あなたはなりたい人になれていると伝えたかった。

 私たちの軍は進軍を始め……そして、戦場に辿り着く。辿り着いたときに見えた光景に、絶句しながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ