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僕の覚悟、君の覚悟

 「なんだか意外だったなあ………」

 「何がだ?」

 「アルヴァさんのこと。止めるなんて思ってなかったからさ」


 城から出て、夜闇に沈む街を疾走する。とはいえ、走っているのはクロなのだけど。僕は背に座っているだけ。できるだけ体力を残せるように。できるだけ多くの敵を屠るため、力を振るえるように。

 思い出すのは、先ほど別れた一人の勇者のこと。関わりは薄く、知っていることは少ない。それでも、その人柄はわかっているつもりだった。冷静で、非情とも言えるような決断力。使える手段はどんな手段でも使い、できることを淡々とこなす軍人。それこそがアルヴァさんの評価だ。いや、今となってはだった、かな?


 「長く付き合っていれば、また知らない一面も見えてくるのかなあ………?」


 誰の、とは言わないけど。でも、それだけでクロには通じる。通じるとわかっている。


 「………やはり、考え直す気はないのか?」

 「戦いのこと?うん。アルヴァさんにも言ったけど、どうしてもやりたいことだから」


 クロは悲し気に目を伏せる。先生と姉さんを除けば、一番長い付き合いを持つクロ。だからこそ、思ってしまうのかもしれない。どうして僕がこんな目に遭わなければならないのか、と。

 そんな僕の一番の親友の――――相棒と言ってもいいかもね――――頭を撫でる。心配して、運命を呪って、ただただ僕の幸せを願ってくれるクロの頭を。


 「ありがとね。でも、いいんだ。僕はもう、たくさんの幸せを貰ったから」

 「だが………!」

 「十分さ。だから、そんな顔をしないで。笑って見送れなんて無茶は言わないからさ」


 クロにそんなことができないのはわかっている。この友達は優しくて、温かくて、そして何より僕に忠実であり過ぎた。そんなこの子に、これ以上無理を言うのは難しいと思うから。


 「戦場についたら、僕を降ろして。できればでいいんだけど、カトレアとシルヴィのことを気に掛けてくれると………」

 「無理だ」

 「早いねえ………」


 嫌っているのはわかるけど、そこまで全力で否定しなくてもなあ、と思う。最後の頼みなんだし。


 「ついて行くぞ、我だけは」

 「…………ほんとに?」


 つい聞き返す。クロは大真面目な顔だった。


 「折れる気は?」

 「ない」

 「ですよねえ………」


 クロは頑固だからなあ。こうと決めたら、きっと梃子でも動かないだろう。いくら説得しても、覚悟を決めたのだろうから。


 「死ぬよ?」

 「主にも言えるだろう」

 「僕の我が儘だけど?」

 「いつものことだろう」

 「君も難儀だねえ」

 「主にそっくりそのまま返そう」


 やれやれ、とため息をついて……笑い出してしまった。肩の震えを止めることはできず、お腹を抱えて笑う。とってもおかしくて。どうしても。


 「はあ………ほんとに。遠くまで来て、色々な目に遭ったよねえ」


 勇者として召喚されて。すぐに追放されて。獣人の少女と旅をしようとして。記憶を取り戻して、友達もここに来て。母親を探して。貴族の館を襲撃して。盗賊に襲われた女の人を助けて。魔族に襲われて。メイドさんとお姫様とデートをして。生きることが嫌になって。全部を思い出して。みんなを紹介して。お城で暮らすようになって。少年を保護して。かと思ったら、過去の亡霊と戦って。初めての口づけを経験して。弱っていく身体を隠して。助けた女の人は実は魔族で、お城を乗っ取られて。初めて身体を重ねて、それで気まずくなって。そして、みんなに心配されて。

 いろんなことを経験して、今ここにいる。その一つ一つの経験は、今でも昨日のことのように思い出せる。今の僕へと繋がっている。


 「まあ、一番驚いたのはクロが喋ったり、狼になってたことだったり。あとはシルヴィのキスだったり、カトレアが押し倒したことだったりだけどね」

 「一番ではないぞ……というか待て。押し倒したとは何だ?」

 「時間ができたら話すよ……っと?」


 ふと、視界に泣きじゃくっている少女が目に入った。どうしたのだろう、と思って、近付いてもらう。


 「こんばんは。どうしたの?」

 「まよっちゃったの……!かえりたいよぉ………!」


 あの手この手を使って聞き出していくと、どうやら冒険ごっこをしていたみたい。大人たちは慌ただしいから、注意できる人もなく。森の方へと入って行ってしまったらしいのだ。奥の方へと進んでいくまではよかったのだが、暗くなっていく森に恐怖を覚えたらしく。みんな一斉に逃げ出したらしい。そこで女の子は足を滑らせて転んでしまった。顔を上げれば、もう誰の姿もなく……泣いて彷徨っているところを、森を駆け抜けていた僕たちと出会った、ということらしい。


 「そっか。じゃあ、もう怖いからここには来ないよね?」

 「うん………!」

 「うん。じゃあ、お家に帰してあげる。お家はどこにあるかわかる?」

 「ええと、ね………」


 教えられた場所はよくわからず、クロに聞いてみる。クロもわからないらしく、代替案を出してくれた。


 「近くにある有名なところはあるか?もしくは、どこかに送れば帰れるか?」

 「え?ええっと……ぼうけんしゃぎるど、っていうところがちかいって………」

 「そっか。もしかしたら、迷子の捜索に依頼が出てるかもね。冒険者ギルドに送ってみようか」

 「そうだな。それがいいだろう」


 女の子は不思議そうな顔をしていたけど、頭を撫でられたことで安心したような顔になる。


 「君には好きな人はいたりするの?」

 「え?うーんとね、パパとママ!」


 少しだけ考え込んで、元気いっぱいに答える彼女。その様子に僕は微笑みを浮かべて、再びこの子の頭を撫でた。


 「……それは素敵だね。パパとママも心配してるだろうから、早く帰るんだよ?」

 「うん!」


 女の子が影に沈む。目を開けたときには、もう冒険者ギルドに着いているだろう。クロを見れば、状況を教えてくれた。


 「両親が抱き締めて、号泣しているぞ。さっきの方もわんわん泣いている」

 「そか。よかったよかった」


 誰かに愛されることは幸せだ。そして、誰かを好きでいることはもっと幸せだ。それは今はっきりとわかる。


 「さて、行こうか。覚悟はいいよね、クロ」

 「ああ。できているとも、主よ」

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