表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
177/204

それは優しさではなく

 「やはり……やはりとはどういうことですか………?」


 耳の良さはその呟きを聞き逃すことはなかった。普段なら恐れ多くて、とてもできないような行為。けれど、今の私は情緒不安定で……それ以上に、胸のうちにあったどうしようもない気持ちを止めることはできなかった。堪らず掴みかかっていて。

 相手も仕方ない、といった様子で、なされるがまま。それがより一層気に入らなくて、拳を作っていた。


 「まあ、待てよ。嬢ちゃんの怒りは仕方ねえ。殴るなとはとてもじゃねえが、言えねえよ。けど、全部聞いてからだ」


 私を止めたのは勇者様たちの一人、ジリアン様。その声を聞いて、ようやく冷静になれた私は頭を下げた。今さっきまで詰め寄っていた相手……アルヴァ様に。


 「すみません……でした………」

 「いや。仕方がないだろう。そうなって当然なのだろうからな」


 アルヴァ様はいつもと変わらない様子だった。ただ、少しだけやるせなさも感じた。姿勢を正して、話を聞こうとする。アルヴァ様もそんな私たちを見て、重々しく口を開いた。


 「昨日の夜。それも、真夜中だな。私はユートに会っていた。偶然ではあったがな」


※               ※               ※

 前の世界での戦争のこと。この世界のこと。明日の決戦のこと。そして、コルネリアのこと。どうも頭に引っ掛かり、眠ることができなかった。否、実際に頭を悩ませているのは一つだ。女性経験など一度も経験したことはなく、どう対応していいかもわからなかった。

 戦争をしていた人間にしては珍しく、割とまともな方であった。だからこそ、きちんとした返事を、なるべく早めに返さなければならないとはわかっているのだが……いかんせん、そういった気持ちには疎過ぎた。下手に返事をするわけにもいかず、こうして気持ちを落ち着かせている、ということだ。


 (平和ボケをしているのかもしれんな………)


 この世界は平和だった。それこそ、前の世界よりはずっと。魔族という脅威はあるものの、毎日空襲に怯える必要はない。目が覚めれば、死んでいるかもしれないと考える必要はない。そして何より、人が荒んでいない。誰かを疑う必要はなく、親切にされているのも肌で感じていた。それ故、こんなことで悩むようになってしまったのかもしれない。


 (む……あれは?)


 見覚えのある影。一つは最近よく行動するようになったため、遠目からでもすぐに気付くことができた。それがいるということは、もう一つの影が誰のものであるのかも容易に想像できる。足早に近付き、その背に声を掛ける。


 「何をしている?」

 「………!なんだ、アルヴァさんか………」


 驚いた様子で肩を跳ね上げ、ゆっくりと振り返ったその少年は見紛うことなき、絶対療養中のはずの勇者だった。自分と同じ戦争を経験したもの。見た目に反して、壮絶な過去を持ったもの。そして、この世界に来て最も変わったものとも言えよう。ロボットのように無表情だった彼は、いつの間にか表情豊かで周囲に溶け込むようになっていた。自分とは大きな違いだと、胸のうちで呟く。


 「療養中なのだろう?すぐに戻らないと、あの少女に怒られるのではないか?」


 思い起こすのは獣の耳と尻尾を持つ、前の世界では見られなかった種。聞いたところによると、獣人というらしい。彼女はこの少年のメイドで、随分と慕っているように見えた。それこそ、主従の間柄、という言葉では済まないぐらいに。

 目の前の少年――――ユートは苦笑しつつ、後ろの狼の魔物、クロに相談していた。


 「どうしよっか?」

 「引き返した方がいいと思うがな。今も我は主の考えには反対している」

 「だろうねえ……でもさ、曲げられないんだよね。曲げたらいけないというか、曲げたら駄目なんじゃないかなというか………」


 どうしたというのだろうか。ただ漠然とした予感のようなものを感じる。それは今はもう、逝ってしまった戦友たちと同じ空気。それが目の前の少年からも感じるのだ。


 「……どこに行くつもりだ?」

 「え?」

 「戦場にでも行くのか?」


 しばらく静寂の時間が続く。先に口を開いたのはユートだった。


 「ばれちゃったか」


 あはは、と苦笑する。それがどうにも違和感が拭えず、つい聞いてしまった。


 「怖くないのか?」

 「ん?何が?」

 「死ぬかもしれない……いや、ほぼ確実に死ぬぞ?」

 「そうかもね」


 けれど、ユートは動揺することなどなく。ただただ、静かだった。ただ、笑っていた。


 「いつ死ぬかもわからない命だから。別に、みんなのために使ってもいいかな、って」

 「………そうか」


 わかっているのだ、この少年には。自分がどうしようもなく追い込まれていて、いずれは遠くないうちに死んでしまうことがわかっている。ならば、と考えたのだろう。

 けれど、その考えはすぐに否定されることになる。


 「なんてね」

 「む?」


 ユートの声によって、思考が中断される。気でも変わったのだろうか。


 「みんなのため、って言えればかっこよかったんだろうけどねえ。駄目だった。やっぱり、僕は知らない人のためには命を懸けられないや」

 「それなら部屋に戻るのか?」

 「ううん、戻らない」


 首を横に振る。その顔には覚悟の色が見受けられた。


 「でもね。僕の大切な人たちのためになら懸けられるよ。その人たちに、平和な世界を見てほしい。そう思ったんだ」

 「……………」

 「我が儘ってことはわかってる。でも、これだけは曲げちゃいけないと思う。これも曲げちゃったら、カトレアとシルヴィへの気持ちも曲げちゃうことになると思ったんだ。それが嫌だった」


 そうか、と気付く。この少年にはようやくわかったのだ。自分が本心からしたいと思えることが。自分が探していた感情が。


 「これが優しさなのかな?」

 「いいや、違うだろうな」


 先ほどまで笑顔だった彼の顔が驚きの色に染まる。私はその感情を名付けるなら、と続けた。


 「それはきっと……『愛情』なのだろうな」


 そっか、と超能力者は呟く。その顔は満足気で、そして何より幸せそうであった。


 「ちゃんと愛することができたんだねえ………」

 「行くといい」


 塞ごうとしていた身体を引き、門の先を示す。三度、彼は驚いていた。


 「いいの?」

 「私には止められん。行くといい」

 「………うん。ありがとう、アルヴァさん」


 ユートはクロと共に、門の先を目指す。その目的地は決戦の場なのだろう。


 「…………生きて帰って来い」


 願わくば、彼の幸せがまだ続くように。神への願いなど滅多にしないのだが。今このときばかりは、したいと思った。届けばいいと。本心から思ったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ