残されたもの
「これは………?」
「映像を記憶させとく魔道具じゃなかったか?確か、城下町に売ってたぜ?」
ジリアン様が首を覗かせて、凛花様から渡された物の正体を明かす。そういえば、聞いたことはある。あまり買おうという気にはならなかったが、便利ではあるのかもしれない。
「で、使い方は?」
「聞いた話だと、合言葉を唱えれば記録された映像が現れたはずだ。音声記録もできたような気はするがな」
「……合言葉、書いてないんだけど」
凛花様がジト目になる。ジリアン様は目を点にしていた。
「マジで?」
「そ。シルヴィアとカトレア宛てに、って書いてあるだけで、合言葉のことは書いてない」
その場にいる全員で、ああ、と頭を抱えてしまっていた。ユート様はどこか抜けているところがあるから……その理由だけで納得できてしまう。
途中から合流したカトレアさんも、その説明を受けて変に納得していた。
「ユート様……そこが一番大事ですよ………」
けれど、あの人は成長していたのだ。この世界に来たことで変わっていた。出会ったときからも、ずっと。
不意に、手にしていた円盤がヴウン、と低い音がした。驚いて見てみれば、魔道具が起動している。円盤の中には、今私たちが探している人が映っていた。
『ええと、合言葉は「ユート様」で………』
『主よ、もう登録されているぞ?』
『え、ほんと?それならいいんだけど』
とぼけたような会話が聞こえる。それはいつも通りの彼の様子で、少しだけ安堵してしまった。
『しかし、何故その合言葉にしたのだ?』
『だって、カトレアかシルヴィなら、必ず言うんじゃないかなあ、って。なんだかいつも言ってるような気もするし』
顔が赤くなる。それはそうだ。完全に、行動を読まれていたのだから。同時に、成長も感じてられて、寂しい気持ちと嬉しい気持ちが混ざる。
『とにかく、記録していられる時間も少ない。早めに用件を伝えた方がいいのではないか?』
『そうだったね。じゃあ、改めて。カトレア、シルヴィ。聞こえてるかな?』
魔道具のむこう側で、ユート様が手を振る。魔物はため息をついて、影に沈んでいった。
『これをカトレアでも、シルヴィでもない誰かが見ているなら、彼女たちに渡してくれないかな?とっても大事な話をするからね』
「大事な、話………」
お願いといった様子で頭を下げるユート様。その言葉に、嫌な予感はどんどんと増していった。
『ええと、まずはごめんなさい。たぶん、みんなが起きる頃には僕はもういないと思います。移動手段はクロの《影移動》なので、そこだけは安心してほしいかな。大騒ぎになっちゃってると思うけど、どうしてもやらなきゃいけないこと……ううん、どうしてもしたいことがあったので、黙って出ていきました。ごめんね』
再び、その頭を下げる。ただ、顔を上げたときに見えた瞳には、けして譲れないものを感じた。
『さっき、そこだけは安心して、とは言ったけど。実際は安心なんてできないよね。見てないとすぐに無理をする、って言われるぐらいだし。ひょっとしたら、どこかで超能力を使ってるんじゃないか、って心配してるよね。せめて、カトレアを連れて行け!なんてさ』
彼は頬を掻きながら、苦笑していた。心臓の鼓動がうるさい。どくどくと早鐘を打つように、胸が鳴っていた。
『でも、その心配は正しいです。だってこれから、とんでもない無茶をするつもりだから』
「…………それ、って…………」
掠れたような声が聞こえる。きっと、カトレアさんが同じ考えに至ってしまったのだと思う。最悪の考えに。
『……今から戦いに行きます。クロノのところに。無茶で、無謀で、そして何より危険過ぎる。そんなことはわかってるけど、行きたいと思ってしまったから』
顔から血の気が引いていくのがはっきりとわかる。寒さをどうにかする魔法を掛けているのに、身体が震えて来る。
『ああ、でもクロは責めないであげてね?僕がかなり無理を言って、お願いして、それでも駄目だったからほとんど脅迫紛いのことまでしちゃったからさ。それで仕方なく、って感じなんだよ。ほんとなら、今すぐにでも止めてほしいと思ってるんじゃないかな?』
『当たり前だ。すぐに止めてほしいと思っている』
『だよね』
あはは、と苦笑している。
『最後に、なんだけど。二人には自分を責めてほしくはないかな。これは僕の個人的な我が儘で……どうしても通したい意地のようなものだからさ』
「意地………?」
呆然と呟く。それぐらいしか、今の自分にはできなかったから。
『楽しかった。この世界に来て、初めて兵器としての自分以外の生き方を見つけられた。僕を兵器として見ない人がいて、人として必要としてくれる人がいた。それに、何より僕を愛してくれた人が増えたんだ。もう十分過ぎるほどに、たくさんの貰えたんだよ』
目の前に映る人は笑っていた。これから死ぬかもしれないというのに。ただ、幸せそうに。
『僕を愛してくれてありがとう。僕をここに連れてきてくれてありがとう。そして何より、これまでたくさんのものをくれて、本当にありがとう』
声が出ない。行かないで。そう言いたいのに、それすらも言葉にならない。言ってどうにかなるわけでもないけれど、それでも私にはそれだけしかできなかった。今の私には、それだけしか。
『いってきます』
映像が途切れる。誰も、何も言わなかった。否、言えなかったのだろうか。どちらにせよ、静寂が場を支配したことは間違いなかった。
その静寂を遮ったのは、たった一人の声だった。
「やはり、か………」




