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最後のデート

 時間が経つのは早いよね。そう感じるのは、残された時間が少ないからだろうか。もしくは、感じ方の問題なのだろうか。楽しい時間は早く、面倒な時間、退屈な時間は長く感じる。それと同じなんだろうか。

 さて、なんでこんなことを話しているかと言うと。クロノとの決戦がもう明日にまで迫っているからだった。そして、今日はシルヴィとのデートの日だった。……まあ、カトレアもいるし、正しくはカトレア、シルヴィとのデートと言う方が正しいかもしれない。


 「お待たせしました。それでは行きましょうか」

 「あ、うん」


 待っていた僕とカトレアのところに来たシルヴィは、眼鏡を掛けていていつもとは違う格好だった。服もドレスじゃなくて、普通の村娘が着てそうな服装だった。それに、帽子を被っていた。髪の毛は極力隠しているから、きっと変装なのかもしれない。シルヴィは有名人だし。

 勿論、今日ばかりはカトレアもメイド服じゃなかった。私服を着ているんだけど、動きやすい格好だからお洒落よりも僕の健康の方を取ったのかもね。ちょっと悪いことをしちゃったかな、と思う。


 「最初はどこに向かいましょうか?」

 「そこら辺を歩き回って、興味がありそうなものを見ていけばいいんじゃないかな?」

 「それもそうですね。そうしましょうか」


 移動を始める。いや、移動してるのカトレアとシルヴィなんだけどね?僕、背負われてるだけなんだけどね?でも、自分の足で歩こうものなら、とんでもない眼光で睨まれるから歩けはしません。残念。

 それはさておき。デート自体は楽しく過ごせた。いくら病人とはいえ、こんなときにまで何が何でも縛らなきゃ!って思いはなかったようで。お小言だったり、あれは駄目、みたいな禁止令だったりもなく、前みたいに楽しむことはできた。ほんの少しだけだけど、カトレアも笑っていたし。それが嬉しかった。


 「それにしても……みんな、ちょっとおかしいよね」


 今は食事をするために、ベンチで腰掛けて買ったものを食べている。僕は食べやすいものを中心に買って貰ったけど、美味しそうと思ったものは分けてもらうこともできた。その代わり、僕のも少し食べてたけどね。まあ、それは構わないよ。

 僕が疑問に思ったのは、街の人たちの様子。まるで、何かを押し隠すみたいに明るく振る舞っていた。それは元々の世界のある光景に似ていて……どうしても気になってしまったのだ。


 「そう、ですね……もしかすると、怖いのかもしれません」

 「怖い?」

 「はい。明日の戦い次第では、自分たちが死ぬこともあり得るのですから………」


 シルヴィの顔は申し訳なさそうだ。確実に大丈夫という保証はない。あやふやな希望を持たせて、最悪の事態に陥ったときに、混乱を起こすわけにもいかないのだろう。勇者たちが負けたときは、すぐに避難をさせなきゃいけないんだから。……逃げる場所なんてあるのかどうかはさておくとしても。

 反対側のカトレアも、不安そうな顔つきだった。八魔将の力を間近で見たことがあるから、普通の人よりも余計に不安は大きいんだと思う。


 「みんな不安、か………」


 みんなが頑張っているのはわかる。ジリアンさんは普段よりずっと努力しているし、凛花さんは朝早くから鍛錬を続けているみたい。アルヴァさんも魔物を倒すことで、ステータスを上げまくっているみたいだし、コルネリアさんも戦えないから、なんてことは言わず何かできないかと自分にできることを探している。努力は評価できるし、みんなが思っているよりずっと強くなっているのは明白なんだ。

 でも、足りない。クロノにはレインさんと同じように、一種の底知れなさがあった。それも、レインさんよりもずっと深いものが。勝てるかどうかは五分五分……いや、はっきり言おう。かなり低い。死ぬ可能性の方がずっと高い。


 「………どうすれば、いいんだろうなあ……………」


 僕の問いに答えてくれる人は、どこにもいなかった。


※               ※               ※

 「では、これで。明日は八魔将との最後の戦いです。万が一ということもあり得るので、避難する準備だけはしていてくださいね?」


 お城の門をくぐった後、シルヴィは振り向いてそんなことを言った。あまりそんなことは想像できない。というか、したくなかった。だって、それはつまり。


 「……シルヴィ。それって、もしかしなくても………」

 「……大丈夫ですよ。必ず死ぬと決まったわけではありません。撤退した結果、ということだってあり得ますし。ただ、その可能性がないとは言えないので、覚悟だけは決めておかないと、ということです」


 シルヴィは気丈に笑っていた。けれど、それなりに長い付き合いであった。そして、シルヴィを長く見てきた。だから、わかったんだ。


 「……無理しないでいいよ。ここには今、僕とカトレアしかいないからさ」


 そっと頭を抱き寄せて、ポンポンと撫でた。昔、先生がよくやっていてくれたように。……カトレアにおんぶされながらだから、ちょっと格好はつかないけどね。


 「……やめて、ください………そんな………そんなことをされたら…………」


 シルヴィの肩が小刻みに震える。僕の胸に顔を押し当てて、ギュッと服を握られた。


 「死にたくないです……まだ………やりたいことが、たくさん………」

 「うん。わかってるよ」


 今の僕にはシルヴィの言葉を聞くことしかできなかった。

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