最後の夜
ぶらぶらと歩く。わけじゃなく。クロに乗せてもらって、影の中を移動していた。クロも最初は渋っていたけれど、どうしてもと頼み込むと体調に異変があれば、すぐに部屋に戻るという条件で連れて行ってもらえることになった。
「最初はどこに向かうのだ?」
「ジリアンさんのところかな。気になるからね」
「わかった」
クロが影から影へと移動する。今来たのはジリアンさんの影らしい。姿は見えないけど、声を聞くことはできた。
「ついにここまで来たわけか………」
「まあ、明日が正念場なわけだけどね。何としてでも勝たないと」
「ああ、そうだな」
声を聞いていると、どうやら凛花さんもいるみたい。二人で耳を澄ませて、続きを聞く。
「……あのさ」
「あん?どうした?」
「明日はさ、勝てるのかな、って………」
凛花さんの不安気な声が聞こえる。凛花さんでもそう思うときはあるんだ、と思ってしまう。
「……厳しい、だろうな」
「やっぱり?」
「ユートの戦闘に対する目は相当なもんだ。それは今まで戦いに身を置き続けただけあって、かなりの信憑性がある。そいつが最強の八魔将っつってんだ。まあ、間違いはねえだろうな」
「そう………」
そっか。それが不安にさせちゃったんだ、と反省する。でも、伝えなければ伝えないで大変なことになってただろうし、なんとも言えないところではある。
「……あんたとこうして話すようになるとは思わなかったね」
「そりゃな。タイプじゃねえとは思ってたんだがねえ……リンのことがデカいんだろうな」
「……一言余計」
イデッ!と声が上がった。僕は苦笑して、次のところに行こうか、とクロを促した。
次に向かったのは、コルネリアさんのところ。前に不安を打ち明けられたこともあったし、大丈夫なのかな、と思ったのだ。でも、その心配は無用だったみたい。今のコルネリアさんの隣には、一緒にいてくれる人がいるようだった。
「いよいよ明日、なんですね………」
「そうだな」
「あの、よかったらなんですけど……あのときの返事を貰えたらな、なんて………」
「……すまんな。どうも私は色恋沙汰には疎い。どうしたいか、どう思っているかは、出せそうもない」
コルネリアさんと一緒にいるのはアルヴァさんだ。色恋沙汰、という言葉を聞くに、コルネリアさんは自分の気持ちを伝えたのかな。それでアルヴァさんが戸惑っているのかもしれない。まあ、僕と同じような状態にいたのなら、そういうことを考えていたり、行き着いたりすることはなかなか難しいのかもしれない。それこそ、圧倒的な力がない限り。
「そうですか。……それなら、明日は生き残らないとですね。いつかわかって、返事をくれるまで待つためにも」
「いつまで掛かるかわからんぞ?」
「それでもですよ。女の子は男の人が思っているよりもずっと強いんですから」
ただ、コルネリアさんはそれを受け入れて、その上でアルヴァさんを好きなみたい。きっとこの上では静かに笑うコルネリアさんがいるんだろう。そして、いつもと同じような表情の……いや、ちょっとだけ困った表情をしているアルヴァさんも。
上手くいくといいね、と思いながら、次の場所へと移ってもらう。次に移ったのは、前に王都でお世話になったエリサさんとアルバートさんのところ。あの二人は上手くいっているのかな、と思ったからだった。
「すまないね。あたしの我が儘で引き留めちまってさ」
「仕方ねえよ。あんなことがあったんだ。今回の徴収で俺もいなくなっちまうかも、って考えるのは当然の流れだろうからな」
「そうだねえ………」
「それに……もうそろそろ父親になるんだ。新しい命を守る方が大事だろうよ」
父親?エリサさんとアルバートさん、子供ができたのかな?と思いながら、耳を澄ませた。
「勝ってほしいよな………」
「そうだね………」
二人とも、切実に願っているような声。子供のためにも、死ねないと思っているのかな。ジリアンさんと凛花さんがそうだったから、なんとなくわかってきた。
今度は帝国に行くまでの旅で、縁を持ったシンシアさんのパーティー。バーホルト国で迷惑を掛けちゃった門番のエヴァンさん。シルヴィのお姉さんであるお姫様。それぞれのところに転移して、何をしているのかを聞いていた。勿論、影の中からだけど。
「みんな不安なんだね………」
自分を奮い立たせている人。いつも通りに仕事をしていようとする人。妹を心配して、何度も部屋を訪れる人。取っている行動は皆違えど、考えていることは一つだったかもしれない。
――――勇者たちに勝ってほしいと。そして願わくば、平和な世界が訪れてほしいと。
ここに来た頃だったら、あるいは来る前だったら、どうでもいいと切り捨てていた声かもしれない。耳を貸すまでもないと。僕には関係ないことだからと。勿論、今の僕には知らない人がいて、嫌いな人がいる。その人たちの声には耳を貸すことができないし、前者ではそもそも聞くことすらできない。でも。それでもこう思った。
「……あの人たちには死んで欲しくはないなあ………」
こうして縁を持った以上、助けてあげたいと思う。そして何より、大切な人のために何かをしてあげたいと思う。そこまで考えて気付く。今の僕の気持ち。これが………
「ねえ、クロ。一つだけ、頼みがあるんだけど………」




