救出隊
「うし。やれることはやったな?準備もできてるよな?」
各々が頷き、それぞれの顔を見る。皆、相応の覚悟を決めているようだった。特に強いのはやはりあの魔物ではあったのだが。
「俺らの勝利条件は、ユートとカトレアの嬢ちゃんを助けること。八魔将の対処は二の次でいい。だから、隊を二つに分ける」
「2つ、ですか?」
「ああ。一つはあの魔族を含め、大多数の目を引く役割。当然ながら、こっちは危険になる。必然的に数も多く割り振ることになるな」
ジリアン様は指を一つ立てる。言っていることは理解できるので、これには頷いた。
「もう一つが今回の要だ。城の中からユートを探し出して、連れて来る必要がある。場合に依っちゃあ、取り押さえることも考えなくちゃいけねえ。やつの能力を解除するまでは、どうしようもねえからな」
それもわかる。だから、私は真っ先に手を挙げた。
「ユート様を助け出す役を私に任せてもらえませんか?必ずやり抜きます」
「……いや、駄目だ」
「な……何故ですか!?」
了承してくれるかと思った宣言は、僅かな躊躇の後に首を振られていた。私は思わず声を上げてしまう。
「むこうの隙をつけるとすれば、あいつが女を攻撃しない、っつーところだ。視線を引く部隊にはどうしても女を多めに配置しなけりゃ、やつの攻撃の激しさが増す」
「で、ですが!」
「それに、いざというとき、姫さんじゃ躊躇しちまうだろ?事と次第に依りけりで、あいつを怪我させてでも止めなきゃならねえ。姫さんにそこまでの覚悟があるとは思えねえんだ」
「そ、それは………」
確かに、そうかもしれない。私はユート様を助けたい。でも、それ以上に、これ以上辛い目に会ってほしくはないのだ。だから……怪我をさせるなんてことができるか、わからなかったのだ。
「加えて、ダンナより姫さんの方が切れる手札が多い。何かあった際にゃあ、使える手段は大いに限る」
「そう、ですか……では、ユート様を助けるのは………」
「ああ、ダンナだ。軍の経験があるから、臨機応変に立ち回れる。一人での戦闘力もたけえし、必要なときには割り切ることもできる。一番合ってるだろうな」
アルヴァ様の方を見ると、いつものように表情を変えず頷いていた。
「いいだろう。その役割、引き受けた」
「ああ、頼んだ。それと、狼さんよ。あんたもダンナと一緒だ。二人を確保したら、すぐさま撤退してくれ」
「フン……言われなくてもわかっている」
魔物は鼻を鳴らし、そっぽを向いた。……まあ、あの魔物がいるなら、少しは信用できるかもしれない。
「それじゃあ、始めるぞ。何かあれば、何らかの手段で伝えてくれ」
行くぞ、という声と共に、周囲が暗くなる。再び明るくなったときには、もう見慣れた城の中であった。
※ ※ ※
「はあ………」
思わず、ため息が漏れてしまう。それは今日もまともにユート様の顔が見れなかったからだった。見れない理由は明白。私がユート様を襲ってしまったからだ。
獣人には、発情期がある。とはいえ、それはとある条件を満たさない限り、なかなか訪れないもののはずなのだ。人間にはあるということだけが伝わっているために、獣と同じ、ということになっているのかもしれないが。
(今回はその条件が奇跡的なまでに揃ってましたから……もっと気を付けておくべきでした………)
まず、条件として純粋な獣人であり、その血がかなり濃いこと。私の両親は獣人だったし、そのまた両親も獣人だったので、獣人の血は濃いはずだ。これは満たしていると言える。
次に、激しい運動や継続的な運動をしていること。これも魔族の攻撃を躱すためだったり、探すことに協力して、長い時間歩き回っていたりで満たしている。
さらには、自分がいいな、と思える相手がいること。それはちょっとした憧憬や尊敬も含まれている。いる、のだが……私の場合は恋をしている相手がいるので、これも入っている。
そして、最後に……興奮を高めるような何かが起きること。訪れた時間は夜で、やや暗い程度。そんなときに意中の相手が無防備な姿でいれば………当然、興奮度は跳ね上がってしまうわけで。
(うう……せめて何か文句を言うなり、怒るなりしてくれれば気が楽でしたけど………)
そんなことをすることなく、ただ純粋に疑問に思っているだけのようだった。それがひどく悪いことをしているような気分になって、顔を見ることができなくなってしまったのだ。
このままでは駄目だ、と思って、レインさんに相談していたのだが……昨日は悪ふざけでキスをしてきたものだから、流石に怒った。初めてではなかったことだけが救いではあるけど。
(どうしましょう……何かきっかけがあればいいんですけど………)
いくらなんでも、このままの状態がいいとは思わない。ユート様が何か困っているときに相談に乗ることもできないし、何より私が辛い。だから、どうにかしたいのだが………
(……………!?爆発!?)
驚いて音のした方向へと駆ける。中庭に辿り着いたときに見えたのは、戦闘を行っている勇者様方と魔族だった。どうしてここに、と思ったけれど、必死に戦っているシルヴィアさんを見て気付く。きっと、ユート様を助けに来たのだと。
(そう、ですよね。シルヴィアさんだって、ユート様のことが………)
今は二人だけのように感じていたから、こうなることを忘れていた。そう、私が逆の立場でも同じことをすると思う。離れて、悲しくて、胸が痛くて……すぐにでも会いたいと、そう思うだろう。
(でも……私は………)
もう少し、あの人との時間を過ごしたかった。あの人との二人だけの時間を、もう少しだけ。
(……え?ユート様?)
幽鬼のような足取りで歩く人影が目に入る。それは自分がよく知っているはずの人だった。
――――そのはずだったのに。
ぞわっと鳥肌が立った。まるで、ユート様がユート様でないかのような、そんな感覚がするのだ。だからと言って、メアさんであるわけでも、ルーちゃんさんやチーちゃんさん、さっちゃんさんでもない。
そう、例えるなら……もっと邪悪な何かのような………
(どうしてしまったんですか……ユート様………?)




