感じる距離
……最近、カトレアとの距離を感じる。別に、物理的に離れているわけじゃない。そっちはいつも通りに動いてくれてるし、僕の世話を焼いているのもこれまたいつものように、だ。
距離を感じるのは、会話の方だった。いや、精神的なもの、と言えばいいんだろうか。ここら辺は僕が苦手とすることだから、よくわからない。でも、表現することが難しいだけで、距離自体はきちんと感じてる。そしてそれは、勘違いではないこともわかっていた。
「あのさ、カトレア」
「は、はいっ!?な、何でしょうか?」
「何か、しちゃったかな?」
会話をしていても、どことなくはぐらかされてしまったり、さっさと切り上げられてしまったり。必然的に、口数が少なくなってしまった。まるで、帝国に行く途中までのように。あのときと違うのは、あのときは理由が明確にわかっていた。けれど、今回はどうしてなのかがまるでわからない。だから、余計にモヤモヤしてしまう。余計に……悲しい、とは少し違う感情に支配されてしまう。それが嫌で、口に出していた。今思っていることを、そのまま正直に。
「そ、そんなことはありませんよ?」
「本当に?」
「は、はい……本当に、何もありません、から………」
カトレアの困ったような顔で、そう、と追及することを止めた。これ以上何を言っても無駄だろうな、とわかってしまったから。その代わり、胸の中にはモヤモヤとした違和感だけが残るのだった。
※ ※ ※
(カトレアが悪くないことはわかってるんだけど、さ………)
どうしても胸の中のつっかえが取れない。最近は寝ているとき、カトレアが部屋を訪れないことも多い。来たとしても、あまり長い時間はいないのだ。気が付けば、僕一人で寝ている、という状況。それがなんだか、嫌だったんだ。
勿論、彼女が一人で出歩くことが容易になった、ということの証明であるのだろう。また、僕の庇護を必要としなくなった、ということでもあると思う。だから、素直に喜ばしいことのはずなんだ。
(それなのに……どうして、ここまで変な気分になるんだろう………?)
考えても仕方ないか、と部屋を出る。今はカトレアがいないし、そもそも来ることも少ない。夜遅い時間だからと怒られることもないんだ。扉を開けて、廊下へと歩みを進めた。
とはいえ、別に行くあてがあるわけでもない。ただただ、適当にふらふらとしていた。超能力を使わずに、自分の足で。
(……シルヴィに会いたいな………それとも、クロの方がいいかな)
どちらかだけを呼んだら、それはそれで怒られてしまいそうだ、と苦笑する。今は何をしているのだろう。無茶をしていないといいのだけど。窓から見えた月を見上げながら、そう思う。
(……そうだ。レインさんのところにでも行って、何か話そうかな?)
嫌とは言われないだろうし、と思いつつ、方向を変えてまた歩いていく。前までは眠かった時間なのに、今は眠気が欠片も襲ってこない。それが何故なのかは考えることを既に放棄していた。めんどくさくなっていたしね。
廊下にいた魔族たちの協力を得つつ、ようやく部屋の近くまでやって来た。あとはもう、角を曲がればレインさんの部屋らしい。明日辺りに何かお礼でもしようかな、と考えながら、角を曲がる。否、曲がろうとした。
――――カトレアの姿を見るまでは。
ハッと気付き、慌てて角へと隠れる。どうしてカトレアがここに?と混乱する頭を落ち着かせながら。軍で培われたことは、意外と役に立つものだったのかもしれない。おかげで、気付かれずに済んだから。
顔を出すと気付かれちゃうかもしれないし、耳を澄ますことだけに留めておいた。軍の人からも、『お前は気配を隠すことは下手だ』って言ってたし。
「あら、今日も来たのね。歓迎するわ」
聞き覚えのある声がした。きっと、角の向こうでレインさんが部屋の扉を開けたのだと思う。ただ、僕が気になったのはレインさんのことでも、カトレアのことでもなかった。
(今日も………?)
ということは、昨日も来ていたんだろうか。そんな話は一度も聞かなかったのだけど。レインさんからも、カトレアからも。
(い、いや、でも、誰にだって、言いたくないことの一つや二つはあるものだしね)
僕だって、先生や姉さんが死んだときのことはあまり話したくない。思い出すことも痛いし、話しても面白いことじゃないから。それと同じで、カトレアも話したくないことなのかもしれない、と予想を付けた。
(だから、大丈夫。何も変に思うことなんてないよ)
気を取り直して、別のところに行こうか、と思い直す。その前に、ここを通っても大丈夫かな、と少しだけ顔を覗かせた。
……それが間違いだったとは気付かずに。
(……………………………え?)
脳が理解することを拒んでいた。辛うじて、声に出すことはしなかった。でも、僕に大きな衝撃を与える、という試みであれば、それは成功していたんだと思う。
カトレアとレインさんがしている行為に、僕は軽く目眩を感じ………
(……………………!)
その場から即座に転移をして、自分の部屋へと戻っていた。激しく咳き込み、血を吐いても、混乱は止められなかった。
(だって、あれは……そんな………)
あの二人がしていた行為が、どんな意味を持っているのかぐらい、もうわかっている。だって、それはシルヴィと体験したことのはずで………
(好きな人、同士がすることだって………)
なんで、どうして。そんな思いがぐるぐると頭を駆け回る。立っていることが難しくなる。手の先が氷でも掴んでいるかのように、冷たくなる。
「……どうして………?」
僕の問いに答えたのは、たった一人だけだった………




