ジョーカーとは
明けましておめでとうございます。今年も元死神、タイトル未定共々付き合っていただけると幸いです。
その後、カトレアさんが内緒で占い師の人へと質問をしていたのだけれど、内容は大体わかる。恐らく、ユート様に関わることなのだろう。顔を赤くしているところから考えると、どうやら悪い答えではなかったのかもしれない。ユート様は割とボーっとしているし、このままなあなあで一緒に暮らすことになってしまうのではないかと思ってしまう。……意外と簡単に想像できるのが怖い。
「それで、お嬢さんはどんな悩みかの?」
「私は……やはり、この世界のことを聞きたいと思っています。魔族に勝つことはできるのか。それが一番聞きたいことです」
ちらりとユート様との関係について頭をよぎったけれど、今はこちらの方が大事だろう。今も魔族によって苦しんでいる人たちがいるのだから。
「ううむ、お嬢さんはもう少し自分のことも考えていいと思うがの……あまり自分を押し殺していると、かえって悪い結果になるかもしれんしの………」
「え?それは、いったいどういう………?」
「そうじゃの。お嬢さんの問いに答えるとすれば、危機からは確かに救われるじゃろう。その代わり、大きな損失を被ることになる、とも出ておるな」
「そ、そんな!では、どうすればいいのですか!?」
悲鳴を上げるような声で、詰め寄っていた。老人はふむ、と一息ついてから口を開いた。
「大事なものから決して目を離そうとするでない。目を離せば失われるほど脆く、儚いものであるゆえな」
「目を離さない………」
「……ところで一つ聞きたいことがある」
私が口の中で与えられた助言を呟いていると、占い師の人は私に声を掛けた。私はなんだろうかと顔を上げる。
「なんでしょうか?」
「お嬢さんはシュレンブルク王国の姫君かの?」
正体を的確に当てられて戸惑ったものの、もしかすれば有名なのかもしれないと思い直す。一応、先日も魔族を倒したとこの国のパレードに出たのだから。
「ええ、そうですが……急にどうしたのですか?」
「……危険じゃな、お主は」
私は老人からの言葉を聞き、首を傾げていた。自慢するわけでもないのだが、私は幼い頃から悪いことはしてこなかった。いや、無断で城の外へと出るのは悪いことか。けれど、本当にそれぐらいなのだ。なのに、何故危険なのか。それがわからなかった。
「どうしてですか?私はただ、世の中が平和になればいいと思っているだけですが………」
「だからじゃよ。お主、勇者の召喚で何人を召喚した?」
「5人です。それがどうかしたのですか?」
「ふむ、ますますもって危険じゃの……どれ、一つ昔話をしようか。そこの少年もよく聞いておくといい。お主に関わることかもしれんしの」
そこで老人は言葉を切り、私たち全員に椅子を勧めた。長話になるのかもしれない。けれど、危険と言われた理由を知りたかった私は、素直に椅子へ腰掛けた。ユート様とカトレアさんもすぐに席に着く。全員が座ったことを確認した老婆は口を湿らせ、話を始めるのだった。
※ ※ ※
昔々の話じゃ。とあるところに、一人の王女がおった。王女は天真爛漫ではあったが、国と世界のことを常に考える優しい娘での。周りの者から愛される存在じゃった。
そんなときじゃ。その世界に危機が訪れる。その危機がどんなであったかは残ってはいないが、世界が滅ぶかもしれない。そんなレベルの危機だったようじゃ。
王女は持ち前の責任感から、勇者を召喚した。召喚した勇者は2人。ダイヤの勇者とジョーカーの勇者じゃった。
ダイヤの勇者は天才と言ってもよく。何でもかんでも、すぐに吸収したようじゃ。己が得意としていたオリジナルの魔法もすぐにできるようになったらしくな。悔しい思いもしていたようじゃ。けれど、そんなことを勇者に言えるはずもなく。自身の感情を隠していたのじゃ。
一方で、ジョーカーの勇者はひどいの一言じゃった。魔法は使えず、スキルもろくなものがない。あったのは腰につけていた刀と言われる武器のみ。周りからの評価も最低じゃったらしいの。
そんな中、ある日いつも通りに魔法の開発をしていた王女は、たまたまジョーカーの勇者と出会うのじゃ。彼は王女を見て、努力家なんだな、と感心したらしいの。だからこそ、素直に彼女を褒めた。だが、それは王女にとっては当たり前ではなかったようでな。
王女もまた天才ではあったのじゃ。ダイヤの勇者よりも、才能では劣っていただけでの。だから、誰かに褒められるようなことはなかった。そこから、ジョーカーの勇者に興味を持ち始めたようなのじゃ。
結論から言えば、ジョーカーの勇者の評価はまったく間違っていた。彼の真価はその剣の腕にあったからの。彼が剣を一振りすれば山を割き、海を割り、一騎当千と言われたとも言う。それだけ強かったのじゃ。周りの者は手の平を返して取り入ろうとしたが、彼の心にあったのは唯一優しくしてくれた王女のことだけじゃった。
一方で、話せば話すほど王女も勇者に惹かれていった。彼は戦いから離れれば優しい、普通の青年じゃったし、何より彼は色眼鏡で自分を見なかった。それが嬉しかったのじゃろう。二人が恋仲となるまでに時間は掛からなかった。
二人の勇者のおかげで危機は去った。万物の天才と、一つを極めた神才。そのおかげで、勝つことができたのじゃ。物語はそこで終わるはずじゃった。本来ならば、な。
ジョーカーの勇者は王女のために世界に残った。しかし、問題が生じたのじゃ。世界の危機は確かに去った。その代わりに、国家間での戦争が始まったのじゃ。
繰り返すようにはなるが、王女は優しい性格であった。そのため、戦争をするようになった世界にも心を痛めたのじゃ。
王女は考えた後に、ジョーカーの勇者に頼ることにした。彼ならば、止めることができるだろうと。彼もそれを否定せず、彼女の必死な頼みを引き受けたのじゃ。
しかし、国が違えば戦争は起こる。迷いに迷った王女は、一つの解決策を思いついた。
それは国を一つにする、というものじゃった。彼女は勇者にこれまで以上に頼り、国を一つにするという名目の下、侵略行為を始めた。
初めはよかった。勇者は強く、圧倒的であったからな。ただし、一人であったことが問題じゃった。
彼が一人で、ずっと戦い続けているのに対して、敵は国家。数も規模も違った。それでも、彼は戦い続けたのじゃ。愛した者のために。じゃが、もう王女は引き返せないところまで行ってしまったのじゃ。
彼女はもう、勇者のことを見ていなかった。彼がいくら怪我をしても、それを顧みることすらしなかった。大義のことしか見えていなかったのじゃ。
心身ともに疲れ果ててしまった彼は、彼に対抗するために立ち上がった国家の連合軍の前に倒れた。彼が殺した兵の数は万を超えたとも言われておる。けれど、結局は数に勝てず。ついには討たれてしまったのじゃ。
彼を失い、投獄されたことで、王女はようやく気付くことができた。自分が何をしていたのか。そして、愛していたはずの彼に何をしてしまったのかを。
王女はすべての記録を抹消され、ただの罪人として処刑された。そのときの彼女はホッとしたような表情だったという……自らの愛した者の元に行けるからだったのじゃろう。泣くことも、恨むこともなく、ただただ疲れたような表情で、処刑された。
※ ※ ※
「……その姫はけして悪ではなかった。世界のことを考え、人のことを考え、常に正しくあろうとしていた。じゃが、一つ失念をしていたのじゃ」
「失念、ですか?」
「そうじゃ。正義の対となるものは、悪などではない。また別の正義じゃ。人がそれぞれ違うということがわからずして、国を作ることなどできるわけがないのじゃ」
……少しだけ、話が見えてきた。この老人は、恐らくこう言いたいのだろう。
「……私が同じ道を行くかもしれない。そう思っての忠告だったのですね」
「そうじゃ。お主はそのときの姫によく似ておる。性格も、容姿も、共にいる勇者もすべて似ておるのじゃ」
「……確かに、あなたの忠告を聞き届けました。忘れぬよう、心に刻んでおきます」
私は先程の話で、一つの仮説に行きついていた。今の王家に伝わる勇者の伝説で、不自然に削られている部分があった。それは召喚者と一人の勇者のことが書かれていなかったのだ。恐らく、その理由はこれなのだろう。
私が思うのは死の間際、勇者は何を思っていたのだろうということだ。彼はどんな気持ちで戦っていたのだろう。恨んでいたのだろうか。悲しんでいたのだろうか。はたまた、いつかは帰って来てくれると信じていたのだろうか。
ふと、ユート様の姿が目に映る。彼は首を傾げていた。話の内容が見えてこないのだろう。……私が同じ道を行けば、この人が犠牲になるのだ。あれだけ辛い目に会って来たのに。それは許すことができなかった。
「こんな詩があってな。
『スペードは王道の勇者。人を惹きつけ、動かす力を持つ。
ダイヤは力の勇者。強き力を持ち、世界を守る。
ハートは慈愛の勇者。弱き者を救い、癒す者である。
クローバーは義の勇者。自らの義に従い、人を救わんと願う者。』とな」
少し、納得してしまった。凛花様は言い伝え通りの勇者と言えるし、アルヴァ様は4人の勇者の中ではわかりやすく強い。コルネリア様は誰に対しても優しいし、ジリアン様は確かに曲がったことは嫌っている。と、そこで気付く。
「あの、ジョーカーはどんな言い伝えが………?」
「『ジョーカーは忠義の勇者。召喚した者を裏切ることなく、最強の力をもって他の者をねじ伏せる。』そう言い伝えられておる」
「で、では、もしや………!」
一つの危惧が浮かぶ。それはユート様はジョーカーとして召喚されたから私を慕っているのではないか、というものだ。だが、それには首を横に振った。
「そんな顔をせんでも、気持ちを操ることまではしとらん。安心するとよい」
「そう、ですか………」
「しかし、お主が間違っても、止められぬということではある。過去の勇者がついには死んでしまったのもそれが理由じゃ」
心臓が跳ね上がった気がした。私が間違えれば、ユート様は死ぬ。そう思ったからだ。
「ゆめ、忘れるな。そなたが間違えれば、世界も、あの勇者も、そなた自身も不幸になる」
「……わかりました」
老婆の目から視線を逸らすことはできなかった。




