人であること
「シルヴィアさん、ほんとにいいの?もうちょっと休んでもいいと思うんだけど。この国からシルヴィアさんの国まで、馬車で1ヶ月以上は掛かるんでしょ?八魔将も3体は倒したわけだし」
「ユート様。そもそもの話として、帰還しなければ国民の皆様が安心できないのですよ。もしかすると、怪我をしてしまったのかもしれない。そんな不安がつきまとってしまうのです。早めに戻り、報告をすることが一番いいでしょう」
「んー、そっか。わかったよ」
ユート様が頷いてくれたことで、ようやく今後の方針が決まった。けれど、私としては他に気になることもある。
「その、ユート様?本当にいいのですか?」
「うん?ああ、あのこと?いいんだよ。もう決めたしね。ただ、条件はあるけど」
「それならいいのですが………」
やはり心配に思ってしまう。この人が無茶をしようとするのはいつものことで、大抵自分が傷ついている。私はそれが嫌だったのだ。
空を見上げ、一昨日のことを思い出す。あのときも、今日と同じように綺麗に晴れていた。
※ ※ ※
あの日、私とユート様は外へと出ていた。カトレアさんも共にいたので、3人で色々と周っていたことになる。他の勇者様たちは遠慮して、ついて来なかったのだ。
「……ええと、つまり。ユート様はほとんど消耗なしで超能力を使えると。そういうことでしょうか?」
「そうだね。勿論、使い続ければ疲れはするけど、それは普通の人が運動したら疲れるようなものだと思うよ?」
「とんでもないですね………」
確かに、今のユート様は戦力として十分過ぎるだろう。むしろ、強すぎて不安になるぐらいに。この力を間違って使えばどうなるのか。今もきょとんとした顔をしているこの人を見て、そう考えてしまっている。
「あ、ここ」
「どうしたのですか?」
立ち止まったユート様に、カトレアさんがすぐ気付き、声を掛けた。私も立ち止まり、ユート様の視線の先を追うと、珍しいものがあった。王国でもあまり見かけることのなかったものだ。
「占い?って何なんだろう、って思って」
「ああ、占いですか。簡単に言うならば、これから生きてく上での助言を与えてくれたり、未来を見てくれたりするんですよ」
「未来?ってことは、超能力者なのかな?」
「いえ、そうではないかと……外れることもありますから、一つの意見程度に聞くといいかもしれませんね」
へー、とユート様が目を離さずに答える。カトレアさんはそんな姿を見て苦笑していた。
「入りたいなら、入りましょうか?」
「え?いいの?」
「構いませんよ。私も占ってもらいたいものがありますから。カトレアさんはどうですか?」
「私も占ってほしいことがあるので、入りましょうか」
「うん、そうしよう」
私たちが入ることを決めると、すぐに入って行ってしまった。こういうところはまだ子供なのだろうな、と笑ってしまう。
けれど、彼の過去を知れば、それは当然なはずなのだ。この世に生まれてまだ10年で。戦いに明け暮れる毎日を過ごし。愛してくれた人を失い。そして、すべてを失ってこの世界にやってきた。残っていたのは、自身の名前だけ。子供らしく遊ぶことも、友達を作ることも許されない。ただただ、兵器として扱われる。それが私は嫌だった。せめて、この世界では自由に過ごしてほしい。そう思うのだ。
「おや、3人かい?どういう関係なんだね?」
「うーん、なんて言えばいいのかな……?大事な人、かな?」
「ユート様、それだと絶対に誤解を生みます………」
カトレアさんがこめかみを押さえていた。この人も苦労性だな、と少し笑ってしまった。
「ふむ、まあ、仲がいいのはいいことじゃよ。それで今日はどんなことを聞きに来たのかな?」
占い師の人は人が好さそうな老人だった。彼女は占い師らしく、丸い水晶まで置いている。他にも、カードや私ではわからないようなものまで置いてあり、本当に占い師なのだなと思う。
「うーんとね……僕のこれから、なんてどうかな?知りたいことだしね」
「ほう?どんなことを知りたいんじゃ?」
「これからどうすべき、とか、こうしたらいい、みたいな感じかなあ?いまだに迷ってるから………」
すると、占い師の人は唐突に笑い出した。ユート様は首を傾げている。
「何か変なことを言ったかな?」
「いやいや、それは占うまでもない。お主が本当にやりたいことをすればよい。人とはそう生きるもんじゃて」
「そう、なの?」
「そうじゃな。一つ助言を与えるなら、身近なものにこまめに相談する癖を付けた方がよいな。そうすれば、おのずと道は見えてくる」
顔をくしゃくしゃにしながら笑う老婆に、ユート様はこくりと頷いた。
「わかった。何かあったら、クロやカトレア、シルヴィアさんに相談してみるよ」
「そうするとよい」
「でも、ここにあるもの使ってないね。どうして?」
「ああ、それか。それは雰囲気を作るためじゃよ。あとは、安心させるためでもある」
「安心?」
今度はユート様だけではなく、私とカトレアさんも首を傾げていた。占い師の人は笑いながら、事実を話してくれた。
「実はのう。本当はこんな仰々しいものは必要ないんじゃよ。こんなものはなくとも、占いなぞできる」
「え、そうなの?」
「そうじゃ。けどのう、人というのは目で判断しようとするものじゃ。わしがここに何も置いてなければ、本当に占い師なのか。それすらも疑ってしまう。だから、いつもはそれらしく水晶やカードを使っているふりをして占うのじゃよ」
「そうなんだ」
少し、耳が痛い話だった。確かに、私も何もなければ疑っていただろうと思ったからだ。カトレアさんもばつの悪そうな顔をしている。普通にしているのは、占いを何かということを知らず、純粋なユート様だけだった。
「ねえ、お婆さん。一つ聞きたいんだけど」
「うん?何かね?」
「お婆さんは人である、ってどういうことだと思う?」
ユート様は首を傾げていた。自分の名前のことを気にしているのかもしれない。自身の名前に添えるように生きていられるのか。そう考えて。
「ふむ……ほうほう。そういうことか。それは災難じゃったの」
「え?」
「お主の過去を見てみたのじゃよ。不幸続きで、人としても扱われぬ毎日。親しきものすらも失い、記憶もなくしてここにやって来た。それはそんな疑問も持つじゃろうて」
占い師の人は憐れむような目はしていなかった。ただ、静かに微笑んでいるだけだ。
「そう。それで、どうなんだろう?先生が言った通りにするにはどうしたら………」
「具体的に何をせずともよい」
「でも、それじゃあ………」
「心配するでない。お主は人とはどんなものだと考える?」
ユート様がしばし考え込む。再び顔を上げると、やはり戸惑っている様子だった。
「わからない。何が人で、何が人じゃないなのか。それがわからないんだ」
「それでいいのじゃ。人は誰しも自分が何者かわかっていはしないものじゃ。疑問を持たず、ただぼんやりと暮らしておる」
「そう、なの?」
「そうじゃ。じゃが、過去のお主と決定的に違うのは一つ。迷うかどうかじゃ」
「迷うかどうか………」
「人は誰しも迷うときがある。それは時に他人にはどうでもいいものであったり、他人の一生を決めるものだったり。前のお主では考えなかったじゃろ?」
うん、とユート様が頷く。
「それがお主が人間だという証拠じゃよ。これからも悩み、考え、答えを出すとよい。それが人らしくある、ということじゃ」
「うん。ありがとう」
ふと、ユート様が笑った。そんな気がした。幻だったのかもしれないけれど、私はその顔を忘れることができなかったのだった。




