プロミネンス
息をするのが辛い。何度も何度も攻撃を回避し続けて、疲弊しきってしまっているのだ。だというのに、相手には疲労の様子が微塵も感じられない。正直、空を飛ばれるということが、ここまで厄介だとは思ったこともなかった。最初に少しは食い下がれるかもしれない、と思った自分を殴りたくもなった。
ガルーダと名乗ったあの魔族は、特殊なスキルを一つとして持たず、身体能力だけで戦っているようなのだ。だから、他と比べても気を付ける点はないと思っていた。だが、それは違う。ガルーダの本当に恐ろしいところは、空を飛べることと無尽蔵とも思えるその体力。空から急に攻撃を仕掛け、離脱を繰り返すという単純な攻撃しかしては来ない。けれど、それが何十回。それもほとんど休みなく行われているとすれば、話は変わる。早い話が防戦一方となってしまっているのだ。守るだけの戦いは予想以上に集中力を削った。一つ間違えば命を失うという感覚が、凄まじい重荷となって自身に圧し掛かってくるのだ。
ちらりと周りの勇者様たちの様子を見る。ジリアン様はまだ余裕があるようで、弓を射ながら応戦している。アルヴァ様もいくらかの疲労は見られるものの、まだ大丈夫であろう。問題は凛花様とコルネリア様だ。凛花様はあちこちに傷を作っているし、コルネリア様は今にも倒れてしまいそうだった。このままでは遠くないうちに、私たちは全滅してしまう。なんとかして、突破口を見つけなければ……
「到着しました」
「ほ、本当に来れちゃったんですか……?って、きゃっ!」
どうしようもない状況に歯噛みしていると、この場に新しい人物が現れた。その人物たちは今ここにいて欲しくない、逃げていたはずの人物たちだった。
「ユート様!?カトレアさん!?どうしてここに………!?」
「シルヴィア様!その、話は後で………!」
「個体名カトレアの意見に同意します。まずは疲労を癒してはいかがでしょうか?個体名凛花は怪我をしているので、治療行為をすることも同時に勧めます」
ユート様がこちらを見て話しかけたとき、違和感を感じた。この人は本当にユート様なのだろうか?
「あ、メアさん!くれぐれも怪我をしないようにしてください!」
「疑問。メアというのは私のことでしょうか?」
「そうです!」
「了解いたしました。怪我をしないように戦います」
「あ、あの、カトレアさん?これは一体どうなっているのでしょうか?」
混乱した頭で、唯一事情を知っていそうな人物に声を掛けた。カトレアさんは困ったような表情をしながら、私の方を向いた。そして、事情を説明してくれた。ところどころで質問は挟んだが、基本はカトレアさんが一人で話すという様子であった。説明されたことを自分なりに噛み砕き、理解しようとした。
「ええと、つまり……あのユート様は二重人格の、戦闘時にのみ現れるような人格、ということでしょうか?そして、すべての記憶を取り戻したと?」
「まあ、そういうことだと思います」
「……想定外のこと過ぎて、理解しようにもし切れません………」
「はい、私もです………」
二人でユート様の方を向くと、ユート様はただぼんやりと佇んでいるだけだった。あれでは危ないのではないかと、そちらに駆けていこうとした。
「これで十分でしょうか?」
ユート様がいきなり手を振り下ろす。すると、上空にいたはずのガルーダがいきなり地面へと叩き落とされた。
「ええっ!?」
「最初はそうなりますよね………」
カトレアさんが遠い目をしている。ここに来るまでに、こんな光景をずっと見てきたのかもしれない。
次にユート様がつま先で地面を小突く。そうすると今度はガルーダが叩き落とされた地面が変化し、沼のようになった。再度小突くと、腕や足に泥が絡みつき、拘束する。さらに小突くと、絡みついた泥は鎖へと変化し、より強い拘束力を持った。
「す、すごい………」
私たちがあんなに手間取っていた八魔将を、こんなにあっさり拘束してみせた。カトレアさんの話にあった、魔族を殲滅することができるという発言もあながち嘘ではないのかもしれない。
「個体名シルヴィアに問いかけます。戦略級PSY、『プロミネンス』を使用しますか?」
「ぷろみ、ねんす………?」
「はい。この超能力を使えば、魔族を一気に殲滅することができます」
「そんなことができるんですか!?」
本当にそんなことが可能なら、多くの人を救うことができる。魔族から助かる人が増えるのだ。
「それなら………!」
「ちょい待ちな。そんなに都合がいい魔法なんざあるわけねえ。何か不具合があるんじゃねえのか?」
急にジリアン様が口を挟む。が、その言い分は納得することができた。確かに都合が良さすぎるからだ。
「不具合、ですか?」
「ああ、お前に負担がかかるとか、誰かが死ななきゃならねえとか、そんな感じのもんだよ」
「それならば、そんなものはありません。この能力を使う上で、払う代償などないので」
「そ、そうなのですか」
ホッと胸を撫で下ろした。ユート様に負担がかかるわけではなかったのだ。
「ですが」
「あん?やっぱなんかあんのかよ?」
「いえ、違います。この能力は規模が大きいので、攻撃の対象となるのは逃げ遅れた者全員となります」
「……は?」
「つまり、まだこの国に残っている人間共々、魔族を殲滅するということです」
ユート様から、いや、メアさんから発せられた言葉に思考が止まった。これから使う能力で、救おうとしている人たちも殺す?そんな……そんなことは………
「却下に決まってんだろ!巻き込まなくていいやつまで巻き込むんじゃねえ!」
「そうですか。では、人間を避難させた後に使いますか?」
「……ああ、それなら構わねえよ。そんじゃ………」
「了解いたしました。一刻も早い脱出を行います」
メアさんがそう言ったとき、急に意識を失った。次に気付いたときには、目を疑うような光景が広がっていた。
「な、なんだよ、これ………」
ジリアン様が辛うじて口を開いただけで、他の人は言葉も出せなかったようだ。勿論、私だって紡ぐことはできなかった。
目の前にあったのは、ただの焦土だった。地面が溶解し、いまだに私たちの方まで熱を伝えてくる。魔族に壊された街並みも、何一つ残っていなかった。ただただ、何かがあったことしかわからない。こんな様子では、いくら魔族とて生きていることは難しいだろう。
「すべての魔族の生命活動が停止したことを確認。命令は遂行されました。戦闘、お疲れさまでした」
私たちの目の前には、一瞬で作り変えられた地形とぺこりとしたメアさんの姿しかなかったのだから………




