攻略班の始動
ツアーを運営していた多恵の実家『中川旅館』は、経営不振を脱却する為に『異世界旅行』を企画した。コンセプトは、異世界との協和。異世界の生活を乱さず、ツアーとしての楽しみを提供する。だが、異世界の生活と言っても、知識のない者には実感が無い。そこで、ブログに異世界の情報を細かく記載し、理解した者を客として認定する事にした。しかし、荒唐無稽な異世界の情報を真剣に受け止める者は居なかった…鈴森以外は。鈴森を知らない多恵は、友好的な異世界旅行を楽しむと信じてツアーへの参加を認めた。だが、帰って来た鈴森は信頼を簡単に裏切った。異世界の面白さを『ハンティングゲームの最高峰』としてSNSで伝えてしまった、それが異世界の生活を乱す行動だと知りながら。レビューは瞬く間に広まり、ゲーム思考の面々からツアーへの問い合わせが相次ぐ。だが、多恵は異世界の生活を守る為に全ての申し込みを断った。旅館の寿命が縮まっても構わず。そんな最中、レビューに興味を持っていた株式会社ゼノスがツアーの権利を12億円で買いたいと打診した。それでも、多恵は断った。だが、旅館を第一に考える母を止める事は出来なかった。結局ツアーはゼノスへ移管してしまう事に。
東京エリア、自宅。
母が扉越しに部屋の中を探っている。狭い部屋で何か間違いが起こらないか心配しているのは分かるが、ハッキリ言って余計なお世話。そんなに俺が女を連れ込んだのが意外なのか? そんなに女に縁が無いと思っているのか? まぁ、全く以ってその通りだけど…。兎に角今は、多恵の事に集中したい。
「これで良かった?」
俺が欲した情報なのだが、聞いた事を少し後悔している。こんな話を聞かされたら、情が湧くのは必至。多恵に会って謝りたい、多恵に会って「ありがとう」と伝えたい。こんな叶わない願いに翻弄されるぐらいなら、聞かない方が良かったかもしれない。それこそ、ゼノスの企みの調べてもらった方が気が楽だった…。
「ねぇ、これで許してくれる?」
「まぁな…」
まだまだ情報を引き出せる存在なのだが、これ以上利用すると邪魔になる可能性が高い。「情報を集める代わりに…」と言って、何か真桜に関する要求をしかねない。ゼノスはこれからも接触する機会が増える。無理に彩矢を利用する必要はない。
「じゃあ、二人とも帰ってくれ。これ以上は色々面倒だ」
「え~~~~」
真桜はベッドに潜り込み帰りたくないアピール。付き合っている時だったら多少惹かれたかもしれないが、今はただ単に鬱陶しい。つくづく感情が切れてしまったのだと実感する。真桜の気を惹きたいのか、彩矢まで同じ行動を取る。隣で寝る真桜の匂いを嗅ぎながら、ゲヘゲヘと変態おじさんのような笑みを浮かべる。
俺のベッドが混沌に染まったタイミングで、母乱入。
「あら、あらあら…遂に真士郎にも春が来たのかしら?」
母は昔からお節介の塊。唯一の友達に「恋人になってあげて」と言ったり、たまたまバス停に居た女の子に「彼女?」と聞いたり、授業参観に来た先生に「息子…モテないんです!」と相談したり、嫌いにはなれないが…もう少し何とかならないかと常に思っている。
俺は日常生活に戻った。ツアー客対策を諦めた訳じゃないが、勝てない現実に直面し、多恵の真意に絆され、無謀な策に命を賭けられなくなってしまった。狩りに命を賭けるのは、生活も掛かっているし別物。
「シン、一緒に行こう」
真桜は、突然俺の会社に転職した。「付き合ってくれるまで諦めない」とか言い出して群馬へ直行、親父を説得してしまった。会社の雰囲気は俺に味方をしているが、社長は親父の陰に怯えて真桜を応援している。勿論、母も真桜を応援。迎えに来た真桜とがっちり握手をするのが日課になっている。
会社に辿り着くと、同僚数人が噂話をしている。何やら町に変人が現れたらしい。ボロボロなマント姿で「強い奴は何処に居る」と誰かれ構わず問い、力自慢が「俺だ」と誇示しても「違う」と一喝して去って行く。何を以って「強い奴」と言っているのか不明だが、同僚が一時間様子を見ていても目当てに相手は現れなかったようだ。
「おっ! 今日も熱いね~」
親父のイエスマンとなってしまった社長は、真桜との仲を繋ぐ事に必死。「狩りよりもデートに行け」と毎日のように職務放棄させようとする。この世界でも権力が優先と思い知らされ、かなり残念。しかし、今日に限ってはラッキー。噂になっている変人を拝みに行ける。
町は最近活気が失われつつある。恐獣が狩猟量が減っているせいで、商売が滞り、経済が鈍化し、貧しさが精神を蝕んでいる。今のところは東京エリアだけの異変だが、鈴森のようなツアー客が増えれば千葉や群馬エリアもどうなるか分からない。
「ねぇねぇ、今日は何処に行く?」
真桜は相変わらずデートに浮かれている。ちなみに、一度も付き合うと言った覚えは無い。
「今日は変人を見に行く」
「…自分が強いと思っているの?」
彩矢に負けてから自分の弱さを責め続けている。責めても責めても終わりは無い。傍に居る真桜の強さが、俺の弱さを罪に変える。この世界の理は、『生きたければ強く在らねばならない』。弱い者には一切の権利が存在しない。ただ、俺には向こうの世界の記憶も存在している。弱いからと言って簡単に引き下がれない。
半分意地で変人を探していると、案外呆気なく発見。浮浪者のように彷徨い、すれ違った人全員に「強い奴は何処に居る」と尋ねている。噂話通りの外見だが、殺気に近い感情が漂っている。
「真桜、ここで待っていろ!」
「ダメダメ。強いのは私の方でしょ?」
真桜に悪気はない。向こうの世界では守る事は普通、別に俺を貶している訳ではない。分かっている、分かっているのだが…すっかり順応してしまっている俺の頭は悪口と認識してしまう。相反する世界の常識観点が真桜と俺との間で摩擦になっている。
結局俺が折れて、真桜に先陣を譲る。
「ねぇ。強い人を探しているのは、あなた?」
「…これはこれは、随分強い奴が来たな」
変人は、急にマントを脱ぎ棄てる。露になったのは獣皮で作られた鎧と熊みたいな大男。アルマジロのような鱗が体の動きに合わせて形を変え、柔軟で可動域の広い行動が可能になっている。左手に構えた大きな盾には、鋭利な巨大角が中央に取り付けられている。鎧も盾も素人が作れる物ではない。鍛冶や細工に秀でた人材が居ないと作成は不可。しかし、この世界の鍛冶師では扱えない素材を使っている。となると、やっぱりゼノスが寄こしたツアー客。本腰を入れ始めた証拠をこんなに早く実感するとは思っていなかった。
「お前が賞金首だな!」
体を丸め盾に隠れ、真桜に向かって突進。勢いはあるが、直線的で隠れているせいで視界も悪い。真桜ほどの実力なら簡単に逃れる事が出来る。案の定、真桜は華麗に躱し、背後から弓矢で鱗の隙間を狙い撃つ。タイミングも角度も溜息が漏れるほど完璧…の筈だったが、鱗の隙間から弓矢が零れ落ちる。
「真桜! 逃げろ!」
真桜の実力はこの世界でも随一、勝てる相手はほとんど居ない。それでも、嫌な予感が背中を奔る。何が? どうして? と、聞かれても答えられない直感。間違っている可能性も大いにある。
言う事を聞かず、腰に据えた小剣で隙間を狙って刺突。確かに貫いているが全く通じておらず、大男は余裕の表情で嗤う。
「強いからこそ油断する。弱いから分かる事もあるんじゃないかな~、考えた事ないんだろな~」
大男は突進を繰り返す。見当違いな方向にも走っていて、そこには何か意図があるように感じる。だが、それが何なのか分からない。分からないと真桜を説得出来る材料に出来ない。本人の戦闘センスが気付かせる事に期待するしかない…。
だが、期待とは裏腹に真桜は行動を変えない。執拗に鎧の隙間を狙い続ける。嫌な予感がどんどん強くなる。真桜が敗北するあり得ない光景が間近に迫る予感…。
「真桜! 被害者を出すつもりか! 場所を変えろ!」
逃げるがダメなら、助けるで動かす。真桜に通じやすい言葉。
「…分かった」
攻撃を中断して、誘うように森の方向に逃げる。
大男は、俺の方をチラッとみて嗤いながら真桜を追う。
二人を追って森の入ると、異様な光景が繰り広げられていた。あの真桜が一方的に吹き飛ばされている。俺でも躱せそうな突進でも嘘のように激突している。ただ、当たった瞬間に上手く往なし、ダメージはほとんど入っていない。
「強いの典型だ! 手法も、連携も、余所に置いて見ていない!」
敵に賛同したくないが、指摘はもっとも。真桜は強い故に個人プレイが過ぎる。今まではスペック以上の敵が居なかったから問題なかっただけで、いざ対等以上の敵が現れるとピンチに陥る。相手が何を考えて行動しているのか? どうすれば打開できるのか? 何か活用すべきものはあるか? ちょっと前の俺も出来ていなかった思考の拡張を行う必要がある。
「真桜! 俺を頼れ!」
「大丈夫…私、強いから……」
「そうだ、その通りだ! 俺なんかよりも圧倒的に強い! だからって頼っちゃいけないって法則は無いだろ! 一人で勝てないなら、二人で勝てばいい! 正々堂々とか、スポーツマンシップとか、どうでもいい! この世界に必要なのは、生きる為の強さだけだッ!」
思いが通じたのか、真桜は泣きそうな顔で異変を訴える。
「足が…痛い……動かす、度に……」
真桜の足に注目する。だが、傷らしいものは見当たらない。代わりにキラキラ光る筋が見える。一瞬見える光の筋は、木と真桜、真桜と大男、大男と木を繋いでいる。そして決まって、突進のタイミング。頭に過った発想を試す為に、木と大男の間に向かって大剣を振り下ろす。想像通り、大剣が何かに引っ掛かって弾かれる。
「もう少し我慢しろ! 俺が何とかする!」
張り巡らされているのは、テグスのような物。細く強固で、今の武器では幾ら頑張っても切断できない未知の恐獣製。しかも、透明で光の乱反射以外で位置を把握する術はない。脱出する方法があるとするなら、操作している大男を撃退するしかない。ただ、難度が高過ぎる。真桜を騙し罠にかけるには相当の技術が必要。テグスのような物が無かったとしても、相当強い。
一か八かで大男を襲撃。だが、大剣の間合いに入る前に胸の辺りに違和感を覚える。
「健気だね~、勝てないと分かっているのに向かってくる。おや、女の腰巾着らしい臭いがプンプンする」
大男は、嫌味たらしく俺の臭いを嗅ぐ。
「くっせ~、臭々」
臭いを嗅ぐ為に少し盾を持ち上げると、胸にあった違和感も上に移動。テグスのような物が盾と連動している事が判明。真桜を助ける妙案を思いつく。
「お前は誤解している」
「腰巾着じゃないのか?」
「そうじゃない。賞金首は…俺だ!」
キーワードの魔力に負け、まんまと盾を下ろし顔を見せる。違和感は膝下まで移動。盾の位置から考えて、角の部分にテグスのような物の根元がある。構造や仕組みはまだ分かっていないが、利用できる要素は十分確認出来た。
「どれどれ………違うな~。お前、平凡。賞金首は強者って聞いてるから嘘には騙されん」
ゼノスのツアー客なら、ある程度の情報は認知している筈。彩矢の元彼氏だって直ぐに気付いた。見ただけで強さを認知できる奴が、賞金首の情報をうろ覚えで済ます訳がない。多分、正規の方法でツアーに参加していない。余程賞金が欲しいのが窺える。
「信用しないならそれでも良い。俺は帰るだけだ」
「待て! そこまで言うなら、先にお前を殺してやる!」
大男は、盾を動かしテグスのような物の位置を調節。周囲の景色と俺の位置を確認しながら、盾の後ろに隠れる。そして、予想通り直線軌道で突進してくる。違和感が消えた瞬間、何処にテグスのような物があるか大体の予想はついた。
「弱い者の気持ち、もっと理解した方が良いんじゃないのか~」
軽く飛び、木の位置を確認しながら歩幅を小さく三歩後ろに移動。何かが締まる音が聞こえたら、腕を引っ込め直ぐに前へ突き出す。指先に触れた感覚に向けて大剣を突き、グルグルとかき回す。すると、刃にテグスのような物が巻き付き食い込む。刃が折れる前に近くの木に突き刺せば…大男の罠は不全に陥る。大男の挙動を見ていれば意外と分かり易い。
突進していた大男は、突然止まった盾に弾かれ後ろに吹き飛ばされる。
「真桜! 背後に回って攻撃だ!」
声に応じて真桜が急襲、鎧の隙間を狙って刺突する。だが、やっぱり何かが邪魔して弾かれる。しかし、この仕組みは既に分かっている。
「ゆっくり突き刺して、刃先を左右に動かせ。そうすれば通る!」
指示に従い左右に刃先を動かす。すると、吸い込まれるように突き刺さる。テグスのような物の正体は恐獣の筋肉繊維っぽい。加工の際に敢えて残し、鎖帷子のように鎧の下に張り巡らせた。しかし、強固ゆえに編み込むのは時間が掛かる。賞金を誰かに奪われるのを危惧して中途半端に仕上げた。そのせいで、左右に動かすだけで隙間が生まれ簡単に防御力を失う。ただ、その筋肉繊維をどうやって透明に加工して、どうやって盾に仕組んだのかは…分からない。加工した鍛冶師?は、常軌を逸した相当な腕だろう。
「ぬぬぬ…真の弱さってやつか………」
鎧の隙間から大量の血が溢れてくる。明らかに致命傷に至っているが、感覚を共有していない大男は死の実感から遠い場所に居る。そのせいか、平然と立ち上がり足元を血の海に変える。
「悔しいけど、諦めるとするか…。流石に攻略班が到着してからは無理ゲーだしな」
「攻略班?」
「ゼノスが抱えるプロ集団だ。この装備を見れば分かるだろ? その実力と、恐ろしさが。こんな事なら、多少金を払ってもツアーに参加するんだったな~」
大男はニヤッと笑って、鎧を指差す。
「これはお前にやる」
「良いのか? 普通は奪われたくない筈だろ?」
「ほら、ボスを倒したら良いもんドロップするよな? それと同じだ。お前は俺に勝った、だから、この『地殻獣の鎧』をドロップ品として受け取る。ゲームなら当たり前~…」
負けを負けと認め、執拗に戦いを挑む事はしない。ゲーマーって感じではなく、どちらかというとスポーツ選手のような清々しさが垣間見える。敵である事は間違いないが、案外嫌いになれない性格をしている。
「攻略班は、町を襲撃しお前を焙り出そうとしている。じゃあな、俺より弱い奴」
最後に有益な情報を残して絶命、新しい体で戻る事も無く静寂が辺りを包む。
脳内では、情報にどう向き合うべきか混乱していた。攻略班の実力は手に負えるレベルじゃない、町に行ったとしても勝ち目はゼロ。しかし、このまま町の人達を見捨てるのは絶対嫌だ。天秤に乗っているのは、俺の命と、町の人の命…。ちょっと前だったら、間違いなく町に向かっていた。死んでも構わないと簡単に決断していた。だが今は、多恵に会いたい気持ちが死を恐怖させる。
「シン…」
真桜も今の情報を聞いていたのか、不安そうな表情で腕を握る。
その手は、小刻みに震えている。自分の事では絶対に震えない手が…。
「安心しろ。俺が守ってやる」
真桜にとっての最愛を守る為、町に向かう事にした。この際、個人的な望みは全部忘れよう。心残りは全部、誰かの明日に託す事にしよう…。
町に辿り着くと、そこは地獄絵図。仮面をつけた5人の男女が、目に付いた人間を片っ端から殺している。女だろうが、子どもだろうが、一切構わず残酷な方法で…。俺だったら、ゲームのキャラクターが死ぬ姿は見たくないし、出来るだけ良いエンドが見たい。しかし中には、ダークで陰鬱な雰囲気が好きなゲーマーも居る。敢えて助けない選択をしたり、自ら手を汚したり……。感受性はそれぞれ違う、違うからと言って蔑視して言い訳が無い。でも、それでも…少しは考えて欲しい。もがき苦しむ絶望の立場を………。
「どうして…こんな……」
真桜の視線の先には、大切な母親の姿があった。
足を引き摺り、仮面の男に気付かれないように子どもを逃がしている。
「助けなきゃ……」
「ダメだ…落ち着け」
建物の裏に隠れ様子を窺っているが、攻略班に隙が無い。殺戮を楽しみながらもそれぞれが連携し、迫りくる攻撃を無駄なく対処している。経験値を効率良く稼ぐように、人間を殺していく。今飛び出して行っても、その流れに飲まれるだけ。それに、真桜の母は完璧なステルス行動を実行中。下手に助けに行けば邪魔になるだけ。
「相手は5人、視認できる範囲は限られている。しかも、男達が命を賭けて視野を狭窄。直ぐに発見される事は無い。ゆっくり落ち着いて、お母さんの手伝いに行け…」
「…シンは?」
「俺の事はいい。さぁ、早く……」
振り向きながらも、母親の元へ走っていく。
声が届かない地点まで移動するのを待つ。優秀な狩人一家なら見つかるミスは犯さない。その瞬間を待ちつつ、それまでに心の中にある感情を整理する。怒り、悲しみ、恐怖、動揺…それらを全部閉じ込め、無心状態でただ一つの役割を全うする準備を整える。
そして…その時が来る。
「止めろ!」
無心状態…には程遠いが、死に臆する段階は超えている。意外と簡単だった。昔を思い出して、自分が如何に不要な存在か再認識すれば良い。父の言葉、「恥知らず」、「よくも生まれて来たな」。母の言葉、「我が家には向かないわ」、「もう少し世間体を考えて」。全て向こうの世界の言葉で、トラウマの一部。だが、今の瞬間においてはラッキーワード。
「…予定通り」
攻略班が近づいてくる。仮面で表情は分からないが、奥では豊かな感情が渦巻いている。狼面からは笑い声、獅子面からは溜息、道化面からは荒い息遣い、般若面からは咳き込み。無表情面の女一人だけが、感情の判断が付かない。
リーダーと思われる獅子面の男が、鋭い爪を眉間に向ける。
「………馬鹿だな。神亀を倒した実力があるなら、逃げ延びる事も出来ただろう?」
「馬鹿が似合っているんでな…」
神亀と言うのは、多分、さっき倒した大男の事。まさか攻略班の一員だったとは思いもしなかった。攻略班の一員となると、地殻獣の鎧は攻撃を受けるのに十分な耐久力を有している可能性が出て来た。もしかしたら、死ななくても済むかも……いや、ダメだ。同じ攻略班なら弱点も知っている。
「さぁ、さっさと殺せ!」
「そうさせてもらう…」
獅子面の男が合図すると、般若面の女が槍を構え近づいてくる。動きに見覚えがある。しかも、少し前に…。
「…彩矢、なのか?」
「……」
「どうしてこんな事をしているんだ! 許してもらう為に情報をくれたんじゃないのか?」
「黙ってよ! 私にだって事情があるのよ!」
無駄のない槍捌きで鎧の隙間を突く。だが、左右に動かす前に体を捻り筋肉繊維の偏りを回避。
「真桜がどう思うだろうか? 今度こそ絶交…いや、それ以上か」
「…大丈夫、死人に口無し。鬼道流槍術! 貫通迅!」
鬼道流槍術が炸裂。一瞬の体重移動から繰り出される超速の一撃は、鎧の強度を一切無視して容易く肩を貫く。だが、ダメージを負ったのは俺だけではない。彩矢も踏み込んだ右足先が折れている。一子相伝だったのは、厳しい掟によるものではなく、リスクの高さ故だったのかもしれない。
「貫通嵐迅!」
今度は連続攻撃。躱す暇もなく、両腕と両足を貫かれ完全に動けない状態に陥る。左足先を犠牲にした一撃で彩矢は戦闘不能、自ら命を絶ち新しい体で直ぐに戻って来る。完全にこの世界の常識を利用した戦いが馴染んでいる。
「よくやった、鬼神。後は私が尋問する」
彩矢は鬼神、どうやらコードネームには神が付くらしい。
獅子面の男はしゃがみ、仮面を外して溜息を漏らす。しかし、本当に溜息を漏らしたいのは…俺。
「…親父、ここまで俺が嫌いだったか?」
獅子面の男は…親父だった。俺が居なくなっても、悲しむどころか殺しに来るとは、想像以上の嫌われっぷりに絶望する。この世界での親父は、不器用ながらも心配してくれた。真桜を護衛にしてくれたと知った時は、「本当は嫌いじゃないかも」と密かに喜んでいた。俺にも意味がある、俺でも生きていて良い…と。でも、違った。少なくとも、向こうの世界では…。もうこうなったら、俺も割り切ろう。俺の親父は、この世界にしか居ない。
「愛されていると思っていたのか? 無能で、役立たずで、汚らしい! 生まれてくるべきではなかった!」
「俺だって生まれたくなかった。殺人鬼の家なんかに!」
渾身の力で掴んだ砂を投げつける。
だが、巧みに躱して顔面を踏みつける。
「オーダー…完了!」
鋭い爪で右目を貫かれる。
激烈な痛みが奔るが、脳に達する前に止まる。
「グオオォォォーーーー!」
親父の腕を、巨大な恐獣が食い千切っている。
その雄々しい姿に見覚えがある。
「…多恵」
「ごめんなさい。もっと早くに来れれば…」
襲い掛かる攻略班を尻尾で一蹴。彩矢が鬼道流槍術を駆使しても、圧倒的な強度を誇る鱗を貫通する事は無い。咥えた親父の腕の向きを変え、鋭い爪の部分を彩矢の腕に突き刺す。一瞬怯んだ隙に、俺を掴んで飛翔。雲を突っ切り空の彼方へ…。
俺の意識は既に限界。助かった安堵、心残りの消失、痛みによる昏睡効果。多恵の腕の中で絶えるように眠りに就く。




