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新しい文明の火・前編

 神亀の思惑のせい…お陰で、ラッキーの背中は少し賑やかになった。ジョインは、「理想の演劇界を作って見せる」と意気込み、使う事の出来た原初の石(緑)を最大限に活用し大規模な劇場を作成した。残念がっていたのは、観客が4人しかいない事。「優勝賞品で早く観客を連れて来なさい」と毎日うるさい。受付嬢、もとい、椎田香(しいだかおり)は、劇場の経理と町の管理業務をやる事になった。たった一人でギルドの管理をしていた実力は確かだが…果たしてこの世界で必要かは疑問。神亀は……あれから姿を見せていない。ジョインの話では、「けじめをつけに行った」との事。何の事かよく分からないが、妙な胸騒ぎがする。因みに、ジョイン達をミネは大歓迎してくれた。何はともあれ、ミネの気持ちが俺にとって一番大事。そう考えると、群馬エリア解放を急ぐべきだろうけど…。




 玉座の部屋にて作戦会議。議題は、どうやって群馬エリアを解放するか。優勝賞品で解放自体は確約されたが、ジョインの裏切りが攻略班の耳に入り強固な監視体制に移行してしまった。防衛依頼を受けたハンターでさえ、事前準備に不備があったら最悪殺されてしまう。こんな状況でむやみに挑むのは自殺行為、しっかり策を練らないと犠牲が出てしまう。


「なぁ、転移装置を使えないのか?」


 男優モードのジョインの言う通り、転移が一番良い方法。気付かれない内に全員避難させる事が出来れば、如何に強固な監視体制でも意味を成さない。だが、残念な事に、今の転移装置の定員は一人。一人ずつ転移している間に気付かれてしまったら、残り全員の命が危険に晒される。原初の石で転移装置の機能拡張が出来るようだが、悲しい事に、劇場を造った為ほとんど残っていない。

 ジョインも気づいたのか、直ぐに黙ってしまう。


「陽動は仕掛けられないですか?」


 受付嬢…もとい、香の意見だが、深紅の夢を持っていると誤認されている内なら、俺が囮になれば十分可能だと思う。ただ、囮になるのは良いが…上手く逃げられる保証が無い。獅子面の執拗さを知っているから余計に賛同できない。


「転移に気付かれなかったら、大丈夫なんだよね?」

「まぁ、そうだけど…」

「だったら、私に任せて」


 戦いに巻き込む事は極力避けたい。


「お願い! 私を信じて!」


 でも、ミネの意志は鋼鉄よりも硬い。俺が何を言っても絶対に曲がらない。


「…分かった。その代わり、危険な事は避けてくれよな!」

「……うん♪」


 信じて任せると決めても、心の中は不安で一杯。特に最後の間が…。




 翌日の夜、ミネの作戦が決行される事となった。で、肝心の作戦は、題して『超美味しい料理で骨抜き大作戦』。料理を食べさせる相手は、味覚を有していないハンターやツアー客ではなく、近くに生息している恐獣。ミネの話では、普段姿を見せない特殊な恐獣が睡眠の唄を歌うらしく、それを利用して監視に当たっている全員を眠らせ、その間に転送装置で避難を終わらせる…と、結構上手く行きそうな作戦。何より有難いのは、ミネが危険に晒される可能性が低い事。

 ミネは早速、監視拠点の近くで美味しい?料理を作っている。恐獣にはそう感じるかもしれないけど、俺達には…美味しそうには感じない臭い。例えるなら…腐った卵と肉をごちゃ混ぜにして、トマト系の匂いを足したような感じ。


「ミネ…これで本当に現れるのか?」


 俺は進化できるお陰で辛うじて臭いに耐えられているが、同行していたジョインは鼻を抑えて倒れている。


「な、何でも良いから…早くして~~」


 女優モードなのだが、悶える様は男優モードっぽい。


「直ぐに出てくるよ」


 ミネの言葉通り、小さな恐獣が茂みから出てくる。見た目はウサギだが、ウサギが発する事が無い超高音の鳴き声。聞いていると、だんだん瞼が重くなっていく。


「ほら、こっちにおいで」


 ミネの声に安心したのか、鳴き止んで腕に抱かれる。

 途端、眠気は治まり、逆に一気に覚醒する。


「この子は、狭間の眷属『タル』。どの領域にも属しない流浪の一族で、その名の通り次元の狭間に住んでいると言われている。誰も住んでいる場所を見た事が無いけどね…ハハハ。でね、タルの大好物がこのザンバルの実。煮詰めてより臭くする事で、堪らずに姿を現す。そして、一心不乱に脇目も振らず食べる」


 抱かれているタルは、臭いのする方をキョロキョロ見てながらユダレを垂らしている。


「食べている間は、天敵から身を守る為に子守唄を歌う。どんなに強力な力を持っていても、絶対に抗えない最強の子守唄。お母さんはタルの事を、唯一安らぎを強制できる一族って言っていた。でも、タルにだって満腹はある。お腹一杯になったら、唄うのを止めて住処へ帰ってしまう。それまでに避難が終わらないと…作戦失敗になるね」

「…どのくらいだ?」

「この大きさなら、10分ぐらいで満腹かな……」


 10分以内に避難を終わらせるのは至難の業。たった一人ずつしか通れない避難路では、群馬エリアに居る5万人を逃がす為には半日以上必要。半日を10分にするには、赤と緑以外の原初の石を扱える適格者を探し出し、転送装置の機能拡張をするしかない。適格者が居るか居ないかについては、全く心配していない。ミネが自信満々に作戦を立案したのは、適格者が群馬の町に居ると知っていたからだと思っている。問題があるとしたら、その適格者を制限時間内に見つけ出せるか。適格者が居る事は分かっていても、それが誰なのかミネの感知能力では多分ハッキリしてない。


「ジョイン、転移された人の中から適格者を探してくれ。見つかったら、直ぐに転移装置の機能拡張を頼む」

「分かったわ。でも、10分で終わらなかったら……」

「俺が囮になって時間を稼ぐ」

「無茶だよ!」

「ミネが考えた作戦は完璧だ。絶対成功する!」


 やっぱり不安要素を認識していた。って事は、もし間に合わなかったらミネ自身が囮を務めるつもりだった。俺の事を想っての決断だろうが、ミネに何かあったら今回の解放作戦の意味が失われる。父と母を助けたかったのは間違いないが、それ以上にミネの為の側面が強い。




 ジョインが城に戻り、いよいよ作戦決行の時間。ミネは躊躇いながらも、タルにザンバルの実を食べさせる。すると、絶対睡眠の子守唄を歌い出す。襲い来る眠気に負けないように必死に走り、監視拠点の直ぐ傍で耐えきれず爆睡。俺が移動した事が、避難開始の合図。後は、香とジョインに委ねるしかない。




 いきなりの覚醒。

 辺りを見渡し、ハンターやツアー客の動きが無いか窺う。監視拠点の入口で、覚醒したばかりで戸惑うハンターが数人。まだ、避難した事に気が付いていない様子。


「た、大変だ~」


 一人のハンターが群馬の町方面から走って来る。

 こそこそ話していて内容が分からないが、まず間違いなく避難していた事の報告。問題は、全員の避難が終わっているのか、終わっていないのか? 見極めを誤ると大変な事になる。もし避難出来ていなかったら、今直ぐに囮の役割を果たさないといけない。避難成功していた場合は、気付かれない内にさっさと逃げる。

 監視拠点の中から、獅子面が現れる。


「愚か者、逃げられるとは何事だ! 早々に現場へ向かい、何処へ逃げたのか探せ!」


 ゲームの中でまで命令されるのが気に入らないのか、ハンター達は怒りを滲ませ文句を言っている。演技と言う訳では無さそうだが、何か違和感を感じる。


「貴様ら全員クビだ! 残っている奴らの処理は私が行う!」


 言葉通りに受け取れば、避難が中途半端。しかし、今の言葉のせいで違和感がより強くなる。獅子面は、クビと言う言葉をほとんど使わない。クビにしたいと思ったら、結果的にそうせざるを得ない状況を作って自分から退かせる。実際に起きた例えは、本人か身内の罪を見つけ間接的に脅し、逃げ出すしかないような環境を作る…とか。考えただけで恐ろしい。

 しかし、もし本当だったら一大事。獅子面の後を追う事にした。




 群馬の町に到着した獅子面は、憤慨した様子で町に入っていく。


「キャーーーー!」


 女児の悲鳴。

 残っていた者が居たと思い、慌てて町に飛び込む。だが、町はもぬけの殻。代わりに、仁王立ちの獅子面が待ち構えていた。他に誰の姿も無い。まんまと罠に嵌ってしまったのは悔しいけど、良かった。皆が無事に避難する事が出来たのなら、罠に嵌っても大した問題じゃない。密かに獅子面と戦うつもりだったから、一対一の状況はある意味最良とも言える。


「今まで何処に隠れていた? 愚息の分際で手間をかけるな!」

「見つけられなかっただけだろ? 自分の無能を棚に上げるな!」


 以前より獅子面の威圧感が強くなっているような気がする。顔を見るだけで体が硬直し、勝手に追い詰められていく。こんな時は…先制攻撃。

 大剣を強く握り、素早く斬りかかる。


「黄の権能!」


 前回の教訓を生かし、獅子面の前方に立たないよう左右に回避しながら、死角に回って大剣を振り下ろす。思った通り、視界に入らなければ心臓に絡み付く物は無い。その代わり、視界に入った腕や脇腹に何かが絡み付き出血。死ななければ十分再生可能、構わずどんどん攻撃。


「小癪な!」


 動きは俺の方が数段上。必死に視界に留めようとするが、出来ずに逃し続けている。だからと言って、俺の攻撃も全く通じていない。斬撃が当たる瞬間瞬間に、光のバリアが発生し防がれる。ただ、意図的に攻撃が当たる瞬間だけ展開しているように見えるのが…怖い。

 速度を上げて一気に背後に回り、渾身の斬撃を見舞う。すると、呆気なくバリアが壊れる。勢いに任せてトドメ…と行きたかったが、あまりにも不気味で退避。

 バリアの破片が一塊になり、地面に落下。そのまま地中に潜り込んでいく。数秒経つと、地面が割れ金色に輝く荘厳な玉座が現れる。


「あのまま攻撃していれば、楽に死ねたものを…」


 獅子面が玉座に腰掛けた瞬間、何か見えない物に圧し潰される。肋骨が折れ、内臓が潰れ、溜まった血を吐き出す事も困難な具合。背中に伝わる感覚では足の裏のようだが、硬い金属のように冷たい。あまりの冷たさに、感覚が麻痺する。

 逃げ出す為、肘を立て力を籠める。ゆっくり体が浮き上がり、あと少しで立ち上がれる…と思った矢先、急に地面が柔らかくなり腕がすっぽり埋まってしまう。そして、地中の奥底からウジャウジャ虫が寄って来て噛みつく。厄介な事に集まった虫全部が毒を注入、様々な毒の種類に対応できず恐ろしい勢いで蝕まれていく。

 

「誤解しているようだから教えておく。お前の中に深紅の夢がない事は、既に知っている。誰が持っているかも」

「…彩矢…か?」

「人間という存在は、望みを叶える為なら何処までも残酷になれる。彩矢を責めるのは筋違いだ」


 彩矢の事は俺も疑っていた。だから、大してショックじゃない。それよりも気になるのは、母が生きているか。獅子面が黙って見逃がすとは思えない一方、俺を罠に嵌める為に殺さずにいた可能性もある。もし…殺していたら、俺は理性を保てない。


「………殺したのか?」

「紛い物の事か? 安心しろ、まだ殺していない。そんな事をしたら、クライアントから受けた依頼が達成できなくなる」


 クライアントは、ほぼ間違いなくゼノスの事だろう。だとするなら、俺を誘き寄せる為に母を生かしていると言われても違和感は無い。1000万円の賞金を懸けるぐらいだから、相当邪魔に感じているのは確か。気になるのは、攻略班とゼノスの関係。何となくだが、ゼノスは深紅の夢を含む欠片(ピース)の事を知らない気がする。知っていたら、俺の排除より領域を支配できる深紅の夢を優先しそうな気がする。と、なると、確実に知っている攻略班が意図的に隠している? この状況で聞く余裕は無いけど…滅茶苦茶、気になる。


「先ずはお前を殺す。他の件はその後だ」


 何があっても死ねない。死ねば、母が殺される。使いたくは無いけど、殺戮衝動に委ねるしか窮地を脱出する方法が無い。怒りを全力で燃やし、殺戮衝動を目覚めさせる。


「…クク、殺せるのか? その程度の力で?」


 更に進化が進み、もはや「喰う」というフレーズすら言わなくなった。独自の性格も確立し、俺の意志とは関係ない言葉で威嚇している。まるで…俺が裏の存在になってしまったような錯覚。

 殺戮衝動に体を譲った途端、全身に回りつつあった毒は数秒で解毒、負った傷は跡形もなく再生、圧力を物ともせず柔らかい地面に難なく立ち、見えない極冷の巨大足を軽く吹き飛ばす。一体、俺が感じていた窮地とは何だったのか…。


「現れたな、野蛮な獣」

「それはお前も同じだ。敬服する程に醜い人間よ」


 わざわざ獅子面の正面に立ち、黄の権能に心臓を晒す。案の定、心臓に何かが絡み付き締め付けられるが、前回同様、絡みつく何かは綺麗さっぱり消える。


「王様にでもなったつもりか? 如何に高貴な振る舞いをしても、醜さは隠しきれない。弁護士生命を終焉に導いているのも、己の愚かさだと知っている筈だが」

「何を馬鹿な!」

「清廉潔白なイメージだったのに、未成年との交際が撮られ一転窮地。黙殺を試みたが、記者は正義感が強く幾ら金を積んでも首を縦に振らない。このままでは最悪なレッテルと共に地獄に堕ちる。そこで、口封じの為に殺す事にした。どんな気持ちだった? ハンマーで頭をかち割った気分は? 返り血で臭くなった気分は? 洗っても取れない罪の痕跡を自ら刻んだ気分は?」

「な…何故、その事を………?」


 初めて聞いた話の筈だが、何故か俺の一部である殺戮衝動が知っている。嘘やハッタリの可能性も疑ったが、獅子面から伝わって来る動揺は本物。足や手が小刻みに震え、全身から冷や汗が噴出している。


「出来が悪い? 愚か? 全くその通りだ。お前を鑑にしろと言うなら、そりゃ愚かに見えるだろうな」


 殺戮衝動は、玉座の前に立ち獅子面の肩を二回叩く。


「愚かを卒業する為に、早速真似してみようか?」


 拳を振り上げ、ハンマーのように振り下ろす。黄の玉座から発せられる光のバリアが防ぐが、抵抗できたのは一瞬。直ぐに粉々に砕け、獅子面の頭部に拳が直撃。だが、バリアを破るような一撃だったにも拘らず、頭部へのダメージは薄い。大量の出血だけで、致命傷に至っていない。


「こうか? もっと強くか?」


 殺さないように手加減しながら、執拗に頭部を破壊し続ける。痛みを感じない仮の肉体の筈なのに、鮮血に染まる顔には苦痛が滲んでいる。前回も獅子面は痛みを感じていた。もしかしたら、殺戮衝動には精神を通じてダメージを与える力があるのか? 


「グッ…罪を暴いて何になる? 下らぬ仕組みの一つに何の意味も無い」

「おいおい、しっかりしてくれよ。まさか、罪に臆しているのか? 罪を愉悦の道具にしたいから弁護士をしているんだろ? 人が罪によって堕ちて行く様は最高の快感なんだろ? だったら臆せず受け入れろ」


 獅子面は、自ら舌を噛み自害。新しい体で再登場し、玉座から死体を退けて座る。


「黙れ!」


 金色に輝く玉座から、二本の白銀の触腕が伸びてくる。

 全く警戒心の無い殺戮衝動は、成すがまま白銀の触腕に掴まれる。途端、触れられた部分が土に変化しボロボロと崩れる。だがそれでも、殺戮衝動は動揺しない。再生力で土への変化を無効化しつつ、獅子面の額に指を押し当てる。


「精神浸食、介入…………見えて来たぞ、面白い記憶が。へぇ~、俺って本当の息子じゃなかったのか! 本当の息子は……ハハハ、生まれながらに障害があって世間体が悪いから殺したのか。で、既に妻の妊娠が報道されていて焦った結果、俺を産婦人科から盗んで実子として発表したって訳か」

「止めろ!」


 嫌で堪らない存在だったが、実の父ではないと聞かされると切ない気持ちになる。そして、もしもの可能性を考えてしまう。本当の子どもだったら、認めてくれたのか? 本当の子どもだったら、幸せに暮らせたのか? 本当の子どもだったら…母は愛されていたのか? 俺の存在が母から笑顔を奪ったのかも知れない…そう感じてしまう。

 心が落ち込むと、殺戮衝動はより強くなる。


「まさか、罪悪感があるのか? そんな筈無いよな。(下らぬ仕組み)に感情を抱くなんてあり得ないだろ? 仕方ないなぁ~、特別に罪悪感が湧かないようにしてやろう」


 獅子面が砕け、親父の顔が露になる。

 泣いている。俺の為じゃなく、殺した我が子の為に…。だが、数秒経つと涙が止まり、悲しみとは無縁の表情に変わる。


「どうだ? いい気分だろ? これで二度と罪悪感を味わう事は無い………だが、手に汗握る緊迫感が無いと、つまらないよな? よし! 罪の代わりに緊迫感を持てるモノをやろう。『お』と、『ろ』と、『か』の言葉に発狂するようにした。最高の頭脳を生かして言わないように気を付けろ」


 半信半疑の獅子面は、殺戮衝動を睨みつけ禁句を発する。


「愚、か………はぎゃあああああああああああああああああああああああああ!」


 全ての言葉を発し終わる前に、大声で発狂。のた打ち回りながら玉座から落ち、それでも治まらず叫び続けている。


「忠告ぐらい守ったらどうだ? ただの発狂だと思っているとしたら、それは大きな間違いだ。強制的な発狂は脳に多大なダメージを与えてしまう。一度や二度なら大して問題にならないが、あんまり数が多くなると……馬鹿になっちゃうかもな」


 流石の獅子面も大人しくなる。下手に禁句に触れれば、尊厳を失う事になる。


「な、ぜ、これほどの、ち…パワーを…?」


 危なく『|力《ち()ら》』と言ってしまうところだったが、何とか軌道修正。もし発狂がこの体だけの現象なら、獅子面は脳にダメージがあっても構わず言いたい事を言い続ける筈。と、するなら、発狂は向こうの本体でも起こったと考えた方が良さそう。


「火の種なんだから、支配領域を自在に操れるのは当然だろ? 黄の玉座を持っているのに、知らないのか?」

「……支配、領、域………火の種には、存在、しない…筈」

「はぁ…仕方ないから教えてやる。火の種に与えられている領域は、脳内だ。目に見える領域が無いからってバカにするなよ! それこそ、記憶を覗き見たり、思考を歪めたり、体を勝手に動かしたり、脳を起因とする全てが自由自在。ただし、半心(はんしん)のせいで今は完全に操れないがな…」


 透けてくる根端…殺戮衝動は、俺を消して自由に力を行使しようと企んでいる。そんな事を許したら、どんな恐ろしい事が待っているか想像しただけで戦慄する。出来るだけ早く肉体を奪い返し、怒りや憎しみの感情を禁じないといけない。

 早速、愛を意識して主導権を取り戻そうと試みる。だけど、記憶を参照したイメージ程度ではもう抑えられない。他に考えられる抑制方法があるとしたら…フェニックスぐらい。だが、俺のピンチだからと言って都合良く現れるなんて事は、多分、あり得ない。


「…この体、そろそろ終いにしようか?」


 獅子面の表情が青ざめる。体を痙攣させながら、泡を吹いてのた打ち回る。


「愉快だろ? 苦痛、不自由、全部お前が科していたモノだ。存分に味わえ! 存分に楽しめ!」


 獅子面を倒す事だけを考えるなら、このまま殺戮衝動に任せた方が良い。戦いを始めた時は、そのようにしか考えられなかった。ちょっと考えれば、最悪な結果を齎す事も容易に想像できたはずなのに…怒りや憎しみが、都合よく解釈させていた。今だって、苦しむ獅子面を見て……このまま任せようと弱い心が思っている。


(弱くたって良いじゃないか? 強い奴に任せれば良いじゃないか? 安心しろ。お前が憎むモノは全部壊してやる。その代わり……大切なモノも全部壊す! ハハハ、ハハハハハ!)


 嫌だ、絶対に嫌だ。奪われたくない、父を、母を、仲間達を、そして……愛する人を。非力な心を奮い立たせて、流れ込んでくる殺戮衝動の思考へ立ち向かう。強く幸せな日々を思い浮かべて…。


「良い匂い、嗅ぎ取ったぜーーーーー!」


 神亀の声が響き、突如、スポットライトで照らされる。


「泥のような臭いの奥に、香しい花の香り。どっちが本当か、俺には分かる。さぁ解き放て! 熱い衝動をッ! この俺がブーーーーーーストッ、してやるぜ!」


 地響きを伴い、巨大な何かが上空から落下。夜の闇と、スポットライトの明るさのせいで全く正体が掴めない。

 ギターの穏やかな旋律が、闇の中から響いてくる。聞いているだけで、心の葛藤や焦りが消えて行く。その代わり、ミネと過ごした日々の光景が鮮明に脳裏に浮かび上がる。


「ミネさんが怒っていたぞ。「シンはいつも無茶をする」って…」


 ミネに会いたい。会って謝りたい、会って…「ありがとう」と伝えたい。ミネへの想いが強くなるにつれ、胸の奥が熱く燃え滾る。

 闇の中から、不格好なギターを持った神亀が現れる。 


「俺に忠告するような女は、体を奪ったら速攻殺してやる!」

「黙れ、くっさい泥! お前ごときに用は無い!」

「お前に無くても、俺にはある!」


 神亀の額に、殺戮衝動は指を押し当てる。

 このままでは神亀が…そう思った矢先、殺戮衝動の方が激しく動揺。


「ば、馬鹿な! 操れない! 火の種の力が…深紅の夢が……通じない!」


 動揺がきっかけで、主導権を簡単に奪い返す事に成功。しかし、胸の奥では「体を返せ!」とうるさく叫んでいる。進化したせいか、主導権を取り戻しても厄介な主張は消えはしない。


「くっさい泥ごときに操れる訳ねぇだろ! さぁ、シン! 愛する者の名を叫べ! 憎悪の元凶を倒す力を与えてやる!」


 呼ぶべき名はたった一つ。


「ミネーーーーーー!」


 恥ずかしさなんて一切ない。向こうの世界から引き摺って来た常識観点も、人間として持っていた恐獣への抵抗も、全部纏めて投げ捨ててやる。


「…シン」


 スポットライトの範囲が広がり、神亀の後ろに青い(かてがみ)の恐獣の姿が露になる。その背中に、泣き腫らした顔のミネが乗っている。

 恐獣の足を伝って降り、俺の目の前に歩いてくる。


「………絶対に負けないで!」

「約束する」


 騒いでいた殺戮衝動が完全に消え失せる。怒りや憎しみが進化するように、愛も進化する。獅子面の事を考えても、全く…と言ったら嘘になるが、ほとんど激情を感じない。

 ミネの背後に、白銀の触腕が迫る。殺戮衝動が消えたせいで、獅子面の枷は無くなったらしい。生き生きした表情で、残虐な攻撃を平然と行う。戦いに於いては最適な術かもしれない。だがそれでも、ミネを狙ったの事を俺は絶対許さない。

 ミネを素早く抱きかかえ、回避の跳躍。自分では最小限の高さと距離のつもりだったが、気が付いた時には遥か上空。


「愚か者!」


 スポットライトに照らされ、執拗に追ってくる白銀の触腕が見える。

 上空では姿勢制御もままならず、自力では回避できない。しかも、ミネを抱きかかえているから迎撃や防御もとれない。それでも、ミネを守らなければならない。何が何でも…。

 両足を差し出し、白銀の触腕に握らせる。数は二本、足を犠牲にすれば取り敢えずミネに及ぶことは無い……と、覚悟した行動だったが、握られた足が土に変化する事は無い。どうやら、愛の力は鈍かった肉体の進化まで急激に促したみたいだ。


「どっちが愚かか、もう一度よ~く考えろ!」


 ミネが傍に居る意味、その威力を再認識し、自由に飛べる力を想像してみる。すると、背中から真っ赤に燃え盛る翼が生える。記憶の奥に居た恐獣の翼に瓜二つだが、畏怖ではなく、愛を強く感じる。

 ミネをしっかり抱きしめて急降下。翼の炎で白銀の触腕を焼き払い、地上寸前で速度を緩やかに落とし着地。数を増し迫って来る白銀の触腕を躱し、掻い潜り、翼の炎で焼き払いながら黄の玉座へ近づいていく。


「理解を拒み、違いを認めず、執拗に悪意を貫く。何処からどう見ても、お前の方が愚かだろ?」

「知っているか? 裁判に勝てば、全部正義としてカウントされる。何人殺そうが、何人陥れようが、流石は一流弁護士と言って喝采をくれる。さぁ、証拠を抹消しよう! さぁ、アリバイを完璧に偽装しよう! さぁ、知り得る者を殺そう!」


 弁護士の皮を剥ぎ現れたのは、どんな悪人よりも恐ろしい狂気の化身。命の重さも、愛の尊さも、家族の有難さも、これでは意味を成さない。もはや、怒りや憎しみの対象にはなり得ない。ただ哀れとしか言いようがない。


「説得するより先にすべき事があった…」


 獅子面の額に指を押し当てる。

 そして、どす黒い心の闇に小さな火を灯す。


「まさ()…………いや、言葉の制限ではない。私の頭に何をした?」

「愛の火を灯した。せめて、人間らしくなれるように…」


 ミネを抱きかかえて、獅子面に背を向ける。

 隙だらけの背中だが、一切の攻撃が行われる事は無い。愛の火は小さく儚いかもしれないが、心の闇にとっては天敵に等しい。俺を憎いと思っても、殺意を抱いても、愛が過ってブレーキがかかってしまう。これまで一度も抱いた事が無い感情だから、余計敏感に反応してしまう。


「何故だ! 何故……こんなに辛い! 愚息、戻れ! 元に戻せーーーー!」


 叫び声が虚しく心に響く。決して好きにはなれない、決して家族には戻れない…だけど、決別の言葉を言えない。言ってしまえば、折角灯した火が消えてしまいそうで怖かった。心の闇の中、いつまで愛の火が灯り続けるか分からない、せめて母の幸せの糧になれば良いけど…。

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