(26)
裕也の視界がまともになり、アイリの場所を見るとそこにはすでにユナが膝枕しながら、頭を撫でていた。
アイリはまだ身体に上手く力が入らないのか、大人しくユナの膝に頭を預け、横たわりっている状態だった。
「視力戻るの早いな」
これでもなんとかして視力を戻そうと意味のない頑張り方をしていたはずの裕也は思わずユナに尋ねると、
「私は特別ですから」
と、天使であるが故の治りの早さであることを遠まわしに裕也へと説明した。
「そうだったな。んで、アイリは大丈夫なのか?」
アイリにそのことを追求されないためにも、裕也はユナの会話を早々に切り上げて、今度はアイリに声をかける。
「大丈夫なのは大丈夫だよ? ただ、ちょっとだけ無茶しちゃったから、その反動で身体に力が入らないって感じかな?」
さっきよりは随分と元気になった声で答えるアイリ。が、手を上げることさえ億劫なのか、全身脱力した状態のままだった。
「ったく、無理をしすぎだ」
「そりゃ無理をするでしょ? ユーヤお兄ちゃんに特別なご褒美をもらえると思うと」
「……やっぱりそれが目的か。いや、一言もそんなご褒美をあげるなって言ってないんだけどな……」
「あれ? くれないの?」
そういうアイリは全然疑ってない声でそう裕也に尋ねる。
しかし、裕也の目に映るアイリの目は、ご褒美を貰えないことが少しだけ不安に見ていた。無理をしてまで頑張ったアイリを褒めないなんていう選択肢が裕也の中にもちろんあるはずがなく、
「言ってはないけど、結果が結果だからちゃんとご褒美はあげるよ。だから、安心しろって」
仕方ないという雰囲気を隠すことなく、そう伝えた。
「わーい! やったー!」
それだけでアイリは嬉しそうに喜ぶ。
もし、身体の自由が聞いていれば、その場で飛び跳ねていそうなほどの元気いっぱいの声だった。
「それで、何のご褒美がいいんだ?」
「それはもう決めてあるんだ」
「ほう、なんだ? 出来る範囲で、だぞ?」
「大丈夫大丈夫! ユーヤお兄ちゃんなら出来るよ!」
「ふーん、それで何なんだ?」
「ユーヤお兄ちゃんが決めてほしいんだ。ユーヤお兄ちゃんが考えるとびっきりのご褒美ならなんでもいいよ」
「え?」
自分にそのお願いそのものを丸投げされると思っていなかったため、裕也は口を開けて、ポカーンとしてしまう。
ユナは顔を裕也に向けたまま、
「が、頑張ってくださいね……」
と、視線を逸らして、煽った罪から逃れようとしていた。
「おい、他人事かよ! って、そうだ!」
ユナは膝の上に座りたがっていたことを思い出した裕也は、それを実践しようとユナの名前を呼ぼうと口を開きかけたその時、
「あ、膝の上に座らせる以外のご褒美でお願いねー。ほら、膝の上に座るご褒美なんていつでも出来るでしょ?」
と、そのことを読んでいたように意地悪な笑みを浮かべて、裕也の言葉を遮った。
「なっ、なんで分かった!?」
「ユーヤお兄ちゃんの考えることなんてすぐに分かるよ。でも、そんなことしてる場合じゃないでしょ? そのご褒美は全部が終わってからでいいから、先にやるべきことをすませさないとダメだよー」
そんなことをしている場合ではないと、視線でベッドに落ちている本へ視線を送り、早く中身を調べるように促す。
「誰が倒れて、誰がご褒美の話にしたせいでこうなったんだよ。いや、まぁいいや。そんなことを論議してる時間がもったいない」
裕也はアイリに言われた通り、自分から一番近い場所の本を手に取り、パラパラと捲り始める。
先ほどユナが持ってきた時とは違い、本の中身は魔法に関するものではなくなっており、中身はアベルが書いた日記へと変わっていた。
「予想的中だな。全部読むのは大変そうだけど、この中に真犯人を暴くヒントがあることを祈るだけか」
その一言にユナとアイリもホッとした表情を浮かべた。
「そりゃそうだよ! ボクなんて身体に力が入らないぐらい頑張ったんだよ? これで中身が違ったら、もう……暴れる……」
アイリはホッとしたからか、少しだけ不気味なことを口走った。
が、裕也はそれを冗談と受け取ることが出来なかった。なぜなら、アイリの目は『本気と書いて、マジと読む』ぐらいに本気だったからである。それを悟った瞬間と同時に裕也の背中に悪寒が走ったほどだった。
「ぶ、物騒なこと言わないでくださいよ。魔力的に考えると王女様よりもアイリちゃんの方が多いんですから、誰も止められないじゃないですか……」
ユナもまたアイリの言葉が冗談とは思えなかったらしく、顔を引きつらせた状態でやんわりと宥め始める。
「冗談だよー。そんな暴れないって! 暴れようとする前にこんな状態だし、体調が良くなった頃にはそんな感情もなくなってると思うよー」
ユナが必死に宥めようとしていることが少しだけ面白いのか、クスクスと笑いを溢しながら、やんわりと冗談であることを伝えるアイリ。
「そ、それならいいんだけどな」
そうやって誤魔化すアイリに裕也は少しだけ苦笑いを溢し、その言葉が冗談であることを認めざるを得なかった。
「で、ですね……。そういう怖いことをあまり言わないでくださいね? 私は本気にしちゃいそうで怖いので……」
アイリも少しだけホッとした様子だったが、未だにアイリの言葉が信じ切れないらしく、少しだけ声が震えていた。
「ユナお姉ちゃん、真に受けないでよー」
そんなユナの反応に、アイリは困ったように笑うだけだった。




