第138話 担当教員へのクレーム
珍しい客だな。
それは、研究室をもらってから初めて訪れた客人だった。
ヨウムは重々しい雰囲気のアーノルドと、その背後で曇った表情のクロエを横目で確認した。
アーノルドの雰囲気は初等部のサンを彷彿とさせる。
「クレームでしょうか?」
思わず、相手より先にヨウムは口を開く。
二人は中等部の午後の授業を担当している。アーノルドは魔導歴史学、クロエは実技の基礎魔術だ。
「クレームというか。困らされてるというか」
アーノルドの物言いで、何となく理由を察したヨウムは、言いにくそうにしている二人の代わりに、ためらいなく続けた。
「ブナが何か?」
「授業妨害が甚だしく、困らされています」
「要するに質問が多いと?」
「一人で質問ばかりしてくるため、その都度授業が脱線するんですよ。このままでは、授業が進みません。他の生徒にも迷惑です」
その様子は、ヨウムにも容易に想像がついた。
自分の授業でも、ブナは疑問が生じるとすぐに手を挙げる。全体に必要な問いならその場で答えるが、授業の先を行きすぎた問いは、終わってから来るよう伝えていた。
実際、ブナは毎日のように授業が終わると教卓までやってくる。
感心するのは、その際ラムサムも一緒に聞きに来ることだ。人の質問にも関心を持ち、吸収しようとする。学問に対するその姿勢を、ヨウムは高く評価していた。
「授業の後に確認させれば問題はありませんよね?」
念のため、当たり前のことをヨウムは確認する。
「問題は大いにあります。質問が長くて解放されないし、あまりに質問が多いので、一度研究室に来させたら、二時間も長々と質問を続けてきたのですよ。しかも! 何度も説明してやっているのに、全く名前を覚えず、勝手にあだ名までつけ始める始末。
あのポゼッポグマー宮廷伯を、ポッポーちゃん、なんて言い出して。こちらがこれだけ時間を割いているのに、馬鹿にしているとしか思えませんっ」
ヨウムは吹き出しそうになるのを、口元にそっと手を置いて堪える。
「それは、ふざけてるわけでも馬鹿にしてるわけでもなく、彼女なりに工夫をして理解しようと努めているのでは?」
「とりあえず、今授業で教えているのは基礎の基礎。正直、学生の殆どが知っている内容です。貴族であれば既に家庭で習っていることです。こちらは早く進めて、次の内容に進みたいんです。
首席を取るほどの秀才が、なぜその程度のことを知らないのか。
ヨウム先生、あなたはなぜ、事前に魔導史を教えておかなかったんですか。そうしていれば、こんなことでブナが周りに迷惑をかけ、授業のペースを乱すようなこともしなかったはずなのに」
「……それは、予想外でした。ブナがそこまで魔導史に興味を持つとは。分かりました。他の生徒の妨げになるようであれば、私から直接伝えておきます」
アーノルドは小さくため息をついた。
「それで、クロエ先生は?」
ヨウムはアーノルドの後ろに隠れている小柄な女性に話しかける。
声をかけられたクロエは「ひいっ」と小さく小声で怯え、さらに一歩後ろに下がる。
クロエは、ヨウムの薄墨を混ぜたような肌の色も、黒い斑点模様にも嫌悪をしめす。まともに話すどころか、目すら合わせようとしない。そんな相手がわざわざここまで来ているのだから、よほど困り果てているのだろう。
「ブナさんが……標本をやらないんです。皆が一生懸命取り組んでいる中で、首席の生徒がああいう不真面目な態度では、周りへの示しがつかないんです」
一拍置く。
ブナに限って不真面目ということはない。それはヨウムのよく知るところだ。
「一度もやらないんですか?」
「言えば、やります。やってもすぐ終わらせてしまうんです。挙げ句の果ては、なぜ、こんなに簡単なのか、なぜ路がこんなに太くて大きいのか、路を太くする利点は何かと、周りの生徒の士気が下がるようなことばかり言うんです。首席ならば、他の生徒の模範となって然りです。和を乱します。あんな態度では困りますっ」
クロエは涙目になりながら訴えてきた。
「……ああ」
ヨウムは静かに頷いた。
「大変よく分かりました。他の生徒に悪影響が出るようであれば、それは速やかに対応しなければなりませんね。どちらの件も、是正するよう本人に伝えておきます」
話が終わると、アーノルドはクロエを化け物から守るような態度で戻っていった。
「なるほど」
ヨウムは小さな元給湯室を見渡す。
「だから学長は研究室をくれたのか」
ヨウムはシーモアの先見の明に静かに感服した。
かくして、ヨウムはブナを自分の研究室へ呼び出すことになった。




