プロローグ【 灰の都と陰る石 】
純粋なる光と侵食する闇が混ざり合う
試練の時代。
古代より「真理の光」を宿す
奇跡の鉱石・
原初輝石を掲げ、
不浄を払ってきた【アシャニア王国】は、
唯一絶対の法による
世界統一を目論む【ソーレム帝国】の
侵略により一夜にして崩壊する。
世界がまだ、光と闇の混ざり合う
「混交の刻」を迎える前。
至高なる光主は、
己の思考から一粒の真理を切り出し、
この物質界に置いたという。
それが「原初輝石」——不浄を焼き払い、
世に秩序をもたらす絶対の結晶。
——そして今、
数千年守られ続けたその光が、
断末魔の悲鳴とともに潰えようとしていた。
「見つけたぞ、邪教の残党だ!」
鉄臭い暗雲が空を覆い、
甲冑の擦れ合う不快な金属音が
夜の静寂を破る。
【アシャニア王国】の王都は、
すでに滅びていた。
かつて白亜の塔が立ち並び、
聖なる光で満ちていた街並みは、
ソーレム帝国の
鋼鉄の軍靴によって踏みにじられ、
漆黒の煙と灰の海へと姿を変えている。
破却された大寺院の最奥、
崩落した石柱の影で、
青年カイは息を殺していた。
その胸に抱きかかえられているのは、
掌に収まるほどの小さな手提げランタン。
ガラスの向こう側には、
歪な形をした指先ほどの鉱石——
アシャニアの象徴であり、
すべての光の源であった輝石の
「最後の欠片」が収まっている。
冷や汗がカイの額を伝い、
煤に汚れた頬を撫で落ちる。
(怖い……逃げ出したい……!)
死の恐怖と、家族を皆殺しにされた絶望。
カイの心が暗い感情に支配されたその瞬間、
ランタンの中で
澄み切った黄金色に輝いていた石が、
どろりと濁り、その光量を急速に落とした。
『ひいっ……!』
輝石の光が陰ると同時に、
周囲の闇が
物理的な質量を持ってへばりついてきた。
足元の影が這い上がり、
カイの肌を凍てつかせる。
ソーレム帝国が解き放った「不浄の術」だ。
光が失われれば、
人間は精神から蝕まれ、
意志を持たない肉の塊へと成り下がる。
「落ち着け……集中しろ……!」
カイは固く目を閉じ、
両手を激しく震わせながら、
幼い頃から叩き込まれてきた教えを
心の中で必死に反唱した。
善きを思え。
善きを語れ。
善きを行え。
(俺が怯えれば、この石は死ぬ。
俺が諦めれば、
世界から本当の光が消え去る……!)
恐怖を押し殺し、己の役割——
この石を守り抜くという意思に
精神を統一する。
絶望の底で、
カイの胸に小さな「覚悟」が芽生えた瞬間。
かっ——
ランタンの底から、
痛烈なほどの眩い光が弾け飛んだ。
「ぐあああっ!?」
暗闇からカイを覗き込んでいた
ソーレム帝国の兵士たちが、
目をつぶされて叫び声をあげる。
彼らの鎧に刻まれた黒い律法呪印が、
光を浴びてパチパチと嫌な音を立てて弾け、
煙を上げて消滅していく。
「ヒカリが……邪教の悪魔の石が、
まだ生きているぞ! 追え! 逃がすな!」
兵士たちの悲鳴と罵声が背後で渦巻く。
カイはランタンを強く抱きしめると、
一度も振り返ることなく、
崩落した寺院の抜け穴へと飛び込んだ。
目指すは東方、
雲を突く巨大な大山脈の彼方。
かつて「神々の定義」を巡って生き別れ、
今や数千年来の宿敵となった【ヴァルナ神国】の地。
冷たい夜風が、
灰の匂いとともにカイの頬を叩く。
手の平の中で、命のように優しく、
けれど力強く脈動する一粒の光。
カイの、そして世界の命運を賭けた、
長き逃避行が始まった。
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白亜の塔が立ち並ぶ
【アシャニア王国】の王都・アシャラド。
数千年にわたり、
不浄な闇を寄せ付けなかった
聖なる都の上空を、
今夜はねっとりとした
鉄臭い暗雲が……。
本日、18:20 に、第1話を投稿します。




