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望月蒼は看板娘




 アパートから自転車で20分程。

 "ジェンダーレス"な俺を雇ってくれたバイト先【かとう食堂】。


「おはようございまーす!」


「あら蒼ちゃん、おはよぉ!」


「おう!蒼ちゃんおはよさん!」


 ここのバイトに来るようになってから三週間。成り行きと都合で"ジェンダーレス"というちょっと間違ったプロフィールのまま雇ってもらい、最初は不本意だった「蒼ちゃん」呼びにももう慣れた。

 常連さんのおじさんたちからも蒼ちゃん蒼ちゃんと呼ばれながら、注文を取り、料理を運び、食器を洗い、気付けばお店の看板娘のような立ち位置になっていた。ついでに……、


「注文いいかい?」


「はいはい。注文どーぞ!」


「お!蒼ちゃんの給仕だぜ。ラッキー!蒼ちゃん可愛いよね〜」


「はいはい……。ご注文は?」


「コラ!ウチの蒼にちょっかい出してんじゃないよ。セクハラで訴えられるからね!」


「冗談だよぉ。味噌チャーシュー麺頼むよ」


「味噌チャー一丁!」




「蒼ちゃん!カツ丼一つ!」


「俺は担々麺と大ライスで!」


「カツ丼と担々麺に大ライスでーす!」


「いやぁ〜、蒼ちゃんがここで働くようになってから店の雰囲気が変わったよなぁ〜」


「若い美女が一人いるだけで前よりも飯が美味いんだよなぁ〜!」


「美女とか言われても全然嬉しくないんですけど」


「アンタら、ウチの蒼を口説こうとしてもダメだよ」


「こう見えとも俺、中身男なので。残念でしたね」


「そもそもアンタらは嫁さんも子供もいるだろーが!」


 この見た目で接客業を選んだんだから、おっさんたちのこのぐらいのちょっかいは冗談として受け流せる。こういう常連さんばかりの大衆食堂ではこれくらいは普通だろう。それでも度が過ぎれば女将さんとオヤジさんがちゃんと怒ってくれる。ま、オジサンたちの方とそんなに悪気はないんだろうけど。


「こんにちわー!あ!今日は蒼お姉ちゃんいたー!蒼お姉ちゃーん!」


「あっ、コラかなえ!仕事の邪魔しちゃダメだよ」


「あははは!別にいいッスよ。いらっしゃいませ、かなえちゃん」


「蒼お姉ちゃんこの前はお休みだったの?居なかったぁ……」


「あぁ〜、土曜日かな?ごめんな。休みだったんだ」


「大丈夫!今日は会えたから!」


「良かったねぇ〜、かなえ?」


「うん!あたし蒼お姉ちゃん好きぃ!」


「ありがとぉ!」


 小学生の女の子にも口説かれるようになった。正直かわいいし、嬉しい。でも、中身は男なので複雑だったりする。ロリコンと思われたくない。


「ちわ~っす!」


「いらっしゃー……なんだお前かよ」


「親友に冷たっ!?ちゃんと接客しろぉ!」


「いいからさっさと空いてるとこ座って。で、ご注文は?」


「まだ決まってねぇよ!」


「はい、水。で、ご注文は?」


「いやだからまだ早いって!」


「蒼お姉ちゃん、その人と仲良いの?彼氏さん?それとも元カレ?」


「ブゥーーッ!」


 水を飲んでいた龍久も、ラーメンを啜っていた他のお客さんも盛大に吹いた。

 小学生の女の子の口から"元カレ"なんて言葉を聞くとは思わなかった。


「全然、全く、冗談無しでそんなんじゃないよ。高校からのただの友達だよ」


 とりあえず全力で否定しとく。


「別にいいけどさ……俺、泣いていいか?」


 何でか龍久は本当に泣きそうになっていた。知らんけど。


「な〜んだ。良かった!もしもその人が蒼お姉ちゃんの彼氏さんとかだったら、アタシたちドロドロの三角関係になっちゃうとこだった!」


「ぶほっ!ゴホッゴホッゴホッ!」


 ラーメンを吹き出してしまった被害者がまた増えた。


「あは……あはははは……」


 とりあえず俺は全力作り笑顔でかなえちゃんに笑いかけた。


 女子小学生怖ぇ〜……!

 




 午後2時過ぎ。昼のお客さんもいなくなり、食器も洗い終わって一呼吸。


「ふぅーっ!終わったぁ〜」


「お疲れ様。蒼ちゃんお茶飲むかい?」


「あ、頂きます」


「あんたは?」


「あ、是非頂きます」


「……」


 俺はエプロンを脱いで丸めて、まだ店に残っていた一人の男を睨んだ。


「なんでお前がまだ居んだよ?」


「ん?なんでって……お前バイトばっかで全然遊びに来ねぇから、俺からデートに誘わないとダメなのかなと。蒼ちゃんは恥ずかしがり屋だからな……」


「帰れ!」


 丸めたエプロンを龍久の顔面に叩き付けた。


「5時からまた夜の分があるんだから、今ここで待たれても困るっての!」


「5時までお前いつもどうしてんの?」


「そこの畳座敷で寝かせてもらってる」


「へぇ〜。俺も一緒に寝ようかな」


「だから帰れって!」


「ほい!蒼ちゃんの賄いだよ!」


「あ、ありがとうございます」


 今日のお昼の賄いは醤油ラーメンだ。


「兄ちゃんも食べるかい?」


「いえいえ。俺はさっきチャーハンオムライス食べて腹一杯っすよ」


「じゃあなおさらお前帰れよ。俺はこれ食べたら昼寝して夜の分に備えるんだから」


 この店でバイトするようになってからこれが俺のルーティンだ。ところが、


「蒼ちゃん、今日はもうこれで上がってもいいよ」


「え?」


「たまにはお友達とゆっくり遊んでらっしゃい」


「え、でも夜が……」


「今日はもういいから行ってきな。ただの友達が店にまで来てここまで待ってないだろ。可哀想だから付き合ってやんな」


 オヤジさんにもこうまで言われてしまってはこれ以上断れない。


「はあ〜……龍久ぁ?」


「ん、なんだ?」


「能天気な顔しやがって……」


 オヤジさんと女将さんは恐らく、俺と龍久の関係を少々勘違いしている。俺がジェンダーレスで中身が男だと頭では分かってはいると思うが、見た目にはやはり年頃の男女に見えるのだろう。つまり、たまにはデートにでも行って来いと……。彼氏に付き合ってやれと……。


「スイーツが食べたい」


「……は?」


「でかいパフェが食べたい!」


「パフェ!?」


「パフェが美味い店に連れてけ!そしてあわよくば奢れ!」


「なんで!?」






 俺は今甘い物が食べたい。さすがのラーメン大好きな俺でも、毎日賄いラーメンを食べているわけではない。今更だけど塩分過多だしやっぱり身体にも悪い。精々三日に一食ペースだ。ラーメンはさっき食べたばかりから口は甘い物を求めているわけだ。

 龍久と入ったのは、チェーンかどうかは分からないけど、まあ普通のファミレスだった。ただし、店の壁やテーブルのメニュー表にはデカデカと『八大地獄パフェ』とポップ調で描かれたパネルがあった。


「ずいぶんパフェらしからぬパフェがデカデカと宣伝されてるけど……なにこれ!?」


「いや、よく知らんけど、とりあえず……パフェだろ?」


「……いや、確かにパフェだけどぉ!『八大地獄』ってなに!?」


「いや、だから知らん!とりあえず頼んで見ようぜ!」


「マジでか……?」


 確かにパフェが食べたいって言ったのは俺なんだけど……。



 ――その数分後


「お……おま……たせ……しまし……たぁ!ハァ……ハァ……ハァ……ど、どうぞ。当店自慢の八大地獄パフェで……ございます。フゥ……フゥ……」


 まるで優勝トロフィーみたいな長さの、細長い逆三角形のグラスを、女性店員が一人で抱えるようにやっとこさテーブルまで持って来た。


「か弱いウェイトレスが一人で持ってこれるレベルの大きさじゃねーだろコレぇ!?」


「なんかすげぇ赤黒くて血ぃみてぇだな!」


「はい!コチラ、ブルーベリーや苺、プルーンジャムなどで血をイメージした文字通り地獄絵図のようなパフェになっております!」


「メニュー見た時から大体分かってたけど、どんなコンセプト!?」


「ごゆっくりお召し上がり下さい!」


 お辞儀をして立ち去ろうとしたウェイトレスの顔を見た龍久が突然、


「あれ?ちょっとすいません?」


 ウェイトレスを呼び止めた。


「え、はい。何か?」


「もしかして……五十嵐?」


 恐る恐る名前を呼ぶと、そのウェイトレスも、


「え……?あれ……?もしかして、深瀬先輩!?」


「あ、やっぱり五十嵐じゃん!え、なんでここに?」


「深瀬先輩こそですよ!?」


 二人はどうやら知り合いのようだった。


「え、先輩もしかして今デートですか!?だったらお邪魔しました。すいませ〜ん!」


「ち、違います!」


 俺は瞬時に否定した。すると五十嵐さんというこのウェイトレスは俺と龍久を交互に確認してから状況を把握した。


「あ、なんだ。良かった。……てか、先輩ちょー久し振りじゃないですか!こんな美人さんなんか連れてぇ!」


「お前こそ何でこんな所にいるんだよ?カラオケ店で働いてたんじゃなかったのか?」

 

 龍久がそう聞くと、


「ああ、あそこ……。あの時のカラオケ店潰れました」


「え……、なんで?」


「あそこの店長、セクハラ酷かったんで、訴えて、しかも妻子持ちだったんで、奥さんにもチクって、お店の本社にもチクって、社会的に徹底的に潰しましたぁ〜!で、今はここで働いてまっす!」


「……」


「……」


 店の奥で男性店員複数人が顔を真っ青にしているのが見えた。股間を潰されるより恐ろしい……。まあ、今の俺には潰れて困るブツは無いんだけど……。それしても悪いことをするものじゃない。



 八大地獄の逆三角形のカーストに因んだ特大パフェを食べながら、俺は龍久にさっきのウェイトレスの事を聞いてみた。

 龍久は俺と違って高校卒業後は大学に進学。その大学時代のバイトで知り合った後輩がさっきのウェイトレスの五十嵐さんだった。

 可愛い見た目に反してかなり男っぽいサバサバした性格らしい。恋愛などには全く興味が無いという程に。その男っぽさのせいなのか、選ぶバイトがたまたま悪いのか、彼女のバイトはあまり長続きしなかったらしい。龍久と同じバイトをしたことも何度かあったらしいが。

 


 二人で難なく八大地獄パフェを平らげ、五十嵐さんに軽く挨拶をして店を出た。


「もしかして、龍久ってああいうタイプの女の方が付き合いやすいんじゃねーの?ラブラブベタベタしないようなさ」


「え?あぁ……まあ、確かに気兼ねはしないけど……。俺はお前の方がいい」


「……」


 ……へ?


「ど、どういう意味?」


 まさかこいつ、本気で俺を女として見てる……?訳じゃないよな?


「べ、別に恋愛対象って意味で言ったんじゃないからな!ち、違うからな!」


 急に慌てて訂正してくる龍久。


「お……そ、そうか。……ってか当たり前だろぉ!な、なに必死に訂正してんだよ。気持ちワリィ!」


「なんだよ、蒼が妙なことを聞いてくるかなだろ!つーか五十嵐はただバイトの後輩で恋愛対象でも何でもねーし!」


「そこまでマジなこと聞いてねーよ!ちょっとふざけて聞いただけだろーが!」


 店を出てすぐ。街中で急に口喧嘩を始めてしまった蒼と龍久。その光景を店の窓から見ていた五十嵐という女性店員。


「深瀬先輩の友達……?にしては仲良すぎじゃね?あの二人、ちょっと興味あるなぁ〜……」


 ニヤリと不適な笑みを浮かべて見ていた。




 続く……

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