ラーメンは一周回って素朴なのが一番美味い。
ショッピングモールのフードコートに新しいラーメン店が3店舗出店していたので食べに行きました。札幌味噌、煮干し、醤油ワンタン。三軒全てのオススメラーメンを各1杯ずつ完食しました。3軒目に選ぶんだ札幌味噌の受付で「ここで3杯目になります!」と言ったら店員のお姉さんに「え、すっごぉ!?」と言われました。
定期的にラーメンを食べていないと元の男の体に戻ってしまうと分かってから、俺はバイト探しを始めた。親友の龍久にいつまでも頼って居候しているような状態から脱しないと。もっと言うと、この女の体で龍久と一緒に暮らすのは、龍久にとって何かと精神衛生的にあまりよろしくない。俺にとっても貞操の危機を感じる。気の知れた親友の家だからとつい気を抜いていると、たまに龍久から気不味そうな空気を感じる時がある。自分で言うのもなんだけど、正直この体、何気にちょっとセクシーなんだよな……。だから、早く自分のアパートで暮らせるようにならないと。
しかし、バイトがなかなか決まらない。この見た目ならと、ファミレスやコンビニ、書店、ファストフード店など、いかにも可愛い子が接客をしてそうな仕事を選んで受けてみたが、何故かどこも採用してくれない。
そんな調子であっという間に2週間が経ってしまった。
「はあ〜……」
合否の電話が来て、その結果を聞く度に心が折れる。ため息が出ない訳がない。
「まあまあ。そう焦るなって。まだどっか見つかるって」
「不本意だけど、このレベルのルックスならイケると調子こいてた俺が甘かったわ……」
「不本意って言う割には自信ありありなのな」
「別にナルシストとかじゃなくて、感覚が男目線だから、自分のこととは言え、鏡見てこれでブサイク判定は出来ないだろ?」
「確かに。合コンでこのレベルの女子がいたら普通に合格だな」
「だろ!?あと何の仕事なら採用してもらえるんだろう?」
「喫茶店とか?あ、あとパチンコ店なんかも制服意外と可愛くね?」
「あ〜……」
「あっ、ラーメン屋はどうよ?賄いでラーメン食えるぞ!」
「おぉ、それだ!」
盲点だった。
後日、俺は親友の助言を元に、知っている店を片っ端から当たってバイトで雇って貰えないかと尋ねて回った。しかし、どこも間に合っていると言われた。
落ち込む蒼を慰めようと、龍久は蒼を外食に誘った。
訪れたのは、大通りから脇道にそれた小道の先にポツンと佇む一軒の古びた食堂だった。
「【かとう食堂】?」
「お前の口に合うかどうかは分かんないけど、なんつーか……シンプルっつーか、懐かしいつーか、なんか染みるぅ〜って感じがしたんだよ」
暖簾をくぐり店に入る。店内を見渡してみると、絶妙に古くて、悪く言うと汚いというか、老夫婦だけでギリギリ回している、いわゆる汚シュラン的な食堂だった。
適当に空いている席に座り、メニューを見る。ラーメンは醤油、塩、味噌(各チャーシューメン)と、五目、担々麺。ご飯ものはチャーハン、チャーハンオムライス、豚テキ定食、親子丼、玉子焼き定食(ウインナー付)、生姜焼き定食、サバ味噌定食。と書かれていた。どこの街にもよくある大衆食堂だ。見た所70歳はいってそうな夫婦でこのメニューの数はなかなかだ大変と思う。
「あのご夫婦だけでここ切り盛りしてんのか。大変だなぁ……」
「蒼は何食う?やっぱとりあえずラーメン行っとく?」
「う〜ん……、お前は前何食べたんだ?」
「俺が前食ったのは五目ラーメンだった」
「美味かった?」
「美味かったよ!さっきも言ったけど有り触れた味なのに、なんか懐かしいというか、染みる感じなんだよ。とにかく落ち着く美味しさっつーか」
「じゃあさ、俺が五目と醤油頼むから、今回お前は五目以外のラーメン頼んで三種類で食べ比べシェアしてみないか?」
「いや、4種類だ。お前が2種類食べるなら俺も2種類食べるぞ」
「マジで?イケる?」
「普通に余裕」
ということで、俺は醤油ラーメンと五目ラーメン。龍久が塩と味噌を頼んだ。すると、注文を受けた女将さんが、
「若いって良いねぇ〜!彼女さんも2つ食べれるのかい?凄いねぇ〜!若いって良いねぇ〜」
「あっ、いやいやいや、彼女じゃないッスよ!友達友達!」
俺が全力で訂正した。なのに、
「いずれ彼女にする前提の友達です!」
龍久が満面の笑顔で俺の訂正を訂正してきた。
「そうかいそうかい。がんばんなよ!こんな可愛い娘逃しちゃあダメだよ!」
「ういっす!」
「ういっす!じゃねーよ!お前いい加減にしろよ。俺は男だぞ!」
「おいっ!」
「あっ……!?」
と、思わず口に出してしまったことに気付いて空気が凍り付いた。
しまった……。
マズいと思って店内に視線を向けると、他のお客さんも女将さんも、調理場にいた店主のオヤジさんも、全員の視線が俺を見ていた。
「あ……あの……いや……今のはつまりその……」
見ると、龍久も良い誤魔化し方が分からず固まっていた。
「嬢ちゃん、あんた……そりゃあつまり……」
店主のオヤジさんが何か言おうとしている。
「嬢ちゃん、それはあれかい?今流行りの『ジェンダーレス』ってやつかい?」
「え……?」
土木関係らしき作業着のおじさん客がそう聞いて来た。
てっきり怪しまれると思っていたのに、まさか『ジェンダーレス』という言葉が出てくるとは思わなかった。
「つまりあれだろ?女の体で産まれて来たけど、精神は男でってやつだろ?」
「え……あぁ……まあ……そういことになるん……すかね?」
「そうなのかい?そりゃいろいろ大変なこともあったんだろうねぇ〜。気にしなくて大丈夫だよ」
「そうだぞ。気にすんなよ!俺らも別に気にしねぇさ。同じ人間だからな!」
「いや、お前は地球人かどうかも怪しいがな」
「なんだとこのやろぉ!?」
向いの席に座っていた同僚におちょくられて抵抗するおじさん。
「仕事や私生活はどうしてるんだい?あんたの事情に理解ある職場に就けてるのかい?」
「あ、いや……実は……」
と、俺が言いかけたが、
「実は今こいつバイトを探してまして。でも、どこも雇ってくれなくて途方に暮れてた所だったんですよ」
龍久が遠慮無しに答えてしまった。
「あら、そうなのかい?なんならもしウチで良かったら働いていみないかい?」
「えっ!?」
「父ちゃんはとにかく厨房に掛かりっきりだし、アタシは注文と配膳と盛り付けで手一杯だし。皿洗いまでなかなか手もも足も回らなくてねぇ。人手が欲しかったんだよぉ」
「嬢ちゃんが……いや、えっと、名前はなんてんだい?」
店主の親父さんが呼び方に困ってそう聞いて来た。
「あ、あおいです。望月蒼っていいます」
そう言いながら俺はスマホ画面に自分の名前の漢字を大きく見えるように表示して見せた。
「あいよ。ラーメンお待ち!醤油と五目、塩と味噌!」
出来上がったラーメンを二つずつお盆に乗っけて女将さんが持ってこようとした。それを見て俺は、
「もう一つのお盆は俺が運びます!」
「あら、悪いねぇ〜」
「いえ」
俺が持っても結構重いし揺れるのに、女将さんは全く危なげなくスムーズにテーブルに置いていた。さすがだと思った。
「いきなりの誘いでびっくりさせちゃったかねぇ?ごめんね。さっきの話は一旦忘れて、今は腹一杯ゆっくり食べてね」
「あ、はい。いただきます!」
素朴ながら出汁の深い味わいにもびっくりしたけど、食べてる途中で別皿でチャーシューもサービスしてくれたのもびっくりだった。
シンプルなのになんでこんなに美味いんだろう?五目ラーメンも、餡そのものが野菜や鶏肉の出汁で満たされた餡になっている感じで、幸せなため息がつい漏れてしまうような美味しさだった。龍久が頼んだ塩と味噌も、敢えて胡椒だのラー油だの味変なんてしなくても充分なほど、というか、食べ終わってから気付いたけど、二人ともほぼ無言のまま完食していた。それほど美味しかったってことだ。ここ数年、ガッツリ系とか何系だとか、小洒落たラーメンばかり話題になってるけど、それらも確かに美味い。でも、今食べたここのラーメンのように心が落ち着くラーメンは初めて食べた。俺は別にラーメン評論家でもマニアでもないけど、これ以上の評価は無い。本当に美味しかった。
ならばもうここしか無い!
「このお店に働いたら、賄いでラーメン食べさせてもらえますか?」
俺は意を決して聞いてみた。
突然立ち上がって、大声で言ってしまったので、一瞬びっくりされてしまったが、
「ウチのラーメンを気に入ってくれたんなら、是非こちらからもお願いするよ」
「嬢ちゃん……蒼ちゃん……でいいか?」
ちゃん付けはちょっと……でも、まあいっか。
「は、はい!」
「蒼ちゃんが来てくれれば店も華やぐよ」
「これからよろしく頼むね。蒼ちゃん」
「よ、よろしくお願いします!」
まさかの棚からぼた餅というやつで、思いがけない切っ掛けでバイトが決まってしまった。それも賄いでラーメンが食べられる店に。
「良かったな。"蒼ちゃん"!」
「お前に言われるのはムカつくな」
「まあ、それは冗談として、ホント良かった。バイト決まって。まさかの棚ぼた」
「そこに関してはお前に感謝だけどな」
「にしても『ジェンダーレス』ってことでいいのか?」
「う〜ん……、まさかラーメンを食う食わないで性別が変わるなんて奇病、正直に言ったところで信じてもらえないだろ?」
「まあ、確かにな」
食べ終わった後、店主と女将さんと少し話をした。
見た目、身体的には女だけど、精神や感覚は男なので、言動と見た目のギャップに戸惑わせてしまうかも知れないことを話た。すると、
「全然良いんだよぉ!そんなこと気にしなくて。今どき女は女らしく、男は男らしくなんて考え方はもう古いんだから。ウチじゃ元気で仕事をこなせればそれで充分なんだから」
と、女将さんはそう言ってくれた。
「接客の経験はあるのかい?」
「あ、はい。一応。チェーン店でバイトはしてました」
「はじめは皿洗いから慣れてってくれればいいから。かあちゃんの手が間に合わなくなったらお願いすることもあるがね」
「は、はい」
親父さんもそう言ってくれた。
「ウチはこの通り年寄り夫婦だけでやってきたからねぇ。別に早くも安くもない普通の食堂だし、来るお客さんも馴染みの常連さんばっかりだから、無理に急かすようなことはないから」
「こっちは人手が増えてくれるだけも大分大助かりだからね」
来れる時に気軽に来てもいいと言われてその日はご馳走様をして店を出たわけだが。
「早速明日から出てみようかな」
「そっか。がんばれよ」
「おう!店主と女将さん良い人そうだし、気軽にやってみるわ」
「ところで蒼?」
「ん?」
「今日は、というかバイト決まったけど、今日から自分のアパートに帰るのか?」
「あぁ……そういえばそうだった」
バイトが決まったら、これ以上龍久に負担はかけられないからと、居候から卒業すると宣言したのを忘れていた。
「俺は別に、負担だとか迷惑とは全く思ってないんだけど、お前なりに俺に気使ってそうしたいんだろうから、無理に引き止めるつもりも無いし、でも……」
「……」
蒼は龍久の次の言葉を待った。
「お前と一緒にいると、なんか……安心するんだよ」
「それは今の俺が女の見た目だからだろ?」
「別にスケベ心で言ってるわけじゃねえぞ。なんて説明すればいいのか分かんねえけど……」
「……」
「う〜ん……」
「分かった」
「……え?」
「寂しくなったら遊びに行ってやる。泊まりで」
「……お、おう……」
なんとなく恥ずかしいことを言った気がしたから、あえて龍久の方は見ずに、そのまま龍久と別れて自分のアパートに帰った。
俺は男だ。龍久も男だ。高校の頃からの親友だ。たとえ体が女になったからって男に、それも親友に恋心が芽生えるなんてことはあり得ない。
少しだけ。一瞬何か心が揺らいだような気がした。その感覚を誤魔化し消すように、その日はアッツい風呂に浸かって、YouTubeで眠れる曲を聴きながら就寝した。
続く……
カップラーメンも一周回って一番美味いと思うのはやっぱり日清のカップヌードルか激麺のワンタン醤油ですかね。




