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第6話「AF-08d49:ウェルカム・ホーム/ep1」

■第6話「AF-08d49:ウェルカム・ホーム/ep1」


 それは次の月。十一月も終わりに近づいた頃。


 AF-08d20との遭遇から一ヶ月。出動命令はない。

 兎乃の日常は、平和と言っていい時間が続いていた。


 今の時刻は午前の十時半。

 兎乃の所属するSPRRU第三班の事務室には、守屋と兎乃の二人が勤務していた。


 正確に言えば三人いるのだが、一人はソファーの上で毛布にくるまりピクリとも動かないので、勤務中とは言い難い。

 最後の一人は、恐らく隊舎にはいるだろうが、通信室にこもっているのだろう。


 兎乃は午前の日課にしている座学の最中だった。

 守屋の経験上から言うと、兎乃はかなり真面目な部類に入る。

 出動命令に即応できれば許されるこの環境で、自主的な学習を怠らない転生者は初めてだった。


 だが、ひと月続いた平穏もずっと続く訳ではない。

 始まりは、守屋へと届いた一通のメールだった。


 送られてきたメールを見た守屋は、デスクの上を指で叩きながら何かを思案し、端末越しに兎乃に声をかけた。


「蓮見君。ちょっといい? 仕事の話なんだけど」


「あ、はい。何でしょう」


 このような会話を守屋から振られるのは、無い訳ではないが多くもない。

 珍しいなと思いつつ、兎乃は席を立つと、守屋の端末を覗き込まないよう注意しながら近寄る。


「いいよ、これ見て」


 許可が出たので守屋の端末を覗く兎乃。


 開かれたメールの差出人は『生活安全部 生活安全総務課 主任 都築つづき』とある。

 兎乃にはそれがどんな役職の人なのかピンと来なかったので、置いておいて本文に目を走らせる。


「ええと、五童子市市内にて、一キロ圏内にて四日前から昨日までに二件の不審死が発生。状況に共通点有り。連絡まで。……何ですか、これ?」


 内容以上のものが読み取れず、兎乃は守屋に聞いた。

 守屋は両手を後頭部に回すと、何かを考えながら兎乃に説明した。


「これね、僕の友人からのお手紙。僕のやってきたこと、全部が全部無駄って訳でもないんだよね」


 守屋の表情が一瞬だけ柔らかくなった。

 当たり前の話だけど、守屋にも上手くいったこと、上手くいかなかったこと、どちらも積み重なって今があるんだろう。


「確かにこれだけだと何だろって感じだけど、彼がわざわざ情報共有してくるってことは、多分裏があるね」


「守屋さんにわざわざ共有するってことは、まさか」


「うん。AFの関与を疑ってるんだと思う。僕の肌感だけど、市街地とはいえ三日で二件は確かに『重なったな』って印象だね。アベレージなら市ひとつで週に一件ぐらいじゃないかと思うけど」


「……でも、それぐらいならあり得ない話でもないのでは」


「その通り。だからこそ、わざわざ連絡するだけの何かがあると見た方がいい。じゃあ、僕たちも仕事しようか。蓮見君もたまには外出したいでしょ」


「上からの命令はありませんが、いいんです?」


「あくまで調査だけだよ。万が一後手に回ると忙しくなるからね。何かあったら早く手が打てる。何もなかったらそれで良い。そういうこと。じゃあ、僕と波瑠はここでできる調べものするから、蓮見君は月華を起こして外出準備。私服でね。あくまでも調べものだから。藪をつついて蛇が出たら、すぐに逃げるように」


 バンとガレージシャッターのリモートキーを受け取りながら了解ですと返答をし、ソファーのミノムシを起こしにかかる。

 現地着はお昼過ぎかななどと考えながら、兎乃はふと気になったことを聞いてみた。


「……班長、これって情報漏洩ってやつじゃないんですか?」


 席を立ち通信室へと向かおうとしていた守屋は、兎乃を振り返るとイタズラを共有する子供のような表情を浮かべた。


「内緒にしてね。僕も都築も、怒られちゃうから」


 兎乃はそれ以上深く聞くべきではないと判断し、「内緒ですね」とこちらも冗談めいて返すだけにしておいた。



 * * *



 第三班の隊舎から該当エリアまで車で約四十分。

 その間に波瑠が調べた情報が、守屋から無線越しに車内の二人に伝えられた。


『共有があった二件分の調査結果を共有する。一件は五童子市役所から南西に二キロの住宅街。中央線踏切で人身事故。被害者は七十代男性。五年前に妻を亡くし一人暮らし。稲川区に息子夫婦と孫が住んでいる。これが三日前』


 運転席に月華、助手席に兎乃が座り、守屋の説明に耳を傾けている。


『二件目は同市役所から南に三キロの住宅街。駅前テナントビル五階から飛び降りだそうだ。被害者は二十代女性で独身。会社員で市内に一人暮らし。両親は故郷で存命。これが昨日』


「……聞いた限り、共通点はまだそんなにないですね」


 兎乃の確認に否定の言葉はない。全員で前提をすり合わせている段階だからだ。


『どちらの事件も、人通りの多い場所で日の明るいうちに起きており、目撃者が多数いる。それらの証言をまとめると、どちらも自ら身を投じていた、即ち自殺の線が濃厚らしい』


 電車に身投げ。五階から飛び降り。

 既に現場は片づけられているだろうとはいえ、今からそこに行くと思うと兎乃は少々げんなりした。


『問題はここからだ。どちらの被害者も、自殺する動機が全く見当たらないそうだ。男性は昼食後、食器の片づけをしたのちに外出し、踏切で事故死。女性はテナントビルの百円均一で買い物をした後に飛び降りたらしい。関係者への聞き込みでも、目立ったトラブルは何も浮かんでない』


「はっ、これはキナ臭い」


『とはいえ、どちらもこのままだと自殺として処理する可能性が高いだろうな。取り越し苦労ならそれでいいが、まずは踏切の方から現場を見てみてくれ』


「聞き込みはどうしましょう?」


『ひとまず控えよう。立場の説明が面倒だ』


「オーケー。じゃあ今日の所は見回りだけってことで」



 * * *



 まずは踏切から。

 近くのパーキングにバンを停め、兎乃と月華は目的地へと徒歩で向かった。


 そこは、線路脇の側道と対岸の住宅地を結ぶ、片側一車線の踏切だった。

 周囲は戸建ての住宅に囲まれており、線路はどちらの方向も数百メートルは直線が続いている。

 西に小高い丘が見えなくもないが、現場からゆうに五百メートルは離れている。


 到着すると、まず兎乃は踏切の脇に備えられた花束に向けてそっと手を合わせた。

 月華は側道からぐるりと周りを眺めている。


「見通しが良すぎるな。電車が来たら間違いなく気付く」


「遮断機も壊れた様子はなさそうだね」


 お祈りを終えた兎乃は立ち上がり、花束以外に事故の余韻が無い踏切を見渡した。

 封鎖が続く箇所も、設備が破損した形跡も見受けられない。


「班長、被害者の足取りは分かりますか?」


『自宅が北西だから、住宅地から側道側に出てきているはずだ。目撃者の証言だと、小走りで、下りている遮断機を潜ってまで線路に踏み込んだらしい。事故車両の運転手にも話を聞いてあるが、突然飛び出してきて電車には目もくれなかったと。鳴り響く警笛も、まるで耳に入ってなかったみたいだった、とあるな』


「……なんだか、随分と慌しいですね」


「自殺にしちゃあ、電車を無視するのはおかしくねえか。見えなくなってるとか、既に意識がないとか考える方がしっくりくる」


 一通り検討したのち、念のため二人は電車が通過するのを一度見届けることにした。

 きちんと警報を鳴らしながら動く、それなりに年季の入った遮断機を眺める兎乃。

 全く異常なく踏切は封鎖され、電車が通り抜ける。風が二人の髪を軽く揺らす。


 普通に考えれば、不注意で人身事故が起きるとは思えなかった。


「……今この瞬間だけで言えば、何の変哲もない踏切だけど」


「AFが絡んで来るなら分からないな。電車か、踏切か、被害者に憑くようなヤツもあり得る。……なぁラビ、お前何か感じるか? 上手く言えねえけど、面白くねえ予感がすんだ」


 月華に聞かれ、兎乃は髪をかきあげて目を閉じ、耳を澄ませてみた。

 空気の匂いを嗅ぎ、それから目を開けてもう一度周りを見渡して。


 ――ふと、視界の端で何かが動いた気がした。


 急いで視線をやっても、閑静な住宅街が広がっているだけで、何もいない。


「……ううん、何も」


 隠した訳じゃなった。


 感じたのはほんの一瞬で、人の影か、あるいは動物だったか、それすらもきちんと把握できなかった。


 それでも、兎乃の中には不快感ではなく、胸を締め付けるようなかけがえのない気持ちの欠片が残った。

 だから、害はない。AFとは関係ない。そうに違いない。兎乃はそう信じることにした。


 偶然顔を見られていなかったせいか、月華は兎乃のわずかな動揺には気付かなかったらしい。

 それが幸運だったのか不運だったのか、今の兎乃には分からない。


「いないのか、隠れてるのか、本当に関係ないのか。……ここで考えても分からねえな。仕方ない、次行くぞ」


 声を出したら月華に気付かれるかもしれない。兎乃は頷くだけで意志を示し、月華の後を追った。



 * * *



 続いて駅前テナントビル。

 先の踏切から一キロほど距離があるため、バンごと移動する。


 目的地は、色々なテナントが入った五階建てのよくあるビルだった。


 一階がチェーンの喫茶店と飲食店、二階と三階がドラッグストア、四階が百円均一とカプセルトイ専門店、五階が本屋になっている。

 まずはビルの裏手に回り、事故現場である外付けの階段へと向かう。


 落下現場の階段付近の警察による一次封鎖は解除されているようだが、カラーコーンと黒と黄色の縞模様のよくあるコーンバーで囲われている。


 ビルの裏手は元々人通りがほとんど無いが、今は更に人を遠ざけているような雰囲気があり、兎乃は少し寒気を感じた。

 一階脇の地面のアスファルトの色がやや濃く、兎乃は意識的にそこを見ないようにする。


 近付けないので、日差しを避けるように目の上に手をかざしながら階段の上の方を眺める兎乃。

 五階の高さは地面から十五メートルぐらい。半階ごとに踊り場で折り返すようになっている。

 手すりの高さは一メートル弱。越えようと思えば容易だが、かといってうっかり落ちる程でもない。


「うーん。四階で買い物して、その足で五階部分から飛び降り、かぁ」


「明らかに不自然だよな……っと」


 月華は兎乃に相槌を打ちながらコーンバーを飛び越えると、一階部分の手すりを軽く蹴った。


「ちょっとユエ、何してるの!」


「まあ、ビクともしねえよな。中にも入ってみるか」


 少しも悪びれずに再びコーンバーを飛び越えて帰って来ると、月華は表通りへと戻って行った。兎乃もそれに続く。


 問題の階段は非常口でもあり、テナントの中には別途エスカレーターが備えてある。

 二人は表へと回るとそれを使って一階から五階まで上がってみたが、気になることは何もなかった。


「班長、こちらの目撃情報は何かありますか?」


 四階に戻ると、エスカレータの横で左右を見渡しながら兎乃が聞く。

 向かって左手に百円均一。右手にカプセルトイ専門店があり、更にその奥が階段の扉となっている。


『対応した店員の視点では、即座に思い出せないぐらい不審点はなかったようだ。他、フロアですれ違った客の話だと、店からまっすぐ階段へと向かって行ったらしい』


「明らかに動線がおかしいですね」


「階段に何かあるのかもしれねえけど、今はちょっと行き辛ぇな」


 各階の階段に続く扉は全て一時立ち入り禁止になってしまっている。

 無視したところをビルの関係者に見られたら怪しまれることは間違いない。


『今日はやめておこう。不要な騒ぎを起こしたくない。……今のところはこれぐらいか。ご苦労だった、ひとまず帰還してくれ』


「藍、了ー解」

「蓮見、了解」



 * * *




 現場調査を終わらせて兎乃と月華は隊舎へと戻った。


「二人ともお疲れ様」


 既に自分のデスクに戻っていた守屋が二人を労う。

 兎乃は頭を下げて応じると自席に座り、月華はソファーにどっかと腰を落とした。


「で、どうする。班長?」


 兎乃はそれなりに疲労感を感じていたが、ちらりと見たバディにその様子はない。


「どうしようもないな。一度様子見にしよう。僕と波瑠で網を張っておくから、二人はいつも通りに戻っていいよ」


 言葉は返さず、ひらひらと手を振って了解の意を表す月華。


 一方兎乃は、自分のデスクで椅子を左右に回しながら、ここ一ヵ月で見たAFの資料を思い出していた。

 似たようなAFはなかったかなと、頭の中の資料をペラペラとめくっていた、その時。


 事務室のドアが開き、フードを被った波瑠が顔を見せた。


 波瑠が自ら事務室に来ることは珍しく、一同の視線が波瑠に集まるが、本人は特に気にした様子はない。

 いつも通り兎乃や月華には関わろうとする姿勢を見せずに、淡々とした声で言う。


「守屋さん、面倒なことになるかも」


「何があった」


「早速三件目が網にかかった。五童子市、市役所から南東に一キロ。三十代男性。会社員で妻と二人暮らし。営業の外回り中に車にはねられて即死。目撃者によると、突然何かに追われるか、もしくは追いかけるかのように車道に飛び出したって。……ペースが早過ぎる。今の所SPOOが動いてる気配は拾ってないけど、時間の問題だね」


 波瑠の報告を聞き、守屋が眉をひそめて顎を撫でる。


 兎乃は神妙な顔つきで波瑠の話を聞いている。

 月華は組んだ自分の足で頬杖を突きながら、新しく火を付けたタバコの紫煙を深々と吐き出した。


「……ほぼ間違いなく黒、と。分かった。明日は調査強度を高めよう。しかし、範囲も広く、手口も直接的じゃない。こういうヤツはやりにくいな、全く」


 その存在が不明瞭であるというだけで、これほど得体が知れなく感じるなんて、と兎乃は守屋の言に心の中で同意する。


 どこにいるかも、何をしてくるかも分からない。


 ――それはつまり、いつどこで死んでもおかしくない、ということだ。


 ようやく思い出さなくなってきた、一ヵ月前のあの苦痛が脳裏をよぎる。

 兎乃は無意識に自分の体を抱えるようにし、体が震えないよう堪えていた。


毎日20:30に更新予定です。

明日は第7話を投稿いたします。

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