番外編その2「お互いの評価の話」
■番外編その2「お互いの評価の話」
蓮見兎乃は、藍月華を見ていて感心することが沢山ある。
その中でも特筆すべきは、起きたことを繰り返すことはなく、かつ引きずることもない、メンタル管理だ。
例えば、月華のゴミの分別が甘かったことがある。
兎乃はゴミ出しの指定時間直前にそれに気づき、急いで分別をし直した。
当然、あとで兎乃は月華にそれを指摘した。
「ユエ、プラ指定のないものをプラごみに入れてたよ。気を付けないと」
そう言われた月華は、読んでいたコミックからほとんど視線を上げずにぞんざいに返答した。
「んー。分かった。次から気を付ける」
その態度に兎乃は「話す時はこっちを見なさい!」と別のこじれ方をした訳だが、それはいい。
もし自分が、同じような指摘を受けたらどう思うだろうか。
多分、まずは慌てて謝る。そのあと、一人になってからちょっと落ち込むだろう。
考えるのは、どうして間違えたかと、どうすれば埋め合わせができるだろうの二つだ。
それから、しばらくは間違いがないか確認してからじゃないと不安になってしまう。
だが、月華は微塵もそういう、いわば『ネガティブな』反省をしない。
そもそも聞いていない可能性すら危惧していた兎乃の心配は、杞憂に終わった。
それ以降、月華がプラスチックごみの選別を誤った形跡はない。
そしてそれを誇ったり、執拗にチェックしていたりする様子もない。
少し観察してみたところ、ゴミを捨てる前にちらりと包装を確認しているのが習慣になっていることが分かった。
日常的な動作を自然にアップデートしていることは、明らかだった。
他にも、こんなことがあった。
食器の洗い物は月華の担当になっているが、ある日の朝、兎乃が起きると昨晩の食器がそのままになっていることがあった。
まあそういう日もあると、その時は気にしなかったのだが、翌日も、翌々日も同じ有様だった。
それが嫌だったというより、無理なことをさせていないかと、兎乃は気になってしまった。
しばらく考えたのち、こういうことは早めにきちんと確認すべきだと、月華に直接聞いてみることにした。
「ユエ、食器の洗い物、大変?」
月華はタバコを吸いながら、きょとんとした顔をしてみせた。
「いや全然。遅くなると、ラビ困る?」
「そんなことはないけど……ううん、大丈夫ならいいの。ごめんね」
そう一方的に話を切ったのは、嫌味っぽく聞こえたかもしれないと自分を恥じたからだった。
月華が嫌な気持ちになってなければいいなと思い、その話題は避けることにした。
次の日から、洗い物が翌日まで残ることはなくなった。
兎乃は驚きつつも、余計負担をかけさせたかと不安になり、数日後に思わず謝ってしまった。
「洗い物、無理強いしてごめんね」
その時も、月華は最初は何を言われているか分からないという顔をした。
それから、思い出したかのように「ああ」と頷いた。
「無理じゃねえって。あたしはそういうの察しが悪いからさ。むしろ言ってくれたらラビに合わせられて、あたしも楽だよ」
そして、あっけらかんとそう言い放つのだった。
それからの生活をみても、月華のこういう所は一貫している。
月華は自分のそういう性格について、こう評したことがある。
「あたしはこだわりがないから。だったら、こだわる人に合わせた方が面倒がねえじゃん。それができないことなら話は別だけど、無理は言われてねえし」
月華の適応力と行動力に、兎乃は感動すら覚えたのだった。
だから、ある日守屋さんと二人になった時、「月華と上手くできてる?」と聞かれたのに対し、はっきりとこう答えた。
「はい。ユエが私に合わせてくれるので、とても助かっています。仕事の先輩としても、同居人としても、素晴らしいパートナーです」
* * *
藍月華は、蓮見兎乃を見ていて感心することが沢山ある。
その中でも白眉なのは、几帳面さと気遣いの徹底だった。
例えば、自分は『やらなければいけないこと』に対しては注意ができるが、『やらなくても何とかなること』はすぐ忘れてしまう癖がある。
後から思い出して、「あー、あれやってないな」となることは日常茶飯事だった。
そんな時、じゃあ今やるかと腰を上げると、兎乃が来てからはまず間違いなくその件は綺麗に片付いているようになった。
誰かが代わりにやったのだろうが、そんな人物は兎乃以外にいる訳がない。
しかも、兎乃はその成果を主張しない。自分に対し、対価を一切求めようとしない。
もし自分が、兎乃が使いっぱなしにした作業の跡を見たらどうするだろう。
まあ、何もしないだろう。別に自分は困らない。
兎乃自身が困ったら片づけるだろう。その件はそれ以上、気にも留めないはずだ。
だが兎乃には、そういう『他人の仕事は他人の仕事』という線引きがない。
自分がやったことはきちんと自分で片づけるし、他人がやったことを片づけるのも当然に受け入れる。
そこには『共存する』という明確な意思があった。二人の生活は、二人のものなのだ。
これは、自分のことは自分で好きなように済ませてきた月華にとっては、衝撃だった。
流石に気を使わせ過ぎかと、前に一度謝ったことがある。
「悪ぃ、ラビ。あたしが読んでるんだから、あたしが本棚整理しないとだよな」
それに対し、兎乃は笑いながら手を横に振った。
「え、いいよ。ちょうど暇だっただけだから」
まさか、逆に気遣われるとは思ってもいなかった。
他にも、家事の分担を決め、最低限のルールを作り、お互いの認識をすり合わせる作業を、兎乃は厭わなかった。
おかげで、月華は自分が管理していないことでも、どこに何があって、どうなっていると良い状態なのかが分かる。
負担を分け合うということが、これほど楽なことだとは、少しも思わなかった。
だから、月華は兎乃の決めることにはできるだけ従うよう心掛けた。
生活のことについては、兎乃に従えば上手くいくという確固たる信頼が出来上がったからだ。
月華は兎乃に、つい気になってしまって尋ねたことがある。
「なあラビ、色々決めたり管理したり、大変じゃねえのか?」
すると、兎乃は困ったような顔をしたのだった。
「……もしかして、ユエに無理、させてるかな?」
こいつの善意には底がない。月華は戦慄した。
以降、野暮なことは聞かないようにしている。
その後の生活を見ていても、兎乃がそれらを頑張り過ぎているようには見えなかった。
兎乃はたまに、嬉しそうに自分のことをこう語ることがある。
「私、妹がいるから、人の世話を焼くの好きなんだよね。世話を焼くとお母さんから褒めてもらえたから、その影響かも」
兎乃の献身性と仲間意識に、月華は固定概念を大いに覆されたのだった。
だから、ある日守屋と二人になった時、「蓮見君と上手くできてる?」と聞かれたのに対し、はっきりとこう答えた。
「いい奴だよ。フォローされっぱなしで頭が上がらねえ。その分、あたしのできることで助けてやるさ。あたしらはバディだからな」
* * *
それから、二人は言いにくそうに、こう守屋に続けたのだった。
『……ちょっとだけ、タバコを控えてくれたら、もっといいんですけど』
『……ただなあ、毎日毎日夕飯がヘルシーフードなことだけは、参る時があるな』
本当にいいバディだな、と、守屋は思い出しては苦笑するのだった。
本話は、1章と2章の間の、インターバルストーリーです。
本編とは関係のない、ある日の日常を描いた回になります。
明日からは、第2章本編を投稿させて頂きます。
毎日20:30に更新をしていく予定です。




