表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/36

番外編その1「好きと苦手の話」

■番外編その1「好きと苦手の話」


「マジか……ラビお前、そんなのよく飲めるな」


 午後の四時、日課のトレーニングを終えてシャワーを浴びた兎乃と月華は、二階の事務室へと戻っていた。

 通信室にこもっている波瑠を除いた、三班の三名が事務室にいる。


 月華が言う『そんなの』とは、兎乃が持っているマグカップの中身を指している。


 げんなりしながらソファーからこちらを眺めている月華に、兎乃は首をかしげて見せる。


「そんなのって、ただのカフェオレだけど?」


「いやいやただのじゃねえよ。お前今それに何入れた?」


 兎乃は自分のマグカップを目の高さに持ち上げて確かめてみる。

 もちろんそれは普通のマグカップであり、中も外もおかしいところは何もない。


「ミルクとお砂糖」


 当たり前のように答える兎乃に、月華はソファーから身を乗り出しそうになる。


「いやお前、角砂糖三個も入れただろ。どんだけ甘くすれば気が済むんだ」


 「あー」と兎乃は何かを考えるように視線を斜め上に泳がせる。


「トレーニング分のカロリーが台無しになるかな」


「いやそうじゃねえって!」


 月華が頭をかきながら大仰に頭を逸らした。


「量! それもうほとんど砂糖じゃねえかって話だよ」


 月華の大げさな反応にも兎乃は動じない。


「でも美味しいよ。ユエも飲む?」


「要らねえ要らねえ。見てるだけで口の中が甘くなりそうだ」


 舌を出して否定しそうな勢いの月華を見て、兎乃は不思議そうにしながらカフェオレを飲んだ。


 ミルクでまろやかになり、砂糖で優しい甘さがたっぷりになっている。

 コーヒーの芳醇な香りもしっかりするし、やっぱりこれが一番美味しい。


 そもそも、甘さにケチをつけるなら、兎乃にだって言いたいことがある。


「そういうユエだって、朝ごはんにパンケーキ食べるじゃん。しかもバターとメープルシロップまでかけてさ。あれじゃご飯じゃなくてお菓子だよ」


 前からなんとなく思っていたことを、どうせならこの機会にと兎乃は言い返した。

 大げさに頭を逸らしていた月華はそれを聞いて、驚いたような顔で兎乃を見つめる。


「バッカお前、モーニングのパンケーキは美味えだろうがよ」


「美味しいけど、朝ごはんにはおかしいんじゃないのって話だよ」


「何がおかしいんだ?」


 分からないという表情を一向に崩さない月華に、今度は兎乃が地団駄を踏みそうになる。


 それから馬鹿らしくなり肩の力が抜け、次第に何故か面白くなって兎乃は笑ってしまった。


「……ふふっ、おもしろ」


「なに笑ってんだ。意味分かんねえ」


 月華はなおも理解できないとソファーにふんぞり返った。


 兎乃も自身のデスクに着席し、もう一口カフェオレを飲んで、マグカップを机に置く。

 ふと部屋奥のデスクで黙々と仕事をしている、守屋のことを思い出した。


「そういえば、守屋さんもコーヒーはブラックですよね」


 自分の仕事に集中していた守屋は、突然話を振られて驚いて顔を上げてから頷いた。


「ああ、うん。昔の話だけど、仕事柄ブラックを飲む機会が多くてね。いつ頃からか、気付いたらそれが普通になってたかな」


 自身の経験を語ってから、「ところで」と守屋が話の矛先を月華に向けた。


「僕が知ってる限り、月華はブラックもカフェオレもあんまり飲まないけど、どっちが好きなの?」


「確かに、私もユエがコーヒー飲んでるのほとんど見たことないかも」


 二人の視線を受け、月華がきょとんとした顔をする。

 それから、当然だというような口振りで言った。


「どっちも飲まねえよ。苦えし」


「はー? それで私に砂糖入れすぎだのなんだの言ってたってこと?」


 まさかの回答に、兎乃はぷりぷりと怒り、守屋は呆れ顔で頬杖を突いた。


「あたしが好きじゃねえのと、ラビが砂糖入れすぎなのは別の話だろ」


 これは話が平行線になると危惧した守屋は、助け舟という訳ではないが、話しの舵を切ることにした。


「そういえば月華はあんまり何か飲んでるところを見ないね。何か好きな飲み物ある?」


「コーラとスプライト」


「またド直球だね……」


 あまりにもイメージ通りの返答に、守屋はむしろ感心すらしそうであった。

 一方の兎乃は、まだ納得がいっていないらしく、腕を振り回しだしそうな勢いで抗議を続けた。


「ちょっと待ってよ。コーラだって甘々じゃん。むしろコーラの方が砂糖沢山入ってるよ。絶対そう」


 守屋はもう好きにしてくれというような様子で、再びキーボードを操作しだした。

 月華は月華で持論を曲げるつもりはなさそうだった。


「元々甘いモンはいいだろうが。元々甘くないモンを甘くするから分かんねえって言ってるだけで」


「分かってないなあユエは。これはコーヒーであってコーヒーでないのです。別の飲み物だよ。だからこれはこれでいいの」


「はあ、別の飲み物ねえ。そんなもんか」


 いい加減諦めたのか納得したのか、釈然としない顔をしながらも月華は曖昧に兎乃の言を受け入れた。

 ジャケットの胸ポケットからタバコを取り出すと、オイルライターで火を付け、深く一口目を吸う。


「ユエは好き嫌いも多いし、感覚が独特なんだよね」


 なぜか満足げに頷く兎乃。


「ちなみに、ユエが一番苦手なものってなに?」


 月華はゆっくりと煙を吐き出してから、気だるげに返答した。


「んー、スクラップル」


 聞いたことのない食べ物に、兎乃がきょとんとする。


「スクラップル? なにそれ?」


「知らねえ? つってもあたしも中身まで完璧に知ってるわけじゃねえけど。あれだよ、コーンミールと豚肉と内臓をマッシュして固めたやつ」


「へえ。聞いたことないなあ」


 ソーセージかミートローフみたいなものだろうか、と兎乃がぼんやりと想像する。

 月華はスクラップルの話を続ける気はないらしく、別にものを思い出したかのように言った。


「あとアレは食えそうにないよな。ゾンビの肉」


 思わず兎乃が甘々のカフェオレを吹き出しそうになる。


「それは……そもそも食べ物じゃないんじゃ……」


「たまにゲームとかであるじゃん?」


「うん、まあ、ゲームだからね……」


「それに、肉は肉だろ」


「ああ、うん。そうだね……」


 どうにもピントがずれる月華の回答に、兎乃は月華に抱いていた印象と実態の違いを感じていた。


「月華は、時々こういうところがあるんだよね」


 もう何度か経験しているのか、守屋は自分の仕事を淡々とこなしながら、ぼそりとつぶやいた。


 兎乃が、よく分かりましたとでも言いたげな顔で、カフェオレを飲んで心の安寧を得ている。


 一人、当の月華だけが、ピンと来ていない顔でタバコを吹かしていた。

本話は、1章と2章の間の、インターバルストーリーです。

本編とは関係のない、ある日の日常を描いた回になります。


予定を変更して、本日は12:00と20:30で計2本を投稿させて頂きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ