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膝枕大戦  作者: 長田佳陣
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最終話 祈り

円柱状の巨大建造物である中央塔。

その最上階は鐘を納めた鐘塔であり、周囲は式典用のバルコニーであり空中庭園となっていた。

円形をした庭園の外周には9体の石像が並んでいる。

その中央には一際大きな石像が祀られている。


その庭園に上空からやってきた悲鳴の主たちが墜落してきた。

次々と庭園に配置されていた神像に直撃して、像を壊してゆく。


これに司祭が叫びを上げる。

「貴様、なんということをしてくれたのだ!あれらはこの塔の建設時、降臨された神々を世界中より集めた芸術家につくらせた像だぞ!」


あまりの剣幕で叫んだものだから司祭が咳き込む。

周囲で祈りの姿勢をとっていた者たちの中から見習い修道女がさっと出てきて司祭の背をさする。あの小さな教会に来ていた司祭の姪に当たる見習い修道女だった。


「モデルのことなら心配は無用だ」

大公が崩れた像を指させば瓦礫の中から人影が身を起こした。

それは崩れた神像と寸分違わぬ神々、主神である女神の眷属たちだ。


唖然とする神々と驚愕を隠せない聖職者たちに威厳に満ちた女性の声が発せられた。


「落ち着きなさい」


庭園の中央、ゆっくりと女神が舞い降りてきて像の前で静止した。

銀髪に白い翼を持つ人ならざる美貌の女神。

その襟元にはかつて辺境を不可侵とたらしめた獣で作られた毛皮。


告げた言葉は小さいものだったが、そのフロアに居た全てのものにしっかりと響いた。


「このような狼藉。ただでは済まされませんよ」


狼藉の張本人といえば、額の角を通じて己の中のイドとそこから繋がる淫魔のイドに意識を向けていた。

女神の登場により淫魔のイドには再び赤黒い雨が降りしきっている。

あの幼子は大公の用意したテーブルの上で膝を抱えていた。

コップと同じ動物をあしらった傘を差し雨に濡れては居なかった。

コップも大事そうに抱えている。

ふむと大公は満足そうに微笑んだ。


余裕の笑みを浮かべる大公に対して、女神の美しい顔には一筋の汗が流れ落ちてた。

「人界の力を結集し、戦闘卿を打ち倒すための旗印たる聖女がまさか、悪魔大公を招き入れるようなまねをするとは。お前のような醜い半魔の老婆に慈悲を与えた私が馬鹿でした」


女神の言葉を受けて、淫魔の容姿は美しさを増してゆく。

今や、美の象徴と言われる女神さえも凌駕しているのは聖職者たちでさえ認めざるを得ない。

女神はゆっくりと浮遊する高度をおとしていた。


「女神様!」


しかし答えを待たずに声を発したのは見習い修道女だ。


「女神様のご厚意を踏みにじる、あのような年増に聖女の位など与えるべきではなかったのです。私を、この私こそを聖女にしてください!」


笑い声が響き渡る。

女神の神性によって広がっていた声とは全く異なる、粗野な大声の笑いだ。

大公は腹を抱えて転がるのではないかと思うほどに愉快そうに笑い続けた。


「老婆に年増ときたか!?」


淫魔が姿を変えるのは身を守るために他ならない。

その力が女神に作用している。

敵から身を守るための力がだ。


淫魔のイドは女神を敵だと見なしている。

大公はただ状況を見守っていた淫魔の脇に手をそえると犬猫のようにヒョイと抱き上げた。


「貴様にはこれが老婆に見えるのか?」

女神に見せつける。

大公に触れられてイドが止んだ。


絶世の美女ではない、老婆でもない。

そこに居るのは、整って入るものの薄幸そうな妙齢の淫魔の娘だ。


「神々の主たる女神よ。この淫魔の娘にとっては、お前なんぞはそこの見習い修道女と大差が無かったのだな」


大公の威に女神は浮遊する高さを落とし、そのつま先が地に着かぬよう少し足を上げた。


「どうした?堕ちているぞ?」


大公は淫魔を床に降ろす、降ろされ淫魔は大公から身を離そうとしたが大公に片手で抱き寄せられてしまった。


「獣を返してもらおうか」


ついに女神は地に足をつける。

大公は地を這わせてやろうかと思ったが、傍らの淫魔に受けた慈悲を思い出しそれは止めることにした。

そして、差し出され大公の手に、女神の手から獣の毛皮が渡される。

大公は淫魔に視線を向ける。


「お前の祈りの力はとても強いが、私にはあまり良いように思えないのだ。お前はイドを溜め込むべきではない」


大公は腰を落として淫魔に向き合った。

「お前のイドを与えておくれ」


「え?こんなところでですか?」

淫魔は目を白黒させながら顔を赤くして返した。


「この毛皮にだよ」」

淫魔は勘違いさせるような物言いをした大公を恨みがましく睨んだ。

「獣の姿を思い浮かべながら、お前のイドを与えるんだ」

「でも、私はその獣の姿を知りません」


「おまえは獣の姿をよく知っているはずだ。あの気高い孤高の獣の姿を」


いったいどこで?と淫魔は思った。


「イドの中でコップと傘をあげただろう?お前の祈りを捧げる獣を蘇らせよう、もうあの雨に打たれることは無い」


一瞬の間を置いて淫魔のイドには暴風雨が吹き荒れた。


え?だってあれはうさぎ??

獣ってうさぎなの?

孤高?うさぎって寂しいと死ぬって聞きますよ?


全ての視線が二人に集まっていた。

神が生まれる瞬間を世界が魅入っている。


覚悟を決めた淫魔は毛皮を受け取ると、大公に行ったようにそっと口づけをした。

毛皮から溢れ出たイドは形をなし獣が現れた。


地を嫌い、はるか天空から人を見下ろし、その大地から逃れようとした女神。

四本の足で地を踏みしめ、土の匂いを嗅ぐ獣。

その魂のあり方に、これこそが辺境を駆け回る、自分たちの神だと大公は思った。


獣はその鼻をヒクヒクと女神に向ける。

ひぃと女神から悲鳴がこぼれた。

姿は変われど、自身がその手で屠った獣が蘇ったのだ。

策を巡らせ10人がかりで罠にはめた相手だ、正面切って敵うものではない。


「鐘を鳴らそう。新たな獣が鳴らす我ら辺境の民の鐘だ」

微動だにしない中央塔の巨大な鐘。

しかし、はるか海の彼方から、その鐘の音は聖徒まで確かに届いた。


司祭が膝をついて祈りの姿勢をとった。

それは、大公に食って掛かったあの司祭だった。

聖堂に居た聖職者たちが膝をつく。

しかし、最高司祭は椅子に座ったまま、これから変わる世界のあり方にワナワナと震えていた。


大公は神々を見据え言った。

「聖女が祈りを捧げになる。伏して拝聴するがいい」


その日、世界に一つの鐘が戻った。

辺境を守護する獣がもたらす祝福の鐘。

祈りを捧げる淫魔のイドにもう雨は降らない。


そして、一つの鐘が加えられる。

「さて、神々に並ぶ存在がここに居る。ならばその鐘を鳴らさなくてはな」


「大公様、では全ての鐘を鳴らして下さい」


大公は少し考えたが従うことにした。

「よかろう」


そのとき、これまで誰も聞いたことの無い、全ての鐘の祝福が世界を包んだ。

あの、港町の小さな修道院の鐘も含めて例外なく。


目を閉じ祈りを捧げている淫魔の傍らで、大公が静かに膝を折り、祈りの姿勢をとった。

それを見ていた最高司祭もまた膝を折った。

あるものは聖女の寛大さに、またあるものは恐怖から、それぞれの思いで膝を折る。


この聖女が瞳を開いたとき、この光景を見たらイドはどうなるのだろうか?

それと何故に獣の耳が長いのかも聞かねばならない。


大公は少しだけ楽しみだと思った。


終わり

初投稿作品でした。

とにかく一作品上げるところから始めようと思い、最後まで書かせて頂きました。

お読みいただきありがとうございました。

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