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膝枕大戦  作者: 長田佳陣
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第語話 中央塔

聖都の中央にそびえる巨大な鐘楼。

その最上階では祝福の音を打ち鳴らす巨大な鐘が聖都を見守っていた。

数百年の永きに渡り休むことなく正午に10回鳴らされ続けた鐘。

しかしその日、主神たる女神を象徴する10回目の鐘を打ち鳴らそうと大きく振り上げられた鐘は突如止ってしまった。


女神によって10回目の鐘が鳴る鐘楼は限られている。

この中央塔を含めて僅か数カ所。

それらを10鐘楼と呼び以下、鐘の数により9鐘楼、8鐘楼と呼んだ。

鐘の回数はそのまま神々からの祝福であり寵愛の証。

その総本山である中央塔の鐘がならない。

これは、宗教的にも政治的にも人心掌握において、なにより10枚のメダルを下げた聖職者の自尊心において大問題であった。


問題の鐘の下では聖職者たちが騒然とている。


下級神官の一人がハシゴを使って近づいてみたが何も変わった様子はない。

見上げる司祭たちから適当な思いつきの解決案を投げかけられたところで、何も出来はしなかった。


聖女の到着が遅いと不機嫌だった最高司祭は下級神官に用意させてた椅子に座って薄いワインで喉を潤していた。

つい先程まで怒鳴り散らしていたのだが、中央塔以外の10鐘楼も鳴っていないとの報告を受けて少し落ち着いていた、この男は鳴らない鐘の数が多いことを問題が増えたとは思わず自身の体面が保たれたと思っていた。

そうでなくとも、どうせ日頃の不摂生で長時間怒鳴り続ければ、すぐに息が上がってしまうのだが。


一方で面倒事を免れたのは下働きの者たちだった。

中央塔の所属と認められていない彼ら彼女らの聖貨のメダルは当然10枚に満たないので、今は床に両膝をついて祈りの姿勢を取っている。立ち上がるわけにはゆかないため、騒ぎ立てる聖職者たちから無茶な事を言われずに済んでいた。


ゴンと鐘から音がした。

鳴ったわけではなく何かが衝突した音だ。


それは、突如ほぼ真横から飛んできた大男だった。

勢いを殺すため鐘を足場にした大男は、それからふわりと皆の眼前に降り立つ。

鐘を見上げていた者たちが皆、大男を注目した。

その右手には修道女が抱きかかえられている。


皆が唖然としながら二人を見ているなかで、修道女は大男からそっと降ろされた。

大男を見上げ礼を言う。

それから、皆に向き直り祈りの姿勢で挨拶をする。

「遅れて申し訳ございません、司祭様からのお申し付けでお伺いさせていただきました」

「いや、遅れてなどおらん。鐘はまだ鳴り終わっていないだろう?」

大公が自慢げに訂正するものだから淫魔は余計に申し訳ない気分になってしまった。

「もう大丈夫ですから、止めた鐘を鳴らせてください」


いま、聖女は鐘を止めたと言っただろうか?

皆が耳を疑った。

「よかろう」

大公が左手を上げて指を鳴らす。

途端、極限まで振り上げられてた鐘が振り下ろされた。

神々の威を示す鐘が聖都に鳴り響く。

大公の指先一つで。


いつもの神々の鳴らす荘厳な鐘であれば、頭上で鳴っていながらも耳をふさぐような騒音ではない。

だがしかし、大公が力任せに鳴らした鐘は広間の空気を震わせる暴力的な音だった。


最高司祭が立ち上がり大公に何か叫んでいるが鐘の音で何を言っていのか全く聞こえない。

その顔が赤いのはワインのせいだけでは無いだろう。


余韻の中、どうやら思い通りの鐘の音ではなかった様で首をかしげていた大公が、最高司祭にようやく気づいた。

上げたままだった指を鳴らした手を、すっと横に振りながら握る。

その様はまるでオーケストラの指揮者だ。

ピタリと鐘の音の余韻が消えた。


息を切らせていた最高司祭は、椅子の手摺に手をかけてようやく立ち上がり大きく息を吸い込んだ。そして、ゴテゴテと指輪を付けた手を震わせながら二人に伸ばし声を張り上げる。

「一体貴様らは何者だ!?」

その問いに大公は淫魔のイドが揺らぐのを感じた。


淫魔が慌てて進み出ると、ようやく自分たちの義務を思い出した神殿騎士たちが最高司祭との間に割って入った。

淫魔は歩みを止めその場で膝まづく。

「お招きにあずかりました。修道女セヴェリーンでございます」

淫魔の中の小さな器でコポリとイドが湧き出した。

直ぐに返事を返さない最高司祭に横から耳打ちをしたのは、修道院に迎えに来ていた司祭だった。

「なに?聖女だと?あのバカでかいのは何だ?」

司祭がこの場はお任せくださいと最高司祭を椅子に座らせる。


「よくお越しくださいました、聖女セヴェリーン。塔の門には案内の者を控えさせていたのですがお会いにはならなかったようですな」

「すいません、遅れそうになったものですから」

「おや、間違いが無いように聖貨をつけていない魔族の修道女が来ると申し付けておいたのですがね」


ここでようやく淫魔が聖貨を身に着けていない事に皆が気づいた。

聖職者たちの肩から力が抜け、失笑が漏れる。

惨めな下層民と選ばれた中央塔の自分たちという日常と常識がもどってきたからだ。

先程の暴力的な鐘を10回目とみなして良いものかどうかと、9枚以下しかメダルを持たない者たちはまだ膝をつき様子を見ている。

そして、メダルを持たない聖女もまた、下働きの者たちと同じく自分たちが祈りを終えるのを膝まづいて待っている。


必然、メダルの枚数を探る卑しい視線は大公にも向けられた。

堂々と立ちそびえるその胸元に聖貨はなく、聖職者の装いすらしていない。

その大公の意識はこんこんと湧き出す淫魔のイドに向けられてた。

ちいさな器から溢れ出し暗闇の中で床を濡らしている。


「側仕えのつもりでしょう。聖女は私が用意しました侍女がお気に召さないとのことで、ご自分で用意されるとの事でしたので」

こんこんと湧き出す淫魔のイド。

大公は己に出来なかった淫魔のイドへの変化を、この者たちが湧き出させていることが面白くなかった。

そして意外な所でも闘争は得られるものだと、こぶしに力を込める。


いやしかし、まて。

淫魔の言葉を思い出した。

誰でも好きなものに、自身との闘争に足る力を与えてくれると言ったではないか。

この一見下らない者たちも、候補として見定める必要がある。


「いかにも。聖女様にお使えするため、御殿に参上いたしました」

聖職者たちに頭を下げると、ゴボゴボと淫魔のイドが湧き出した。

俺が聖職者共に頭を下げても湧くのか?

それほどにこの者達がお前の力となるのか?

頭を下げたことより、その事が腹立たしい。


司祭が一歩下がり、最高司祭の後ろに立った。

「どうぞ猊下、10鐘目の女神への祈りです」

うむと、最高司祭が立ち上がる。

両の手を広げ、女神への祈りを捧げる。

他の聖職者たちも10枚目のメダルに手を触れ祈りを捧げた。


女神への祈りを捧げる淫魔のイドにあの雨が降る。

外からではあの幼子の様子までは分からない。

これほどのイドを得たというのに、なんだかイドの操作がままならないのだ。

かつてその底までたどり着いたイドの世界が霧の向こうの様に遠く感じる。

あの置いてきた傘が役に立っていれば良いのだがと思った。


そして淫魔の容姿が変化する。

それは妖艶な淫魔と呼ぶに相応しい姿。

皆、祈りのさなかにあっても、その美貌に釘付けとなった。

司祭の中でも位の高いものたちは、如何わしい願望をどう実現しようかと思案していた。


その全てが気に入らない大公が、淫魔の傍で周囲に睨みつける。

牽制していると自覚があった。

魂の奥底、イドで繋がっているこの淫魔の娘は自分にとって何だろう。

大公は立ち上がり祈っている淫魔の頭にその大きなを伸ばし触れた。


とたん。


ピタリと、淫魔のイドに降る赤黒い雨は止んだ。



「大公様」


この娘のイドは何から来るのだろう?

自身のイドは闘争を根源としている。

勝敗は関係なく戦うこと自体が大公のイドを満たす。


「大公様」


女神への祈りと聖職者共との関わりでイドが湧くのを見た。

だがしかし、淫魔に触れている今と中央塔への道程を含めて大公の行いは淫魔のイドを静まりかえさせている。


「大公様!」


この娘にしてはめずらしい大声に淫魔を見やると、何かを真剣に訴えかけていた。

全く気にしていなかったが先程話しかけてきた司祭がなにやら身振り手振りをしていた、最高司祭が祈りを捧げるのでその下男を跪かせろと催促されていたようだ。


さて、本来であれば女神に膝を折るなど真っ平御免だが淫魔の娘を困らるつもりもない。

だが逡巡する大公を他所に周囲のざわめきが大きくなる。

先程の司祭が声にして問いただしたのは、この場を支配していると思っていた自負からだった。


「今、なんと言った?」

そう問われても二人は答えようがない。

何も会話などしていなかったのだから、答えようがない。


「聖女よ、その大男を大公と呼んだのか?」

ざわめきがどよめきに変わる。


まず、大公と呼ばれる存在は一人しかいない。

宗教国家の聖都では貴族は実権を持たない名誉職でしかなく大公位など存在はしないし。

また、辺境においても大公とは貴族の爵位ではなく一族の長として大公と呼ばれる存在だからだ。


辺境国家の全てを治め、貴族や王も含めた旧魔族という種族を治める種族大公制の長。

だがしかし、そのたった一人の存在は絶対にここに居てはならない存在である。

なにしろ、その存在を阻むために聖女が呼ばれたのだから。


「これはこれは、最高司祭猊下。そういえばご挨拶がまだでしたな」

大公は淫魔の手を取り立ち上がらせる。

「これなる聖女の側仕えとして参りました」


芝居かかった仕草で両の手を大きく広げた。

そこで、思い至った。

そうだ、角だと。


「辺境大公ワンダである」

大公の頭部、入れ墨のあった場所に黒曜石を思わせる立派な角が2本現れた。


「もっとも、お前たちには戦闘卿と言ったほうが良いか?」

貴族位を聖職者の下に見る聖都では貴族はすべからく卿で称される。

そして野蛮な辺境大公に侮蔑の意味を込めて、曰く戦闘卿。


9枚メダルの聖貨のため、祈りの間は片膝をついていた神殿騎士達だったが大公の名乗りに素早く立ち上がる。

が、直ぐに見えない力に押さえつけられ倒れ込んだ。


「聖女が祈りを捧げられる、伏して拝聴するがよい」


大公はあえて聖職者たちを押さえつけはしなかった。

自らの意思で膝を折らせるためだ。


最高司祭が声を震わせながら言う。

「わ、我らは10枚メダルの完全聖貨だ、祈りにあっても膝を折ったりなどはしない」

メダルは本来、辺境の獣を含めて11枚あった。


「その不完全な10枚のメダルを指して完全と言い張るか?」

敢えて獣のように牙を剥いて見せると聖職者達が怯んだ。


大公は角を通し淫魔のイドを覗き見た。

大雨は止み湖面と化した淫魔のイドは静かに波紋をたたえているだけだ。

大公では淫魔のイドを沸き立たせる事は出来ない。

やはり神々の力なのか?まぁ良い、奪い返したければそうするがいい。

俺は今、俺の持つ力で俺のやりたいようにさせてもらう。


大公が空を見上げる。

ゆっくりと何かを探すように視線を巡らせると。

右手を上げて空で何かを掴んだ。

そして、その手をグッと振り下ろす。

その手には見るからに力が込められておりただ振り下ろしただけでは無いことがわかる。


やがて、天高く遠方から悲鳴が聞こえて来た。

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