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下駄

 3月に決算を迎える当社は、6月に株主総会が開かれる。

 4月の中頃、私は、本社からこちらのエリアに来ていた社長に呼ばれた。

 新しく就任した職務に対するねぎらいの言葉と期待の言葉をかけられたあと、「6月の株主総会には本社の方に来るように。」と言われた。

 社長の横にいたKE取締役が「B地区の営業部長も一緒に呼んであげてください。」と社長に口添えした。

「うん、そうだね。」と応えて、私に向かって「B地区の営業部長と二人で株主総会に出席するように。」と告げられた。

「なんですか?」私は、理解できなくて、KE取締役の方を見て尋ねた。

「会社賞だよ。」とKE取締役が誇らしげに答えた。

「私が、ですか?」全く身に覚えがなかったので、体全体で疑問をぶつけた。

「はっは」社長は笑った。

「昨年度の成績が、だよ。」KE取締役が、あきれたように言った。


 私のエリアのB地区は昨年度の営業成績がとても躍進したので、会社賞に相当すると評価され、その表彰ということなのだが、そのB地区の営業部長も、このエリアの営業部長も、この4月に人事異動があったため、現在のエリア営業部長とB地区の営業部長が、会社賞を受け取りに株主総会に出席することになったのである。つまり、私とKM営業部長の二人である。


「この賞は個人賞とは違う。あくまでも部署が対象だから。去年の営業部長を表彰するわけにはいかないのだよ。」ということだった。


「わかりました。」と了解して、営業部に戻った。


 営業部に戻って、B地区の売上はそんなによくないというイメージだったので、早速調べてみた。

 すると、確かに去年の1月から12月の売上は前年比2倍になっていたのだが、今年の1月になると、急にもとにもどって前年比の半分になっていた。そして、この4月まではそのまま、もとのペースに戻ったままだった。

「B地区は去年、とてもがんばったようだね。」と事務課長に問いかけると。

「ああ、それですか。それは、出来レースですよ。」と嫌みを込めた感じで答えてきた。

「どういうこと?」と私は尋ねた。


 事務課長の説明はざっとこんな感じだった。

 去年のB地区営業部長のOS元営業部長は、KE取締役の腹心の子分である。

 去年の1月早々に、KE取締役が、私の前任のエリア営業部長に、「融通取引」でB地区の売上を集中して計上するようにと要求した。

 融通取引というのは、会社内の内部の取引のことで、顧客の中には本社はA地区、支店はB地区ということがある、その場合、相手の都合に合わせられるように、支店の注文を本社のあるA地区に集約したり、本店が支店の注文を発注することもあるので、A地区からB地区へと注文を振り替えることができるようにしている仕組みのことである。

 つまり、私のエリアでは、去年、エリア内で、他の地区の注文ができる限りB地区の注文になるように融通取引を最大限に利用して、B地区の営業成績をよく見せたということなのである。

 だが、普通はそんなことをすると、注文を譲った元の地区の注文は減ることになるので、担当の営業マンはしたがらない。

「よく、担当者が協力したね。反発はなかったの?」

「KE取締役に睨まれたら、この会社にはいられませんから。」と事務課長はさらっと言った。

 そういうことか、と私は心の中で納得した。


 今回、会社賞をもらうに至って、私の前任のエリア営業部長は、業績のいい当社グループの子会社の副社長として出向することになった。

 栄転である。

 そして、その中心人物、OS元B地区営業部長は、本社直属のエリア営業部長に昇進した。

 本社直属のエリア営業部長は、将来の取締役の就任が約束されているポストでもある。


 こうして、KE取締役の一派は更に力を増していくことになる。


 OS元B地区営業部長はやり手の営業部長としての評判をぶらさげて、本社に乗り込んでいることだろう。

 現実はやり手でも何でもなく、このエリアの他の地区の営業マンがみんなして、出し合った売上に下駄をはかせてもらっただけの結果なのだが、そんなことが伝わるわけがない。

 本当にやり手なのは、自分の売上がB地区にとられても、何とか例年並みを維持した他の営業マン達なのに、彼等は評価されないのである。


 この目の前で行われた茶番劇に、少なからず怒りの念を感じないではいられないのだが、おそらく世の中には、こんなことが横行しているのだろう、と自分に言い聞かせている。


 なぜなら、正義感に心を振るわせている自分であったとしても、もし、KE取締役に、今度は自分が同じような話を持ちかけたら、きっぱりと断れるか、どうかの自信がないからである。

 自分には守るべき家庭もある。

「はいはい」と言うことを聞いて、波風立たずに、過ごしていけるのなら、その正義感も簡単に消し飛んでしまうかもしれない。


 その場に直面していない正義感は、上っ面だけの正義であって、自分がその状況に直面してこそ、その正義の真価が、本当の意味で問われるのである。


 私には、前のエリア営業部長も、OS営業部長も責めることはできない。


 ただ、KE取締役だけは責めることはできる。

 なぜなら、私は出世のために、不正まがいのことをすることなど決してないし、また、自分の出世のために、周りの人を犠牲にするなんて、しようとは思わないからである。


 それどころか、解雇はさすがに困るけど、今でも、やはり課長に戻して欲しいとさえ思っている私なのである。

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