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メルシュ博士のマッドな情熱  作者: 京衛武百十
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孤高の天才

しかし、メルシュ博士の研究をもってしてもワクチン開発に繋がらないということは、CLSウイルスを開発した者は、博士すら上回る才覚の持ち主、もしくは文明だったということになるだろう。


だが博士は、それを悔しいと思ったり嫉妬することはなかった。ただその出来に感心するばかりだった。博士にとってはよくできた<玩具>を与えてもらった程度の認識でしかなかったのかも知れない。


メルシュ博士は、自らを他者と比べるという発想自体が希薄だった。全く無い訳ではないものの、それに執着する時間があるなら興味のあることに費やしたいという考え方をする。他人と競い合うことも殆どしない。戦うこともない。戦う相手がいるとするなら、それは他でもない自分自身だっただろう。自分が興味を抱いたことに対して『無理だ』『できない』と考えてしまいがちな自分自身をねじ伏せたいという欲求はあった。実際、そうやって自ら壁を乗り越えてきた。


ライバルと呼べる者がいない、いや、それを求めようという感性がない孤高の天才。それが、アリスマリア・ハーガン・メルシュ博士だった。


今日も、アリスマリアRはCLS患者の解剖を行っていた。フィーナQ3-Ver.2002が回収してきた少年のCLS患者だった。クローンを作る為のDNAと人工授精を行う為の精子を採取すれば後は用済みなので、他のCLS患者との差異を確認することを目的に解剖するのだ。それによってさらにいろいろなことが分かってきた。


CLSウイルスは、宿主の肉体が活動を停止した後も生き延びようとして宿主の細胞を食らい尽くす。しかも骨さえ分解し、自らの維持に役立てようとする。それによって、活動を停止したCLS患者は塵と化す訳である。その一方で、不顕性感染者の体内では大人しく振る舞い、共生を試みるようだ。それによって髪の毛の素となる細胞と結合。髪の毛の中で静的状態で休眠するということも判明した。


また、ワクチンを開発しようにも、人間を始めとした生物の持つどのような免疫細胞よりも強靭かつ凶暴、さらに狡猾で、CLSウイルスを攻撃する免疫細胞を返り討ちにしてしまったり、自身の表向きの情報を書き換えて免疫細胞を欺きつつやはり返り討ちにしてしまうのだった。しかも、先にも述べたようにいかなる薬剤すら効果を発揮しない。ウイルスというものの成り立ちそのものを無効化させるタイプの薬剤も、細菌という生物であれば確実に効果を発揮するタイプの薬剤も、そのどちらでもない<何か>であるCLSウイルスの前では無力だった。


このCLSウイルスを作った者ないし文明は、どれほど人間を忌み嫌い確実に抹殺しようとしていたのだろうかということに感心させられてしまう程に。



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