盗賊団来襲
残暑が遠のくと、季節は露骨なほど秋らしい顔を見せる。芋の葉が黄色く枯れて、そのうえをトンボの群れが不規則な軌跡を描いて飛んでいる。
収穫の時期だ。
芋の収穫は少しだけ早い時期に始められ、二日間で終わらせることを申し合わせていた。イタカレもシーノの家の畑の手伝いに出て行ったが、その流れるような作業ぶりに付いては行けなかった。シーノもその両親も受け持った区画を終わらせた時、同じ面積を受け持ったイタカレは、半分も終わってなかった。
「畑仕事じゃかなわないな~」
シーノは相変わらずの臭い息を吐きながら
「そりゃ、物心着いた時から毎年やってるからね~」
「もう腰が痛くて、屈めない……」
「もういいよ。あとは私がやっておくわ」
「す、すまない……、その変わり俺が盗賊団からシーノを守ってやる!」
「あ、ありがとう」
と、シーノは頬を赤らめた。
昇り始めた太陽が大地を照らし始めると、暗闇に紛れていた残酷な現実が、色鮮やかに光の下で晒された。
カンカンカーンっと盗賊団の襲撃を告げる鐘の音が、けたたましく鳴り響いた。
盗賊団は、お屋敷を囲った柵の百メートル程度まで近づくと、一人の大男が声を上げた。
「柵で囲ったって無駄だ。死にたくなければ、素直に芋を寄こせ! さもないと皆殺しにするぞ!」
「皆殺しになるのは、お前らだーー」
と、ホベルトが大声で叫ぶと、盗賊団から、ギャハハハハハーと笑い声が上がった。
農民解放軍として、半年間国王軍と戦い、いくつもの死線を乗り越えて来た盗賊団にとって、戦などしたことがない農民などに脅威は感じてないのである。
盗賊団の先頭の男がのが獣のように輝きだす。人を殺したくて仕方がないという目である。
「めんどくせー、もう殺ってしまおう。」
「「「「「おおおおおおおおおおおおお」」」」」
と、雄叫びを上げて盗賊団は突っ込んで来た。
「撃てーー」と、リナが号令を掛けると猟師達が弓を一斉に放った。綺麗な放物線を描いて、塊となった弓矢は、点ではなく面として盗賊団に降り注いだ。
矢は盗賊団の腕や脚に突き刺さるが、盗賊達は、何事もなかったように勢いよく突進してくる。
戦闘には直接参加しないつもりであった結衣だが、この最初の勢いで柵を突破されてしまうと感じ
「ちょっといくよ!」
と言うと同時に地面を蹴った。土埃が舞い上がり、瞬時に柵を越え、突進してくる盗賊団の正面で薙刀を構えた。
「邪魔だ! 踏みつぶしてやるわ!」
と、先頭の三騎しかいない騎馬が結衣に迫る。
結衣はすれ違いざまに、馬の脚をなぎ倒すと、騎乗の盗賊は振り落とされ、弓やぐらからリナに弓矢で喉元に矢を撃ち込まれた。
盗賊団が怯んだことを確認すると、結衣は柵の中に戻った。
初めて見る結衣の身のこなしに、アルバド国の農民達は、ううおおおおおっと歓喜の声を上げ、槍を持つ手に力を込めて身構えた。
勢いをなくした盗賊団であったが、柵を破壊しようと斧を振りかざして雪崩入ってきたが、槍で心臓を突かれ即死した。
初めて人を殺した実感は沸いていないが、突き刺した槍が抜けず後ろから迫る盗賊に恐れをなして、数人の農民がその場から逃げ出し、串刺しにされた死体を乗り越えた盗賊に背中から斬られた。
「ば、ばかなことを……」
一部始終を見ていたイタカレが、柵を越えて来た盗賊の首をはねると、体中に返り血を浴びた。
こちらも初めて人を斬ったのだが、イタカレは興奮し柵を越えて来た盗賊に雄叫びを上げながら突っ込む。
うりゃあああああっと、イタカレは、剣を上から大きく振り下ろすが、盗賊の剣に阻まれて、睨み合う形になると、盗賊に腹を蹴り上げられ尻もちを付いてしまう。
逆に盗賊に剣を上から振り下ろされたとき、イタカレは目をつぶり自身の短い人生を一瞬振り返るが、イタカレの体には盗賊の剣ではなく、首のない体が覆いかぶさってきた。
「馬鹿じゃないの? 手慣れた輩に新兵がまともにやって勝てる訳ないじゃん。」
と、ヨナに罵倒されて我に返った。
「す、すいません。」
「いいから、ここは私にまかせて一度下がって」
イタカレは言われた通り、下がろうとするが腰が抜けて立つことが出来ない。
ヨナが盗賊と戦っているとき、イタカレのところにシーノが駆け寄りイタカレを抱えて後ろに下がった。
「シーノ……ごめん。守ってやるとか言ってた俺が反対に助けられるなんて……かっこわるい」
シーノは首を振りながら
「イタカレは、かっこ良かったよ」
続々と押し寄せてくる盗賊団にリナが頃合いをみていた。
「火矢を放てーーー」
猟師達が一斉に火矢を放つと、事前に油を染み込ませておいた干し草から激しい炎が上がった。
そこへ煮えたぎる油を浴びせると、引火した盗賊は、声にならない断末魔を上げて転げまわる。
完全に混乱した盗賊団に対し、リナが突撃の号令を掛ける。
「さぁみんな、一気に盗賊達を蹴散らすよ! 固まって突撃!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおお」」」」」
と、雄叫びを上げ農民達は、水を全身に浴びてから柵を越えた。
炎の中で右往左往している盗賊団に、農民達はひと塊となって槍を構え突撃する。
一人の盗賊に対し、四、五人の塊で襲い掛かりながら、炎を抜けると、後ろで待ち構えているはずの盗賊団は、山の方へ逃げ帰っていった。
「盗賊が逃げたぞーー!」
「俺達……勝ったのか?」
「ああ、俺達の勝ちだ!」
「信じられん!」
「勝った! 勝った! 盗賊に勝ったぞーー」
「「「「「おおおおおおおおおおおおお」」」」」
農民達は、抱き合い喜びを全身で表していた。
ホベルトが結衣に近寄り
「ユイ様……ありがとうございます……全てユイ様たちのおかげです」
「ホベルトさん、違いますよ。皆さん自身の力で盗賊を追い払ったのですよ」
「はい。皆もよく力を合わせて戦ってくれました。」
結衣は浮かない顔で
「犠牲者も相当出てます…… 盗賊もこれで諦めるとは限りません。明日もまた来るかも知れませんよ。」
「浮かれている場合じゃないのですね。明日も警戒を怠らずしっかり準備いたします。」
ホベルトは、喜びあっている農民の元へ行き、犠牲者の埋葬と盗賊からの装備の剥ぎ取りを早く行うように指示を出して行った。
ドス! ドス! ドス!
「こいつめ! こいつめ! こいつめ!」
瀕死の盗賊を石で殴る女がいた、その女は結衣と目が合うと大粒の涙を浮かべながら
「こいつらは、私の子供達を何度も何度も犯して……」
と、言い訳のように呟き、その後も何度も石で頭を殴ると、盗賊の頭は、スイカのように割れた。
返り血で真っ赤に染まりながら、その女は、次の盗賊の元へ駆けて行った。
リナが結衣に
「あのままにしていいの? 止めないの?」
「うん。私には止めれないわ、盗賊達は生かして捕らえて置くのは無理みたいね。せめて息があるようなら止めを刺してあげましょうか」
と、結衣は、まだ息があり、うずくまっている盗賊を一人一人薙刀で刺し殺して周った。
その姿を見たイタカレが
「ユイ姉! 何してんだよ! もう終わったんだ、そこまでしなくていいだろう。」
結衣は、一瞬状況を説明しようかと思ったが、無駄だと思い。まるで蟻でも潰すかのように淡々と盗賊の息の根を止めて周った。
それを悪魔の所業のようにとらえたイタカレは
「本当に、悪魔なんだ……」と、呟くと、後ろからヨナに回し蹴りを食らった。
「いて! 何すんだよ。ヨナ」
「ユイ姉の悪口を言ったら、私は許さないよ。」
「おかしいじゃん! あそこまでする必要ないじゃんか」
「もう一度言うよ。ユイ姉の悪口を言ったら、私は許さない。ユイ姉は悪魔なんかじゃない。」
「で、でも……」
イタカレは、これ以上何も言わなかったが、結衣に対する疑念が消えることはなかった。




