勝鬨をあげる
「何か起こっているのだ?」
ジークベルトは、苛立ちを隠す事無く、机にペンをコンコン叩き突けながら言い放った。
「ジークベルト様、最後の食糧庫が焼かれ、住民達が蜂起したようです。」
「住民蜂起だと? 何故そんなことが起きるのだ」
「はい、国王軍の白い悪魔が先頭に立って住民を扇動しているようで……」
「なんだと! また、あいつか」
「ジークベルト様、どういたしましょうか? 騎兵隊を出して鎮圧しましょうか?」
「数十万の住民をたった五千の騎兵隊で鎮圧できる訳がなかろう……潮時だな」
「はっ、それでは、どのような対処を……」
「帝国騎兵隊は、城を出る。後は、農民解放軍に任せよう。帝国は、こいつらから手を引く……」
「承知いたしました。」
-----
突然の住民蜂起でアルマサン城塞都市は、大混乱に陥っていた。農民解放軍と住民が入り乱れ、隣の人間が敵か味方かも解らず、ただ目の前の敵と戦っていた。
「サナ! 大丈夫?」
壁にもたれ掛っているサナに、結衣が声を掛ける。
「だ、大丈夫ですけど、この混乱の中では、薙刀が使いにくいです……」
「そうね。私も振り回すことが出来ないでいるわ。私はダニエラを探してくる」
結衣は、サナの元を離れ、この混乱の中にいるダニエラを探し周った。
路地裏の手前で、倒れている反乱軍の兵士を守るように、両手を広げ仁王立ちしているダニエラを見つけた。
「駄目! この人は良い人なの! 殺しちゃ駄目なんだって!」
と、大勢の住民達がその周りを囲んでいた。
結衣はダニエラに駆け寄り
「ダニエラちゃん! 何してるの? 危ないから隠れてなさい」
「ユイおねーちゃん、チャナさんが……」
倒れていた兵士は、ボコボコにされ頭から血を流していたチャナであった。
「チャ、チャナさん……」
結衣は少し考えたあと、チャナの服を脱がし
「ダニエラちゃん、大丈夫よ。チャナさんを地下へ連れて行きましょう」
「うん、おねーちゃん、ありがとう。チャナさんを助けてくれて」
結衣はチャナを背負って、階段下の地下への入り口まで行った。
「ダニエラちゃん、あとは貴方に任せるは、私はまだ戦わなきゃならないの」
「うん。解った」
チャナを地下まで運んだ後、結衣は屋根伝いに激戦地に向かっていた。
(ユイ、ユイ)
「コンサどうかした?」
(帝国騎兵隊が城から出て行くようだ)
結衣が城門の方へ目をやると、城門がゆっくりと下がり始めていた。
「逃がさんぞ!」
結衣は、城門へと向かう
(別に出て行っても、いいのではないか?)
「ん?」
(お前は、皆殺しにすることが目的じゃないのだろ?)
「確かにそうだけど……」
(じゃどうして、逃げる者を追うのじゃ)
「な、なんかしゃくじゃない……」
結衣は、城門が下がりきる前に城門の前に着き、帝国騎兵隊を追い越し、城門前に仁王立ちした。
すると、先頭の指揮官らしき男が話し掛けて来た。
「もしや、貴様が国王軍の白い悪魔か?」
「そう言われてるみたいね。」
結衣がぶっきらぼうに答えると
「聞いてはいたが、こんな美しい少女だとは……わしは、皇帝陛下直属の軍師をしているジークベルトだ、一緒に帝国に行かぬか? 屋敷で囲ってやるぞ」
「その下り……、反乱軍は同じことしか言わないの? もう聞き飽きたわ」
結衣は呆れた顔で言った。
「それは残念だが、通してくれないか? 無駄な争いは不要だろ?」
「さんざん好き放題して、状況悪化したからと言って出て行く時に、ああ、そうですかと、黙って見送るほど、器が大きくないのよ」
結衣は薙刀を構え、行く手を阻んだ。
すると、ジークベルトの後ろにいる騎兵達がランスを構え前に出て来た。
「待て!」とジークベルトが騎兵を制し
「帝国と王国は、戦争している訳ではない。我々は観戦武官として同行しているだけだ。」
「な、なんだと!」
「国王軍の白い悪魔よ。お主に大義はないぞ、ここでの争いは単なる人殺しだ。」
(ユイ、この男の言う通りじゃ、通してやれ、わしに考えがある)
結衣は、コンサの言うことを素直に聞いて、薙刀を降ろし、道を開けた。
ジークベルトは、笑顔を浮かべ
「やっと、解ってくれたか、次は戦場でないところで会いたいの国王軍の白い悪魔」
と、馬を走らせ城門を抜けて行った。
(ユイ、大声で帝国騎兵隊が出て行くぞと叫ぶのじゃ)
結衣は息を大きく吸い込み
「てーこーく、きーへーたーいが、城をでていくぞーーー」
「てーこーく、きーへーたーいが、城をでていくぞーーー」
「てーこーく、きーへーたーいが、城をでていくぞーーー」
「てーこーく、きーへーたーいが、城をでていくぞーーー」
「てーこーく、きーへーたーいが、城をでていくぞーーー」
「てーこーく、きーへーたーいが、城をでていくぞーーー」
と、何度も繰り返し叫んだ。
すると、結衣の声と、帝国騎兵隊が城門を抜けて行く姿を見た農民解放軍の兵士達が、城門に向かい始め、その数は次々と増えて行き、大きな波のように城門に押し寄せ、我先にと撤退していった。
その様子を見たジークベルトは、舌打ちをした後
「ちっ、密かに退城して、暫くここを混乱させようと思っていたが、あの小娘に上手く利用されてしまったか……」
と、言ったあと、振り返ることなく、アビラ砦へと向かった。
農民解放軍の兵士達が城を出て行ったあと、牢屋から救出されたテイス将軍とカールハインツ公爵が城門前の広場に来た。
テイス将軍は、広場に着くと直ぐに、王国旗を掲げるように指示し、城壁には王国旗がずらりと並んだ。
広場に集まった住民達を前に、テイス将軍が結衣に言った。
「ユイ、勝鬨をあげるのだ」
「私で良いのですか?」
「お前以外誰がやると言うのだ」
「わかりました。」
と、結衣はゆっくりと壇上に上がり
「えー……」
大勢の住民の前で緊張してしまった結衣は、頭が真っ白になり言葉に詰まる。一瞬静まり返った住民達から、結衣を励ます声があがる。
「頑張れー白い悪魔」
「いや、悪魔じゃなくて、白い女神さまだー」
「みんな、貴方の味方よー」
少し落ち着いた結衣は
「住民の皆様のおかげで、反乱軍を追い出しました。本当にありがとうございます。」
と、深々と頭を下げたあと
「それでは、皆さん。私が、えい、えい、えいと言ったあと、おーとお願いします。
結衣は満面の笑みで
「えい、えい、えい」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおー」」」」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおー」」」」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおー」」」」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおー」」」」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおー」」」」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおー」」」」
大歓声が地鳴りのように鳴り響き
パチパチパチッパチパチパチッパチパチパチッパチパチパチッパチパチパチッパチパチパチ
パチパチパチッパチパチパチッパチパチパチッパチパチパチッパチパチパチッパチパチパチ
パチパチパチッパチパチパチッパチパチパチッパチパチパチッパチパチパチッパチパチパチ
パチパチパチッパチパチパチッパチパチパチッパチパチパチッパチパチパチッパチパチパチ
パチパチパチッパチパチパチッパチパチパチッパチパチパチッパチパチパチッパチパチパチ
パチパチパチッパチパチパチッパチパチパチッパチパチパチッパチパチパチッパチパチパチ
パチパチパチッパチパチパチッパチパチパチッパチパチパチッパチパチパチッパチパチパチ
大きな拍手がアルマサン城塞都市中から沸き起こった。




