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現代編2

(11.02.20~14.04.29)

書き直し:15.12.12


本が大量に並ぶ図書館で彼女は一人で熱心に読んでいた。それはまるでとり憑かれたかの様に必死に本をめくっていた。


絶対お前の思う通りにはさせてたまるか。


開館時間と同時に図書館に入り、閉館時間間際まで居た。

自分の権力を使って長い時間、禁書ばかり読んでいた。例え図書館の司書であっても読めない禁書を、読んでいた。

ろくに食事もせず、本をめくる毎日。

いや調べることに夢中になることで、気が狂いそうなのを必死に紛らわせようとしていたのかもしれない。

自分とは違う人格が体内に入ってきて、毎日なんとも言えない感覚に陥りそうになる。

自分で自分を切り刻みたくもなる。

それを必死に止める様に彼女は図書館に引き籠もった。

その様子を男が見ていた。いや彼女自身を見るのではなく、本の活字が見えていただけなのだが。

彼は無駄だと知りながらも何も言わなかった。この生活が始まってから、何日が経ったのだろうか。

最初は無駄だと言ったが、彼女はその言葉を無視した。

何度も何度も無視され、彼は諦めたのだ。

ここで彼女が死のうと自分には関係ない。

体を棄てた自分はもう死ぬことなんてできないのだから。

無駄なのだ。彼女がやっていることも、自分がこうしていきていることも。

もしかしたら彼女も生きていることも無駄なのかもしれない。

彼は呆然とそう考えていた。

そんな中、彼女が見つけた禁書の中でこう書かれていた。


「ドッペル・デュールをかけた体は老化することはない。見た目は老化している風には見えないが、体には死が来る。

両方の能力を使用する場合、一般の能力者よりも短命である。

また脳の大きさも能力者よりも縮まっており、それが原因だと思われる。

また箱の中の精神は百年程で使うことができなくなる。

百年経った精神をドッペル・デュールし体内へと入れたとしても、その者の能力を使うことがでない。

原因はまだ不明だが、永遠に精神を使うことはできないと言うことがわかった」


-----------------------


ヒューウェイはメルシリアの屋敷で一人で外を眺めていた。

静かな昼間だった。朝起きてからカーテンを開くと、眩しい日差しが入ってきた。そして目が一気に覚め、いい天気だなと思った。

そして窓を開け、ツオバーを使って炎の鳥を作った。自分の家へ報告するためだ。その炎の鳥は翼を大きく広げ、飛んで行ってしまった。

いつもヒューウェイが使う、遠距離での情報を送る際に使うツオバーだった。相手の所へ行けば、その鳥は文字へと変化し儚く消える。

これは自分の兄であるヴィルカーン・ウィアディリーが考えたものだ。

彼はヒューウェイよりも能力の高いツオバーを使うことができると彼は思っていた。ヒューウェイは鳥だが、彼は小さな虫で情報を送ってくる。

小さければ小さいほど敵に見つかりにくいのだが、ヒューウェイの能力では手の平ほどの大きさの鳥までしか小さくできなかった。しかし彼はカナブンほどの大きさまで小さくすることができる。

そして誰にも見つからず、真っ直ぐへとサーレテスの目の前まで飛んでいく。

兄は自分と同じ年齢で、この報告方法を編み出した。そして彼は何度も術のやり直しをし、今の技術に至る。


だから自分は能力が劣るのだ。


劣るから大切にされ、劣るから重大な任務につくことができない。

自分の姉も能力の高いソーサリーだ。

だから兄と一緒に任務を行う命令が下る。兄と姉は一心同体なのだ。

早く二人に追いつきたい。そう思うのになかなか前進できてない様に感じた。

そう気分が落ち込んでいるとテリーナの叫び声が聞こえてくる。

「起きてください!ロウディット様!」

どうもこの親子は寝坊癖があるらしい。昨日も父親に対してテリーナが叫んでいた。

しかし今日は息子の方らしい。

大変だなと小さくため息をつき、窓枠に肘をついていると、何かが部屋の中に入ってきた。

目を凝らして見ないとわからないぐらいの何かが部屋の中に入ってきたのだ。

そしてそれは突然炎の文字が浮かび上がり、ヒューウェイの目の前で消えてしまった。

彼は立ち上がり、早足で部屋から出ていくと、真っ直ぐまだロウディットが寝ている部屋へと入って行った。


「ロウディット起きろ、父上が呼んでいる」

そう先ほどの炎は自分の父親からの指令だったのだ。ロウディットとその使用人を連れてこい、ただしハーリッドは連れてこなくてもいい、と。

ロウディットの部屋のドアを開けると目をこすりながら、彼を見返し「父上?」とオウム返しをする。

「そうだ、今連絡が来た。父上はお前と会いたいそうだ」

「なんで、俺なんかと会いたいんだ?」

普通は当主の息子ではなく、当主とウィアディリーが話すことしかない。だから彼は疑問に思ったのだ。

「ロウディットに直接会いたいそうだ。何故今回の事件が起こってしまったのか、それを解明したいとのことだった」

その言葉に少し考えてから「わかったよ」と返事をし、ベットから降りた。

「ちょっと着替えるから待ってくれよ」

「テリーナもついてきてくれ」

「一応ハーリッド様にも報告しておきますね」

「頼む」

「テリーナ、親父に言う前にフィルに俺の部屋まで来る様に言っておいてくれ」

「わかりました」

部屋から出、テリーナはフィルを探す。彼女の姿はすぐに見つかった。

「フィルさん」

空を眺めながら考えごとしているフィルに声をかけると、先程のことを彼女に伝える。彼女は二つの返事で駆け足にその場から去って行った。

次にハーリッドの部屋に向かった。そしてノックをし彼の部屋に入る。

先程のことをかいつまんで話すと少し考える仕草をし、口を開く。

「二人共居なくなるのは少し不便だ。テリーナだけ屋敷に残ってくれないか?

あいつの護衛は彼女一人だけで十分だろう」

テリーナもフィルの技量は知っている。そしてヒューウェイも一緒に行くのだろう。だから心配はいらない。

いらないはずなのに、どうしてこんなにも胸騒ぎがするのだろう?

そう思いつつも、彼はロウディット達の部屋まで急いで戻って行った。


テリーナの話を聞いてロウディット、フィルはヒューウェイを先頭に歩いていた。テリーナは屋敷で待機をしている。

「でも約束の場所がそっちの屋敷じゃないなんて珍しいな」

「いや珍しいことではない。

たまにだが、他の貴族でも外で会うことは度々ある」

彼等の話をフィルは黙って聞いていた。

まさかウィアディリーの当主と会うことになるなんてフィルは想像もしていなかった。

できれば会いたくはないのだが。

「この辺りだろう」

ヒューウェイは街から少し離れた場所で立ち止まった。そこは誰もおらず、木々が並んでいた。

「まだ父上は着ていないのか」

彼は周りを見渡しながら言う。

「でもなんで俺と会いたいかなぁ?そこが全く分からないけど」

「父上の考えていることは昔からわからない」

いつも先の先を読んで行動している自分の父だ。何か考えがあって、彼に会いたいのだろう。

「いつも何も言わずに先に自分で決めてしまう方だ」

「自分の父親をそんな風に思っていたなんてな」

どこからか声が響いた。ヒューウェイは少し体を震わせて、周りを見渡したが、誰も居ない。

「だからお前はいつも除け者にされているのがわからないのか?ヒューウェイ」

強風が吹いて上から人が飛び降りてきた。少し砂嵐が巻き起こり、三人は目を瞑っているとそこに一人の男が現れた。

そして二人はその男の姿を見て息を呑んだ。

「サーレテス様」とフィルは小声で言い「どうしてあなたが」とヒューウェイは言った。ロウディットは何が起こっているのか理解できずに二人を見ている。

目の前に居る男は、サーレテス・ウィアディリーの若い頃に酷く似ていたのだ。

「残念。俺はサーレテスじゃない」

相手は少しおどけて見せた。彼の後ろにはマントを被った小さな男が隠れている。

「息子の方はわかっている様子だけども。まぁさすがにわかるか」

フィルはヒューウェイの方を見た。彼の頬から大粒の汗が流れ落ちる。

「どうして自分の父上がここに来ないのかって?その説明をする前にウィアディリー家の者として気が付いて欲しいのだがな。だからお前は兄姉よりも劣っているのだ」

話しながら一歩ずつ男は近づいてくる。

「そもそもおかしいとは思わなかったのか?」

一歩

「わざわざメルシリアの息子に会いたいなんて言い出すなんて」

一歩

「いいや父上は何か深いお考えをされているのだ。俺が口出しすることじゃない、とでも?」

一歩

「もしお前が有能だったらこれすら見つからずに父上の所まで飛ばせたのにな」

彼はヒューウェイの耳元で囁き、遠くで見ている男が鳥の炎を作ってみせた。そしてヒューウェイの方向へと飛ばす。

「さてヒューウェイ。答えは導き出せたかな?」

「ヒューウェイ様!」

そう叫んで剣を抜いたのはフィルだった。そして彼女はツオバーの炎を男に飛ばした。彼は後ろへと飛び、ツオバーを掻き消した。

フィルはヒューウェイの隣へと移動する。

「ああ、うっかり甥をいじめるのに夢中になって忘れてたよ」

「まさか、あなたは」

「久しぶりだね。フィルチェイナ・アルヴィナル。ああ今はフィルと名乗っていて傭兵をしていたみたいだね。どうだい?市民の生活は」

「私もてっきりサーレテス様が来られるものかと思っていましたが、まさかあなたが目の前に現れてくれるなんて思ってもいませんでした。

ナーザイナ・ウィアディリー様」

「ナーザイナ?」

訳がわからずロウディットが声に出すと、ヒューウェイが擦れた声で説明をする。

「父上の双子の弟だ。俺の叔父にあたる人物で、昔にウィアディリーから出て行った人物だ」

「どうして彼がこんな所に?」

「俺が聞きたいぐらいだ」

「ウィアディリーか、懐かしいな。まだ君がアルヴィナルに居た頃はウィアディリーだった。けれどもそれもずっと前の話だ。君がアルヴィナルを去った時までの」

ナーザイナは口角を上げたまま話す。

「それにしても本当に良く似ているね。ロウディット君」

「え?」

突然自分の名前を呼ばれ、戸惑った。一体誰と似ているのか、何の話をしているのか全く分からない。

「難いほど良く似ている。なぁ思わないか?ウェイト」

その名前でフィルは体を震わせた。

「いいや、こう呼んだ方がいいのかな?クエート」

「何故、その名前を…」

クエートと呼ばれた瞬間、ウェイトは動揺を隠せなかった。

その問いかけに相手は楽しそうに低い声で笑う。

「クエート本当に懐かしい。それにまるで目の前にヘルトが居るみたいに似ている人物も居るしなぁ」

「だから何故その名も知っている!」

「そうか、さすがにわからないか。

まぁわからなくてもいいや。さて今回の本題を話そう

君達はこの世界がおかしいとは思ったことは無いか?

ツオバーが最も権力が高いとされ、異端者が差別されるこの世の中。容認はされていないが、隠れて奴隷として扱っている所もいる。

我々はそれを無くすために動き始めた。そうこの皇帝制度が無くなってしまえば、この世の中を変えることができるのだ」

彼の言葉にロウディットは息を呑む。

「まず一番に我々が壊そうとしているのは五大貴族。あれは最も世の中を歪めている原因とも言える。貴族自体がまだこの世の中にあるから、変わることができない。それを壊したいと思っている。

しかし五大貴族達はそれを容認できない。何故なら自分達の権力が無くなれば今までの生活ができないからだ。

その考え自体が自分中心的な考えであり、俺は賛同できない。

俺は平等の世界を望む。だからウィーアリーとしてもう一度貴族の中に戻ってきた」

「ロウディットを攫ったのはお前だな。ナーザイナ」

ウェイトは低い声で相手に問いかけると、彼は少し悲しそうな顔をし、目を伏せた。

「本当はあんな手荒なことはしたくは無かったのだが、ロウディット君には申し訳ないことをしたと思っている」

「そもそも何故ウィーアリーの名を名乗ろうとした。何故ロウディットを攫う必要があった。それはウィアディリー、メルシリアを共に落とそうと考えていたからじゃないのか?」

「確かにウェイトがそう思うのも無理はない。

しかし俺がウィーアリーを復活させたのは、平等の世界を作ろうとする象徴だからだ。決して二つを落とそうとは思ってもいなかった。

そしてロウディット君に協力を得たかったのは、君は先ほど言った様にヘルト・メルシリアにとても似ている。

彼も平等の世界を求め、苦しんだ人物だ」

「百六十年前の戦争時代と言われた時の、英雄」

「そう。それでメルシリア家が五大貴族として這い上がれたと言っても過言ではない。彼は素晴らしい人物だったのだ」

そう言ってナーザイナはロウディットに手を伸ばした。

「我々は平等な世界を作る。ただし一度この皇帝制度を壊さなければ、新しいことをするには古いのを壊さなければ、次へと進めない。俺と一緒に平等な世界を作ってはみないか?」

そこで彼は一拍置いて寂しそうに言う。

「昔救えなかった友人を救うために」

ロウディットは少し体を震わせる。

「その友人も一緒に待っているよ。ロウディット君」

彼は唾を飲み込んだ。そして勝手に体が一歩進む。

あの時の様に後悔はしたくない。

あの時の様に泣きなくない。

もう一度あの子に会えるなら、謝りたい。

あの時無力だった自分のせいであそこを去る羽目になってしまったのだから。

罪悪感が彼の体を動かす。

ところがそれを止められた。

彼の前に手が伸ばされた、ウェイトの手が。そして彼は真っ直ぐナーザイナを睨んでいた。

「ウェイト…」

「信頼できない、いやそれ以上にお前の言動は俺が知っている人物に良く似ている」

そう言われても相手の表情は変わらなかった。

「恐ろしい程、似すぎている。だからロウディットをこのままお前の所へ行かせる訳にはいかない。聞きたいことは一つだけ。

今の制度を壊すと言っているお前は、どうやって壊すつもりだ?

まさか皇帝を、五大貴族を皆殺しにして平等を得ようとはしていないのか?」

彼の言葉はあまりにも衝撃で、後ろに居る二人は息を呑んだ。

問いかけられた相手は低く笑う。

「戦争時代、それに近いことをしようとした人物が居た。

確かに能力の優劣で、異端者だからと言うだけで差別するこの世の中がおかしいのは同意できる。

しかし今の話だけで、ロウディットをそちらに行かすことはしたくないし、俺もそちらへ行きたくはない

肝心なことを話していないからな」

ウェイトが話している間も、終えた後も、相手はずっと笑っていた。


「そうか。やっぱりお前は変わっていないのだな。クエート」


低く小さくそう言うと一瞬にして男はウェイトの目の前に現れ、胸の辺りを手で強く押し出した。

一瞬彼の呼吸が止まり、体から黒い煙の様な物が一気に出てきた。そのまま前へ体が倒れる。

「君がそう言うのも想定内だったよ。ロウディット君、俺は君の意見が聞きたい。君がどの様に思っているのか、俺が求めるのはそれだけだ」

ナーザイナは真っ直ぐロウディットを見ていた。ロウディットは倒れたウェイトと彼を交互に見て、そして彼を睨んだ。

「俺は、行かない」

「友が、待っていると言うのに?」

「俺が行ったとしても結局は何もできない。俺は彼に対して当時何もできなかった様に、今の俺では救うことができない」

それを聞くと相手は「それは残念だ」と言って、ロウディットに襲い掛かろうとする。

しかしそれよりも先にヒューウェイが彼の前に立ち、剣を向けていた。

「君達は動くのがいつも遅い。それに気が付くのは一体いつなのだろうな?」

「なに?」

「いつもそうだ。お前の父だって、気が付くのが遅い。だからいつも後悔しか残らないんだろ?

ツヴェルク行くぞ」

後ろの人物に声をかけると、彼は「はい」と一言で答え、周りに強い風を起こす。

逃がすまいと風を追い返すが、二人の姿は無かった

周りを見渡しても誰も居ない。そして地面から呻き声が聞こえてきて、二人は我に返った。

「大丈夫か?」

ウェイトが倒れていた方向へと目を向けると、彼の体の周りには黒い煙が覆っていた。

ロウディットが近づいた。彼の体に触ろうとしたその瞬間、獣の遠吠えが聞こえ、彼の体が止まった。

そして黒い煙が縦に伸びたかと思えば、瞬時に四本足の獣へと姿を変えてしまったのだ。

「な、」

その姿を見たヒューウェイは絶句をする。

「なんだ、これは…」

相手も答えを持っていない、そうかりながらも問うと意外な答えが返ってきた。

「ウェイトだ…」

ヒューウェイが唸る様に問いかけるとロウディットが答えた。訳が分からず彼に目線を向けると、大粒の汗を流していた。

「どういうことだ?ウェイトはフィルの体から出て来られるのか?」

「わからない。でも何かがおかしいんだ」

ロウディットは感じていた。この目の前にある獣の異変に。

「ウェイトだっていうのはわかるんだ。けれどどこかウェイトじゃない気配も感じて」

「意味が分からない」

「俺だって意味がわからない!」

「いや俺が言っているのはそう言うことじゃなくて」

話の途中で目の前の獣がヒューウェイの腕に噛みついてきた。突然のことですぐに腕から獣を引き剥がそうとするが、獣は強くヒューウェイの腕を噛んでいた。

慌ててロウディットが彼の手から剥がすのを手伝おうとするが、突然ヒューウェイの動きが止まる。

「ごめん。ヒューウェイ」

ロウディットは獣からゼロ距離で炎を放った。すると獣は叫び声をあげ、彼から離れた。

「大丈夫か?ヒューウェイ」

彼に駆け寄るが、聞こえていないのか、呆然としている。ロウディットは肩を揺らして叫ぶと、我に返った様に「ああ」と力なく返事をした。

「とりあえず俺が追いかける。ヒューウェイは増援を呼んでくれ」

と足を一歩出すと、手を引っ張られた。ヒューウェイが怯えた目でロウディットを見ていた。

「あいつは危険だ。俺達だけで叶う相手じゃない」

「けれどあのままだと街に行ってしまう」

そう言いながらも彼の手が微かに震えているのが伝わってきた。ロウディットは手を重ね、もう一度「大丈夫だ」と言って、自分の腕から手を離させた。

「フィルを頼むよ」


-----------------------


「こんなことを俺は望んでいなかった」

自分の叫び声が聞こえてくる。絶望に満ちたあの聞き苦しい声が。

精神を黒い箱に入れられた時のことだ。意識がはっきりした時、何が起こっているのかわからなかった。視界に広がるのは黒しかなかった。

一体何が起こったのか。どうして周りが黒一帯なのか。

探しても探しても何もなかった。自分は一体何者になってしまったのか?

恐怖で叫び続けた。声を出さないと自分を保っていられない様な気がして。けれどもその声は本当に声だったのか?ただ単に自分が記憶している声を脳内で想像していただけなのかもしれない。

ふとその時視界が開けた。急に目から光が入ってきたのだ。

そして自分の手足を見ることができた。次に鏡を見るとそこは自分の顔ではなく、自分の顔とは違う人物の顔が映し出され、尻餅をついた。悲鳴を上げて。

何が起こったのか、訳が分からず、目から涙が出てきた。

わからない。わからない。誰か、誰か、助けてくれ。必死に思っていた。すると

『やっと目が覚めたか、クエート』

もう聞きたくもない人物の声が脳内に響く。吐き気がして、その場で嘔吐をした。

脳内でその様子を笑う声が響く。

その声が今でも忘れられない。

何度死ねたらと思った。死に方を考えた。

しかし答えなどなかった。

長い間自分は闇の中で動かなかった。いいや体が無かったから動けなかった。

何もなかった。自分には何もなかった。

何もなしえなかった。

自分には何もない。


「だから、このまま」


「ウェイト?」

地面に倒れていたフィルを抱き起そうとすると、突然彼女の目が開かれた。

「大丈夫か?」

彼に声をかけられると、フィルは「申し訳ないです」と頭を手で押さえたまま言う。

「急に動かない方がいい。ゆっくり動くんだ」

「私は大丈夫です。それよりもウェイトは?」

その質問にヒューウェイは眉をひそめる。

「ウェイトは君の中に居るんじゃないのか?」

フィルは胸に手を当て、目を閉じる。

「いいえ、なんだか胸にぽっかりと穴が開いた様な感じがして。しかもウェイトは居ない様で…

何が何だかわからないです」

まさかとヒューウェイは思う。

さっきの獣のことだ。あれはもしかしてウェイトだったのか?

そうすると先程噛まれた時の衝撃は一体なんだったのか?

「精神が剥き出しになって、フィルの体から出てきてたと言う訳なのか?

だったら今の記憶は…」

あまりにも惨い記憶だった。

獣に腕を噛まれた時、彼の脳内に映像が流れ込んできた。

周りは血の海

生きている者はおらず、一人の男が呆然と座っていた。

そして次には彼の精神が崩壊していき

最終的には精神を抜かれるため、殺されてしまった、男の生涯。

「その出てきたものは、どこへ向かったのですか?」

フィルは呆然としているヒューウェイの腕を強く握り、聞いた。彼女の手は少し震えていた。

「街の方だ。今ロウディットがそれを追いかけて向かった所だ。一体何が起こっている?」

「それはわかりかねます。こんなことは初めてで、ウェイトもドッペル・デュールを解除する方法など無いって言っていましたから。

けれど、とてつもなく嫌な予感がするのです。このまま放置していると何かとんでもないことが起こってしまいそうで」

力なく言い、立ち上がった。

「ヒューウェイ様は」

「もちろん行くよ」

彼は立ち上がり、地面をつま先で軽く蹴る。

蹴った瞬間強い風が吹き、二人を街まで飛ばす。

「まだ街に入っていなければいいけど」

彼の独り言の様な声は風によって掻き消されてしまった。


「ウェイト!」

ロウディットは叫んだ。しかし獣は止まらず街へと真っ直ぐ向かっている。

「待てよ、ウェイト!」

彼は確信していた。これがウェイトだと。彼の能力がウェイトを察知していたのだ。

ロウディットはツオバーの風を利用しながら獣に近づこうとする。もう数センチで届くとこをなかなか捕まえられずにいた。

「クエート!」

先程ナーザイナが言っていた名前で呼ぶ。これで彼は動揺していた。止まれば何でもいい。どんな手段を使ってもいい。後で謝ればいいのだ。

そう思って叫ぶと、獣は急に動きを止めた。ロウディットは突然止まることができずに獣を追い越してしまった。

そして獣は静かにロウディットを見ている。先程とは違う気配に、彼は動けなかった。

「そ、そんな怒るなよウェイト。お前が止まらなかったのが悪いんだぜ」

引きつった笑みが出てくる。

殺意剥き出しの気配がひしひしと襲い掛かってくる。

さて、これからどうしたものか。

噛みつかれたヒューウェイの様子がおかしかった。だから噛みつかれるのはタブーだ。こちらの動きを止められる。

近づくのが危ない。

「なら、ツオバーで責めるべきだろ!」

そう言って伸ばした手から炎を発する。

だがその炎は獣の前で儚く消えてしまった。しかし彼は驚くことなく、次々と炎を出していく。

「ウェイトのソーサリーの能力は高い。でも何発も打っていけば、一つぐらい」

独り言を言いながら打っていく。しかしどれも獣の前で消えてしまう。


そして獣が一歩前に踏み出した。


次の瞬間に獣は走り出し、彼に向って牙を向ける。ロウディットはそれをかわす。

そして傷一つついていない獣を見て、ロウディットの顔から大きな粒の汗が流れ落ちる。

「まさか全く効いていないなんて」

今のを全て避けきったのか?

彼の頭の中で考えが混乱する。そして動くことができなかった。

そんな彼を待つ訳でもなく、獣は大きく口を開いてロウディットに襲い掛かってきた。

反射的に彼はツオバーの炎を獣に投げ込む。そこで気が付いたのだ。

この獣は炎を避けているのではない、掻き消しているのだ。

確かにソーサリーはその能力を使うことができる。しかし

「そんなに能力が高いのか?ウェイト」

なんのために

この時代ではもう不要となった技術ではないのか。

なんのために

「だからお前はドッペル・デュールをされたのか?」

獣が彼の腕に思いっきり噛みついた。

その瞬間、彼の意識は遠のいていく。

お前は、本当は、何者なんだ。

そう問いかけながら、最後の意識の欠片が消えてしまった。


「お前が俺に勝てる訳が無い」

男の声がする。

「まだまだお前は俺よりも弱い」

わかっている。

「なのにお前は俺を止めようとしてくれた」

当たり前だろ。

「何故?五大貴族は市民を守る義務があるからか?」

………………きっと悲しむから。

「誰が」

フィルと、そしてお前が。

「俺が?何故」

男が鼻で笑う。

相手の姿を見ようにも、目を開けられない。指も動かせない。口も動かせない。何もできない。

ただ、聞こえてくるだけだ。

「俺の何を知っているのだ、と聞きたい所だが、お前は知っているんだな。俺を」

男が少し寂しそうに言うから、フィル程じゃないけどね。と笑いそうになる。実際にはどこも動かせずに笑うことができなかったのだが。

「いいやお前は俺を百六十年前から知っている。そして俺はお前を百六十年前から知っている。

これはきっと呪いなんだ。

あの時の時代に生きた人々への。呪いなんだ。これから逃れることなんてできやしない。

お前もきっと自分の能力に気が付いて、そして絶望してしまうんだろ」

何を言っているんだ、ウェイト。

「お前は俺が何者か気にしていたな」

ゆっくりとした口調で話し始めた。

「俺はただの虐殺者だ」


「ロウディット様!」


その声でロウディットは目を覚ました。目の前にはフィルとヒューウェイが彼を覗き込んでいた。

「あの黒い獣は?」

ヒューウェイの質問に彼は周りを見渡す。しかしそこには誰も居なかった。

「わからない」

ロウディットが首を横に振りながら言うと、フィルは黙って立ち上がった。

「私ならわかります。お二方はここで待っていてください」

「一人じゃ危険だ!あれを触ったら精神が壊れる」

ヒューウェイが叫ぶとフィルは静かに微笑んだ。

「恐らく、私一人でないと解決しないと思いますので」

それでも何か言おうとした彼にロウディットは強く腕を握った。ヒューウェイは相手の顔を見ると、彼は横に首を振る。

その瞬間にフィルは走り去ってしまった。

「あの獣は、ウェイトは決して俺達に害をなそうとしてる訳じゃないんだ」

「ならあれはなんだ。お前も見せられただろ。あの恐ろしい記憶を」

一瞬ヒューウェイが何を言っているのかわからなかったが、瞬時に笑みを作った。

「あれは見せたくて見せている訳じゃない。あれはただの記憶だ。

あの黒い獣は精神体で、俺達の精神は体によって守られている。

けれども、体自体を無くしてしまったウェイトは精神を守ることができない。だからあんなに痛そうにしているんだ。

だから触っただけで記憶が流れ込んでしまう。本来なら隠しておきたいはずなのに」

戸惑いを隠せない声で彼に問いかけた。

「お前はなんでそこまで知っているんだ?」

そして問う。

「お前は何者なんだ?」

ただのツオバー者じゃないだろう。

だってツオバーしか使えない者はあれが何者なんかわからないはずなんだ。

なのに、目の前に居るロウディット・メルシリアはソーサリーの力、いや一般のソーサリーの力以上のことを今、自分に話してみせている。

自分がツオバーだからわかる。

こいつは異質だ。


----------------------


俺は虐殺者だ。

そんなこと望んでいようがいまいが、俺は虐殺者だ。

その事実は変わらない。

いくら後悔して、叫んだとしても時間は帰って来ない。自分がしてきたことは消えることはない。

けれども自分は叫んでいる。

「こんなことを俺は望んでいなかった」

けれども時代が時代だったんだ。俺の力でどうともできなかった。

仕方なかったんだ。俺だけのせいじゃない。

だって俺は貴族ではなく、貴族に従える者だったんだ。

そんな俺はこうポソリと言う。

「俺のせいではなかったんだ」

しかし結局は虐殺を行ってきたんだ。

責められても、恨まれて殺されたとしても仕方がない。

だって俺には親が居なかったんだ。親も殺されてしまったんだ。

親が居たら自分は幸せになれたかもしれない。全て戦争を起こしていた皇帝や貴族のせいなのだ。

だから小さな俺はこう探す。

「母さん、どこ?」

ああ、うるさい。

様々な自分が一つの真っ暗な場所で同時に叫んでいるのだ。

これ以上の騒がしさと言ったら。

いっそのこと、一人ずつ殺してしまおうか。

殺したら少しは静かになるかもしれない。

けれどもどうやって?

その俺を殺す方法を持っていない。

殺されてしまったらどれだけ楽なのだろう。

しかしこの体になってしまって、死ぬことさえも許されなくなった。

俺は百六十年前から生きている、異質な存在。

ドッペル・デュールをかけられた人間は、精神が無くなっていくと言う。

それが、精神体になった者の寿命だと、本に書かれていた。

「箱の中の精神は百年程で使うことができなくなる」

俺の記憶は百六十年前の記憶であり、それは偽りではないはずだ。

けれども俺の能力は衰えることなく、今フィルと共に生活ができるのだ。

何故。

何故死なせてくれない。

何故俺はまだ生きている。

ああ、うるさい

自分の声がうるさい

誰か、この声を黙らせてくれ。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアア」

目の前に居る獣が突然叫び始めた。フィルは驚き、少し後ろへ下がる。

その声を聞いて思い出す。

何度ウェイトに助けられたのだろうか、と。

私はどうも周りが見えなくなってしまう性格で、自分の体が悲鳴を上げても動ける人間だ。

最初は何度、体からウェイトを追い出せたらいいか、考えていた。

しかし調べても調べても、調べつくしてもその答えは出て来なかった。

ドッペル・デュールとはそんな術だ。誰にも解くことはできない。例えこれを開発したアルヴィナルの初代当主だって、解くことができなかったのだ。

私はウェイトを何度も拒絶した。

けれどもウェイトは私を守ってくれた。

何故守ってくれたのか、全く分からない。周りが見えず、突き進む私はいつも怪我をし、周りには注意を向けなかった。

しかしウェイトは怪我をするたびに「次は気をつけろよ」と言い、周りの注意を向けてない時は「危ないぞ」と声をかけてくれた。

だから聞いたこともあった。

何故私を助けてくれるのか、と。

傭兵になった後のことだ。

「無理矢理入れられたとは言え、俺はお前を傷つけてしまった。

俺は何度も傷ついてきた人を見てきた。けれども俺は助けることができなかった。あまりにもそいつが遠くに居る存在で、手が届かなかった。

けれどもある時気が付いた。

それはただの言い訳だった、と。

あいつは俺の、いいや誰かの助けを求めていたんだ。なのに誰も、俺も助けることなく、あいつから離れてしまった。

その後悔をしたくはない。

お前とあいつは全く似ていないけれど。けれどお前は真っ直ぐ前を向き、必死に人々を助け様としてきたじゃないか。

お前が出て行った後、傭兵として動き始めた時、こんなにも世界が悲惨なものだったなんて、なんて自分は無知だったのだろう、と。後悔していた。

そこからお前は変わったのではないか?

自分が不幸だと思い続けてきた、お前が人のことを考えるようにまでなった。

前のお前のままだったら俺は生きる意味を見いだせなかったと思う。けれどもそんな変わったお前を見て、俺も変わってみようと思った。

昔の俺はただ後悔するだけのクソ野郎だった。

そして最悪な結果でお前をメルシリア家から追い出してしまった。本当はもっと違う方法があったはずなのに」

「何故、ウェイトはあんなことをしたの?」

フィルは声に力を込めながら聞く。

「俺は生きている時はソーサリーの能力者だった。それも現代人よりも能力は優れていると自負している」

その言葉にフィルは頷く。恐ろしいほど、ウェイトの能力は長けていたのだ。

「だから相手がどんな人物だったのか、俺が生きている時の気配は全て感知することができる。

そして俺が生きている時、俺をドッペル・デュールした人物が居た。そして俺はこんな体になった。

ハーリッド・メルシリアはその人物と全く同じ気配を醸し出していたんだ。

なるべく悟られない様にはしていたのだが、この前でそれが我慢できなくなってしまった」

この前のこと。フィルは思い出す。

ロウディットが攫われてしまった時のことだ。身代金要求だったのだが、人数が多すぎたため、大怪我を負ってしまった。その時フィルは気絶し、ウェイトが体を支配している時だった。

ロウディットを助け出し、ハーリッドはウェイトの肩に手を置き、こう言ったのだ。

「よく生きていたな」

「よくあいつが使っていた言葉だ」

フィルの中でウェイトが憤っているのを感じて悪寒が走る。

「よく、生きていたな

その言葉で俺は斬りかかってしまった。そしてそのあとはお前が知っていると思う」

血まみれの中自分は「どうして!こうなった!」と叫んでいた。

しかもあの時自分は大怪我をしていたんだ。ソーサリーで直す時間などなかったのだろう。自分が意識を取り戻した時、まだいくつか血を流していたのだから。

怪我をしている時の不安定な精神も重なってあんな行動を起こしてしまった。

「本当にすまなかった」


これが最初で最後の彼の謝罪だった。


「ウェイト、帰ろう」

獣はフィルの声も聞いていない様子で、一人暴れていた。

どこか痛がっている様子だった。

「痛いんでしょ?そこに居るのが辛いでしょ?私の声が聞こえているんでしょ?」

どう自分の体に取り込んだらいいのか、わからない。フィルは一歩ずつ近づく。

そして獣に触れる。

「ウェイト。大丈夫だから」

そして目の前が真っ暗になった。


「ドッペル・デュールは一度剥がしたら再び戻ることはできない」

ナーザイナは確認する様に相手に聞くと、相手は頷いた。そして補足を付け加える。

「本来、ドッペル・デュールは黒い箱の様な姿だ。

しかも一度からだに入れられたら、出ることはかなわない。

しかし一つだけ強制的に精神を追い出すことができる。しかし追い出してしまえば、精神体は空気と精神が直接触れてしまうため、激痛に伴い、暴れ、すぐに死んでしまう。

そして入れられた方の体も、精神体よりも長くは生きられるが、結局は数日したら死に至る」

ナーザイナは自分が持っている紙を揺らしながら「こんなものでね」と言う。

「ドッペル・デュールをかける時でも、紙に書かれた紋章を使う。君もドッペル・デュールをかけているからその紋章の扱いには気を付けた方がいいよ」

相手の忠告に「そうだね」と素直に聞き、紙を投げ捨てた。

紙はひらりひらりと床に落ちる。

「しかしこんな形で別れることになろうとはね。君とはもう少し話してみたかったのだけれども」

「まさか、あれに惚れてしまった、など言いませんよね?」

「まぁ思ったよりも美人にはなったと思うがね」

暗い部屋の中で、火が揺れる。

「なぁ、フィル。いいやフィルチェイナ・アルヴィナル」

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