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現代編1

(11.02.20~14.04.29)

書き直し:15.12.08

どうしてこうなってしまったのだろう。


十代半ばの少女は呆然と立ち尽くして、考えていた。

立ち尽くしていた時間は数分だったのだが、少女にとって数時間経っている様に感じた。


どうしてこうなってしまったのだろう。


もう一度考えてもわからない。この今の状況が。

それが後悔によるものなのか、戸惑いのせいなのか、彼女にはわかっていない。


彼女の目の前には、今まで仕えてきた主人の倒れた姿があった。

そして彼女の手には、血の付いた両刃剣が握られている。

その目の前の主人、男性は床に倒れたまま全く動かなかった。そして床には大量の血が流れている。


「どうして、こんなことに」


ようやく少女は声を出す。

その声は酷く乾いたもので、殆ど言葉にはなっていなかった。

その自分の声を聞いて少女は歯を食いしばる。


「どうして!こうなった!」


少女は叫んだ。まるで誰かを責める様な口調だった。

そして少女は後ろの誰かを切りつける様に剣を振る。

「答えろ!私への復讐か?

お前はハーリッド様のことを恨んでいた様だからな。遂に本性を現したと言うわけか?

こうして私を追い詰めて、何が楽しい?」

一心不乱に振り回していた剣が部屋に飾られていた花瓶に当たり、花瓶は大きな音を立てて床に散らばった。

そこで少女は暴れるのを止めた。静かな部屋の中では彼女の荒い呼吸音しか聞こえなかった。

そして何かに気が付いた様に一瞬息を止めた後、盛大に笑い出した。

「そうか、そう言うことか。

お前は私の体を乗っ取ろうと言うわけだな」

低い声でそう言うと彼女は持っていた剣を床に突き刺した。

「そうなってたまるか!」

床に刺した剣をまた抜き、再び床に刺す。

「お前になんて負けてたまるか」

それを何度も繰り返し、少女は叫び続ける。

「私は、私だ!」

彼女の顔は涙で濡れていた。

自分の運命を恨みながら


-----------------------


この世界はまだ魔法が使えた。その中で三種類の人種が居る。

一つは炎や水、土を操り相手に攻撃が出来るツオバー

二つは、回復や捜索、補助系に特化したソーサリー

そして最後はどちらとも使えない異端者


その中でツオバーが最も優秀だと言われている。そして異端者は蔑まれていた。

しかしどちらの能力を持って生まれてくるのかは判明されていない。ただ魔法を使うことによって脳がどの様な働きをしているのかは一人の学者が判明した。

ツオバーが右脳を使い、ソーサリーが左脳を使っていた。ある研究者が死体を解剖した際にその微々たる差を見つけた。それがアルヴィナル家と言う貴族だった。

この国は五大貴族と呼ばれている貴族が存在した。

昔は数えきれないほど貴族が存在したのだが、今では五大貴族ともう一つの貴族しか存在していない

その五大貴族とは、皇帝に最も近い存在のウィアディリー家

英雄の子孫と言われているメルシリア家

ウィアディリー家に仕えるデルカンド家

財力で力をつけたアーベント家

そして今は名前だけのウィーアリー家が最後の貴族である。存在しているかどうかはウィアディリー家しか知らない。


また皇帝はこの国では神として崇められていた。だから一般市民の中で五大貴族とは、神に選ばれた神聖なる人物である、と言われている。

ただ一つ言えるのは、皇帝も人間であり魔法も一般市民と同じ様にしか使えないのだ。


そうツオバーとソーサリーを両方使える者は居ない。

ただ実験台にされた人々を除いて


-----------------------


「メルシリア家の長男が攫われたらしいわよ」

「あの五大貴族の一人息子が?」

「そうなのよ。今でも行方不明らしいのよ」

「そんな、五大貴族が攫われるなんて…信じられないわ」

もう噂が立ってしまっているのか。

テリーナ・デルカンドはため息をついた。

今の一般市民の噂はもっぱらただの噂ではなく、事実だったからだ。

噂をしていたのは、普通の市民の格好をした女性二人と、一人はメイド服を着た女性。

彼女達の話はまだ続いている。

「しかも攫ったのはウィアディリー家の方らしいのよ」

「あら、どうして?」

「それはわからないけども、ウィアディリー家の家紋が描かれた服を着ていたらしいわ」

「まぁ」

「それに」

メイドが声を潜めた。

「メルシリア家の長男、ロウディット様って私達とは違う何か特別な力を持っているとか」

「そ、それってどんな?」

「そこまでは私には…」

「だからウィアディリー家に攫われてしまったの?」

「実験台にされてしまうとか」

「それならアルヴィナル家が攫うのでは?」

「アルヴィナル家はまだ存在しているのかしら?」

「十五年程前、当主が殺害されましたものね」

「長女のフィルチェイナ様と長男のツヴェルク様は行方不明で五大貴族の中では、保留、って形になったけれど」

「あの事件も本当におかしな事件でしたわよね。当主が殺害されて、子供達も行方不明になるだなんて…」

テリーナは話が逸れた彼女達から離れた。

最初はロウディット・メルシリアが攫われたのは、ありきたりな身代金請求だと思っていた。

しかし彼が攫われてからもうすぐ三日が経とうとしている。犯人からの連絡は一切ない。

さすがに当主のハーリッド・メルシリアも少し落ち着きを無くしている。

自分のソーサリーの能力を使ってもロウディットの姿を探し出すことができない。

こんな時、自分は本当に無力だと思う。

剣術ならば一族の誰よりも自信があるのに、ソーサリーは全然だ使えなかった。しかも年々能力が衰えている気もしてくる。

なぜ自分はツオバーの能力を持って生まれなかったのか?

もしツオバーとして誕生できたのなら、こんなにも自分の無力さを味わわずに済んだのに。

なぜ、なぜ

そこまで考えてテリーナは我に返った。

そんなことを考えている場合ではない。

自分の主である息子を探さなくてはならない。

そう自分を奮い立たし、顔を上げた瞬間、人ぶつかった。相手は急いでいたのか勢いよくぶつかり、尻餅をついてしまった。

テリーナは慌てて彼女に手を差し伸べ「大丈夫ですか?」と声をかける。

相手は一言謝り、テリーナの手を捕まって立ち上がった。その姿を見て驚く。

「傭兵、ですか?」

戦争こそ無くなったのだが、この国は盗賊に悩まされていた。

少し遠出をするにも、命がかかる。だから人々は傭兵を雇って行動をする。

しかしその傭兵は殆ど男性が多かった。なのに目の前に居る女性は、十代半ばの華奢な少女と言えた。

まじまじと見るテリーナに彼女はにっこりと微笑んだ。

「少し急いでいたもので」

「いいえこちらこそ前を見ておらず申し訳ありませんでした。こちらには最近来られたのですか?」

「ああ、今さっきついたとこなんです」

彼女は周りを見渡して、テリーナと向き合った。金色に輝く瞳に少し戸惑いを感じながら。

「私はフィル。この通り傭兵をしております。報酬を頂ければ命を賭けてお守りします」

「ありがとうございます。私はテリーナと申します」

その名を聞いてフィルの目が少し上下に動いたが、彼は気が付かなかった。

「ずいぶん物騒な街になったものですね」

「え?」

「五大貴族のメルシリア家の長男が、攫われたとか」

相手の言葉に少し動揺する。テリーナの目線が動いたことを彼女は見逃さなかった。

「どうやら攫ったのはウィアディリー家とか」

「街中で噂になっていますもんね」

フィルは顎に指を当て、考える仕草をしながらテリーナを観察していた。

「それであなたはロウディット様を、お探ししている、とか」

その言葉でテリーナの体が反応してしまった。気が付いた時にはフィルは微笑んでいた。

「もしよければ私に手伝わせて頂けませんか?」

「それは自分の主人に確認して参ります」

「もちろんこう申し出をしたからには料金は頂きません。それに私はロウディット様に御恩があるのです」

「恩?」

そんなことがあったのかと疑問に思う。

「私は数年前、この街に来た時に野垂れ死にそうだったのです。

その時はまだまだ未熟なもので、傭兵としての仕事が無かったのです。

そんな時、ロウディット様と出会い、助けて頂きました。まさか五大貴族の方が私などを助けて下さるなんて、思いもよらず。

彼は本当に朗らかな方で私みたいな一般人でも、いいえ傭兵をしていると言う異質な人物でも、平等に接して下さる。私は感激いたしました。

だから今度、もしまたこの街に来る時、御返しが出来たらと考えていた所、この様なお噂を。

私が動かず誰が動くのでしょうか。

まだまだ私は未熟ですが、ソーサリーの力を存分に、全力でお使いいたします。

こんな身勝手な行動をわざわざメルシリア家の当主に知られるなんて、恥ずかしい思いですので、なので相談なんてとんでもない」

「あなたもソーサリーなのですね」

「はい」

自分も手詰まりだった。ハーリッドの相談なしに勝手な行動は少し気が引けたが、それ以上にこのまま情報も得られずに屋敷へ帰るほうが気が重かった。

「わかりました。私もずっとソーサリーで捜索はしているのですが…」

「任せてください。捜索は私の大の得意なので」

そう言い、フィルは目を閉じた。

その瞬間テリーナは背筋が凍った。今目の前で微笑んでいた女性とは別人みたいだ。

そして数分経って「見つけました」と小声で言う。

「ここから東、約十キロメートルです。早速行きましょう」

テリーナはまさか、と声を出すことが出来なかった。

捜索能力はテリーナで最大で一キロメートル。一般は二キロメートル。

今彼女は十キロメートルと言った。一般人の五倍だ。

彼女は一体何者なのか。

本当に協力を得てよかったのか。

テリーナは身を引き締めた。


-----------------------


近くに荷物運び屋が現れ、二人はその荷台に乗り小屋の近くまで来ていた。

「こんなに近づいては、相手に私達の存在がわかってしまうのではないですか?」

もし誘拐した犯人がソーサリーの者であれば、捜索能力ですぐに自分達の存在がばれてしまう。テリーナはそう危惧した。

しかしフィルはそんな彼を一瞥しただけで、小屋の方向へと視線を戻した。

「あとロウディット様を助ける手段を考えないと」

そう言うと静かにフィルが立ち上がり、テリーナに目線を向けずに、小さな声で言う。

「私一人で行くので、テリーナさんはここに居てください」

その言葉に絶句をするしかなかった。最低でも小屋の中には三人居る。

一人はロウディット、そして二人は存在だけしか感じられない誘拐犯。

「まさか、お一人では危険です」

「なに、二人は異端者で、私は数人を相手にしても勝てる自信があるもので」

異端者、と言う言葉に体が反応してしまう。

「ロウディット様を救出したら、テリーナさんが屋敷へ連れて帰って下さい。そのためについてきてもらったのだから」

彼女はそう言い残し、素早い動きで小屋へ入って行った。まさかとテリーナは動くことが出来なかった。

小屋の中から女性と男性の短い悲鳴が聞こえ、それ以降は何も聞こえなかった。

数分経ったのだろうか。小屋からは何も聞こえてこない。

不安に感じ、テリーナは小屋にかけこんだ。


「お前達の目的はなんだ?」

フィルは小屋に入ると同時に女性を気絶させ、男性に剣を突きつけながら問う。男性は低く小さな呻き声を出しては何も言わない。

テリーナが小屋に入ろうとする数分前の出来事。

「何故、ウィアディリー家の者がメルシリア家を攫う?」

何も言わない相手に次々と質問を投げかける。

「五大貴族がこんなことをして、メルシリアが許す訳がない。最悪の場合メルシリアはウィアディリーに対し、援助をしなくなる。

そして何より、何故異端者がウィアディリーに居る?

異端者は貴族の中に入ることなどできない。禁忌とまで言われている。

ウィアディリーの名を落とそうにも、そもそもその家紋を持っていることさえおかしい。ウィアディリーの家紋は彼等にしか使えないものだからな。真似して描こうにも見張りの兵士まで見間違えるほど、そんな物作れるはずがない」

フィルはそこまで言うと、相手は声を殺して低く笑い始めた。彼女の目が少し動く。

相手が笑い終えるまでフィルは一ミリも動かなかった。そして相手が笑い終えると、大きく息を吸った。

「身なりは傭兵の様だが、一般人でもなさそうだ」

今度はフィルが黙ったまま男を見た。

「もしかして元は貴族だったのではないですか?そうでなければウィアディリーの事情をご存じの様ですから。

ただ、一つ間違いがあります。この家紋はウィアディリー家のものなのか、と言う点です」

相手の言葉でフィルは息を呑んだ。その反応を見て更に相手は感心する。

「まさかそこまでご存じとは。あなたがどう言う方なのか、わかりました」

「ウィーアリー家がまだ存在していたなんてな。確かに兵士がウィアディリー家の家紋を見間違えるのも頷ける。

ウィアディリーとウィーアリーは二つで一つとされてきた一族だ。それぞれの初代当主は双子から始まったのだから。

次からは長男がウィアディリーを二男がウィーアリーを継ぐことになっている」

「そこまでわかっていらっしゃるのならば、ウィーアリー家の、我々の主人もご存じなのでしょう」

剣が男の喉仏に数ミリ刺さった瞬間と、男が笑った瞬間と、ドアが勢いよく開かれる瞬間が同時に起こった。

彼女はドアが開かれた方向へ目線を向けてしまい、男を自由にさせてしまった。男は気絶していた女性を素早く担ぐ。

大きな振動と共に、小屋には大きな穴が開けられ男はそこから逃げた。

追いかけ様と地面を蹴ろうとした所、足を引っ張られ動きを止められた。すぐさま振り向くと床に倒れていた青年が力なく、フィルを見上げていた。

「いかない、でくれ」

そう言って青年は気絶をしてしまった。

その言葉の意味が瞬時に理解できなかった。だからその場から動けなかった。

すぐに姿を消さなければならなかったのに。


「まさか、君は」


その声でフィルは我に返った。そして自分の過ちにこの時気が付いた。

彼が来る前に姿を消すはずだったのに。自分の愚かさを恨むしかなかった。だから彼女はその相手の名前を言うしかなかった。


「ハーリッド様」


相手の隣にはテリーナは理解が出来ない様な表情で二人を見ていた。周りに居た兵士はロウディットを運んでいた。呆然と向かい合っている二人を避けて。

「十五年間君を探していた。まさかこんな所で会えるなんて思ってもなかったよ」

フィルは気まずそうにハーリッドから目を逸らす。優しい表情でフィルを見るメルシリア家当主のハーリッドから。

「どうして私の前から消えてしまったんだい?」

「それは、ハーリッド様ご自身がご存じのはずです。私からは口が裂けてもご説明はできません」

相手は「そうか」と目線を逸らした。

「久々に再会できたんだ。お茶だけでも招待できないかな?」

フィルはそれを断ることが出来なかった。それは命令でもあったからだ。


-------------------------


「ハーリッド様は、この方を、フィル様をご存じだったのですか?」

テリーナは紅茶を入れてすぐにハーリッドに質問する。彼は少し苦笑をし、説明する。

「十五年前まで仕えていたメイドだよ。メイドと言えば軽い響きなんだけれども、君と同じ様な仕事をしていた。

フィルが居なくなってから、幼い君を迎えたんだ」

その説明を聞き、フィルはテリーナの顔を真っ直ぐ見る。視線に気が付いた彼は逃げる様に目線を動かした。

「デルカンド家は代々ウィアディリー家に仕えてきました。しかしその中でも私は能力が低い。家族から邪魔者扱いされていた時、ハーリッド様が私を拾って下さったのです」

俯いているテリーナの隣までハーリッドは立ち上がり、手を頭に乗せた。

「けれども彼は剣術の腕は最高だ。しかし彼のソーサリーが年々能力が低くなっていると言う不思議な現象を起こしていてね」

彼の言葉にフィルの目が少し動く。

「どう言うことです」

「原因は医者にもわからない。誰にもわかっていないことだ」

一拍置いてハーリッドは表情を硬くした。

「どうせ隠していてもわかることだ。フィルには悪いけれども話すよ。ウェイト」

テリーナは言っていることが理解できず、彼を見返した。彼は真っ直ぐフィルを見つめている。

ウェイトと呼ばれたフィルは口角だけ上げ、真っ直ぐ座っていた姿勢を大きく崩した。

「君の口調はよく覚えているよ。敬語を使ってたとしても、フィルとは全く違う声質で話してくるからね」

「どう言うことですか?」

訳がわからず、テリーナは声を出した。ハーリッドは彼に目線を移し、再びフィルに戻す。フィルは小さなため息をついて低い声で話し始めた。

「ドッペル・デュールと言う物は知っているか?」

「禁忌とされている技術ですね。どう言った物なのか存じ上げませんが」

「それはこの術が禁忌とされているから。二度と表に出てこない様にウィアディリー家が封印してしまった。

外に持ち出すことすら罪とした。次第に人々の記憶は薄れ、市民からドッペル・デュールと言う言葉すら知られることもなくなった。

今でもどの様な物か知っているのは皇帝と、ウィアディリーとアルヴィナルだけだ」

「あ、あなたは何者なのですか?」

「ウェイト。ただのドッペル・デュールの被験者だ」

「まさか。今は禁忌とされているのでしょう?被験者が居るなんて」

「フィルもドッペル・デュールの被験者だ」

「どうして禁忌が外へ漏れてしまっているのですか?」

「知らない、と言っておこう。想像はつくがそれは俺の想像でしかない。事実しか述べたくない事柄だ。

さてドッペル・デュールの目的は簡単に言えばソーサリーとツオバーを一人の人間が両方同時に使うことを可能にさせる技術だ」

「あのおとぎ話みたいに?」

「そう。普通は両方使うことができない。それを可能にさせる技術だ。ツオバーが使える者にはソーサリーを使える者の精神を入れた特殊な箱を脳に埋め込むんだ。それでおとぎ話に出てくる英雄ができあがるというわけだ。

しかしそこで問題が発生してくる。

自分の精神を他人の体に入れる。精神異常をきたす人間が多かった。また精神を箱に入れると言うことは、精神だけの人間は体を捨てなければならない。つまり体は殺されると言うことだ。それと同時に精神だけ生きることができるから、死ぬことはできない。

そしてその箱に入るにも生存率が大幅に低い。

それに成功率がかなり低い。だから禁忌とされた」

「そんな危険な術が何故?」

「発明されたのは、百六十年前」

「戦争時代と言われていた時ですか」

「発明したのはアルヴィナル家だった。

そしてフィルはその実験台にされた、と言う訳だ」

「一体誰がそんなことを」

テリーナの疑問に誰も答えなかった。

「フィルさんはどうしてメルシリアから出て行かれたのですか?」

彼は答えが帰って来ないのをわかって質問をした。それにはハーリッドが答える。

「フィルは悪くなかった。悪いのはこいつだ。ウェイト」

「今でも俺はお前のことを疑っている」

ハーリッドは少し馬鹿にした様子で苦笑をする。

「何を疑うと言うのだ。彼女の体を乗っ取りながら、迷惑をかけながら何を言っている。

そもそも何故私の所へ帰ってきたと言うのだ?」

「俺はお前の元へ帰ってきたわけではない。ロウディットを助けに来ただけだ」

「どうだか。お前はどうも信用できん」

「信用しなくて結構。信用されないから信用しないと言う安直な考えは最も馬鹿らしい」

「その挑発には乗らない。君が表に出た時から信用できなかった」

二人は無言になる。二人が睨み合っているのを気まずそうに見ていると、部屋のドアが開いた。

「ロウディット様?」

テリーナは驚いた様子で、ロウディットに駆け寄る。彼は少し覚束ない足取りでフィルに近づいて行く。

「今回は助けて頂いてありがとうございます」

エメラルドグリーンの瞳が真っ直ぐ彼女を見てくる。目線を避けながらウェイトは何も言わなかった。

「どうやらあなたは昔メルシリアに居たとか。本当に助かった」

それを聞いて立ち上がり、床に膝をついた。

「お久しぶりです。ロウディット様、御無事で何よりです」

「ああ久しぶりだな、フィル」

ロウディットは微笑んで、一拍置いた。

「俺が確か八歳の時だから、もう十五年前の話だよな。全く歳を取って無い様だけど」

そう言われ、フィルは俯いた。

彼女は十五年間身体的に歳を取らなくなった。

「ドッペル・デュールのせいだな」

その答えはハーリッドが答えた。

「原因はわからないが、それをかけられると歳をとらなくなるらしい」

「ハーリッド様はそれをこの術をご存じだったのですか?」

テリーナは驚いた様子で問いかける。彼は少し鼻で笑い言った。

「知っていたも何も、彼女はドッペル・デュールの被験者になったから、私が雇った」

「話が少しずれてしまいましたね。何故ロウディット様はウィアディリー家から狙われているのですか?」

彼女の言葉にテリーナは目線を向けた。あの時はウィーアリーと言っていたのではないか、と頭によぎる。

「そう、だから私はウィアディリーへ行って申し立てしてきた」

そう話しながら彼は昨日の出来事を思い出していた。


---------------------


「まさか我々の主サーレテス・ウィアディリーがあなたの息子を攫っている、だと?」

門番は驚いた様子で聞き返す。細かな装飾がされている鉄格子の門の隣に門番の兵士は、自分よりも高い槍を持っていた。ハーリッドは頷き、話を続ける。

「しかし何人もの人物がウィアディリーの家紋を目撃している。私の息子を攫ったのが、あなた方だと疑わざるを得ないと思いますが」

その言葉に兵士は「無礼な」と叫んだ。

「我々、皇帝に最も近い存在とされているウィアディリーを侮辱するのか?

メルシリアの分際でなんたることか!これからの待遇を覚悟しておくがいい」

兵士は自分の持っていた槍をハーリッドに向けながら叫んだ。彼は心の中でため息をつくしかなかった。この兵士は失態を犯したのだ。その言葉をメルシリア家の当主に言うべきではなかった。

そう思い来た道を引き返そうとした所、自分の名前を呼ばれ引き止められた。

後ろを振り返ると、門の向こう側に青年が立っていた。歳は自分の息子よりも若い。

「これはヒューウェイ・ウィアディリー様」

ヒューウェイはウィアディリー家の二男であり、三人兄弟の一番下の人物だ。まさかその様な人物がハーリッドの目の前に現れるとは想像しなかった。

門番達も同様に、驚いた様子で膝を床につける。

「兵士達が無礼なことを申し上げた。代わりにお詫び申し上げる」

彼はそう言うと頭を下げた。門番は驚いた様子で「ヒューウェイ様」と叫ぶが、彼は構わず話を続ける。

「あなたのお越しをお待ちしておりました。もう少し経ってから招待状を送付しようと考えていたのですが、遅れてしまい申し訳ない。うかつにもこちらの失態です」

そう言いながらもヒューウェイは門を開け、自分が持っていた手紙を門番に渡した。手紙を開けるように指示をする。

命令に従い手紙を開けるとそこにはハーリッド・メルシリアの招待する内容が書かれていた。

「これは失礼致しました。ハーリッド・メルシリア様」

その開けた手紙をハーリッドに渡し、屋敷の中へ招き入れた。

「サーレテス様はいらっしゃるのですか?」

いつもウィアディリーの当主は屋敷に居ることが少ない。

「ええ、しばらくは屋敷に居るとのことです」

話しながらヒューウェイは扉を開けると、部屋の中でゆったりとしながら飲み物を飲んでいるサーレテスが居た。二人を認識すると、手をあげて「やぁ」と短い挨拶をした。

「ご機嫌はいかがかな?ハーリッド」

「相変わらずです。サーレテス様も今日は調子が良さそうで」

「そうだなぁ。今回は遠征をしたけれども、調子は変わらないね」

ウィアディリーの当主は体調が良くないことで有名だ。体調管理ができない訳ではなく、生まれつき体質と貴族達には話している。しかし体質とは、と理解に苦しむハーリッドだった。

「さて君がわざわざ来て頂いて恐縮だよ」

「何せ自分の息子があなた方に攫われた疑いがありますからね。居ても立っても居られませんよ」

「噂では我々の家紋を使った誘拐だとか」

「ウィアディリー家の家紋は特殊ですからね。五大貴族である我々ですら、容易く真似できる物ではない。しかも大勢の者があなたの家紋を見ている。

疑うなと言う方が無理とは思いませんか?」

少し挑発的な発言をしても、相手は動じなかった。一緒に部屋の中に居るヒューウェイすら、部屋の中を動かずに立っている。

その様子を見たハーリッドは本当につかみどころがないと思う。昔からずっと見てきたが何を考えているか想像もつかない。つまり苦手だ。

「私達はそれを否定するしかない。実際に誘拐なんてしていないからね。していたら君と私の間に亀裂が入ってしまう。お互いにとって利益にならない。

けれども家紋の問題がある限り、君は我々を疑わざるを得ない。難しい問題だよね。

ここの屋敷を調べたければ隅々まで調べればいいけれど。違う場所へ連れて行っていれば結局は屋敷の捜索も意味がない。

一つ提案があるだけども」

「なんでしょうか?」

「私の二男、ヒューウェイをそちらに連れて行かないかい?」

意味が分からなかった。冗談で言っているのか本気で言っているのか。だからハーリッドは黙るしかできなかった。

なんて言い返せばいいのか「ばかにしているのか」と叫ぶか、その意味を問いただせばいいのか、だから苦手だ。突っ込む所が多すぎる。

何も言わないハーリッドを笑いながら、相手は見ていた。

「そんな突っ込むことが多すぎてなんて言い返せばいいのかわからない表情をしなくても」

そこで一拍置いて、低い声で答える。

「ヒューウェイをどうしてくれてもいい。もちろんロウディット君を探し出す手立てにすればいいし。因みに愚息はツオバーだけれども。ソーサリーであるテリーナ君と組めばバランスの良い捜査役となると思うしね。

それに彼を殺してくれても構わない」

ハーリッドはヒューウェイに目線を向けると、彼はただ横目で自分の父を見ていた。

「しかしその際はどう処分を受けてもいいと言う前提だけどもね」

「何を考えている」

「ウィアディリーの名誉を護れるならば」

「そのためには息子をも殺すと言うのか」

相手はただ微笑んだだけだった。


---------------------


「実はロウディットの居場所はヒューウェイ君が教えてくれたものなんだ」

ハーリッドは低い声で話し始める。

「ヒューウェイ・ウィアディリー様ですか?」

テリーナは驚いた様子で彼に聞き返す。

「テリーナにも言わなかった。あまりにもあっちの考えがわからなかったからな。少し呼んで来よう」

彼は部屋から出て行く。


「ヒューウェイ君」

彼はドアを開けて相手の名前を呼んだ。相手はイスに座ったまま、窓の外を見ていた。彼の姿を見てハーリッドは閉じ込められた鳥だと思う。

「皆に紹介をする。ついてきてくれるか」

黙ってヒューウェイは立ち上がった。そして一緒にハーリッドと部屋を出ていく。

「君は命を賭けろと言う父上をどう思う」

「どう思うとは、またざっくりとしている聞き方ですね」

「君の正直な気持ちを聞きたくてね。ざっくばらんな質問をした」

「ではハーリッド様から見た、我々はどのように映っているのでしょうか?」

「質問を質問で返すのかね?」

「…失礼した。自分に関しては一番大切にされていると、思っています」

「大切?」

「はい。だからウィアディリーの名前を護らないといけないのです」

「私から見ると異常に見えるが」

何度その言葉を聞かされただろう。ヒューウェイは表情も変えずに思っていた。

何も知らないくせに

彼は若い。表情に出さないので精一杯だった。

そして二人は三人が居る部屋に入る。

ヒューウェイと三人が顔合わせし終わり、彼は一言目にこう発した。

「ロウディット様、この度は御無事で安心しました」

「協力してくれてありがとうございました」

「いえウィアディリーの名に懸けてしたまでのこと、礼に及ぶことはありません」

「まだ疑いが晴れた訳ではないがな」

ハーリッドの低い声の発言にロウディットは「親父」と叫ぶ。

「さすがに疑い過ぎだろう。俺の捜索も手伝ってくれたんだ。そんな言い方はないだろう!」

「お前は疑うことを知らなさすぎる。手伝う素振りを見せて、我々の信頼を取ろうって作戦かも知れん。本当はメルシリアを裏切っておいて、だ」

「まさかウィアディリーが異端者を雇ってまで俺を攫うなんて考えにくいだろ。」

「それもウィアディリーから目を逸らす作戦かも知れん。まさかウィアディリーが異端者を使う訳が無いと全員が考えるからな」

「そこまで考えるなら、どうして俺の捜索にヒューウェイに頼んだんだ?親父も少しは信頼して、頼んだんじゃないのか?」

「その間私はヒューウェイを見ていた。怪しい動きをしないかどうか、一緒に行動を共にしていたんだ」

「それでまだ疑いが晴れないってことなのか?」

「ああ、正直言って晴れていないな」

言い返す言葉が無くなったのか、ロウディットは唸って黙ってしまった。

「一つ、報告したいことがあります」

沈黙の中、口を開いたのはフィルだった。ハーリッドを睨みながら話を続ける。

「先ほど自分はウィアディリーの家紋と申し上げたが、あれは語弊です。失礼しました」

彼女の発言にハーリッドは目を細める。「ならばあれは偽物の家紋だった、と?」と返すと彼女は首を横に振る。

「そもそも偽物と考えるのが間違いだった。しかしウィアディリーととても似ている為、誰もが見間違えるのもわかる」

「くどいな。結論だけでいい」

苛立たせる彼に、鼻で笑いながらフィルは続ける。

「あの家紋はウィーアリーの物ですよ」

「今も存在を見せない貴族の?」

「はい」

断言され、ハーリッドは手を顎に当て、考える仕草をする。

その間フィルはヒューウェイを横目で見るが、彼は全く動かなかった。

しばらくの間、誰も動かなかったが、ハーリッドは手を一回叩くと明るい声で言った。

「今日はここまでにしよう。ロウディットも命に別状は無かったのだし、私は休むよ」

そう言って彼は手で頭を押さえながら部屋から出て行った。その瞬間部屋の中の空気が軽くなった様な気がし、ロウディットは大きくため息をついた。

そしてヒューウェイに振り向く。

「本当に父親が失礼な発言ばかりして申し訳なかった」

「確かにな」

予想外な即答され、彼は絶句する。

「あの発言はウィアディリーを侮辱するものばかりだ。この問題が終わって、こちら側が潔白だったとして、メルシリアは前の様に戻れないとは思うが」

今まで大人しかったヒューウェイが早口でまくしたてる間もロウディットは口を開けて何も言えなかった。そんな呆然としているロウディットに指を指して「それに」と強い口調で続ける。

「お前もお前だ。当主が先程言っていたことも、侮辱だったが事実だ」

そこで一拍置いて考え始め、再び話し出す。

「でもあれもメルシリアの権力を維持するための作戦だってこともありうるな。心の底から思っていると顔に書いていたが…

失礼した。ロウディット様」

「いいよ、ロウディットで」

呆れた風にロウディットは返した。

「なら俺のこともヒューウェイでいい。そこのテリーナもフィルもだ」

突然指を指され、テリーナは体を震わせた。フィルは動じずただ彼を見返していた。そこでロウディットは一言付け加える。

「今はフィルじゃない。えっと、名前を聞いていなかったな」

その発言にテリーナは驚き、ヒューウェイは疑問に思っている顔でロウディットを見た。

フィルは小さなため息をついた。何度この話をしなければならないのだ。

「ウェイトだ。ドッペル・デュールの被験者で、一つ言っておく、よく勘違いされるからな」

見た目が女性で、声のトーンすら高い、だから勘違いされる。口調一つ変えれば皆騙される。

この体に慣れてから十五年は経つが未だに慣れない。


「俺は元々男だ」


その言葉で部屋中が凍りついてしまった。


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「そうか、失敗してしまったか」

薄暗い部屋の中で、男が低く言った。

彼の前にはロウディットを攫った人物二人が膝をついている。頭を床につけていた。

「申し訳ありません」

「いいや、仕方がないな。能力を使われちゃ勝ち目は低い。わかりきっていたことだ。顔を上げてくれ」

「もう一人、不思議な能力を使っていました」

「不思議な能力?」

「ソーサリーもツオバーも両方使う人物です」

男は口を一瞬硬く閉ざした。「どんな人物だった?」と聞き返す。

「小柄な女性でした。部屋に入ってきたかと思えば、炎で攻撃をしてき、そして人間以上の速度で我々に襲い掛かってきました」

相手の話を聞いて男は感心した。自分の部下の洞察力の優秀さに。

異端者はどうしても、洞察力がツオバーやソーサリーを使う者達よりも劣ってしまう。しかし目の前の自分に頭を下げている男は、自分と同等の洞察力を持っている。

そしてその発言で、誰のことをいっているのかわかり、男の口角が上がった。

「今ので何となくわかったよ。この時代で英雄と同じ能力を使えるのは二人。その中で女性とあれば、もう彼女しか居ない。

君はこちらに帰ってきていたんだね。フィルチェイナ」

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