未来編3
(11.02.20~14.04.29)
書き直し:16.07.30
「実験…体?」
ウェイトは戸惑いながらその先を読んでいく。
「ベルジゲルは本来相手の能力を一時的に封じる術だが、これを応用して、能力を完全に防ぐ実験。
対象は能力があり、それのほぼ使い方を知らない幼児。体に直接この紋章を書き込み、どうなるか長期観察を行う」
あれはこのことだったのか、とウェイトは思った。他にも実験B、Cと続いて行き、それぞれの条件が違っていた。
「けれど生きているのはテリーナだけ…」
「他の実験体はどうやら体内の熱が上昇しすぎて死んでいる様ね」
「あれと一緒じゃないか…じゃあハーリッドが渡してきた薬は…解熱剤…?」
「そう考えるのが妥当ね。さて」
そう大きく息を吐いて、スカートを叩きながら立ち上がる。
「ここにはこれぐらいしかないわ。他に心当たりがある所は?」
「…………」
「いやね。思考を停止させてしまってはいけないわ。現状が進まなくなってしまう」
「けれど他にそんな隠れる所なんて…」
「国外って訳でもないと思うわ。だって多くの異端者の気配は感じているから」
「多くの異端者?」
ウェイトは彼女の言葉が引っ掛かった。そう彼にも街でどこか異端者の気配を、膨大な数の異端者の気配をうっすらと感じていたのだ。しかし言われるまで意識をしていなかった。
それはどこだったのか。
「そうか…」
あの場所は
「アルヴィナル家だ…」
ウェイトは早足で部屋から出て行く、後ろから眉間に小さな皺を作りながらリヒトがついてくる。
「何故アルヴィナル家だと?」
リヒトが後ろから話しかける。ウェイトは振り向かずに早足でかけていく。
「アルヴィナル家は昔から地下を作っている。そこに俺も居たんだからわかる」
「体として?箱として?」
「……箱としてそこに保管されてて、体としてそこから出た。何百年前かに」
「ふぅん。不便な物なのね。私は絶対したくない力ね。ドッペル・デュールは」
「…そうだな。お互いにしない方がベストに決まっている」
彼は眉間に深い皺を寄せて、低い声で言った。リヒトは静かに「そうね」と言っただけだった。
「早くアルヴィナル家の所へ行きましょう」
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「君がなんでこんなところに居るんだ?」
ポカンと口を開けたまま、ロウディットは質問をする。彼女は少し俯いた状態で、黙ったままだった。そしてふと彼は我に返り慌てた声で口を開く。
「こ、こんな所に居たら危ない…早くここから離れた方がいい!」
「い、いや…」
シュヴェアは少しうろたえた様子で目を泳がす。
「どこかに逃げる場所はあるのか?さすがに君一人だけだったらおれの信頼できる人の所まで行かせることも出来ないし…」
「い、いや違う!」
突然シュヴェアが大声を出して、ロウディットはきょとんとして黙ってしまった。その様子を見て、彼女は少し慌てる。
「ごめん…驚かせてしまって…けど君だって気が付いているはずだ、私がどちらに居るかなんて…」
そこでようやくロウディットはあの時彼女を見たのを思い出す。
「そ、それが君の意思なら…俺は…止めることが出来ない。俺は君とは真逆な立場だから…」
「ち、違うんだ…いや…ここで違うと言うのもなんだけれども…」
「違う?」
「私は、君に会いたくて、謝りたくて…ここに来たんだ」
「俺に、謝る?何を?」
「私を庇うためにあんなことになって君はあの後どんな仕打ちを受けてしまったのかなって。あんなことになったらきっと君も冷たい目で見られてた、だろう?」
ロウディットは彼女を見て、そして左右に目線が揺れ、俯いてしまった。それを見てシュヴェアは心の中でやっぱり、と思ったが彼の答えは彼女が考えているものではなかった。
「俺は、昔からそうだ。今だけだよ。こんな英雄みたいに言われたのは。
俺はいつだって異端だった。力がありすぎて、いつも一人だったよ。
それにメルシリア家の一人息子だったし。あの時が一番楽しかった…」
シュヴェアは少し目を大きく開いて彼を見ていた。ロウディットはただ暗い表情でうつむいていただけだった。
「逃げよう!」
彼女は真っ直ぐロウディットの目を見てはっきりと言った。いきなり何を言っているのか理解出来ずにロウディットは息を呑んだ。
「ベルジゲルが無ければそれもツオバーで外すことが出来るだろ?」
「い、いやでも君が裏切り者として帰る場所が…」
「そんなの要らない!友達の命を危なくさせているんだ。ならそんな居場所要らない」
そうはっきりと答えた。そして牢の中にベルジゲルの紋章を見つけ、手を擦りつけたが、全く消えなかった。
「いいから、俺は何とかなるからそんなこと…」
彼女の手から血が滲んできていた。それを見てロウディットは背筋が凍る。
「だからやめろって」
「早くツオバーを使って」
「え?」
「血でベルジゲルが途切れたから使えるはず」
戸惑いながらツオバーを使うと彼女の言う通り炎を出すことが出来た。そのまま自分を拘束していた物を燃やした。そしてそのまま牢から出て行く。
「気が付かれない様に早く出て行こう」
気が付かれたら厄介だ。頷いて横を見てみるとロウディットの目がみるみる見開かれた。
隣の牢に死んだ様に項垂れていたのは、
「ノルワール様…?」
彼女は床に突っ伏したまま動かなかった。また背筋に悪寒が激しく走って、感情が抑えられない、と理性が冷静に言った。
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「あああああああああああああああ!」
叫び声が聞こえてくる。なんの声だろうと振り返った瞬間、それはすぐに分かった。
「あれは…僕?」
テリーナは呆然としながらそれを見ていた。幼い自分が、腹を抱えて苦しんでいる。
何故苦しんでいるのか全く理解出来なかった。そしてこんな状況全く記憶になかった。
「本当に?」
「うわあああ!」
後ろから耳元で突然囁かれて驚きの声を上げる。後ろを振り返るとそこには冷たい目線をこちらに向けてくる女性がテリーナを見ていた。
「本当に覚えていない?何故?あれがあなたを堕落に貶めた、記憶なのに?」
もう一度幼い自分を見てみるが、ただずっと叫んで苦しんでいた。あんな痛い目に合っていれば、少しでも覚えているはずなのに…
「何で覚えていないんだ?」
「自分が力を失った原因なのに。メルシリアの使いになってしまった根源なのに?」
「またそれか」
「違う、またそれかじゃない。これがあなたが差別され続けた原因。そして貴様はこれからもその力は使えない。実験は成功したんだよ。
実験体A」
実験体Aと言う単語がテリーナの頭の中で反芻する。そして激しい頭痛にさいなまれる。
「お前はまんまとアルヴィナルの実験体にされたんだよ。この実験体Aが」
「実験体…えー…」
「これでわかるはずだ。力が無い者はどれだけ足掻いても、力ある者には決して勝つことが出来ず、そして奪われるだけの存在になってしまうことを」
「違う…!」
「力が無ければ何も守ることが出来ない。自分すらも自分の地位すらも」
「僕は…!僕は…!」
相手の笑い声が聞こえてくる。
「お前はただ地に這いつくばって、生きるしかなくなったんだ!」
「違う!それ以外に頼る物を作った!」
「いいえ、それは決してあなたをあなただと認めない。
人は必ず言う。それだけは優秀なのになって」
「違う!僕は!」
自分の声に驚き目が覚めた。しばらくここが現実なのか、さっきが現実なのか、そしてどちらが夢なのか理解出来ず、動けなかった。
「僕…は…」
そしてこちらが現実だと理解するとテリーナは勢いよく起き上がり、気が付いた。
恐ろしくて震えた。
いつか消えてしまうと、どこかで思っていた。
けれど
本当に理解をしていなかったのだ。
「ソーサリーが…使えない…」
いつもならどこかに残っていた感触が、もうそれすら感じられない。
震えてくる手が止まらなかった。
ソーサリーが使えなければ、自分は異端者と同じになってしまう、そこまで考えて自嘲する様に笑った。
「そうか、異端者じゃないか…」
彼はうずくまるしか出来なかった。
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そう名前を呼んだ瞬間、シュヴェアは悪寒が走った。
隣に居る人物は危ない、そう本能が言ったのだ。
離れなければ、そう思った瞬間、激しい炎が檻を溶かした。
言葉が出なかった。隣に居た者は、炎に包まれた化け物だったからだ。
これが、能力が有る者と無い者の違い。
彼は何も言わずにノルワールに近づき、抱きかかえた。振り向いたその姿は、シュヴェアが想像していた通りの、化け物の姿だった。
「行こう」
ぽつりとそれは言って走り出した。慌ててシュヴェアも走り出す。
「ここの構図はソーサリーで何となく把握した。後はここから脱出するだけだ」
冷静な声で、低い声で話す。いつの間にそれをしたのか、シュヴェアにはわからなかった。
「メルシリアのが逃げたぞ!応援を呼べ!」
見張りをしていた異端者がそう言った。そしてシュヴェアは思った。
君達では彼を触ることすら出来ない。
「捕まってて」
黙ったまま、彼の二の腕に手を回した。その瞬間、自分がどこに居るのか理解できない程の、その速さで飛んで行った。
異端者である彼女はそれがツオバーによってなのか、ソーサリーによってなのか、わからなかった。そうだこれが力の差だ、と思い知られる。
「おかしいな」
素早く飛んでいる時、第三者の声が聞こえてきて、ロウディットは動きを止めた。目の前にはブルートが立っていたのだ。
「君にはベルジゲルをかけたはずなんだけど」
ロウディットは彼を睨みつける様に笑う。
「少しでも紋章に傷がついたぐらいで無効化されるなら、もっと改善させろよ。百六十年は生きているんだろ」
「他にもっとやることがあったからね」
その答えにロウディットは低く笑う。
「自分の能力不足を時間不足のせいにするか」
シュヴェアはここまで相手を侮辱する彼の姿を見たことが無かった。彼の印象は、いつも明るく、そして場をも明るくする人物だった。今の様な笑いを彼女は知らない。
挑発をしたのか、彼女には判断出来なかった。ただ思ったのは、
まるで、人が変わった様だ
と言う恐怖だけだった。
ブルートも少し眉間に皺を寄せて、彼を睨んでいた。
「黙れ、化け物」
「うるさい。異端者」
その言葉がまるで刃物の様にシュヴェアに突き刺さった。彼の口から異端者と言う単語が出てくるなんて、思いもよらなかったからだ。
「お前等など、すぐに異端者にさせることが出来るんだ!」
ブルートは怒りを露わにして、剣を鞘から抜き、ロウディットに襲い掛かる。しかし彼はその攻撃をかわす。
「彼女を抱えたままでは、かわすことしか出来ないだろう!」
ギリギリの所をかわすが、小さな傷が増えて行く。しかし傷が増えるたびに、彼は瞬時にソーサリーで傷を治していく。
「くっそ」
ポツリとロウディット呟く。
「邪魔だな」
その瞬間、炎の渦を作り、ブルートに襲わせる。一瞬にして彼は炎に包まれた、かと思われた。
炎が消え、ロウディットが走り出そうとした時、足を、太ももを剣で刺された。貫通して太ももの裏側にまで刃が出ていた。
「雑だな。ロウディット。力は強いけれど、戦い方がまるでなっていない」
「ぐっ…なん…で…」
「ほら、俺の剣を見てみろ」
目線をそれに向けると、そこにはベルジゲルの紋章がびっしりと描かれていた。
「ベルジゲルは様々なことに応用することが出来る。例えば能力がある者を異端者にすることだって」
「そんな夢物語を…!」
低い声で言うと、ブルートは、はっと声を出して笑う。
「身近にいたじゃないか。俺は実験体Aとしていたけど、そうデルカンド家の、恥ずべき存在」
「まさか…」
その瞬間、ブルートは剣を引き抜き、そして再び別の箇所に刺す。ロウディットの悲鳴がそこに響く。しかし彼は倒れまいとして、震えながらも立っていた。
「テリーナ・デルカンド、だったっけ?シュネーがデルカンド家に行ったことによって、あそこはかなりの能力主義になって、彼も大分苦労したと思うよ」
そう言って懐から短剣を数本取り出す。
「傷を癒されて、また暴れられたら困るから、念には念を押させてもらう」
そう言って一本短剣が、ロウディットの体に刺さった。
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それはたまたまそこに居た。
ベルジゲルの研究が少し行き詰っており、能力がある者を異端者にする計画は無理だろうと思っていた。
その時、それはそこに居た。
五大貴族の恒例の会議が終わった後、父親と一緒に来ていたのだろう。ウィアディリー家の屋敷を一人でうろうろしていた。
そうか、とその時思った。子供には試したことが無かったと思い出す。
「一人かい?」
にこやかに話しかける。警戒されては面倒だからだ。しかし彼は少し警戒をしながら頷くと「あなたは?」と問いかけてきた。
「ああ、私の名前はブルート・アルヴィナルと言います。えっと君は?」
「テリーナ・デルカンドです」
ぺこりと頭を下げると、ブルートは同じ表情で言う。
「そうか、君は偉いな。幼いのにきちんと挨拶が出来るなんて」
「いいえ、デルカンド家の者として当たり前のことです…」
彼の表情が少し曇ったのをブルートは見逃さなかった。
「デルカンド家と言えば、能力が最も大切だと、言われているね。それで君は悩んで居ることがあるんじゃないかな?」
五大貴族に居る子供達は常に力を求められる。だから殆どがこれで悩まないはずが無かった。きつい教育を常になされ、自分の力の足りなさに彼等は苦しむのだ。しかし
「………お兄ちゃんがいつも苦しんでいるんです」
確かにデルカンドには二人の子供が居たな、と頭の中で理解する。
「僕より能力が低いから…」
へぇっとブルートは思った。自分が考えていた答えと想像していたのと違っていたからだ。
「長男なのにって、僕が真似するとお兄ちゃんが怒るんだ」
「それは怖いね」
「今日だって本当は、お兄ちゃんが来るはずだったんだけど、体調を崩して僕が来ることになったんだ…」
テリーナは落ち込んだ様に俯く。それを見て、ブルートは考える仕草をして「そうだ」と声を高く上げた。
「君の悩みは解決出来るかもしれないよ」
「ほ、ほんと?」
ぱぁっと彼の表情が明るくなる。
「ただ今日はなんだから、また後日にアルヴィナルに来てくれないかな?そうだな…今日から三日したら準備も出来るから、待っているよ」
「うん」
子供とは単純で扱いやすい。まだ何を利用するべきか、しないべきか、その判断が付いていない。
そもそも来るかどうかもその日になってみないとわからなかったが、ブルートは少しほくそ笑んだ。
三日後、テリーナは約束通りアルヴィナル家にやってきた。その日は酷い雨で、ツヴェルクが一人で皇帝の暗殺を企む者達を退ける任についていた。隊長は確かアーベント家のあの頭が狂った一人娘だったはず。
一人でも大丈夫だろう。そう思った。
そしてテリーナと一緒にアルヴィナル家の地下牢に行こうとして、屋敷から出て、テリーナがブルートの後ろについてきている時だった。
「ブルート様!」
アーベント家の従者が叫びながらやってくる。そう呼ばれたのは久しいと呑気なことを考えていた。
「申し訳ございません!ツヴェルク様が、リヒト様の刃に巻き込まれてしまい…!」
「死んでいなければそれでいい」
その答えに相手は絶句する。
「それで彼の精神が不安定なのです…!どなたかアルヴィナル家から…」
「そんなものは必要ない。それだけか?ならゆくぞ」
従者の横を通り過ぎようとした。その時小さな声で「あなたは…」と言ったのが聞こえてくる。
「実の息子が怪我をしたんだ!あなたは心配ではないのか!」
「アルヴィナルの息子だ。その任務だけで、精神が乱れるなど、未熟にも程がある。そこで死んでしまうならそれまでの人間だった、と言うことだ」
「貴様ぁ!」
相手の感情が高まるあまり、腰に下げていた剣を鞘から引き抜いてブルートに向けて、振り降ろした。
彼はとっさに後ろでおどおどとしているテリーナを、いつもの癖で盾にしてしまった。そこで気が付いた。しまったと。
そしてそのまま自分の剣でその従者の首を斬った。
テリーナの方を見ると、彼は気絶をしていた。しかし彼の傷はそこまで深くはなく、ほっと溜息をつく。
仕方がない、とブルートは思った。テリーナを抱えて、屋敷へ戻る。
屋敷に入ると、フィルチェイナが不安そうな表情でこちらを見ていた。そうだった。今日は休日だったのだと心の中で舌打ちをする。
今日の彼女は執拗だった。予想外のことが起きて、腹立たしいことこの上ないのに、更に彼を苛立たせた。
「少し黙れ」
この体の妻であった彼女が亡くなった時からずっと持っていた、クエートを彼女の体に入れてしまった。
しばらくは気絶して、黙っているだろう。
大体二、三日は眠っているだろうから。
そう言えば、と彼は思い出す。まだクエートが前の体に入っていた時だ。
酷く弱った彼女の体を使って、自分を殺そうとしていたことを。
おかしいなと思った。今まで何度かクエートを他の体に入れたことがあったのに、その時は特に何も言ってはいなかった。
彼女が何か言ったのか?そう疑問に思ったが、それを振り払い奥へと進んだ。
そう、実験は成功した。
しかしその日はやけに自分の思い通りに進まない日だった。
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「あの日のことを思い出すたびに、腹立たしさが込み上げてくるよ」
無表情に、もう一本刺していく。ロウディットの悲鳴が再び響く。
「アーベント家の従者に襲われ、クエートに襲われ、最悪な一日だった。
しかし実験は成功していた。彼は見事に落ちこぼれとなったわけだ」
「やっやめろ…!」
ブルートの体を押し出そうとして、シュヴェアが彼に近づくが、避けられてしまい、彼女はそのまま床に転んでしまった。
「お前は確か異端者だったな?ただの女に何が出来ると言うんだ」
「く、くそっ!」
彼女は立ち上がり、ブルートに殴りつけようとした。しかしそれもかわされてしまう。
「邪魔だな。異端者だけど、俺の邪魔をするなら…」
その言葉でロウディットはブルートが何をしようと考えたのか予想して「やめろ!」と叫んだ。
彼は必死に立ち上がり、シュヴェアを守ろうとした。しかし彼との距離がやけに長く感じて、間に合わないと思った。
「随分余裕がないのか?」
キィンと金属が重なり合う音が響いた。シュヴェアとブルートの間にリヒトが立ち、彼女を庇った。
そして瞬時に彼女は剣を振り払い、一撃を加えようとするが、それはかわされてしまった。
「大丈夫か?」
ヒューウェイがロウディットの元に駆け寄ると、短剣を素早く体から抜く。痛みにこらえながら「なんとか」と答える。そして自分で傷を塞いだ。
ヒューウェイは床に倒れている自分の姉と、リヒトと剣を交わしている自分の兄を黙って目線で追う。
その仕草でロウディットは何かに気が付いた様に「あ」と小さな声を上げた。
「ひゅ、ヒューウェイ…ヴィルカーン様の中には…」
「知ってる。ウェイトが教えてくれた」
しかし彼は彼等を凝視しながら立ち上がる。
「お、おい…」
「もう傷はいいな?」
「あ、ああ」
「姉上を連れて、そして彼女を連れてここから行け」
「お前は…」
「俺は…後で行くから」
そう言ってヒューウェイはそこから走り去ってしまう。
ロウディットは俯いて、小さく「くそ」と言う。吐き出す様に、何度も何度も何度も「くそ」と言った。
そしてノルワールを起こし、背中におぶろうとして、彼女が唸った。
「ここ…は?」
「ノルワール様?」
そこで金属が重なり合う音が聞こえてきて彼女の意識がはっきりとしてくる。そして慌てる様にロウディットに聞く。
「ヴィル?ねぇヴィルは?ヴィルはどこ!」
「行きましょう」
「待って!ヴィルはまだここに!」
「行きましょう!」
彼女の言葉を遮り、叫んだ。彼女の体が少し震え、そして自分の足で立った。
「自分で逃げられるわ」
「こちらです。シュヴェア!」
ロウディットはシュヴェアを呼んで叫んだ。彼女は少し離れた所から急いで彼等の所に走っていく。
「逃がすか!」
ブルートは叫んで自分の持っていた短剣をロウディット達に投げつけたが、それをヒューウェイが弾き飛ばした。前に立った彼を見てブルートは舌打ちをする。
彼等をブルート以外の人が少数追いかけていく。
「自分の兄を殺せるかな?心優しいヒューウェイ君」
―ヒューウェイ聞くな。
「わかっている」
ウェイトがそう言うと、彼は冷静に答えた。
いつもサーレテスが言っていた言葉だ。
ウィアディリー家に生まれたことを誇りに思え。
我々は常に皇帝の隣に立つことが出来る存在だ。
もし皇帝に刃を向ける者が居るのであれば、我々はその者を打倒さなければならない。
それが身内であっても、それが私達の存在意義だ。
「身内にまで手をかけると言うのか!何とも歪んだ一族!」
皇帝は国民の王であり、神でもあり、そして導く存在だ。
「洗脳された一族め!」
彼が居なくなれば、代わりの者もおらず、国民は、この国は彷徨ってしまう。
「百六十年前に俺達にしたことを忘れたのか!」
私はそのことを酷く知っている。王が居ない国など存在出来ない。
「お前達は俺達を異端者と呼び、そして虐殺してきたんだ!」
確かに我々は過ちを犯した。
「それに命を賭けて守るべきものなのか?」
しかし我々は人間だ。
過ちを繰り返さないことが出来る。
「うるさい!」
キィンと金属音が響き、ブルートの持っていた剣が手から離れた。
今だ!
そう思い、ヒューウェイは剣を振り降ろす。
その瞬間
「ヒューウェイ…?」
ゾクリと背筋が凍った。
その声質は、その呼び方は、先程のブルートのとは違う。聞いただけでわかった。
「兄…上…?」
ヒューウェイの表情が酷く歪んだ。そして
「やはりな!」
隠していた短剣を取り出し、そのまま彼の腹に刺そうと、した。
しかしそれを何とか剣で弾く。
「この外道め…!」
ブルートを睨んだのはウェイトだった。ブルートは酷く歪んだ顔で、笑う。
「それが狙いでこいつにドッペル・デュールをしたのだ。ちょうどハーリッドの体も限界に近づいていたからな」
「相変わらずで吐き気がする!」
「本当に、外道ですね」
リヒトの余裕にある声が聞こえてきて二人は彼女を見てみると、周りには見張りと思われる人物達が床に倒れていた。
「この方達、全く戦い方がなっていませんね。剣を初めて持った人ばかりなのかしら。
そんな人達に剣を持たせるなんて、死ねと言っているものだわ。きっとロウディット様を追いかけた彼等も、そんな感じでしょうね」
彼女は笑いながらそう言う。それを見てブルートは鼻で笑う。
「そもそもその者達は俺達の意見に賛同してここまで来た。それも覚悟の上だろう。
それにそのことを知っていて、なお殺してしまうとは、さすがアーベント家の娘。あの噂は嘘ではなかったのか」
一拍置いてブルートは笑いながら言う。
「皇帝を暗殺する計画を立てた人物を一人残らず殺した、笑う死神」
そう言われても彼女は同じ表情でにっこりと笑ったままだった。
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テリーナは呆然としながら、屋敷の中を歩いていた。何故じっとしていたら不安のあまり気が狂いそうだったから、そもそも部屋の中はだいぶん荒らしてしまったけれど。
誰かに謝らないと、と思ったが、従者など誰も居なかった。何故だろうと思い、ゆっくりと周りを目線で追いかける。
何か騒いでいる?
遠くの方で大勢の人が騒いでいた。なんだろうと思ってそこの角を曲がろうとした、時だった。
誰かが勢いよくテリーナにぶつかってきた。
テリーナは力に負け、尻餅をついて相手を見た、その瞬間、彼は構えた。
そこには本を持ったツヴェルクが、牢に入っていたはずの彼が立っていたからだ。
「な、ぜ…?」
剣も持ってい無い、能力も無い。そんな状態で彼を止めることが出来るのだろうか?
そんな不安がよぎった時、ある人が言ったあの言葉が頭の中でよぎった。
『やはりお前に期待するのはやめよう』
父の言葉だった。
ギリィと歯が鳴る。ここで止めなければ、デルカンド家として、名が泣く。
しかし彼はテリーナに目もくれずそのまま走り去ってしまった。テリーナは「待て!」と叫び彼を追いかける。
「何故僕とは戦わない!」
問いかけても彼は黙ったままだった。
「僕に能力が無くなったからか!」
振り向かず、真っ直ぐと出口に向かっている。
「僕は!戦うことすら許されないのか!異端者になった僕は!」
そこまで言うと突然彼が回れ右をし、テリーナに襲い掛かってきた。突然のことでテリーナは構えることが出来ず、手を顔の前に出し、防御の形を取ろうとする。
ツヴェルクは顔を近づけ、そして言った。
「何を言っている?」
彼のその目はフィルと似ていた。真っ直ぐテリーナを見ていた。
「僕は…もう能力すら使えない異端者だ…
今までその言葉の意味を深く考えようともしていなかった」
テリーナもまたツヴェルクを真っ直ぐ見ていた。そして彼の目から一粒の涙がこぼれる。
「こんなに恐ろしいものなんだな。戦う力すら無くなることは…完全に無くなってしまうと言うことは…」
最後まで言えず、そのまま俯いてしまう。
「お前は戦いたいのか?」
「僕は…」
「お前は何があれば戦えるんだ?」
「剣…剣なら誰にも負けない」
涙が溢れてきた。そうか僕は、恐ろしかったんだ。恐ろしくて、恐ろしくて、仕方がなかったんだ。
「わかった」
彼が小さな声でそう言った。そしてすらりと自分の腰にかけていた剣を鞘ごとテリーナに突きつける。
「兵士から少し借りたものだ」
訳がわからなかった。何故敵が自分に剣を差し出しているのだ、と理解出来なかった。
「俺は…本当の父の願いを知らなかった。
俺は父の最期の願いを叶えなければならない。それがアルヴィナル家の、最後の願いだから」
「君は…何を言っているんだ?」
「ブルート・アルヴィナルは俺が、最後のアルヴィナルの者である俺が、滅ぼさなければならない」
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牢の中で、ツヴェルクは禁書を読んでいた。昔のことを思い出しながら。
メルシリアの当主が珍しくアルヴィナル家に来ていたことは知っていた。だから彼が屋敷の中に居たことも驚かなかった。
彼は挨拶をしたツヴェルクをまじまじと見てくる。じっと見てくるのがどこか気まずくて目線を逸らしてしまうのだが。
そして突然「そうだ」と思いついた様子で手を叩いた。大きな音だったので、ツヴェルクは肩を小さく震わせる。そんな様子を見てハーリッドは苦笑いをして「すまない」と謝った。
「君にね、肌身離さず持っていて欲しい物があるんだ」
そう言って取り出したのは、小さな書籍だった。ハーリッドが持つと片手程の大きさだったのだが、ツヴェルクが持つと、両手程の大きさだった。
「これはなんですか?」
「君の父上の大切な物なんだって」
「父上の…?」
少し驚いた表情で彼を見ると、ハーリッドはにっこりと笑う。
「そう。君の父上はそれを隠しておいて欲しいと私に頼んできたんだ。それを君に託そうと思う
決して君の父上がどこにあると聞いても答えてはいけないよ」
「どうして?」
「君の父上がそう言っていたんだ。そしてその方がアルヴィナル家の為になると思うんだ。ただの勘なんだけれどもね」
「よくわからない」
「そうだね。けれど君ならずっと持っていてくれると信じているよ。ツヴェルク君」
ツヴェルクは黙ってそれを受け取る。
「大切に持っていてくれ」
「わかりました」
そう言うと満足そうにハーリッドは頷いた。
そしてそのままずっと言われたとおりに肌身離さず持っていた。我ながら滑稽な話だと鼻で笑う。
けれど初めてだった。信じているよと優しく言ってくれたのは。だからだったのだろう。今まで黙って持っていた理由は。
「なるほどな…」
ポツリと独り言を呟く。直接的な表現をしておらず、おそらくブルートだけがわかる様にややこしい書き方をしていたが、何が書かれていたのかは大体理解出来た。
それはドッペル・デュールの解き方。
しかしその方法では精神体も大きく破損をしてしまう様だった。
更に読み解いていくと、その方法も書かれていたが、途中で放棄してしまった様子だった。ツヴェルクはその先を考えて、書く物を探す。しかし牢の中では何もなかったので、立っていた見張りの兵士に頼んだ。
彼は少し不可解な表情をしたが、頭を下げると渋々持ってきてくれた。
しばらく手を口に当てながら考えていると「そうか」と思いついた様にペンが走った。
そこの紙には一つの紋章が完成した。少し満足した表情をして、ふと疑問に思った。
―何故ブルートはこれを自分から隠したがっていたのだろうか?
不可解に思いながらページをめくると、最後のページにはこう書かれていた。
『ハーリッドへ
出来ることなら、早々と私を殺して欲しい。
ブルート・アルヴィナルは死ぬべきだ。
アルヴィナル家は無くなるべきだ』
走り書きの様な、読みにくい字だった。
そして最後にはこうサインされていたのだった。
『ナメンロス・アルヴィナル』
「なんだ…これは…?」
ツヴェルクはそう呟くしか出来なかった。




