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未来編1

(11.02.20~14.04.29)

書き直し:16.07.09

ある日、突然呼び出された。かつての友に。

彼は当主になってから自分と関わりを持たなくなった。自分だけでなく、他の貴族とも、関わりを持たなくなった。

心配して何度も彼の所に訪れたのだが、全く会ってくれなかった。

豹変してしまった。と言う言葉が最もぴったりだった。彼の身に何が起きたのか想像もつかなかった。

最近は妻を亡くした、と聞いた。

聞いただけだった。ウィアディリー家の従者が伝えてくれたのだ。

葬式に参加したかった。

できれば彼の傍に行きたかった。

しかしそれも許されはしなかったのだ。必要ないと一蹴されたのだ。

そんな彼が突然自分を呼び出した。その知らせを従者から聞いて、直ぐに羽織を着て部屋から出て行った。

足が自然に早く動く。

天気のいい、涼しい季節で、羽織物が必要なぐらいで、その為に着たのだが、焦りのせいでそれは必要ない程の暑くなった。

何の話だろう。こんなことは本当に久々だ。そう思うと心が躍った。

彼の屋敷の前にある坂が少し長く感じた。

しかし門の前に立つとそこに違和感があった。

そこには門番が居なかったのだ。本来貴族は門番を最低二人は置く。自分の所でも置いている。

それに、友は研究者でもある。外に出てしまっては困る事柄も多いだろうに。

しかし友の屋敷には兵が居なかった。

少し不審に思ったが、彼はその門を開けて、そのまま屋敷の中に入って行った。自由に出入りして良い、と言われていたのだ。

もちろん昔はよくこの屋敷に来ていたので、屋敷内のことはわかっていた。

屋敷の中は酷く静かだった。

不安になる程の静けさで、本当にここに人が住んでいるのか、疑問に思うぐらい。

彼には娘と、息子が居たはずだ。最初会った時、彼女等の可愛さに少し驚いた。

彼は当主になる前に、子供を授かっていた。だから彼女等を知っているのだ。

自分にも息子が居るのだが、あいつは駄目だなと冗談を言ってしまうぐらい、そして彼女等は仲が良かった。

良かったのだが…

「ここ、だよな…」

自分が音を立てないと少し不安になり、独り言を言い、ノックをした。

本当にこんな所に彼は居るのだろうか?

頭の中はそんな疑問でいっぱいだった。しかし中から返事が聞こえてきた。

少し安堵して、勢いよくドアを開ける。

「久々…だね」

彼は椅子に座って、自分に背を向けていた。天気のいい日差しが部屋を包んでいた。

懐かしい。昔よくこの部屋で本を読んで感想を言い合った。彼は知識が豊富で、自分も尊敬していた程だった。そして負けずと自分も本を読んだものだった。

政治、経済、科学、宗教、そして歴史。特に自分達の家の創立については勉強してきた。

共にどんな政治が良いのか言い争いもした。

懐かしい。

本当に懐かしかった。

「本当に、最近は音沙汰がなかったから…」

「うん…突然で悪いんだけど、もう時間が無い。君に渡したい物があって、いいや隠して欲しい物があって、急に呼んだんだ」

「隠して欲しい物?」

「うん…協力してくれるかい?ハーリッド」

力無く、言った彼は椅子に座ったまま振り返った。

その顔は昔とは大きく違ってやつれていた。


--------------------------------------------------


「長い、話になってしまったね」

サーレテスは静かに言った。誰も口を開かずに黙ったまま、その場から動かなかった。「これが百六十年前のロイヒテン・ウィアディリーの記憶。そしてナーザイナがシュトラール・ウィーアリーの記憶を持っていて、今回の事件の原因でもある」

「何故…今までこんな事件が起こらなかったのでしょうか?」

ノルワールが口を開く。

彼女の質問にサーレテスは微笑んで言う。

「それはね。私が二人の記憶をずっと保持してきたから、今までこんなことにはならなかった。

ただ、今までの彼の記憶を引き継いできた人間の記憶は引き継がれないみたいなんだ。ただ私の記憶にあるのはロイヒンテン・ウィアディリーだけ」

「二人の…記憶を同時に…」

「今までのウィアディリー家の当主は、相当苦しんできたと思うよ。なんせ、シュトラールの記憶も毎日、毎晩酷い時は、起きてる時でさえ、百六十年前のあの残酷な記憶がずっと頭の中に繰り返し、流れるのだから。

今の自分がサーレテスなのか、ロイヒテンなのか、どちらなのかわからなくなる時がある」

「では父上はどうやって今までの当主がロイヒテン、シュトラールの記憶を持っていたと知っておられるのですか?」

ヴィルカーンが静かな声で問うとサーレテスは静かに懐から小さな本を取り出した。

その本は少し古く、痛んでいた。それを優しく開く。

「国歴四十一年、もう限界だ。何かをしていないと頭が狂いそうになる。

誰にも相談なんて出来ない。ウィアディリー家の当主が皇帝を憎しみでしか見れない、この思考は誰に相談出来ようか」

それを聞いた途端、ヒューウェイの体がピクンと動いた。

「ここから始まっているこの日記。これは当時ウィアディリー家の当主の日記だ。

この中身は先程話した通りの記憶が書かれている。

もちろんシュトラールのこともね。そんな日記を私は何冊か持っている。それを読んで思ったんだ。

この記憶は代々ウィアディリー家の当主が引き継いできたって。そして自分だけが異質だってこともね」

「異質?」

「私にはシュトラールの記憶が無いこと。そしてナーザイナはその時ウィアディリーから出て行っていた。

そこで私は気が付いたんだ。彼はシュトラールの記憶に縛られているのだと。

だからあんな行動をしているのだと」

「サーレテス」

静かに、しかし辛そうな声が聞こえてきて、その部屋に居る全員がヒューウェイの方を見ると、彼は椅子に深く座り、顔には汗がにじみ出ていた。

「その記憶、どこまで覚えているんだ?」

「私の記憶は…シュネーに刺される所まで、あの痛み、そして体が冷えていく所まで、しっかりと覚えているよ」

「シュトラールの記憶を持っていた者はどこまで記憶しているか、その日記に書かれているのか?」

「ああ、確か…猛烈な痛みがあったみたいだ。全員それを中心的に書かれている」

それを聞いて、ウェイトは黙り込んでしまった。

「それよりも、まだ体が辛いんじゃないのかい?ウェイト。

酷い汗だよ」

サーレテスが手を伸ばすと、ウェイトは力無く、その手をのける。

「いや、昔のことを思い出したからだ…ドッペル・デュールは関係ない」

そう関係ない。

ウェイトにはわかっていた。最初彼をドッペル・デュールした体は、死にかけのシュトラールだったのだと。

あの痛みをもしシュトラールが覚えていたらと思うと、ウェイトの表情は暗くなった。

「私がもっと早くに気が付いていればよかったのだがな」

サーレテスは苦笑いをしながら、パタンと音を立てて日記を閉じた。

全員が再び口を閉ざしてしまった。

誰もその言葉が出なかった。

「けどそれは許されることじゃないです父上」

ウェイトかと思った。しかしその目はしっかりと前を見ていて、どこか、何かを睨んでいる表情だった。

彼はヒューウェイだった。

「いくら人生に残酷なことがあっても、それでもきちんと生きている人々なんて大勢存在している。

その過去があるから、罪人になるか、善人になるかなんて、結局その人次第です。

記憶に操られているんじゃない。記憶を理由に、自分の生きる価値を探したいだけなんですよ」

それを聞いてサーレテスは苦笑いをして、小さなため息をつく。

「お前はいつも厳しいな。まるで昔の私の様だ」

「……やることは決まっています。父上」

ヒューウェイは睨んで、そしてはっきりと言った。

「罪には罰を」


------------------------------------------


「もっと力を…」

声が聞こえてきて、目を開けた。

知らない声だった。聞いたことが無い、女性の声だった。彼女のその声は絞り出す様な、憎しみを込めた様な、そんな声だった。

「力が無かったから…」

女性の声は続く。

「私は全てを失った。

当主の地位も、自分の部下も、自分の生き方さえ。

力さえあれば、女性の私でも全てを失わずに済んだ。

だから力を求めた。

力を求めて何が悪い?

自分を守る為の力が必要だった。だから異端者を殺した。私達の力を脅かす物は、全て抹殺しなければならない」

ゆっくりと立ち上がって、その女性の声がする方向へ自然と足が運んだ。

「何故自分を守ってはいけない?

私が私を守らなければ、誰が私を守ってくれるんだ?」

「けれど、あなたは他人を守らなかったのでしょう?」

テリーナの口が自然と開く。彼の目の前には体を床に丸めている女性が居た。

「他人を守る力など必要ない。ただ自分達の、アーベント家の力が守られれば、それで充分だ。

他人など要らない。いつ私を裏切るのかわからないから。

他人など要らない。他人は私を力が無い者として見るから。

他人など要らない。人は愚かで、何度も同じことを繰り返すから。

他人など…」

「けれど僕達は一人で生きられない…」

「そんなことは無い。私は一人でも生きられる!」

「いいえ、そんなことは、無いです。

他人は自分を映す鏡。他人すら大切にしないのは自分を大切にしていない、自分など要らないと言っている様なものです」

「違う!私は!他人の力無しで生きられるんだ!」

女性が顔を上げて、テリーナの目を見ながら叫んだ。一拍置いて、その彼女の暗い目を見て、テリーナは質問を投げかける。

「なら、あなたは今幸せなのですか?」

「力無い者にそんなことを言われる必要は無い。

お前など、力を無くして当然の人間だ!

力を奪われ、それに気が付かず、父に、兄に罵倒され、メルシリアの従者になり、それがお前にお似合いの生き方だ!」

彼女は嘲笑う様な表情で叫んだ。それを見て苦笑いをする。

「確かに、僕にとってそれが幸せでしょうね」

「貴様っ!この!デルカンドの恥が!」


「目が覚めたか?」

声をかけられるまで、自分が目を開けていることに気が付かなかった。その問いかけに戸惑いながら「は、はい」と答える。

「体は動かせそうか?」

そう聞かれ、手を動かそうとしたが、全く動かなかった。

そしてテリーナの顔を覗き込む、サーレテスの顔が見えて、少し動揺する。

「意識もあって、何故体が動かせないのだろう?」

「……………」

彼が話しかけている相手は少し考える様に黙り、そしてテリーナの上にあった布団を勢い良く剥がした。

その時ヒューウェイの顔が見えて、更に動揺する。

「な、何をするのですか…?」

「乱暴はいけないよ。ウェイト」

「え?」

サーレテスの言葉を無視して、テリーナの服をめくる。そこにあった物を見て、サーレテスは絶句をした。そこにはおぞましい程の怪我の跡が残っていた。

「ま、まさか…」

「テリーナ。お前、いつからソーサリーの能力が減退した?」

確かにその口調はウェイトそのものだった。しかしテリーナには何が起こっているのか、理解出来ずに「え?」と聞き返すことしか出来ない。そんな彼の様子を見て、サーレテスは苦笑いをしながら「ドッペル・デュールをしたんだ」と簡単に説明して、混乱する頭をなんとか理解させた。

「いや減退と言っても、物心ついた時からソーサリーの能力は低くて、父からも兄からも冷たい目で見られていました」

「もしこれがベルジゲルだったら、おかしい。ベルジゲルはすぐに能力が使えなくなるはずで、俺がこの紋章を崩したはずだ。なのにこれは…」

「でもこれは…」

「ヴィルカーンとノルワールには早急にアルヴィナルの禁書を持って帰ってもらわないといけなくなったな」

「あの…禁書とは…?」

「アルヴィナルの創始者、ブルートが研究してきた書籍のことだ。

最近になって禁書扱いになった、んだよな?サーレテス」

「そうだよ。アルヴィナルの術は危ない物が多いし、今の時代には必要のない物だから、私が禁書として指定したよ。今じゃ読めるのはアルヴィナル家だけ…所持しているのもアルヴィナル家だけだ」

「それをお二方が取りに行かれた、と?」

「あるとすれば、アルヴィナル家だ。ブルートはそんな大切な物を持ち歩くとは思えないし、なんせあいつの全てだから…」

「あの…ロウディット様は?」

「ああ、ロウディットは無事だよ。フィルが死んで少し落ち込んでいた様だけど、多分、大丈夫だ」

その自信の無い言葉にテリーナは苦笑いをする。

「前とは違って、少し自信が無いようですね?」

「人の気持ちなんて、わかるものじゃないさ」

そう苦笑いをしていた、その瞬間、ヒュッと息が詰まる音がした。

異変にすぐに気が付いたのは、ウェイトだった。彼がテリーナの肩を掴みながら「どうした?」と聞いても、彼は口をぱくぱくさせるだけで、何も答えない。

焦った彼の声が響く。

「一体お前は何をしたいんだ…!ブルート!」

ウェイトが叫んでいる中で、一人だけ、屋敷の外で笑った人物が、居た。


---------------------------------------


「誰も居ないわ。ヴィル」

ノルワールは静かな声で言う。二人はアルヴィナルの屋敷の門の前に立っていた。

「昔はまだ賑わいがあったと思うのだがな。誰も居なくなるとは」

そして人間が居なくなった屋敷は外に居てもこんなにも不気味なものだ、とヴィルカーンは思っていた。

「フィルチェイナ様もツヴェルク様も、この屋敷には戻らなかった様だから…

当主がお亡くなりになって、彼女はメルシリアに、そして彼は叔父上の所に…」

そして当時から使用人は見かけなかった。こんな広い屋敷に家族だけ、と言うものはあまりにも広過ぎではないのだろうか、ヴィルカーンは「寂しい家族だ」と呟いた。

「アルヴィナルは、元から家族と言う概念が無さそうな貴族でしたから」

ノルワールは昔のフィルを思い出しながら、目を細めて言う。

しかし他の貴族でも親子同士が仲が良いのはなかなかあるものではない。デルカンドも仲は良くなかったと見える。

その記憶を辿っている時、ふとアルヴィナルの当主と、テリーナが一緒に居たことを思い出す。

何故、あの時彼等は一緒に居たのだろう?そう考えているとヴィルカーンが「早く行くぞ」と声をかけてきた。我に返り、返事をする。

玄関の鍵をヴィルカーンが開ける。

アルヴィナルの屋敷の管理はウィアディリー家が持っている。

彼等が居なくなった時、サーレテスは「戻って来るまで私が管理をするよ」と言っていた。しかし屋敷はうっすらと埃がたまっている。

薄暗く長い廊下はやけに静かだった。光の反射でうっすらと埃が飛んでいるのが見える。

「ヴィル」

ノルワールは何かに気が付いた様子で先を歩いていたヴィルカーンを呼び止める。

「どうした?」

「誰かが、来た形跡がある」

絨毯の埃にうっすらだが足跡が見えた。それは奥に続く物と、奥から戻って来る足跡だった。よく見ないとわからない程の物だった。

「もしかして禁書目当てで?」

そう思い、二人の歩調が早くなる。

部屋のドアを一枚ずつ開けていく。アルヴィナル家の屋敷はウィアディリー家と違って部屋の数が少ない。その代わり一部屋一部屋が広いのだ。

書斎と思われる所を見つけると、二人で勢い良く本の中身を見ていく。

禁書らしき物が無いか、テリーナの症状について、何か書かれた物が無いのか、必死に探していく。

部屋の中は二人が紙をめくっていく音しかしなかった。

ペラペラペラと、ページが痛むのも気にせず、本を開いては閉じていく。

「こ、これか?」

ヴィルカーンが疲れた声を出す。

ノルワールが彼の手元の本を覗き込むと、そこにはベルジゲルについて書かれていた。

「他に無いかもう少し探してみる必要があるわね」

そう言った瞬間、ドアが少し動いたのに気が付いた。

「誰?」

ノルワールが少し驚いた声を出すと、相手は声を出して笑った。

「ここに人が立っていることにも気がつかないなんて、ウィアディリーも落ちたものね」

口調は女性らしきものだったが、声は幼い男の子だった。それが酷く違和感があった。しかしドアの後ろに居るせいか、その正体はわからない。

「ソーサリーで周りの状況は把握していたはず?けれどどうしてこの私の存在を探知することが出来なかったのか?疑問?

そうね。疑問に思うのも仕方がないと思うわ。普通敵側の陣地に行く時は色々気を付けないといけないはずなのに、警戒もせずにここまで来たものね。

そんなに焦ることでもあるのかしら?」

「こそこそ隠れずに姿を現したらどうだ」

ヴィルカーンは強い口調で言うと、相手は再び笑い声を上げた。

「そうね。じゃあお望み通り」

その瞬間、ドアが爆発して、飛んできたドアが二人を襲った。爆風を直撃に受けてしまい、二人は動くことが出来なかった。そして相手は風を使って、二人の動きを止めた。

「私もここに入るとツオバーを使うことが出来なくなるから、ここから失礼するわ。ウィアディリー家のお二方」

ドアが無くなり、ようやく相手の姿を見ることが出来た。ノルワールはあの衝撃で、気を失っており見ることが出来なかったが、ヴィルカーンはその相手の姿を見て、絶句するしかなかった。

「拘束されて、ベルジゲルの紋章が書かれた部屋で能力も使えなくて、何も出来ないでしょう?

全く滑稽なお姿だこと」

その姿は知っている人物だった。しかし口調と言動はヴィルカーンが記憶しているのと全く違っていた。

「そうか…」

彼は一つの考えに辿り着いた。

「遂に自分達の子供にまで手を出したのか…!」

彼から発せられる声は、低い、軽蔑を持った、そんな声だった。

「我々が反映すれば、この子の為になるのです。あなたなんかに理解されてたまるものですか」

ギリィとヴィルカーンの歯が鳴る。

「自分達の子供にドッペル・デュールをするなど…この外道が!」


---------------------------------------


ロウディットは部屋のベットで寝転んでいた。天井をぼうっと見つめていた。小さな頭痛に気が付きながら。

サーレテスから、ウェイトから百六十年前の話しを聞いた辺りから、少し頭痛がしているのだ。

当時のメルシリア家とは関係ない、関係なはずだと自分に言い聞かせる。

「なんで…国民から嫌われる道を選んだんだ…?」

その答えは誰も答えてくれない。部屋の中でロウディットの声が響いては、消えた。

「俺は…また守れなかった…」

フィルを。そしてシュヴェアも。

どうすればいいのだろう。そう思った。ウェイトもサーレテスもヒューウェイだって、やることは決まっていると決心している様子だった。

しかし自分はどうなんだろう?

本当に自分は英雄と呼ばれてもいい存在なのだろうか?

だって国民から忌み嫌われた、メルシリアの子孫なのだ。

それに、自分が守りたいと思っていた、大切と思っていた人達は、決して守れていない。

「俺は、何がしたいんだ…?」

そんな時、違和感のある気配を感じ、勢い良く起き上がった。そしてベットから降り、窓に近づく。

そこから見えたのは、意外な人物だった。

乱暴に窓を開け、顔を出すと、相手は顔を上げた。そしてロウディットに微笑んだ。

その表情を見て、ロウディットは何も言うことが出来なかった。じっと相手を見ていると、彼は口を開いた。

「少し話をしないか?」

その言葉がロウディットを動かした。窓枠に足をかけ、そして飛び降りた。着地する前に風をおこし、足を痛めない様に地面に着地する。

「何で…」

ロウディットの表情は、どこか不安げで、そして安心した様な表情で、しかし眉は目尻に向けて垂れ下がって、眉間には皺が寄っていた。

しかし相手はそれを気にせずに「久々だな」と微笑みながら質問する。彼は戸惑いながらも答える。

「元気にしていたか?」

「元気…だけど…でもどうして…なんで…」

「どうやら私の体には飽きた様だけれども、けど私には時間が無いし、それにお前と交渉に来たんだ」

「ど、どう言う意味だよ…」

しかしそれに何も答えない。その沈黙が耐えられなくて、ロウディットは力いっぱい叫んだ。

「親父!」


------------------------------------------


「ロウディットが屋敷から出た?」

テリーナが苦しんでいる中、ウェイトがぽそりと言う。サーレテスが聞き返す。

「しかも窓から…どういうこと…」

そこまで言ってウェイトはあることに気が付いた。

何故あいつがロウディットと居るんだ?

「サーレテス!俺はロウディットの様子を見てくる!」

そう言って勢いよく部屋から出て行った。

乱暴にしまったドアを見て、サーレテスは頭をかいて「自分の息子の顔で呼び捨てにされるのは、少し複雑な気分になるな」と独り言を言った。

ウェイトは長い廊下を全力疾走した。度々ウィアディリー家に仕えている従者にぶつかりそうになるが、彼は前へ前へ、早く体が動く様に。全身に力が入っていた。

ありえない。

彼の頭の中はそればかりが渦巻いていた。

可能性など無かった。無かったのに、これはなんだ?

彼の中に不安しか渦巻かなかった。今まではそんな感情殆どなかったのに。

百六十年間、様々な人間の体に入れられた。そうすると知識はみるみるついていく。

そうすればこの問題に対して、この様に行動すればいい、と自分の中でルールが出来て、そして殆どの不安が無くなった、もう自分には不安など無いと、思っていた。しかしそれはあまりにも自意識過剰だった。

そう考えている内に玄関にまで到達した。

ドアに手を当て、深呼吸する。

ドアの向こうに何が居るのか、それを探知しながら。しかし何度探知しても、結果は同じだった。

意を決し、ドアをゆっくりと開けた。

ロウディットはまだウェイトに気が付いていない様子だったが、こちらを向いていたハーリッドはウェイトに気が付いた様子で「やぁ」と手を上げる。

その様子を見て、なお気味が悪い。

ウェイトは低い声でこう問いかけるしかなかった。

「お前は、何者だ」

ブルートの気配がない。いいやそもそもドッペル・デュールをしている者の気配ではない。

普通の人間だった。

震える声を抑えながら、力強く言う。

「ドッペル・デュールされた人間は、精神体をその体から出すことなど、出来ないはず。

なのに、お前からはブルートの気配…いいやドッペル・デュールをしていた気配すら感じられない。

お前は…なんなんだ…」

相手は笑ったままウェイトの質問に答える。

「私にもよくわからないけれど、もう必要無くなった、と言うことかな」

「どういうことだ?」

「残念だけどウェイト、それを話すには時間が足りないんだ。もう私自体、時間が無い」

ウェイトは眉間に皺を寄せて、口を開こうとしたが、その言葉の意図を瞬時に理解した。

そしてハーリッドはロウディットに近づき、彼の頭を軽く叩く。

「君達はこの薬が必要なのだろう?」

そう言ってハーリッドはウェイトに見せる様に、瓶を彼の目の位置まで上げた。

「なんだそれは」

「アルヴィナルは、ずっと能力をある者を異端者にする技術を持っていた。

しかしそれを使ってしまうと、どうしてもその対象者が、その紋章によって焼き死んでしまう。と言うか体温が上がって、死に至ってしまうんだ。実際には焼死じゃないのだけれども。

それを止めるのがこの薬。

その体が熱くなる反応を止める薬だって」

「お前の言葉が本当に信じられるとでも?」

「信じても信じなくても、君の勝手だ」

ハーリッドは地面にその瓶を置いて、ロウディットの腕を強く掴んだ。

「けれど、その薬と交換で、ロウディットを連れて行くよ」

一瞬にして強風がふき、彼等の体が浮かんだ。ウェイトはとっさにソーサリーを使い、風を無効化しようとしたが、それは間に合わなかった。

「くそっ!」

ハーリッドは何を考えているのだ?

そして最後に見たあの表情。そして口の動き。

『すまないな』

ウェイトは地面に置かれた瓶を手に取り、テリーナが居る部屋まで再び走った。


---------------------------------------


泣き声が聞こえてくる。そうこの声は幼い時の自分の声だ。

そして近寄ってくるのは…

「父上がまた厳しかったんだって?」

その問いかけも、泣きすぎて過呼吸になっている自分は答えることが出来なかった。

相手は小さなため息をついて、自分の頭を撫でる。

「いつまで泣いてても強くはなれないよ」

自分は「わかっています」としゃっくりをしながらなんとか答える。

そしてしばらく相手は黙ったまま自分の頭を撫でていた。そうされていると、呼吸が整ってきた。

「今日はどうしたの?」

ようやく相手の口が開かれる。

「今日は…剣術のけいこを、していました」

「確かに父上から教わる剣術は厳しいからなぁ…」

相手は苦笑いしながら言う。

「かえしが、うまくできなかったから…」

「父上の返しをうまく出来るまでに私もそうとう時間がかかったなぁ…それで何回もされて、そんなに怪我をしたのか」

「はい…」

「早く治療しなくちゃ。母上に治してもらいなよ」

「……」

「さすがに私じゃ治せないよ?一緒に行こうか?」

「はい…………………………」


「………………姉上」

目を覚ますとそこは薄暗い牢の中だった。

自分が発した言葉は寝言だと気が付いて、そしてゆっくりと起き上がった。

体を見てみるとあるはずの傷が全て塞がっていた。

痛みはまだ少し残っていた。まだ捕まってからそこまで時間が経っていないことを示していた。

立ち上がり、周りを見渡す。

地下を掘って、そこに鉄の棒を地面と天井に突き刺し、牢獄を作った様な、そんな作りだった。

ここから逃げ出そうと思わなかった。そもそも体が動かなかった。

酷く無気力な、そんな状態だった。

久々に会った姉上はもう別人の様で、変わった姉上に絶対勝てると思った。

しかし自分は負けてしまった。そして姉上は死んでしまった。

ナーザイナ達はその後、どうやら自分達だけで逃げて行った様で、ツヴェルクはそのまま捕まってしまった。

結局自分は、捨て駒だった、と言う訳だ。

暗い牢屋の中で、昔のことを思い出していた。

そうあれは、ナーザイナと初めて出会った時のことだった。

彼は微笑みながら幼い自分に話しかけた。

「君がアルヴィナルの…ブルートから話は聞いているよ」

ブルートと言う名前は自分の父親の名前だとわかっていた。そう、屋敷から戻ると、自分の父親は誰かに殺されたのだった。

死体を一番に見つけたハーリッド・メルシリアが、自分にこう言ったのだ。

「ブルートが、ナーザイナの、ウィアディリーのナーザイナの所に行きなさいと、言っていたよ」

自分の父親と全く同じ表情で、彼は言った。

どうすればいいのか全くわからなかった彼にとって、その言葉の言う通りにするしかなかった。

そしてナーザイナの所へ行くと、すぐに案内され、彼本人に会うことが出来たのだ。

「君のお父さんは本当に残念だった。しかし更に残念なことがある」

一拍置いて、ナーザイナは言った。

「君の大切なお父さんを殺したのは、君のお姉さんだ」

その言葉がずっと理解出来なかった。

何故姉上が父上を殺さなければならなかったのだろうか?

フィルチェイナの居場所を聞いても、ナーザイナはわからないと言うだけだった。そして彼はナーザイナの子供と一緒に国外に連れられた。

そこには能力が使えない異端者も一緒だった。そして酷く冷たい所だった。

様々なことを教わった。ツヴェルクの父親よりかは厳しくなかった。けれども彼等はどこか心にぽっかりと穴が開いた様な、そんな組織だった。自分のことしか目が向けられていない、そこで人間と言う生き物を知った。自分の姉が異質だったことを知った。

だからツヴェルクは心を殺して、ナーザイナについて行った。彼について行かなければ、自分の居場所は無いのだ。ここから抜け出すのは、自分を殺してしまうのと同じだと思っていた。

どうせ自分には何もない。ただ生きるしかない存在だ。

そう思っていた時だった、フィルチェイナを見かけたのは。

驚きのあまり、声をかけられなかった。相手も気が付いていない様子で、すぐに姿を消してしまった。

見間違いだ。自分にそう言い聞かせた。何も希望を持ってはいけない。持ってしまっては絶望するだけなのだ。しかし彼の心のどこかで、期待をしていた。

そして自国に帰る時、フィルチェイナの存在を知った。その時確信を持ったのだ。やはり間違えではなかったのだ、と。そして彼女に近づきたかった。しかしそれは許されなかった。自分がどの立場に居るか理解していたからだ。

だから彼は決めたのだ。勝った方が正義だと。

そしてフィルチェイナに勝って欲しいと、そう思っていた。

そのことをナーザイナは知っていたのかいなかったのかは、定かではないが、こうして放置されている。

ツヴェルクは全てに捨てられたのだと、そう感じていた。

「俺は…生きている価値なんて…」

「そっちの状況はどうだ?」

「いいや、まだ何もわかっていない…」

外がやけに騒がしく、格子に手をかけて外の様子を伺おうとした。

兵士二人が落ち着かない様子で話していた。

「おかしい…お二人が出てからもう三日は経つ…アルヴィナル家で何かあったのか…」

「サーレテス様も何も仰っていなかったんだ」

「けれど、落ち着かない様子だったような…」

「俺達が口を出すことではない…黙って指示を待っていればいい…だろう」

「アルヴィナル家…」

そう言えば、と脳裏で記憶が疼いた。

昔、ある人物から受け取った、書物を自分の懐から取り出す。

手に収まる程の、小さい書籍だった。そこには手書きでびっしりと文字が書かれている。

『大切に持っていてくれ』

彼はにっこりと微笑んで渡してきた禁書だった。それ以来数回は開いたことがあるが、軽く読んだだけだったので、実際は何が書いてあるのかは詳しくは知らなかった。

暇つぶしになるだろう。そう思い一ページ目を開いた。


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