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地図とコンビニスイーツ

 ミワが出掛けた後、コンビニで買って来たつまみで缶ビールを飲みながらテレビを見ていた。

 本来の主が居ない部屋でひとりくつろいで居るのは、なんとなく居心地が良くない。部屋中にミワの気配が充満しているからだろう。

 ここにひとりで居ると、ミワの事と妻との思い出が交錯する。


 もしも、ミワと長い間生活をしたら、やはり妻の様になってしまうのだろうか? 妻に不満が有る訳では無い。夫婦が長年連れ添って居れば、若い頃のラブラブ感が無くなって来るのは仕方ないことだ。

 新婚当時は何かと触れ合っていたが、最近では手を握った記憶さえ遠い昔のことだ。

 ミワとの付き合いも長くなれば、行ってらっしゃいの儀式もいつの間にか無くなるのだろうか? ミワを抱きしめた時の、あの何とも言えない感触も感じなくなるのだろうか?

 ひとりで居る時の思考は、ほとんどの場合、悪い方向へと進むものだ。


 成り行きとはいえ、現状を考えるとしばらくは木更津に居る事になるだろう。全く土地勘が無いのは不便だ。ミワの部屋からだと、スナックCPの方向すらわからない。

 できれば本屋で木更津の地図を買いたいと思ったが、この時間に開いている本屋が有るのだろうか? そもそも、本屋がどこに有るのかもわからない。

 とりあえずコンビニに置いて有る程度の地図でも無いよりはましだと思い、コンビニまで地図を買いに行く事にした。


 電気を消し、ミワに渡されたスペアキーで玄関の鍵を締めてコンビニへと出掛けた。

 私はコンビニをあなどっていた様だ。コンビニの地図は予想以上に充実していた。日本中の地図と言う訳にはいかないが、千葉県の地図に関しては充分揃っている。

 私は地図の品定めをしたあと、雑誌の立ち読みをした。まだ時間はたっぷりと有るつもりだったが、ふと気付くと、そろそろミワが帰って来る時間になっていた。

 ミワが帰って来る時間までに帰って居ないとミワが心配するだろう。急いで地図を持ってレジに向かった。

 レジまでの途中で、スイーツコーナーに目が止まった。最近のコンビニはスイーツも充実している。私は立ち止まり、ミワがスイーツを食べている姿を想像していた。

 まるで小動物の様な瞳を輝かせながら、スイーツを頬張る。そして『美味しい!』と言いながら私に可愛らしい笑顔を向ける。その想像があまりにも可愛かったので、実際に見てみたくなった。

 地図とコンビニスイーツの会計を済ませ、急いでミワの部屋に戻った。


 部屋の前に着いた時、異変に気付いた。鍵を締めて出掛けたはずなのに、玄関のドアが僅かに開いている。ミワが帰って来ているのかと思ったが、それならばなぜドアが開いているのだろうか?

 私の脳はまず泥棒の可能性を指摘した。しかし、私が同居し始めた今日、タイミングを合わせたかのように泥棒が入るものだろうか? それに鍵は確実に締めて出たはずだ。夜中とはいえ、隣室に人の居る時間帯に鍵を壊してまで侵入する泥棒が居るのだろうか?

 私の脳が次に提示したのは、例の怖いお兄さんのケースだった。

 怖いお兄さんがミワの部屋で寝ている私に向かって、『お前、ここで何をしているんだ!』とか言って脅すやつだ。それならば夜中に訪れる可能性も無くは無いだろう。

 しばらく様子を見るという選択肢も有ったが、もしもミワが危険な状況になっていたらと思うとそれは出来なかった。

 私は音をたてない様に慎重にドアを開けた。消して出たはずの部屋の電気が点いている。しかし、部屋の中には人の気配は無い。


 ゆっくりと部屋に入ろうとした時だった。突然誰かが後ろから抱きついて来た。心臓が止まるかと思うほど驚いた。

 しかし、その何者かがミワで有ることはすぐに判った。

 振り向くと、目に涙をいっぱい貯めたミワが私を見つめていた。

「どうした! 何か有ったのか?」

 ミワは、私の胸に顔を押し付けながら言った。

「ハジメさんが居なくなっちゃったかと思ったの。ミワを置いて、どっかに行っちゃったかと思ったの……」

「大丈夫だよ。居なくなったりしないから。ちょっとコンビニまで行って来ただけだから、ごめんね。ほら、コンビニのだけど、ケーキを買って来たから、一緒に食べよう」

 ミワの肩を抱くようにリビングに連れて行き、ソファーに座らせた。

 ミワは俯いたまま力無く座っている。私はキッチンで紅茶を入れてリビングに戻った。

 昨夜からの短い付き合いで、ここまで不安がり取り乱すミワの気持ちを理解する事は難しかった。

 私とミワが知り合ってから、まだ三十時間も経っていないのだ。


「ミワはチーズケーキとベリーのケーキ、どっちが良いかな? まだミワの好きなものを聞いて無かったからね。何を買ったら良いか迷っちゃったよ」

 まだ涙の収まりきれない目でケーキを見比べていた。

「ベリー」

 そう言ってラズベリーやブルーベリーの乗ったケーキを指差した。その仕草の可愛らしさに感動しながら、ミワの前にベリーのケーキを置いた。

 ミワはケーキを一口食べるごとに、少しずつ落ち着きを取り戻している様だった。私はコンビニで想像したよりもずっと可愛い『ミワがケーキを食べる姿』を眺めていた。

 ミワに心配を掛けてしまったが、ケーキを買ってきたのは間違いでは無かったようだ。


「ハジメさん、ケーキを買いにわざわざコンビニまで行ったのですか? そんなにケーキが好きなのですか?」

「いやいや、ケーキを買いに行った訳じゃ無いんだ。この街の土地勘が全く無いからね。少し調べようと思って地図を買いに行ったんだ。ここからだと、スナックCPの方向すらわからないからね。わかるのは、コンビニとファミレスとラブホの場所だけだから……」

「ミワとハジメさんの思い出の場所ね」

 やっとミワに笑顔が戻って来た。私は、この笑顔をいつまでも見ていたいと思っている事に驚いた。私は今、自殺旅行の最中なのに……。


「地図は買って来たのですか?」

「買ったよ。ほら」

 コンビニで買ってきた地図をミワの前に広げた。

「このアパートはこの辺りで良いんだよね?」

 ミワは地図を見ながら首を傾げている。どうやら地図は苦手な様だ。

「えっと、木更津駅がここだから……。たぶんここ」

 ミワは私の思った場所とは違う場所を指差した。本当にわかっているのか少し不安だ。

「ここが駅だから、CPはこの辺りかな?」

「きっとそうだね」

 ミワは地図への興味をすっかり失っていた。私は地図上にアパートとファミレスとCPとラブホの位置を書き込んだ。

「ここから海まではどのくらいかかるのかな? 明日行ってみようかな?」

「明日? 何時ごろ行くの?」

「午前中に行って来ようと思うんだ。ミワが起きる頃までには帰って来るつもりだから、ゆっくり寝ていて良いよ」

「一緒に行きたいけど、早起きは苦手なの」

「夜中まで仕事をしているんだから仕方ないよ。起きた時に私が居なくても、今日みたいに取り乱さない様にね。必ず帰って来るから」

「はーい、待っています。ハジメさんは携帯を持っていないの? 持っていたら番号を教えて欲しいです」

「携帯は持って無いんだ。ミワの番号を教えてよ。何か有ったら、電話するから」

 ミワの携帯番号を書いたメモを財布の中にしまった。

「じゃあ、もう寝るよ」

「ミワも寝ます」

 ふたりでベッドに入った。ミワの献身的な努力のおかげなのだろう。今夜の私はミワの中で、新鮮なのに懐かしい不思議な感覚を味わっていた。私の身体機能には問題は無い様だった。


 眠りに落ちる直前、ミワの言葉の一人称が『私』から『ミワ』に変わっている事に気付いた。ミワの私への依存度が上がったのだろうか?





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