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いつでも美和が替わってあげるから

 駅に到着すると、まず美和にメールをした。

〈美和ちゃん、今どこにいるの? 僕はJRの駅前にいます。良かったらどこかでお茶でもしませんか?〉

 こんなメールで返信が有るとは思えなかったけれど、駅の周辺をブラブラと歩きながら美和からの返信を待った。

 この街にはJRと私鉄の駅が有るのだが、互いの駅は徒歩で十分ほどの距離を隔てている。JRの駅と私鉄の駅までの道のりを往復した頃だった。オレの携帯がなった。美和からのメールだ。

〈私もJRの駅前にいます。今、友達と別れたところだから、東口交番の前で待ち合わせしませんか?〉

 本当に友達と食事をしていた様でひとまず安心した。オレは美和に〈了解。すぐ行く〉と返信をして、東口交番前に急いだ。


 交番前に到着すると、美和はすでに来ていた。オレに気付いた美和は、走り寄って来てオレの左腕に抱き付いた。

「タダシさんからの誘いなんて、久しぶりですね」

「そうだっけ?」

「そうですよ! 最近は土手以外では二人きりになる事も無いですよ」

 ここの駅周辺も他の街と同じく、喫茶店が減ってしまった。最近主流のカフェに押されて消えていってしまったらしい。

 カフェというところは、どうも落ち着かない。かといって、女子高生の美和を落ち着くバーへ連れて行くわけにはいかない。仕方がないので、駅から少し離れた所にある、昔ながらの喫茶店に連れて行く事にした。


 何十年も前からオヤジだった様なマスターが居る喫茶店だ。店のドアを押し開けると、カランカランとカウベルが鳴り響く。内装は落ち着いた木目調でテーブルも椅子も木製だ。

 夜の喫茶店はすいていて、他に客は居ない。マスターが銀色のトレーに水を乗せて近づいてくる。マスターは木製のテーブルに水の入ったグラスを置きながら「いらっしゃいませ」とだけ言い、オーダーを待つ。

「美和ちゃんもコーヒーで良いかな?」

「はい」

「ブレンドを二つ」

「かしこまりました」

 流れる様にオーダーは完了する。マスターは客には全く興味がなさそうだった。

 マスターの興味は、もっぱらコーヒーの味と香りに注がれている様で、店内にBGMすら流れていない。ここなら落ち着いて話が出来るだろう。

「とりあえず、お母さんに連絡しておきなさい。きっと心配しているだろうから……」

「はい」

 美和は妙に素直な返事をして、美幸にメールをした。

「ママにメールしましたよ。タダシさんと一緒に居るって言ったら、ほら」

 美和は美幸からの返信メールをオレに見せた。そこには、〈そう、それなら安心です〉と書かれていた。

「ママは美和がタダシさんと一緒だと安心なんだね。美和的には、タダシさんが危険な方が嬉しいですけれどね」

 美和がイタズラっぽい笑顔をオレに向けた。美和は時折、オレをドキリとさせる様な発言をする。オレはそのつど『美和はムスメだ。子供なんだ』と言い聞かせなくてはならなかった。

「な、何を言っているんだよ。僕はそんな……」

「解っていますよ。タダシさんはそんな人じゃ無いですもの。でも、美和だってタダシさんの事が好きなのに、ママが安心しきっているのが悔しいじゃないですかぁ」

 オレはコーヒーを一口飲んで心を落ち着かせた。

「美和ちゃん、大切な話が有るんだ。落ち着いて聞いてほしい」

 美和から笑顔が消えた。


「昨日から気付いていたんだけれど……。やっぱり、ちゃんと聞かないとダメだよね。大丈夫、今朝みたいな事はしないから」

「ありがとう。一昨日のことなんだけれど、美和ちゃんのお母さんにプロポーズをしたんだ。まだ返事はもらって無いけれどね。美和ちゃんも含めて、家族に成りたいって伝えたよ。お父さんが亡くなってから、まだ二年半しか経っていないから、お母さんが再婚するなんて許せないかも知れないけれど……。君達二人を、きっと幸せにするから……」

 美和の目から涙がこぼれ落ちそうだった。涙をいっぱいに溜めた目でオレを見ている。

「タダシさんは、美和の気持ちを解っていますよね? タダシさんとママが結婚したら、美和は失恋することになるんです。だから、簡単に祝福する事は出来ないかも知れません。でも、ママにも……タダシさんにも……幸せになってほしいです」

 美和の目から涙かこぼれた。必死に冷静さを保とうとしている美和がいとおしい。

 しばらくの間、オレと美和は言葉を失っていた。


 美和はひとりで帰れると言ったが、家まで送った。腕を組んで歩く姿は、年齢差さえ無ければ仲の良いカップルに見えただろう。しかし、年齢差を考慮した場合、異常に仲の良い父と娘になってしまう。

 高校生になって、父親と腕を組んで歩く事は普通では無い気がした。下手をすると『援助交際でもしているのでは?』そう思われるのではないかと危惧し、出来る限り堂々とした態度を見せている自分がおかしかった。

 その日は、柏木家の玄関先で美和を美幸に引き渡して帰宅した。


 それから約三ヵ月後に、オレと美幸は結婚式を挙げた。結婚式と言っても、小さなレストランを貸し切って、近親者と親しい友人だけを呼んで済ませた。いわゆる地味婚だ。

 当日の美幸は、ウエディングドレスとはいかなかったけれど、それらしいドレスに白いベールを付けていた。四十歳を過ぎているとは思えない程、美しく可愛らしく見えた。

 友人からは『この歳まで待った甲斐が有ったな』とか『本当に同い年かよ』などと言われた。美幸も嬉しそうにしていた。

 心配だったのは美和のことだったが、気付くとオレの両親と話をしていた。

「こんにちは、美幸の娘の美和です。ふつつかな母ですが、よろしくお願いします」

「これは、これは、可愛らしい娘さんだこと、ねえ、お父さん、急にこんなに可愛らしい孫が出来ましたね。忠がなかなか結婚してくれないから、もう孫の顔は見られないかと思っていたのに……。嬉しいですねぇ」

「そうだな、もう諦めていたのに……。それにしても可愛らしい孫が出来たものだな。今度、忠や美幸さんと一緒に遊びにおいで」

「はい、行かせてもらいます」

 両親も、可愛らしい美和が気に入った様だった。すっかりおじいちゃんとおばあちゃんの顔になっている。

 それにしても、美和はオレの心配をよそに、会場全体を蝶の様に舞っていた。オレの友人の席でも、『可愛い、俺もこんな娘が欲しい』とか、『本間の奴、家に帰るとあんなキレイな奥さんと、こんなに可愛い娘が待っているのかよ!』などと言われて、はにかむ様な笑顔を見せていた。


 結婚式もお開きになり、家に帰ってリビングでくつろいで居た。

 通常の結婚式だと、友人達と二次会だとか三次会だとか言われて夜中まで引きずり廻されるのだろう。しかし、我が家には未成年の娘が居るので辞退した。

 美幸は『タダシさんだけでも行ってきたら?』と言ってくれたが、今日は友人達よりも、美幸と美和と三人で過ごしたかった。

 今頃、友人達は飲み屋でオレの悪口でも言いながら盛り上がっているのだろう。


「私は二回目だから良いけれど、タダシさんは初めての結婚式なのに……。結婚式場とかで盛大にやった方が良かったんじゃない?」

「そうですよ。タダシさんのご両親だって、もう少し派手にやって欲しかったと思いますよ。やっぱり、ママとじゃ無くて美和とだったら、もっと派手に出来たのに……」

「結婚式は本人同士が満足出来れば良いんだよ。僕は充分満足出来たからこれで良いんだ。美和ちゃんも立派だったね。両親も友人達も、美和ちゃんの可愛さにメロメロだったよ」

 他人が聞いたら妙な会話だろう。特に美和の発言は奇妙に聞こえるだろうと思う。


 プロポーズの返事をもらい、結婚式の準備に入った頃から美和の様子が少し変わった。

 美和なりに考えたのだろう。結婚式の準備にもとても協力的だった。式を行うレストラン探しから、当日の衣装のコーディネートまで、精力的に参加していた。

 その代わり、三人で居るときには、『タダシさんは美和と結婚した方が幸せになれるのに……』とか『ママに飽きたら、いつでも美和が替わってあげるから』等と危険な発言をしていた。

 そんな美和の発言も、三人が家族に成れたからこその発言だと思っていた。



 オレと美幸の結婚式から四ヶ月後、美和が高校を卒業した日のことだった。

 オレと美幸の前から美和が居なくなった。部屋には、一通の手紙が置かれていた。


『ママ、今まで有り難う。美和は子供の頃から、パパとママにいっぱい愛情を頂きました。

 パパが亡くなってからも、ママはパパの分まで美和に愛情を注いでくれましたね。

 おかげで美和はとても幸せでした。

 美和はこれからもずっと幸せです。ママも幸せになって下さい。


 タダシさん、大好きです。

 過去形ではなくて、現在進行形です。そして、これからもずっと大好きです。

 ママをよろしくお願いします。


 美和が居なくなると、ママはきっと泣きます。

 そんなママを支えてあげられるのは、タダシさんしか居ません。だから、ずっと支え続けてあげて下さい。

 そして、ふたりで幸せになって下さい。


 PS、タダシさん、一度もパパと呼べなくてごめんなさい』


 オレと美幸は美和を探した。出来る限りの手を尽くしたけれど、未だに見付かっていない。

 オレと美幸にとって、美和を探す事はライフワークの様になっていた。





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