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いつも娘がお世話になっています

 久しぶりに休暇を取った。オレの父の兄、つまり伯父にあたるのだが、その伯父が先日亡くなったのだ。


 伯父は息子夫婦と暮らしていたが、平日の昼間に自宅で倒れたらしい。平日なので、息子は会社に行っていた。そして、息子の嫁が近所のスーパーまで買い物に出ている間に倒れたらしい。

 嫁が帰宅して倒れている伯父を発見し、救急車を呼んで病院に運んだが、伯父は意識を取り戻すこと無く、五日後に亡くなったそうだ。妙に事情に詳しい叔母が、得意気に話していた。

 叔母たちは、つい最近まで元気だった伯父が急死した事を嘆き、息子の心情を察する悔みの文言を口にしていた。

 しかし、オレとしては伯父や息子よりも、買い物から帰って来て倒れている伯父を発見した嫁に同情してしまった。案の定、葬式の間も嫁は泣き続けていた。知らない人が見たら、亡くなったのは嫁の実の父親だと思うに違いない。


 昼過ぎに火葬が終わった。両親や親戚の叔母達に捕まる前に、葬儀場を後にした。

 捕まれば必ず『忠はいつ結婚するんだ?』とか『お父さんに早く孫の顔を見せてあげなくちゃ』等と言われるに決まっている。

 そんな事を言われたところで、結婚や子供は自分一人で出来るものでは無い。それらには必ず相手が必要なわけで、四十三年も独り身の男には、簡単に対処出来る問題では無いだろう。


 葬式を早めに抜け出したので、夕方と言うにはまだ早い時間に帰って来る事が出来た。

 夕食はほぼ毎日、行きつけの居酒屋で済ませていたが、今日はたっぷり時間が有るので、自炊をしようと思いたった。

 礼服のままでは有るが、スーパーマーケットで買い物をする事にした。平日のスーパーは奥さん達ばかりで、礼服姿の四十男はかなり場違いで目立っていた。しかし、男も長年ひとり暮らしをしていると、場違いな事も気にならなくなるものだ。

 買い物やベランダでの洗濯物干しなど、通常の家事も自分でやるしかないのだから……。


 そんな訳で周囲を意識する事も無く、今日のメニューは肉と魚のどちらにするべきかを慎重に吟味していたときだった。

「本間さん、こんにちは」

 突然後ろから声を掛けられた。振り返ると、そこには美和の笑顔が有った。

「美和ちゃんも買い物?」

 美和の笑顔に見とれて、バカな質問をしてしまった。スーパーマーケットに買い物以外の目的で来るのは従業員くらいだろう。従業員ならば制服を着ているはずだ。

「はい、ママと夕飯の買い物です」

 そして美和は後ろにいた母親に私を紹介した。

「ママ、こちらがこの前話した、土手友の本間さん」

「いつも娘がお世話になっています」

 美和の母親に挨拶された。しかし、オレの身体は硬直し、脳ミソは冷凍倉庫に保管されているマグロの様に凍りついていた。

 美和の隣で微笑んでいる女性は、紛れもなくオレの初恋相手だったからだ。

「ずいぶん久しぶりね、タダシさんは元気だった?」

 彼女の柔らかな微笑みのおかげで、凍りついた脳ミソは半解凍状態になったようだ。まだ融けきっていない脳内を思考が駆け巡ろうとするが、空回りするばかりだ。

 彼女がオレの事を『タダシさん』と呼んだからだろう、美和が不思議そうな顔で、オレと母親を交互に見ている。

「ママと本間さんは知り合いなの?」

 状況の掴めない美和は困惑している様だ。

「そう、良く知っているわよ。タダシさんとは、今の美和と同じくらいの頃にお付き合いしていたのよ」

 言ってしまった。先日美和に初恋の話をしたばかりなのに……。オレは美和の反応を見るのが恐ろしかった。

「エー! 本間さんの初恋相手って、ママだったの!」

 美和の声で、周りで買い物をしていた主婦が数人こちらを見た。

「シッ! 声が大きい! 恥ずかしいじゃないの」

 彼女は美和をたしなめてから、オレの方を向いた。

「ごめんなさい、がさつな娘で……。礼服を着ているから、今日はお葬式の帰りかしら?」

「うん、伯父さんが亡くなってね。会社は休みにしたから、夕飯の買い物に寄ったんだ」

「自分で料理をしているの? 偉いのね。あの頃のタダシさんからは想像もできないわね」

「独り暮らしが長いからね。自炊くらいするようになるよ」

 めったに自炊などしないのだが、彼女には地道で真面目な生活を送っていると思って欲しかった。今の生活に女っけが無い事を主張したかったのかも知れない。

「良かったらうちで食べて行けば? ねぇ美和、良いよね?」

 美和は相変わらず不思議そうな顔をしていた。自分の母親が自分の知り合いの元カノだったなんて聞いたら、その偶然を不思議に思って当然だ。

「うん、良いよ。本間さんもそれで良いですよね?」

 嫌だとは言えない雰囲気だ。当然嫌では無い。本心は行きたいのだけれど……。しかし、社会人として、断ら無くてはいけない場合も有る。

「しかし、御主人もいらっしゃる訳だし……」

 意気込みのわりには語尾が弱々しくなってしまったうえに、妙な敬語を使ってしまった。オレの脳みそは、まだ機能を回復しきれていないようだ。


 戸惑うオレに、彼女は予想外の言葉を放った。

「主人は二年前に亡くなったの。今は美和と二人きりだから、遠慮しないで」

 オレは言葉を失って、暫し彼女を見つめていた。意識が遥か彼方の妄想世界へと旅立とうとしていた。そんなオレを現実世界に引き戻したのは美和の言葉だった。

「本間さん! いつまでママを見つめているんですか! うちに来るのか来ないのか、どっちにするんですか!」

 美和に怒られた。美和は本気で怒っている様だ。こんな美和を見たのは初めてだったので、オレはうろたえた。

「あっ、ごめん。それじゃぁ……お邪魔します」

 勢いに押される様に、そう答えていた。





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