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ミワが守ってあげるから

 ミワがお父さんの墓参りをしている間、御堂の前に有るベンチに座って待っていた。私は暖かい日差しに誘われ、眠気に引き込まれていった。

 ぼんやりとした頭の中に、過去の記憶が古い映画の様に映し出された。


 青空に白い雲が浮かんでいた。どうやら、青山に有る以前勤めていた会社の屋上の様だ。屋上の手すりに寄りかかる様にして、スーツ姿の男が立っている。

「自分、結婚する事になりました。この歳になって、ちょっと恥ずかしいですが……」

 そう言ったスーツ姿の男は、会社の後輩だった。この男は私と同じ課で、結婚歴は無い。仕事も容姿も可もなく不可もなく、と言った奴だった。

 私の知る限り、全てにおいて普通以外の特徴を持たない男だった。ダメな社員では無いのだが、特に出来る社員というわけでもない。良くも悪くも普通としか言い様の無い男だった。

「それは良かったじゃないか! おめでとう」

「ありがとうございます。こんな自分でも結婚出来るんですね」

「何を言っているんだよ! お前を今まで放っておいた女達に見る目が無かっただけさ。それで、どんな人だよ」

「彼女、同い年なんですが、再婚なんですよ。前の旦那さんは亡くなったそうです。高校生の娘がいて。その娘が彼女にそっくりで……、可愛いんだなぁ」

「なんだよ! 結局は彼女が可愛いって自慢している訳だな! まったく!」

「ハハハ、まあ、そう言うことです。この歳まで結婚しなかったのは、彼女と出会う為だったんだろうなぁ」

「お前なぁ、のろけもたいがいにしろよな!」

 ふたりは楽しそうに笑っていた。

 映像は次第に霞んで行き、いつの間にか真っ白い霧に閉ざされた。

 再婚……亡くなった前夫……高校生の娘……可愛い娘……ミワ。霧の中にミワの笑顔が浮かんできた。私の脳が妙な連想をしている様だ。

「バカな! アイツの名前は本間だ! 柏木じゃ無い!」



 少し寝ていた様だった。左肩に重みを感じて目を開けると、隣に座ったミワの頭が有った。

「こんな所で寝ていると風邪ひいちゃいますよ」

 ミワが上目遣いで私を見つめている。

「陽の光が暖かくてね。ついウトウトとしてしまった。お参りは終わったの?」

「うん、お父さんに『優しい彼が出来たよ』って報告しちゃった。『ミワは幸せだよ』って言って来た」

「お父さん、ビックリしただろうね。私を呪いに来るんじゃないかな?」

「フフフ、今夜あたり出るかも……」

「怖いな! 出たらミワの影に隠れるしかないな」

「任せて、ミワが守ってあげる」

 私は御堂の前で、お父さんの御墓に向かって手を合わせてから帰途に着いた。


 帰りは品川駅前から高速バスに乗る事にした。アクアラインを通って木更津まで行くことが出来る。電車を使うより、かなり時間を短縮出来る筈だ。

「ミワはアクアラインを通るのは初めてです。なんかワクワクしますね」

「アクアラインはほとんどが海底トンネルだよ。海ほたるから木更津までは橋になっているから、海上を通るけどね」

「海の底を走った後に海の上を走るんですよね! やっぱりすごいですよ! 楽しみだなぁ」

 ミワはいったいどんな想像をしているのだろうか?


 高速バスは首都高からアクアラインへと入って行った。

「ここがアクアラインの東京側、アクアトンネルだよ。今、東京湾の海底を走っているんだ」

「今? 何にも見えないですよ。これじゃあ普通のトンネルと同じじゃないですか? 窓とかは無いの? 魚が見えるのかと思ったのに、これじゃつまんないですよ!」

 やはり水族館的なものを想像していた様だ。

「残念だったね。水族館みたいじゃ無くて……」

「ハジメさんは知っていたの?」

「車で何回か通ったからね。でも、初めて通った時も、水族館みたいな風景は予想しなかったけどね」

「どうせミワはものを知らない子供ですよーだ」

 ミワがふくれている。そんなミワが可愛くて抱きしめたくなったが、今はバスの中なので、手を握るだけで我慢した。


 海ほたるが近付いて来た。

「もうすぐ海ほたるだから、海の上に出るよ」

「どうせ海の上に出ても普通の高速道路なんでしょう?」

 ミワはまだふてくされていた。しかし、それは海上に出るまでだった。

 アクアトンネルを抜けて海ほたるを過ぎると、海の上を一本の道がまっすぐに続いている。まるで海を切り裂き、夢の世界へ続く道のようだった。両側には東京湾の青い海が広がり、そこには真っ白な旅客船が航行していた。

 ミワの目が輝いた。

「すごいよ! ハジメさん、海の上を走っているよ。右も左も海だよ! おっきい船がいるぅ」

 ミワの喜ぶ様子が可愛らしくて、我慢出来ずに肩を抱いた。さすがにしっかり抱きしめてキスをするわけにはいかなかったけれど……。

 品川駅前から一時間ほどで木更津駅に着いた。まだ興奮から醒めきらないミワと、木更津の駅前で夕食を食べてから帰宅した。



「ハジメさん、今日はありがとうございました」

「どういたしまして。私も楽しかったよ」

「お父さん、喜んでくれたかな?」

「ミワが会いに来て喜ばないはずは無いよ。ただ、彼が出来たって言うのはショックだろうね。父親にとって、娘の彼氏ほど憎い奴はこの世に存在しないからね」

「ハジメさんも、娘さんに彼氏が出来た時はショックだったの?」

「それはショックだったよ。娘って言うのは、可愛くて仕方ないものなんだ。それなのに、知らない男が娘を抱きしめたりキスしたりするなんて、許せるものじゃ無いよ!」

「わー、勝手なんだ! 自分だって、よその娘を抱きしめたりキスしたり、ナース服を着せて、もっとスゴイ事をしているくせに……」

 ミワが半笑いで睨んでいる。私はそんなミワを抱き寄せてキスをした。

「男って、本当に勝手だな」

「でも、そんなハジメさんが大好きです。今日はメイド服着てあげようか?」

 ミワがイタズラっぽく笑う。たぶん私は困った顔になっているはずだ。

「うーん、ミワのメイド服姿、見たいなぁ。でも、お父さんが出てきたら怖いしなぁ」

「その時はミワが守ってあげるから大丈夫! 着替えて来るから、ちょっと待っていてね」

 そう言ってミワは寝室に消えて行った。


 私は本当に勝手だな、と思った。ミワだけでなく、妻だって元々はよそ様の大事な娘だったわけだ。今、その娘を悲しませているのだ。妻は今、何を考え、何をしているのだろうか?

「お待たせしました、ご主人様」

 ミワが寝室から出て来た。黒のミニドレスに白いエプロン。黒いニーハイソックスとスカートの間から覗く白い太ももが眩しかった。

 私は行ったことが無いけれど、秋葉原のメイド喫茶にはこんな格好の娘がいるのだろう。中の娘にも依るのだろうが、こんな娘が居るのなら、通いたくなる男達の気持ちも解らなくは無い。

「ミワ、メイド服も可愛いよ」

「ありがとうございます。でも、初音さんが着たらどんな感じか想像したでしょう? はちきれそうな胸とか、太ももとか……」

「あっ、いや、そんなこと無いよ」

「挙動不審になっていますよ! やっぱり初音さんの方が色っぽくて良いんじゃないですか!」

「そんなこと無いよ! ミワが可愛くて一番良いよ」

「本当に!」

 ミワが私の目を覗き込んだ。五秒ほど静止したまま動かない。私にはその五秒が五分くらいの長さに感じられた。

「嘘はついていないみたいですね」

 そう言いながら抱き付いてきた。私もミワを抱きしめてキスをした。

「ご主人様、お着替えのお手伝いをいたしましょう」

 ミワはメイドを演じ始め、私をベッドへと導いた。





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