12話
「終わったかい?」
突然ソフィアが持つ火の明かりの範囲に団長が現れる。
退屈していたようでソフィアの偽のペンをクルクルと回している。
「びっくりさせないでくださいよ」そう言いながらソフィアの顔は全く平静そのものだった。
「また来る、って言ってきました」ソフィアは結果でもなんでもない、事後報告としては意味不明な言葉を発する。
そんな言葉に団長は微笑みを返すだけで何も言ってこない。意図してソフィアの顔を見ないようにしているようだ。
多分ソフィアの泣き顔を見てしまわないように気を遣っているのだろう。
団長はソフィアから蝋燭を受け取るとその火を息で吹き消す。
一瞬暗闇が二人を染め上げるがすぐに団長が白い炎を魔法で生み出す。
結構イケメンな団長が白色の炎に照らされ、どこか老けたような雰囲気を漂わせる、否、団長自身が疲れているだけなのかもしれない。
「行こうか」団長がソフィアを促し歩き出す。ソフィアはそれに少し遅れてついていく。
「どうだい?うまく話すことができたかい?」団長は歩きながら後ろを歩くソフィアに問いかける。
「......................」
「うまくいかなかったかい?」
返答をしないソフィアにサイド問いかける団長。
するとソフィアは息を吸い込む音も立てず、静寂の中ゆっくりと口を開く。
「あの子を」ソフィアは静かに怒ったような口調で言う。
「物みたいに言わないでください」
「......................」
「あの子の境遇は知りませんが、あの子にも心があります。だからうまくいくいかないとかそんな結果なんかないんです」ソフィアは相変わらず静かだがその言葉には強い力が含まれていた。
「そうか...........すまなかった」団長は歩きながら謝る。
そして二人はそれから一切の会話をする事なく薄暗い廊下を歩き続ける。
しばらく歩いていると前方がボンヤリと赤く光っていた。
日の出だ。
ということはかれこれ3時間以上は彼女はここにいたということになる。
「そうだ」赤い光がだんだんと黄色く染まっていく中団長は思い出したように立ち止まる。
「これだけは言っておかなければ......................君はこれからも彼女に会ってくれるかい?」
「ええ」ソフィアは即答する。
「じゃあ注意点を何個か、まずは彼女に会いに行くときは必ず私か副団長君と一緒に行くこと。二つ目は、まあないと思うんだけど彼女を檻からは出さないこと。最後に様子がおかしい時とかは絶対に近づかないこと。いいね。」
「...........二つ目はわかります。でも一つ目と3つ目は...........そんな危険なことになるとは思えないのですが」
これはソフィアの率直な感想だった。レミアを見た限りでは特に危険な感じも悪意も感じなかった。敵意を感じないといえば嘘になるが、それでも檻に閉じ込める必要があるのか疑念を抱くほどには彼女は安全な存在であると思った。
「なるんだよ......................」団長は俯き加減に言う。
「君も見るようになるだろう。あれは発作みたいなものだから」
そう呟くと団長は黄色い光が立ち込める階段を登り始める。
ソフィアは納得していない顔をしていたが、団長の後に続く。
久しぶりに見た気がする陽光は、やけに目に眩しく、鋭く突き刺さった。
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真っ白な世界。彼女の精神世界。ここはなんの変化もないように見えて実は常に変わり続けている。
例えばソフィアが悲しいと感じた時この世界は青色、或いは桜色をしている。他にも楽しい時は、緑色か空色。怒っている時は、赤色か...........或いは度を超えた怒りは銀色になる。
この色は人によって様々である。その時の感情の色はその人がその色に関する印象によって決まる。
つまりその感情の時に見た色がその感情の色になるわけでなく、色を見て感じた感情がその感情の色になるのだ。
ところが極稀に、あまりにも強い感情が溢れ、それに色がついて流れ出すことがある。
それは強い魔力を持った者にしか起こらずそれによって植え付けられた色は一生変わらない。
そしてそれがそのまま魔法の適性になる。
赤色なら火 青色なら水 黒色なら闇 黄色なら光 緑色なら風 紫色なら治癒 白色なら衝撃波
その色に染め上がった者は一生その色から離れられない。その為に人によって魔法の得意不得意が生まれてくるのだ。
だが彼女は違う。
幼い頃彼女は一度銀色に染め上がった。しかしその時点で既に彼女の心にはある住人がいた。
その住人は彼女の心が銀色に染まるのを阻止した。
彼女の可能性を潰さないように。
住人は心の拡張を行った。例えるなら一色に塗りつぶされる前にキャンパスを大きくし他の色を受け入れるスペースを作った。
その結果彼女の心には大きな白銀色と他の様々な色が同時に混在するという状態になった。
それは、ある感情になった時にその色が発生するのではない。
常に、デフォルトでその色が存在しているのだ。
住人は願った。この選択が彼女の幸福に繋がることを。
だが今彼女は魔法を手にした。キャンパスを拡張した副産物として生まれた膨大な魔力と超大な精神力は魔法の才を果てしなく強くする。
住人は今も願う。彼女には普通の一人の女性としての幸せをつかんで欲しいと。それが叶わぬ願望だとしてもそう思わずにはいられない。
それが住人の、ある女性に対する恩返しであり弔いである限り。
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「今日は桜色か」真っ白なはずの精神世界で彼は呟く。今日の天気は何なのかというような感覚だ。
すると彼はふと青色も混じっていることに気づく。桜色と青色が混ざることなく入り混じり汚い色を作り出す。
「何かあったのか、それとも」彼はこの色を作り出す原因を考える。
そしてそれは一つしかない。
「ベルラリア」彼は桜色の空間に向かって叫ぶ。
「は〜い、なんですか〜」豊かなベージュ色の髪をたなびかせ彼女は現れる。いつも通りの妖艶な雰囲気を纏いながら、どこか違和感を感じる。
「どうした?」彼は問いかける。
「な〜に〜?そっちが呼び出したのにそっちが聞くとかおかしいんじゃない?」
「お前...........酔ってるのか?」彼女の奇妙な口調に違和感を覚え思い当たる可能性を問いかけてみる。
「はあ?アホじゃないの?ソフィアちゃんの精神世界よここは。ここでお酒が手に入ったらおかしいでしょ」彼女は馬鹿にしたような口調で言う。
彼はあまり納得していないようだが興味があるわけでもないので話を変える。
「まあいい。取り敢えず聞きたいことがある」
「そうでなかったら呼び出さないでしょうが。...........で何なの?」
「桜色」彼は空を指さすとそう言う。
「ああもう別にいいじゃない!」急に怒ったように金切声を上げるベルラリア。
「あんな事があったのよ!こうなたってしょうがないじゃない!」
「あんなこと?」彼は彼女が言った言葉の意味を考えてみる。すると思い当たる節が浮かんできた。
「ああ、新たにできた枷のことか」彼は納得したように頷く。
「ええそうよ!あんたにはわからないでしょうね。私の気持ちなんか...........
「大方、彼女が自分で作ったそれがお前が独占していた場所に入り込んできたから、嫉妬してるんだろう?」
彼が言った言葉は図星だったようで彼女は押し黙る。
「いい加減にしろ。これではどっちが大人かわかったもんじゃない」彼は呆れたような口調で言う。
「ソフィアはもう子供じゃない。立派に成長した一つの独立した心を持つ大人だ。老人が手を出していいものじゃない」
彼はそう言うと後ろを向き彼女から目を反らす。
「もうわかったからさっさと消えてくれ。悪かったな急に呼び出したりして」彼は嫌いな人間を追い返すような口調で言う。
「あら、せっかく久しぶりに呼んでくれたのにもう邪魔者?」彼女は彼の声など意に返さないと言った口調で言う。
「私さあ」そして急に大人びた口調に変わる。落ち着いた、どこか粘着質な大人の女性の声。
「ずーっとあなたから離れてて撮っても欲求不満なの。わかる?早く身体が女になりたいって叫んでるの」
「わからない」彼は興味無さげに答える。
「無理しちゃって」彼女はポツリと呟くが明らかに無理してるのは彼女の方だった。顔は上気し卑猥な雰囲気が漏れ出している。
そして彼女はゆっくりと彼の元に近づいていく。足をフラつかせながら、色々なことを我慢して。
しかし彼女の手が彼の肩に触れる直前、突然周囲が光り出す。
「何?何したの?」彼女は慌てたように後ずさる。
「何も」彼はそんなことどうでもいいという口調で言う。
「ただソフィアを呼んだ。それだけだ」
彼は何でもないように答える。
すると彼女は上気した顔を一気に青ざめさせると消えてしまう。
後に残ったのは桜色の空間に漂うピンク色の煙だけだった。