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第13話 楽しいから、選ぶ

 クラロは呼吸ができずうずくまる。視界はほとんど真っ白だ。指が震える。その時だった。


「……クラロ?」


 たまたま通りかかったイルシオンが駆け寄ってくる。


「……イル……シオン……?」


 ……温かい。力が抜けていく。瞼が落ちていく。


「……大変! みんな、来て! クラロが、クラロが!」


 声が遠くなる。クラロの意識は、そのまま落ちた。





 クラロは意識をふっ、と浮上させた。ぼやけた視界の隅で、ピンクが揺れる。


「……イル……シオン?」

「うん、イルだよ」

「……どこだ」

「ここよ」


 手が握られる。……体が、重い。だが、少しずつ頭のもやが晴れていく。


「……すまない、ここは、どこだ?」

「クラロの部屋だよ」


 彼は首を動かす。自分の部屋であること、イルシオンだけでなく侍女もいることを確認し、ゆっくり息を吐いた。


「……何が、あったんだ……」

「お医者さんは、過呼吸じゃないかって」

「……過呼吸」

「うん。心因性、だって言ってた」

「……心の……問題か」


 クラロはゆっくりと息を吐く。


「……心の?」

「……ああ。……パニックに……なっていた、のか」


 体がベッドに沈み込む。……誰も、何も言わない。


「……怪物、なのに……怖い……のか……」

「……かいぶつ? こう、がおー、って?」


 イルシオンは手で鉤爪を作る。脳内にもふもふの可愛いかいぶつが現れる。それを見たクラロはふっ、と息をこぼした。


「……そんな、可愛いものなら……よかったの……だがな……」

「……じゃあ、どんな怪物?」


 クラロは視線を逸らす。しばらく言葉が出なかった。


「……肉親でも……切り捨てる。……簡単に。……そんな、怪物だ」

「……誰が?」

「……私……だ」


 イルシオンは目を丸くする。


「……イルシオン……今なら……まだ、離れられる」

「なんで?」

「……聞いて……なかったのか……?」

「聞いてたよ。血の繋がりがある人でも、切り捨てちゃう怪物、なんでしょ」

「……だったら」

「イルを舐めないで」


 彼女の瞳が輝く。


「イルはクラロがいいの」

「……なぜ」

「楽しいから」

「……それが……理由か……?」

「うん。イルはクラロと一緒にいたいの」


 父の姿がよぎる。「ルナリアはもう『使えん』な」と言った、父の姿が。


「……イルシオンを……、妃を……子供すら。道具としてしか……見ない。そんな日が……くるかも、しれないんだぞ……」

「じゃあその時は、イルが楽しいの雨を降らせるね」

「……どういう……意味だ……?」

「クラロ、楽しくないでしょ」

「……私……が……?」

「うん」

「……私が……楽しく……ない……?」

「でしょ? クラロ、ちゃんと咲いてるよ」


 脳内に現れるのは、クラロの形をした花畑。雨が降っている。彼は少し笑って、言葉を紡いだ。


「……せいぜい、ステップ気候だな」

「ステップ気候?」

「……砂漠ではない、乾燥帯の草原だ。……そこに咲く花は、背丈が低い」


 彼は思い出す。ステップ気候の写し絵を。低い花でも、群れれば地面が見えなくなるほどになる。


「そっか。どんな花が咲いてるの?」

「……多肉植物だ」

「あのぷくぷくして可愛いやつ?」

「……意外と、綺麗な花が咲くぞ」

「そうなんだ。見てみたいな」

「……図鑑が、あったはずだ。……あとで見よう」


 クラロの瞼が重くなる。


「……すまん、眠い……」

「おやすみ、クラロ」


 軽やかな声。クラロは「……おや……すみ」と辛うじて返し、そのまま瞼を閉じた。

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