第11話 母を切り捨てる準備
クラロは大使のサインが入った書面を持ち、父王のもとへ向かった。
「陛下、今お時間よろしいでしょうか」
「……至急か」
「はい。プエンテ王国大使より、こちらをお預かりしております」
クラロはそう言って書面を見せる。
『ポラール王国王太子 クラロ殿下
近時、イルシオン王女殿下の心身の状態に関し、重大な懸念を抱くに至りました。提出された報告に基づき、妃教育の過程において不適切な指導が行われている可能性を憂慮しております。
つきましては、当該状況の改善を強く求めます。
なお、本書簡受領後一週間以内に明確な改善が確認されない場合、本件を本国へ正式に報告し、イルシオン王女殿下の帰国を含む対応を検討せざるを得ません。
本件は両国間の信頼関係に関わる重要事項であることを申し添えます。
プエンテ王国大使 プルマス』
「……私宛ではありますが、実質的には国への通告と受け取るべきかと」
「……同盟の維持が危うくなるな」
「はい。調査の結果、妃教育で虐待が行われていると判断できます」
クラロはそう言って報告書を差し出す。
「……正妃か」
「はい」
「すぐやめさせろ」
「正妃はディーアの準王族となったノーチェ姫に、危害を加えかけたこともあります。城内には正妃の息が掛かったものも多いと思われます。……追放など、確実な手段を取ったほうがよいかと」
「……なるほど、あやつはもう使えんか」
王はあごに手を当てて考える。
「……だが、生家である公爵家は無視できん」
「でしたら、療養名目で蟄居はいかがでしょうか」
「……ほう」
王はクラロに続けよ、と目線を送った。
「公爵家の面子を守りつつ、即座に隔離できるかと。南の離宮であれば、正妃の親戚も異を唱えられない」
療養地にある離宮を提案すると、王の眉が動いた。
「影響力を削ぐため、侍女などの人員は精査する必要がございますが」
彼は指で机をとんとんと叩く。……そして。
「お前に任せる」
「かしこまりました。では、失礼いたします」
クラロは小さく一礼し、玉座の間をあとにした。
すぐに離宮行きの人員を整える。正妃と関わりの深いものは外す。正妃に恨みを抱く人物も外す。すると、侍女がみな経験の少ない若いものになってしまった。
「……一人はベテランを入れたいが……」
クラロは名簿をにらみつける。
「……あ」
クラロの視線が一人の名前で止まる。彼の乳母、レーチェだ。
「……仲違いをしたわけではないが、今は縁遠くなっていたはずだ」
彼女は命令をきちんと守る。そのうえで、かつて母に仕えた者だ。むやみに追い詰める者でもないだろう。年齢がネックではあるが……。指示や指導がメインの侍女頭であれば、あるいは。
「……左遷と取られかねない。一度本人と話をしよう」
◇
「急に時間を作ってもらってすまない」
「いえいえ、おぼっちゃまの頼みですから」
「……もう、その呼び方はやめてくれ」
レーチェは柔らかく笑う。クラロは気まずそうに視線を逸らした。
「それで、今日はどんな御用が?」
「……母が、療養に入ることになった。……君に、離宮の侍女頭を務めてほしい」
「……なるほど」
「左遷のつもりはない。今と同等以上の待遇を約束する。だから……」
「かしこまりました」
彼女は朗らかに笑う。
「……構わないのか?」
「はい。……正妃様のことはお任せください」
クラロは小さく息を吐いた。
「……恩に着る」
短く礼を言ったクラロに、レーチェは「お気になさらず」と笑った。
読んでくださりありがとうございました。評価、いいね、ブックマークをしてくださると励みになります。




