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賢者の分身、使命を求める旅で“慈愛の乙女”に恋をする  作者: 丘引みみず
第2章 孤児院での日々

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006 今後の方針

 応接間での歓談を終えるとフェアはバロムに案内されて施設を見学して回った。


 その中でフェアの印象に強く残ったのは教室の存在だった。


 黒板を正面に、教卓と9台の勉強机がならぶ標準的な空間で、黒板にはうっすらと数字を書いた跡が残っていた。


「教室があるんですね」


 この国では一般的に6歳から10歳までの子供に教育を課すことが推奨されていて、そのために少年学校という施設が各地にある。基本的に読み書きや算術はそこで習うため、少年学校のない小規模な集落でもなければ、わざわざ他に教室を設ける必要はない。にも拘わらずこのお家にはそれがある。そのことが不思議でならない。


「これは私の方針でね」


 バロムがそっと教卓を撫でながら続ける。


「子供は学校で教わるだけでは足りないと思うんだ」

「どういうことですか?」

「子供たちにはもちろん、それぞれの思いや考え方の違いがある。少年学校では一クラス何十人を同時に教えるために画一的な教育になってしまう」

「ええ」

「中にはあぶれてしまう子もいるだろう。私は子供たちを預かる身として、自分の子がそうなることは絶対にあってはならないと考えている」

「なるほど。そのための教室なんですね」

「ああ。でも、子供たちからは不評だがね」


 その言葉にフェアがくすりと笑うとバロムは窓辺に向かい、窓から前庭を眺める。ダークブラウンの窓枠に納まる窓ガラスの向こうでは子供たちがトレーネに見守られながら遊んでいた。あの少年はというと、ケリンといっしょに砂場で城塞を築いていた。


「なんでおしろのまわりにあなをほってるの?」

 少年が問うとケリンが得意げに答える。



「ほりっていうの。これでてきがはいれないようにするんだって」

「へえ、じゃあもっとつよくなるんだね!」


 少年が満面の笑みを浮かべる。


 出会ったばかりだというのにもう打ち解けており、子供たちの順応性の高さにバロムとフェアは頬を緩めた。







 あの少年が既に形成されている〝お家〟というコミュニティに馴染めるかどうか、トレーネは懸念していたが、それは杞憂に終わった。


 4人いる年少者のうち唯一の男の子であるケリンは少年の加入を人一倍喜んでおり、率先して少年を遊びに誘っていた。彼は得意の砂遊びで少年を魅了し、今や2人でより堅牢な城塞を作ろうと熱を上げていた。 


 この分なら年長者たちとも仲良くなれるだろうと安堵しつつ、バロムとフェアは前庭に出た。


「仲良く遊んでいるようだな」


 父の言葉にトレーネが笑む。


「うん。もうすっかり仲良しさんで」


 答えながらフェアの表情を窺うと、そこには確かに安堵の色が浮かんでいた。


「早速お友達が出来たようで安心しました」


 そう口にするとフェアは保護者であるバロムとトレーネを見て、彼は姿勢を正した。


「突然のお話にもかかわらず、温かく受け入れてくださりありがとうございます」

「礼を言われるようなことじゃないよ」

「そうですよ。それがわたしたちの使命なんですから」


 そう口にしたトレーネの赤い瞳は一点の曇りもなく、どこまでも澄み渡って見えた。


 フェアは自分と同い年だというこの女性が既に自らの使命を見出していると言う事実に尊敬と、若干の焦りを感じつつも、それを表には出さないように努めた。表情を引き締めて、これからあの子を預ける2人に頭を下げる。


「どうかあの子を、よろしくお願いします」

「ああ。任せておくれ」


 バロムが鷹揚に笑む中フェアは顔を上げて問い掛ける。


「あの、私はしばらくこの町で過ごすつもりなのですが、時折、様子を見に来てもよろしいでしょうか」

「もちろん、いつでも来てください!」


 そう答えたのはトレーネだった。言い終わると彼女は自分が燥いでいる事に気付き、首を竦める。父であるバロムはそんな様子を可笑しく思いながらもフェアに問う。


「そういえば君は旅の途中だと行っていたね。どこか目的地があるのかい?」

「いえ」

「え? じゃあ何で旅をしているんですか?」


 トレーネが純粋な疑問を打つけるとフェアは彼女の瞳を見て、まるで見上げるような口調で言う。


「おふたりが子供たちを育む事を使命としているように、私にも何か、使命と呼べるものがあるはずです。それを見出すために、私は旅をしているんです」

「なんか、哲学っぽくて難しそうですね……」

「使命は見つかりそうかい?」

「いえ。まだなにも」

「そうなんだ。じゃあ、しばらくうちで過ごしてみないかい?」

「え?」

「お父さん⁉」


 トレーネは驚愕して父を見る。自分のために仲人(なこうど)を買って出るつもりなのかと思ったが、それは全くの見当違いであった。彼はただ、人生の先輩として若者に助言しようとしていたのだ。


「君の言う使命がどんなものなのか、もちろん私は知らないよ。でもここで過ごせば少しはそれに近づけると思うよ」

「どういうことですか?」


 フェアの問い掛けに対し、バロムは元気に遊ぶ子供たちを見つめながら答える。


「自由で正直な子供たちを見ているとね、人生について考えさせられるんだ。自由で無邪気だった自分がこの年まで生きてきて、それでどうだったか。これからはどうあるべきか。いろいろだね」

「まるで鏡を見るかのようですね」

「そうだね。だから君にはその鏡のような子供たちと向き合ってみて欲しいんだ」


 バロムはそこまで言うと微笑んだ。


「ここまで言ってなんだが、これは単なる提案に過ぎない。君がこの町でどう過ごすかはもちろん君次第だ」


 どうかね、と視線を送るとフェアは逡巡し、子供たちを見回した。


 少年とケリンは変わらず砂の城郭の強化に取り組んでいて、女の子たちはブランコを漕いでは靴を飛ばし、その飛距離を競っていた。そう言った無邪気な姿を眺めると、自分にもあんな頃があったなと回顧させられる。


 フェアの場合、遊戯は的当てだった。


 魔法の訓練を兼ねての遊びであったが、それでも純粋に楽しめたし、それに何より、真ん中に命中させると父が褒めてくれた。それが何よりも嬉しかったのを今でも鮮明に思い出せる。


『おとうさま! いまのみてましたよね!』

『ああ。よくやった』


 そんなやり取りが彼の魔法使いとしての人生の基礎を作った。そしてその果てに今の自分がある。魔法の全てを修得し、何でも出来る自分が。そして何を成すべきかわからないでいる自分が。


「…………」

「フェアおにいちゃん!」


 その舌っ足らずな声に振り返ると、手と鼻先を土まみれにした少年の姿が「みてみて!」と無邪気に呼んでいた。


「おしろ、つよくなった!」


 見ると堀の際に建てられた城壁の上に歩哨路(ほしょうろ)を巡らせている。ちゃんと矢狭間を設えた胸壁も建てられていて、子供が作ったにしては実際的でよく出来ていた。


「おや、これは難攻不落な要塞ですね」

「なんこーふらく?」


 少年が首を傾げる一方、ケリンは「かんたんにはやられないってことだよ」と知識を披露する。よく知っているものだと感心していると、トレーネが「ケリンくんは将来、お城を建てるんだよね?」と問い掛ける。すると彼は年相応に無邪気な笑みを浮かべて頷いた。


 ケリンのそれは夢であり、フェアが求めているのは使命である。


 両者の間には絶対的な違いがある。


 しかしフェアはケリンの抱える夢を幼稚なものだとは思わなかった。キラリと煌めくそれがいつか実現できたのなら、それは素晴らしいことなのだから。だからその煌めきが霞まないことを願った。


「……バロムさん」

「なんだい?」

「もしご迷惑でないのなら、しばらく私をここに置いてくださりませんか?」

「もちろん、歓迎するよ」


 そう言ってバロムが笑む。それは大人の微笑であるが、どことなくケリンの笑みと似通って見えた。


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