表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
賢者の分身と慈愛の乙女  作者: 丘引みみず
第1章 運命の出会い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/6

001 旅立ちの時

 かつて魔法の習得方法は呪文を詠唱しながらイメージし、発現するというものだった。


 しかしそれには個人の想像力によっては魔法を扱えないという問題もあるし、何より修得に時間がかかる。魔法とはそういうものだというのが世間の認識であったが、それを変えようとした者がいた。


 ヴァイザーという若い魔法使いは自身が魔法を修得するの苦労した経験からこれをどうにか出来ないかと考えた。そして長い研究の末、ついにその方法を編み出した。


 右手で魔法杖を構えた弟子の左手と首筋を師匠が掴み、弟子の体そのものを杖と同様の触媒にして魔法を放つ。この際、弟子の体にはその感覚が焼き付く。あとはその感覚を頼りに弟子が一人で魔法が発現するのだ。


 この方法は非常に革新的であり、魔法は『修得』ではなく『継承』するものとなった。


 魔法協会はその功績を称え、この方法は発案者の名を冠して『ヴァイザー法』と呼ばれるようになった。


 そして魔法使いヴァイザーは賢者と呼ばれるようになった。

 





 北の都市ノルディンの郊外に佇むビンドゥング邸。その書斎に据え置かれたランプがこの屋敷の主人であるヴァイザーの顔を厳かに映し出していた。今年81歳を迎える彼だが、覇気は衰えておらず、むしろ年輪を重ねた者特有の風格を醸していた。そんな彼が最新の論文に目を通していると、書斎の戸が規則正しく3回叩かれる。


「入りなさい」


 厳かな響きを持つ嗄れ声にドアが開かれ、彼の息子であるフェアが姿を現す。81歳の父を持つ彼だが、まだまだ若く、たったの20歳であった。


「お呼びでしょうか。お父様」

「ああ。こちらへ来なさい」


 ローブを纏い整然と歩み寄るその姿は神官のような荘厳さがあり、書斎には張り詰めた空気が漂う。


「お前が生まれてより20年。私は自らの持ちうる全てをお前に授けてきたつもりだ。お前はどうだ?」

「はい。お父様の分身であると自負しております」

「よい」


 満足そうに答えるも、その目は朗らかなものではなかった。


 この親子は普通の親子ではない。


 フェアが自らが父の分身であると言っていたように、フェアはヴァイザーの後継者として産まれ、育てられてきた。だから両者の間には父子の睦まじさというものはなく、代わりにあるのが与える者と授かる者の関係である。


「今日お前を呼び出したのも他ではない。お前を私の分身と見込んでのことだ」

「なんでしょう」

「お前に使命を与える」


 その言葉にフェアは顔色を変えた。ヴァイザーはそれを気にして問う。


「なにか言いたいようだな」

(はばか)りながら」

「よい。言ってみなさい」

「はい。それでは――」


 彼は今一度姿勢を正すと父であり、師匠でもあるヴァイザーの水晶玉のような瞳を見据え、胸の内を明かす。


「この世に生を受けて以来、お父様の持つあらゆる知識と技術とを授けていただいたこと、深く感謝しています」

「うむ」

「ですが、その才知を以て何を成すかは、私の目で見て定めたいのです」

「ほう……」


 どんな子供も自立するときはやって来る。従順であるフェアも例外ではなく、彼の場合、それが今なのだということをヴァイザーは瞬時に悟った。


「もちろん。世のため、人のためになることを成すつもりです。ですがこの広い世界で私が何で成すべきかは、この身を以て知る必要があるのだと、私は考えます」


 顎髭を数度扱くとヴァイザーは「よろしい」と頷いた。するとフェアは僅かに表情を弛緩させた。


「その慧眼(けいがん)を以て探し求めるが良い。ただ――」


 ヴァイザーはフェアの心に目を向け、言う。


「それはきっと、私の与える使命と同じであろう」

「どういうことでしょうか」

「いずれ知るときが来よう。さあ、これ以上の会話は無用だ。お前はお前の使命を探してくるがよい」

「はい」


 フェアは一歩下がると深々と頭を下げた。


 彼はヴァイザーの分身となるために生まれ、育ってきた。しかしその過程でなんの疑問も抱かなかった訳ではない。自分は単なる分身なのか。だとしたら自分が自分である理由は何なのか。ずっと疑問に思っていた。


 だから旅に出る。


 自分が何者で、何を成す者なのか。それを見出すために。


「お父様。今まで、お世話になりました。行って参ります」






当てのない旅であるから、差し当たってはノルディンの街へ向かうことにした。北の大都市であり、そこに自分の求める答えがあるかも知れないからだ。


 そうして彼はノルディンを訪れると魔法を活用して働き、路銀を稼ぎながら地域の人々との交流を図った。北の寒い土地柄に反して温かな心を持つ人たちで、フェアはノルディンを愛するようになった。


 しかし、それだけだ。


 自分の求める答えはここにはない。


 そう見切りをつけると彼はノルディンの人々に別れを告げ、南にある王都ホープを目指して旅を再開した。







 旅にアクシデントはつきものである。


 フェアの場合は乗る馬車を間違え、真南へ向かうはずが南東方角へと向かってしまったのだ。どうしたものかと考えたが、自分の使命を見出すためには、なにも王都へ向かう必要はないのだ。彼はこれも何かの縁だと、行き先を南東の何処かへと変えた。


「次の町はなんと言いましたっけ」


 唯一の乗客であったフェアは御者へ問い掛けた。


「フルーホですよ」


端的に答えると御者は不思議そうな顔をして彼を見た。


「しかしお客さん。行き先のわからない馬車によく乗りましたね」

「ええ。当てのない旅をしていますので」

「当てのない旅ねぇ。自分は仕事柄、当てがないと怖くて仕方ありませんよ。だってそうでしょう。当てのない旅なんてのはこの広い国を彷徨うようなものなんだから」

「その通りですね」


 フェアはくすりと笑った。


 ちょうどその時、東西に延びる街道と合流した。岐路を東方へ向かうって流れる川と併走する形になった。


「天気が良いと川も美しいですね――」


 フェアが言い掛けた時、御者が「ありゃ?」と声を上げた。


「どうかしましたか?」

「ええ。旅人でしょうか? 子ども連れの親子が川辺に立ってます」

「え?」


 フェアは(いぶか)しんで御者の肩越しに前方を見やる。


 幅数百メートルを誇る河川、フルフォ川。その川岸には御者の言うとおり、親子と思しき2人組がいた。不思議なことに軽装で、とても旅人には見えなかった。それに何より、川岸のさらに際に立っていて、親はジーッと川面を見つめている。その一方で子供は親の手から逃れたがっているように見えた。


「…………」


 フェアはなにか嫌な予感がして御者を急かそうとしたその時だった。


 親が子を抱き上げ、川に踏み込んでいった。


「ああ⁉」

「いけない!」


 御者が馬車馬を目一杯急かして急行するが、それから逃れるように親子は川の中央――より深い場所へ向かっていく。


「おい待て!」

「早まらないで!」


 2人が必死に叫ぶと返事代わりに子供の泣く声が響いてくる。


「やだ! やだよ――」


 次の瞬間、親は子供をいっそう強く抱きしめ、倒れるように身を投げた。


「ああ⁉」


 御者が悲鳴を上げる一方、フェアは馬車を飛び降りた。そうして着地すると腰に吊るしたロッド(金属製で、槍などの機能を兼ねた魔法杖)を引き抜き、槍のように尖った穂先を地面に突き立て、魔力を籠める。


 するとグラグラと地鳴りが起こり、地殻変動が起こる。親子が飛び込んだあたりの川底が隆起し、中州(なかす)となった。そしてその上に親子が横たわっていた。


「大丈夫か~!」


 100メートルほど先の川辺に馬車を停めた御者は濡れるのも厭わず中州へと向かった。それにフェアが続く。


「大丈夫です――はっ……⁉」


 フェアは親子の様子を確かめようとして絶句した。


「う、うう……」


 子供はただ気を失っているようだが、親は――母親は頭から血を流していた。中州を作った際に石で頭を打ったのだ。やらかした実感にフェアは慌てて傷口を押さえると母親に必死で呼び掛けたが、返事がない。胸に手を当ててみると冷たく、鼓動が伝わってこなかった。


 フェアは子供を御者に任せ、自身は心臓マッサージと人工呼吸で蘇生を試みた。しかし、母親の心臓が再び動き出すことはなかった……



読んでいただきありがとうございます!


『面白い!』『続きが気になる!』と思っていただけたら、ブックマークや評価などで応援していただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ