第19話 「正道と策謀」
三鷹と秋葉が案内された部屋は、のぞみ銀行本店とそのグループ各社が集まるオフィスビルの二階にあった。パーテーションで区切った簡易なスペースではない。しっかりと壁に囲まれ、ドアで仕切られたミーティングルームだった。その部屋を見た秋葉は、冬川、いや、桜庭はしっかり心得ていると思った。
部屋に案内されてから四~五分後、冬川景子、桜庭慎司、そして秋葉がかつて勤めていた経営コンサルティング会社の元専務取締役・橘正臣が揃って入室してきた。三鷹と秋葉は立ち上がった。ミーティングテーブルを挟んで、三鷹の前には桜庭、隣には冬川が立ち、秋葉の前には橘が来た。
秋葉が口を開いた。
「橘さん、ご無沙汰しております。と言っても橘さんは私のことはご存知ないかもしれませんね。専務と平社員でしたから」
桜庭が手を向けて、二人に席を促す。
橘が腰を下ろしながら応じた。
「知ってますよ。鬼才・秋葉宗一。天才的アレンジャー。頭の切れは一流――社内でも有名でした。柚木社長のことも知っています。優秀な若手経営者で、YUZUNOKIの三男、そして後継者。紹介の必要は、ありません」
「光栄です」
秋葉は短く答え、続けた。
「ところで桜庭さん、桜庭さんと橘さんは大学の同級生らしいですね」
「ゼミが一緒でした」
桜庭が応じる。
「そうそう、制度設計と経済原理ゼミでしたか。難しそうですね」
秋葉のちゃんと調べてるぞ――という色が滲んでいた。橘は無表情のまま、心の中で舌打ちをする。
「橘さんは、サニーズというスーパーマーケットのコンサルティングを受けているそうですね」
サニーズ――YUZUNOKIと同規模の老舗スーパーマーケット。店舗設備は三十年以上前のままで更新されておらず、近年は業績も右肩下がりである。YUZUNOKIとサニーズの商圏範囲は、一つの市を挟む形で隣り合っている。
「あの会社のコンサルは大変でしょう。私も何店舗か見て回りましたが、どの店も設備が古く、客足も鈍っていました。あの会社を立て直そうとしたら、まず店舗を新しく改装して明るく清潔な空間作りが必要でしょう。私ですらそう考えたのだから、橘さんも同じように考えた筈です。ただ何十店舗も改装するには多額の資金が必要です。それで橘さんは、大学の同期であり銀行員である桜庭さんに相談していたんじゃないでしょうか」
橘は苛立っていた。本来であればこの場に同席することさえ不愉快だった。だが、今まで無理を言ってきた桜庭に「同席してくれ」と言われたら断れなかった。そして目の前の男は、すべてを見透かしているかのように淡々と詰めてくる。
「それで、本題は?」
橘は短く言った。あくまで無表情で。
秋葉は小さく頷いて言った。
「今回の橘さんの案は素晴らしいものでした」
「それはどうもありがとう」
橘は変わらぬ無表情で返す。秋葉に代わって三鷹が言った。
「しかしその案は、私共の会社が主体者となって進めます」
横で聞いていた冬川は何のことだかわからなかった。いったいこの三人は何の話をしているのか。桜庭は黙ったまま聞いている。だが、桜庭は理解しているようだった。
「弱ったサニーズとYUZUNOKIを合併させる。良い案でしょう。だがやり方がいただけない」
秋葉の声に鋭さが増していく。いつものにこやかな顔ではなくなり、目は鋭く橘を見据えていた。
「正々堂々と話を持ってくれば良かったじゃないですか。そりゃそうすれば吸収されるのはサニーズの方になるでしょう。もともとサニーズを救うにはどこかと合併させるしかない、それはわかります。私でもそう考えます。橘さんのことだから、その後上場させるところまで見据えていたことでしょう。そして合併先を探している時、桜庭さんからYUZUNOKIの相続の話を聞いた。それで、その話を利用してYUZUNOKIを買収することを考えた……違いますか?」
いつもはゆっくりと喋る秋葉の言葉が早口になっていた。
「クライアントのためだ」
橘の返答は簡潔だった。
「クライアントのためじゃなく、橘さん、貴方のためでしょう。法的に許されるからといって、なんでもしていいわけじゃないんです。私達はコンサルタントです。悪い方法も思いつくこともあります。だが、だからこそ正道をクライアントに示さないと駄目でしょう!」
怒気すら感じさせる秋葉の語気に三鷹は驚いていた。こんなにも怒った感情を表に出す秋葉は、初めて見る。
数秒の沈黙の後、失礼しましたと言わんばかりに秋葉が姿勢をただして続けた。
「確かにサニーズがYUZUNOKIに吸収され、しかもその後、上場する……となると、サニーズの社長は口惜しく思うかもしれません。しかしそこをこそ説得するのがコンサルタントじゃないですか。それともサニーズの上場でなければ上場益が手に入らない……そう考えたんじゃないんですか?」
秋葉の口調はいつもの静かな話し方に戻っていた。
無表情で聞いていた橘は立ち上がりながら言った。
「お説教なら十分だ。私は帰らせてもらう」
そのまま帰ろうとした橘がドアの前で立ち止まった。
「一つ間違っている。桜庭の名誉の為にも言っておくが、相続融資の話を持ちかけたのは私の方だ。YUZUNOKIの次男が、交流会で相続の話をまき散らしていたそうだ。その話を聞いた知り合いの経営者が、私にYUZUNOKIの次男を紹介してきたんだ。銀行側が、融資や相続の話を、外部に漏らす筈もないからな……桜庭、悪かったな。後は俺に気にせずやってくれ」
そう言い残し、橘は部屋を出ていった。




