第1話 「若き経営者の原点」
24歳の頃の柚木三鷹は、自分の力を試したかった。
親の庇護を離れ、自分がどこまでやれるのかに挑戦したかったのだ。だが、親の会社に勤めている限り、自分は父・誠司の影響から逃れられず、そしてそのままでは、父からも周囲からも決して認められないことを痛感していた。
それに、会社にはすでに二人の兄がいた。何をしても、その二人を超える立場に就くことはできないという現実も、否応なく突きつけられていた。
そうなれば柚木三鷹のとる道は一つしかなかった。三鷹は、二年ほど親の会社で勤めたのち、独立の道を選んだ。得意だった広告デザインを事業の柱とし、自ら会社を興した。
あれから九年――今では、デザイン事業だけでなく、飲食店、美容室、フィットネスジムと事業を広げ、それぞれ数店舗を展開するまでに成長を遂げていた。成功とは呼べる程のものではないが、誰の目にも順風満帆と映っていた。
三鷹は考えるべき対象や情報を単純化し、即断し、実行する。これを繰り返してきた。経営者に必要なのは「決断と実行」――かつて読んだビジネス書にそう書いてあった。その言葉を信じ、実践してきた。言い換えれば「考える」ことは外注してきたとも言える。そうして彼は自分の経営する会社を成長させてきた。
もちろん、大小の問題がなかったわけではない。ただ、三鷹にとっては「問題」と呼ぶほどのことでもなかった。決断と実行、そして従業員や外部スタッフの力を借りて乗り越えてきた。
そんな三鷹が、久々に父と会うことになった。
父・誠司の会社を辞めて以来、三鷹は父とほとんど言葉を交わしていなかった。三鷹は幼い頃から、兄たちとの扱いの差に辟易し、劣等感を抱き続けていた。決定的だったのは、入社後の兄たちとの待遇の差だ。三鷹が会社に入って二年が経とうとする頃、長男の一誠は専務取締役営業部長に、次男の二晴はマーケティング事業部長に就任した。それに対し、三鷹はほとんどアルバイト同然の立場だった。
確かに、兄たちとは年齢差があり、入社も自分より早かった。だが、地元の大学に通っていた自分は、学生時代から会社でアルバイトとして働いており、一誠が会社に関わる年数とほとんどかわりはなかった。
それどころか、二晴に至っては自分より経験は少なかった。それでも、兄たちは要職に就き、自分は名ばかりの社員だった。これには三鷹は静かな怒りを抱いた。
不平不満を口にすることはなかった。だがその内心には、「この会社に自分の未来はない」という確信と、「ならば、自分の力で道を切り拓いてやる」という決意が芽生えていた。そして、いつか親の評価を覆してやる――そんな思いも、胸の奥底にはあった。
対して、父・誠司の胸中には、三鷹が、ある日突然、辞表一枚を机に置いて黙って会社を去ってから、ある種の怒りがくすぶっていた。
「あいつのことなど知ったことではない。二度とうちの敷居はまたがせない」
それが、誠司の心境だった。三男・三鷹は、誠司の目には幼い頃から我の強い子どもに映っていた。素直に言うことを聞く長男・一誠と次男・二晴とは違い、我儘で、どこか甘ったれた印象が拭えなかった。
だからこそ、三鷹には人一倍厳しく接してきた。父として、経営者として、厳しさが必要だと信じて疑わなかった。そして入社してきた時、最低でも向こう五年は雑巾がけをさせなければいけないと思っていた。
しかし三鷹は、三年も経たぬうちに辞めた。だからアイツは駄目なんだ。どうせすぐ会社を潰して泣きを入れてくる――と当初は思っていた。
ところが誠司の予想を裏切り、三鷹は気付けば会社を大きくしていた。直接会ったわけでも、視察に行ったわけでもない。それでも、経営者の集まりや付き合いのある銀行員たちとの会話の端々に、三鷹の名はたびたび登場するようになった。
30数店舗のスーパーマーケットを展開する自分の会社と比べれば、確かに大した規模ではない。だが、それでも潰れず、逃げもせず、事業を続け、確実に成長させてきている。数えきれないほどの会社が消え、夜逃げした経営者も多く見てきた誠司にとって、その事実だけは否定できなかった。
三鷹を見誤っていた――その思いが、誠司の胸の奥で、じわじわと広がっていくのを、彼自身も自覚していた。
そんな折、70歳を前にして誠司の身に異変が訪れた。見つかったのは癌だった。幸いにも手術は成功したが、「いよいよ引退の時が来たか」と誠司は思った。
順当にいけば、後を継ぐのは長男・一誠のはずだった。若い頃から専務に据え、営業部門の指揮を任せてきたのもその為だ。だが、どうにもパッとしない。無難に仕事をこなすことはできても、社員達を統率し、会社をより成長させるだけの勢いは感じられなかった。
(一誠は社長の器ではない)
そう思いながらも、社員たちは当然のように「次は一誠」と受け止めており、無難に継がせることが一番の平穏とも言えた。
次男の二晴にいたっては、正直、“仕事ができる”とは思えなかった。だが、それゆえか周りなスタッフが支え――もとい二晴の代わりに仕事をしているスタッフのお陰で、事業部は順調な成果を上げていた。
上司が駄目だと部下が成長するのか――周囲が支える社長というのも、ひとつの形かもしれない。それも社長の器の一つだろう――誠司はそうも考えたことがあった。だが創業者であり、今もなお現場に立つこともある誠司からすれば、二晴の仕事ぶりはいかにも頼りなかった。
そこで頭に浮かんだのが三鷹である。三人の中で最も自分の言うことを聞かなかった息子。だがその三鷹は、いまや複数の事業を展開し、経営者として会社を成長させている。
とはいえ、誠司にとって三鷹は“不義理をして去った息子”だった。社員がどう受け止めるかもわからない。兄たちが納得する保証もない――特に、次男の二晴とは犬猿の仲のようだった。今さら「会社を継ぐ気はないか」と言い出すのは、いかにもばつが悪く、そもそも、本当に三鷹が継いだ方がいいのか、誠司自身まだ答えが出せていなかった。
何かうまくいかせる手を考えなくてはいかんな――
そこは百戦錬磨の誠司である。一計を案じ、スマートフォンを取り出した。電話の相手は、かねてから相続について相談していた顧問税理士の香川慎一だった。




