第9話 「コンサルタント・秋葉宗一」
コンサルタントを名乗る秋葉宗一と柚木三鷹との出会いは、全国の経営者が集まる勉強会後の食事の席だった。
三鷹は地元の経営者同士の交流会や飲み会にはほとんど顔を出さなかった。酒の席での内輪の褒め合いや、実のない話には価値を感じなかったからだ。ただ、年に二度開催される経営勉強会とその後の食事会には毎回参加していた。ここには、自分と同じく「経営」に真剣に向き合う者が集まる――そう感じていたからだ。
秋葉と初めて同じテーブルに座った時、三鷹はとりたてて好印象を抱かなかった。端整な顔立ちに物腰も柔らかい。会社の規模が小さい頃の三鷹にも、決して軽んじることなく敬意を持って接してきた。年齢は近かったが三鷹より若かった。それが三鷹には頼りない人物に映り、またコンサルタントなどという職業を信用をしていなかった。
しかし、後日、それが偏見であることを悟ることになった。
食事の席で、三鷹が新しく始めた飲食店の売上がなかなか上がらないことを話すと、周囲の経営者たちは「広告をもっと打つべきだ」「人件費を絞れ」とお決まりの処方箋を並べ立てた。
その中で秋葉は、
「それは、そもそも業態を変えないと駄目じゃないですかね」
と身も蓋もないようなことを言ってきた。反論したくなる気持ちをぐっと抑えて、三鷹は彼にその理由を訊いた。秋葉はいくつかの理由を挙げて、それはいちいちどれも頷けるものであった。
「じゃぁどういう業態に変えればいいかな?」
「まぁ、それはテイクアウトに絞るべきでしょうね」
「テイクアウト?えーと、例えばそれはどんな?」
「それは実際に店を見ないと、具体的なことは」
「それならちょっと見に来てよ」
それが秋葉との始まりだった。
店を見ず、概略を聞いただけで適確に店の欠点を見抜いた秋葉だが、実際に店を目にすると、コストをかけて困っている点や、客ウケは良くてもそのせいで逆に売上が上がらない点など幾つかの問題点をさらに挙げてきた。
結局、秋葉が指摘するその問題点を改善しようとすると、当初彼が言っていたようにテイクアウトへの業態の変換しか手がなさそうであった。そうなると秋葉には懸念が浮かびあがる。店を仕切っている小鳥遊の反応だった。
三鷹は彼女の顔を見ると、案の定、彼女は露骨に眉をひそめている。「現場も知らない人に、店のことをとやかく言われたくない」とでも言いたげな顔である。それを察した秋葉が彼女に近寄って、
「これからお願いすることも仕事も増えますから、給料を”大幅に”上げるよう社長に言っておきます」
と、にこやかに言った。しかも、三鷹の前で。その言葉を聞いて小鳥遊の顔は一転して明るくなった。三鷹は苦笑するしかなかった。瞬時に彼女を味方にしてしまう、秋葉の鮮やかな手並みであった。
業態転換を行った飲食店は、わずか三ヶ月で繁盛店へと生まれ変わった。三鷹は、正直、舌を巻く思いだった。自分は決断力と実行力でここまでやってきたという自負があった。
だが、秋葉宗一の“見抜く力”と“構築する力”は、自分とはベクトルの違う能力で、しかもそれが抜群に冴えていた。中でも、小鳥遊舞花の能力を見抜き、それを最大限に引き出したことは驚きだった。彼女はみるみるうちに目を見張るような成長を遂げていった。思えば彼女が三鷹に悪態をつきながらも仕事をやり遂げるようになったのは、この時の経験があったからだろう。
この初仕事以来、三鷹は何かにつけて秋葉に相談するようになった。メニュー改善や味の調整、仕入れやオペレーション設計はもちろんのこと、それに加えて社員やアルバイトの給与体系、多店舗展開、新規事業の構想に至るまで――。
ある日、ミーティングが終わった後、ふと三鷹が言った。
「秋葉さんは、何でもできるんだね」
すると秋葉は笑って首を振った。
「何でもはできません。できることだけです」
「何かできないことあるの?」
「ネット系と広告宣伝ですね」
「それは私ができるから大丈夫」
「でも広告宣伝が苦手だから、店の広告費、ほとんどかからなかったでしょ?」
「それは確かに。お陰で利益率が良かった」
二人は顔を見合わせて笑った。同じ世代で、真剣な経営の話ができる相手――三鷹にとって秋葉は、数少ない話せる存在になっていた。ただ、秋葉との契約終了後、三鷹の事業が拡大して多忙を極めたこともあり、ここ数年は自然と疎遠になっていた。