第7話 ヤヌスの門は未だ開かず(7)「精鋭・屈強・剽悍にして抗魔大戦を勝利に導いた偉大な軍!即ち、アリラハン王国軍!ただし半裸‼︎」
※前回までのあらすじ
[ゆうしゃ]
*「ドイツぐん とは いっても いろいろ あるからな▽
いろいろ と▽」
[まおうのむすめ]
*「たとえば?▽」
[ゆうしゃ]
*「いろいろ だ▽」
[まほうつかい]
*「やれやれだぜ…▽」
※注釈
*マキシム銃
お馴染みの台詞である「機関銃の登場により戦争は変わりました。機関銃の威力の前に歩兵や騎兵の突撃はあまりにも無力であり、防御側の圧倒的優位が確立され、そのせいでWWIは泥沼の膠着状態に陥りました。クリスマス前に皇帝の髭を剃ってやるはずが、それは4年くらい延期されてしまったのでした」。では、ここでの“機関銃”とは具体的には何なのか?はい、マキシム銃です。
*散兵戦術
超簡単に纏めると、「横一列に並んで敵に向かって歩いていく」戦術です。
そんなものは戦術じゃないって?でも、WWI最初期くらいまで──機関銃の脅威が理解されるまで──はこれが主流だったんですよ。
機関銃が無い時代には小銃の発射レートなんてせいぜい一分間に三発くらいだったので、有効射程距離内でも悠々と歩く事が出来たのです。
当時の小銃の射程は大体700メートル。もっと遠距離からでも射撃自体は可能ですが、命中率等考えると妥当な距離はこれぐらいでしょう。
700メートルも走ったら疲れちゃいますので、ゆっくり歩いて前進したんですね。
*エネルギー保存則
完全な真空中に置いた魔法瓶にホカホカのお茶を入れておくと、いつまでも温かいのです。
*E=mc2
舌ベロリンおじさんの提唱した有名な式。
物理屋さん曰く「この世で最も美しい式」であり「全人類にとってアルファベットよりも常識」らしいのですが、筆者は全く美しいとも思わないし知ってて当然だとも思いません。
未だに一般相対性理論も特殊相対性理論も理解出来ない筆者なのでありました…
※登場人物紹介
*カイル・アリラハン・サッカーモンド
本作主人公。
本名、坂本 珂依。
聞き間違えられてカイルとかサッカーモンドになった。
異世界に転生し、アリラハン王国唯一の勇者として魔王を倒す。
本作は魔王を倒したその後のお話である。
アリラハンの名は王から授かった。
自称21歳だが、それは転生前の話であり、精神年齢的にはもっと歳を食っているし、現在の肉体年齢的にはもう少し若い。
*ドイツ軍
本作の真の主人公。勇者のラノベ主人公特有のチート能力に対抗出来るだけのチート主人公補正を有している。
真の主人公なので、ただの主人公である勇者如きには絶対に負けない事が世界の理によって確定している。
一時的に追いつめられる事もあるが、それは演出の都合上そう見えるだけであって、最終的には勝つので特に心配は要らない。
また、第二次世界大戦で負けたのも、それは演出の都合上そう見えるだけであって、既に勝っているので特に心配は要らない。
好きな軍隊はフランス軍。※ドイツ軍に毎回ボコられるが、何度も懲りずに挑んでくるモブキャラである事が世界の理により確定している。実はドイツ軍に片想いしている。
嫌いな軍隊はソ連軍。※ドイツ軍が真の主人公である以上、本作に於けるラスボスである事が世界の理により確定している。実はダークサイドに堕ちた父親である事が最終話で判明する。
そしてアメリカ軍。※ドイツ軍とは因縁のライバルだが、最後は協力して一緒にソ連軍を倒す事が世界の理により確定している。実は血を分けた兄。
更にイギリス軍。※ドイツ軍をいじめてくる悪の女幹部だが、根は優しい。最終決戦でドイツ軍を庇って死ぬ事が世界の理により確定している。
同盟軍はイタリア軍。※互いに気付いてはいないが実は両想い。つまり本作のメインヒロインである。しかし最後は闇堕ちしてドイツ軍と戦う事が世界の理により確定している。
そして日本軍。※大好きなドイツ軍先輩のために役立とうと頑張る後輩キャラ。ずっとドイツ軍が好きだったが、途中から敵であるはずのアメリカ軍が好きになってしまい、照れ隠しでウッカリ真珠湾を攻撃する。最後まで自分の気持ちに正直になれずにいたが、ソ連軍に無理矢理NTRされそうになったところをアメリカ軍に助けてもらい、最終的に結婚する事が世界の理により確定している。
*エイラ
カイルとともに住む魔族の少女。ていうかぶっちゃけ魔王の娘。
何やかんやあって今は勇者と一緒に住んでいる。
その“何やかんや”に関してはまたいずれ。
*リアナ・ディア
元勇者パーティーの魔法使い。
元々はボインなお姉さんだったがいつの間にか子供になっていた。
エイラからは「ロリアナちゃん」と呼ばれて小馬鹿にされているが本人はそれが気に食わないご様子。
*オリンダ
アリラハン王国第一王女。
──だが、男だ。
それを知っていて周りは敢えて「姫様」とか「姫」とか呼んでいる。
ちなみにピッチピチの16歳。
*アンティカ
アリラハン王国第二王女。ていうか事実上の第一王女。
大丈夫、普通の女の子です。
カイルとの結婚を目論む肉食系幼女らしい。
「あ、いた。あれだ」
おーい、と手を振ると、あちらも同じ様に返してくる。
敬愛に満ちたあの笑顔、間違いない…抗魔大戦従軍経験者だ。
いざドイツ軍!…と聞き取った情報を基にそちらに向かって歩いていたら、丘と丘の狭間に見慣れた鉄兜の集団が揃って待機していた。
バサバサとはためくマントがカッコいい、アリラハン王国軍である。
大きな四角い盾と長い槍、兜に付いた赤いトサカ。
見る人が見ればローマ軍団兵にそっくりだが、これは大戦末期になって採用された服装であって、抗魔大戦当初には元々存在した正規兵は中世じみた格好だったし、徴募兵はバラバラの服装であった。
何を隠そう、これは私がデザインしたおニューの制服なのである。(新制服の方が以前より兵士達の防御力が低くなってしまったのはお察しである)
流石は2個コホルス──千人近い規模──なだけあって、丘と丘との間の狭い地形にびっしりと兵士達が並んでいる。
その様は圧巻だ。
「将軍!お待ちしておりました!」
兵士達の中でも特に立派なトサカ兜を被った隊長が歩み出てきた。
この“将軍”とは勿論私の事。
大戦時に何やかんやで私はアリラハン王国軍の指揮を執る羽目になった事もあるし、今でも名誉将軍位に就いている。
故に、彼らからすれば私は“勇者”という以前に“我らが将軍”なのだ。
「百人隊長も皆揃っています。御下命とあらば、いつでも出撃可能です!」
こちらがまだ何も言わぬうちにこんな事を言い出す時点で、彼らの士気の高さ──血気盛んさが分かろうというものだ。
「落ち着け、君。はやる気持ちも解らんではないが、先に状況を教えてくれ」
私の言葉一つで、彼は冷や汗ダラダラになった。
「こ、こ、これは失礼致しました…‼︎」
「構わん。続けろ」
「は!我が軍は先刻ここに到着し、小規模の斥候を放ちつつ、長期戦も考慮して臨時に野営陣地を構築中であります!将軍の到着を待ち、合流次第指揮権移譲を命令されております。つまり、これより我が隊の指揮権は将軍に移ります!」
まあ早い話が、この兵士諸君は私の好きに使って良い存在だという事だ。
「斥候からの報告によれば、賊は丘に隠れる形で同様に陣を敷いている様です」
「ふむ…ちなみに斥候というのはどういった風に行った?」
「どう、とは…?通常通り三人一組の斥候を送り、敵近くの丘の上から観察させたのですが…」
「そうか…」
私は思わず頭を押さえた。
…こりゃあちらには確実にバレているだろう。
この世界の軍と例のドイツ軍では索敵に対する思想が全く異なる。
「既に別の部隊は連中と交戦して全滅している…それも、一方的にだ。それに味をしめてあちらから先制攻撃を仕掛けてこないとも限らないな…」
もしドイツ軍側がそこそこの野砲を装備しているなら、今いるここも射程圏内であるはずだ。
位置が割れた瞬間空から砲弾が飛んでこないとも言い切れない。
びっしりと千人規模で密集していて、簡易な塹壕すら無い我々は、あちらからすれば良い的でしかない。
「悪いが、君達はここで待機だ。ここを動くな。出来る限り物音も立てず、ここでじっとしているんだ」
「何故です?」
隊長殿は少々不満そうだ。
「敵にこちらのキャンプ位置が知られれば、遠距離から一方的に攻撃されて全滅しかねないからだ」
「ではいっそこちらから出向いて、突撃しては?」
歩兵の突撃が有効でない事は残念ながら1910年代に証明されてしまっている。もっと言えば、日露から。
その数十年後から来たのであろうドイツ兵にそれが通用するかな?
「却下。お前達が敵を目視出来る距離にまで歩いていく頃には砲弾の雨が降ってきて、敵の白目が見えるくらいの距離にまで接近する頃には全滅しているだろうよ。仮に敵砲火が貧弱で、全速力で駆けたならば接近自体は可能かもしれないが、どうせそうなれば今度は機関銃ミートグラインドパーティーになる事は目に見えている」
「キカンジュウ?」
WWI最初期、マキシム銃相手に散兵戦術は惨敗した。
散兵戦術以前の密集隊形を基本とするアリラハン王国軍が敵うはずがないのである。
土台無理な話だと分かっていて、それを命令する程鬼畜ではない。
「兎に角だ、無駄に犠牲者を増やさぬためにもここで待機だ。火を起こすなど持っての他だぞ、良いな?」
「…了解です」
ちょっと罪悪感を覚えてしまう程にしょぼんとされてしまった。
でも仕方がない、私が自分で働けば無駄に死ぬ事も無く解決するのだから。
「では頼んだぞ。血迷って敵に単独で攻撃を仕掛ける様な愚か者は存在しないとは思うが、万が一にもそんな命令違反が起こらないように気を付けておいてくれ」
「勿論です」
ま、戦意があり余っているというのも、またそれはそれで考えものなのだ。
「いくぞ、二人とも」
ここに来た時と同じ様にエイラを両手で抱き抱える。
「壊れ物です、優しく扱って下さいね」
「お前ならどこから落としても、へっちゃらだろうがな」
出来る限り乱暴にエイラを持ち上げ、斜め上に上昇していく。
魔法とて一応限界というものがある。
飛行魔法の場合は、真上にはいきなり上昇出来ないので、螺旋状にぐるぐると高度を上げていく事になる。
ここら辺は航空機の上昇角度限界と一緒。
──この様に、この世界には魔法というものが存在する。
誰もが持つものでは決してないが、少なくとも皆がそれを当たり前に認識している。
非科学的?…否、むしろこの世界の魔法は科学的だ。
魔力という名のこの世界独自のエネルギーを用いて、物理的現象を起こしていると考えれば良い。
こう考えるならば、魔法とはむしろ科学の権化である。
この世界に於ける物理法則は基本的に元いた世界と同様のものであり、異世界たれども同じ見た目をした人間が存在し、同じルールに支配されている。
世界を支配する物理法則は世界に依らず同じである、という前提の基に、私は長らくこの世界の魔法の正体について考えてきた。
平凡な理系大学生が推測した結果はこうだ。
魔力とは、この世界の生物特有の生体エネルギーの一種であり、生物のみによって生成される。ただし、私が既に知る何らかのエネルギーが別の形で発現しているだけという可能性もある。
おそらく体内の何らかの器官、あるいは細胞内にて生成され、貯蔵されるものである。
生成方法に関しては不明だが、少なくとも食物はエネルギー源ではない。
何故なら、魔導士──魔法使いも魔導士も大体同義である──は魔法の使用によって栄養状態や摂食量に影響を及ぼす事が無いからである。
それに魔導士や魔族、魔物や魔獣等の生物が食事によって得るカロリーに比して明らかに魔法によって消費するであろうエネルギー量は大きい事からも、食事以外の何らかのエネルギー源が存在するものと思われる。
魔力は有限であり、より大きな物理現象を引き起こす程大量の魔力を消費する。
これは、エネルギー保存則的に考えて合理的である。
…え?エネルギー保存則はあくまで化学の話であり、物理学の世界では成立しないって?E=mc2?質量欠損?
…おほん。無論その通りではあるが、少なくともここではミクロの世界でもマクロの世界でもないので、そういった単純な易しい法則が当てはまると想定して欲しい。
物理屋の皆さんに叱られるかもしれないが、そもそも物理学なんてのは行くところまで行けば思考実験でしかなくなるし、現代物理学が正しいと言える理由はそれで矛盾が生じないから、という理由に過ぎない。
現在物理学は所詮99%正しい仮説でしかないのだ。
ここで私が挙げるものも、同様であると考えていただきたい。
更に、物理現象を引き起こす場所と魔法を使う者自身の距離が離れれば離れる程、それに応じて魔力使用量も大きくなる。
おそらくこれは、距離が離れる程魔力の伝達効率が悪くなるか、そもそも魔力の伝達自体に距離に比例してエネルギーを消費するか、この何れかであろうと考えられる。(ただし、距離に応じて二次関数的どころではない増加量で魔力消費量が増大する事から、この両方である可能性が濃厚)
“魔界”と呼ばれる、この世界にとってのパラレルワールドに生息する生物──所謂、魔物や魔獣──は総じて魔力量が多いため、魔界の何らかの環境が進化の過程で影響を及ぼして、生物に魔力を生成させるよう促した可能性が高い。
エイラの証言によると“人間界”、即ち現在私が存在しているこの世界から魔界に移住した人間の子孫こそが、現在の“魔族”であり、魔族とはつまるところは“魔界に適合するように進化した人間”であると言える。
これは、魔族が高い魔力量を有する事実とも辻褄が合う。
また、人間界には魔力を持つ生物と持たない生物が共に存在している事、人間界に住む人間でも微量ながら基本的に魔力を有し、稀に魔導士の様な、魔力を通常より多く有する者も存在するという、一見この説に対する反論となり得る事実もあるが、これも解決済みである。
ポイントは、人間界と魔界は別の世界でありながら一種のワームホールの様なもので断続的に繋がっており、互いに行き来が可能であるという事だ。
要は、魔界から人間界にやって来る生物もいる、という事である。
また、人間が皆魔力を有するという事実は、魔界に渡ってまた戻ってきた者が存在し、彼らの子孫が今の人間であると考えれば合点が行く。
ただ、人間の場合魔道士と呼ばれる一部の人間しか魔力を扱えないが、魔導士は家系などに関係なくほぼランダムに誕生しており、遺伝ではない。
隔世遺伝である、誤魔化してしまうのは容易いが、おそらくまだ知り得ぬ何らかの要因があるのだろう。
──まとめると、魔力とは魔界の環境下に於いて生物が生存上必要になり進化の上で獲得した一種の生体エネルギーであり、魔界固有の生物や魔界の生物に起源を持つ生物に生成能力がある。
何らかの方法によって魔力は物理現象を起こせるが、それに応じてエネルギー保存的に魔力は消耗される。ただし、距離の要素も影響するため、見かけ上は必ずしもエネルギー保存則が成り立たない。
人間に於いては魔導士と呼ばれる、人口上一定の割合で誕生する稀少な人々によってのみ扱われる。
…
私はかつてこの考察結果をリアナに話した事がある。
彼女は笑顔と共にこの説に同意したが、同時にこうも述べた。
「そんな事はどうだって良いじゃないの。魔法が何であれ、あなたはそれを便利に使えるのだから」