第5話 ヤヌスの門は未だ開かず(5)「TRPGでヤケにキャラ設定凝るヤツ、たまにいるよね」
※前回までのあらすじ
[オリンダひめ]
*「さいきん むら を あらす とうぞく
が でて こまっているのだ▽
ゆうしゃ カイル よ これを みごと
とうばつ して まいれ!▽
さすれば わたし の いもうと を
よめ に やっても よいぞ?▽」
はい
いいえ
▷むり
いやだ
*「え…?▽
そんなっ!
ひどいっ!▽」
※注釈
※登場人物紹介
*カイル・アリラハン・サッカーモンド
本作主人公。
本名、坂本 珂依。
聞き間違えられてカイルとかサッカーモンドになった。
異世界に転生し、アリラハン王国唯一の勇者として魔王を倒す。
本作は魔王を倒したその後のお話である。
アリラハンの名は王から授かった。
自称21歳だが、それは転生前の話であり、精神年齢的にはもっと歳を食っているし、肉体年齢的にはもう少し若い。
*ドイツ軍
本作の真の主人公。勇者のラノベ主人公特有のチート能力に対抗出来るだけのチート主人公補正を有している。
真の主人公なので、ただの主人公である勇者如きには絶対に負けない事が世界の理によって確定している。
一時的に追いつめられる事もあるが、それは演出の都合上そう見えるだけであって、最終的には勝つので特に心配は要らない。
また、第二次世界大戦で負けたのも、それは演出の都合上そう見えるだけであって、既に勝っているので特に心配は要らない。
好きな軍隊はフランス軍。※ドイツ軍に毎回ボコられるが、何度も懲りずに挑んでくるモブキャラである事が世界の理により確定している。実はドイツ軍に片想いしている。
嫌いな軍隊はソ連軍。※ドイツ軍が真の主人公である以上、本作に於けるラスボスである事が世界の理により確定している。実はダークサイドに堕ちた父親である事が最終話で判明する。
そしてアメリカ軍。※ドイツ軍とは因縁のライバルだが、最後は協力して一緒にソ連軍を倒す事が世界の理により確定している。実は血を分けた兄。
更にイギリス軍。※ドイツ軍をいじめてくる悪の女幹部だが、根は優しい。最終決戦でドイツ軍を庇って死ぬ事が世界の理により確定している。
同盟軍はイタリア軍。※互いに気付いてはいないが実は両想い。つまり本作のメインヒロインである。しかし最後は闇堕ちしてドイツ軍と戦う事が世界の理により確定している。
そして日本軍。※大好きなドイツ軍先輩のために役立とうと頑張る後輩キャラ。ずっとドイツ軍が好きだったが、途中から敵であるはずのアメリカ軍が好きになってしまい、照れ隠しでウッカリ真珠湾を攻撃する。最後まで自分の気持ちに正直になれずにいたが、ソ連軍に無理矢理NTRされそうになったところをアメリカ軍に助けてもらい、最終的に結婚する事が世界の理により確定している。
*エイラ
カイルとともに住む魔族の少女。ていうかぶっちゃけ魔王の娘。
何やかんやあって今は勇者と一緒に住んでいる。
その“何やかんや”に関してはまたいずれ。
*リアナ・ディア
元勇者パーティーの魔法使い。
元々はボインなお姉さんだったがいつの間にか子供になっていた。
エイラからは「ロリアナちゃん」と呼ばれて小馬鹿にされているが本人はそれが気に食わないご様子。
*オリンダ
アリラハン王国第一王女。
──だが、男だ。
それを知っていて周りは敢えて「姫様」とか「姫」とか呼んでいる。
ちなみにピッチピチの16歳。
*アンティカ
アリラハン王国第二王女。ていうか事実上の第一王女。
大丈夫、普通の女の子です。
カイルとの結婚を目論む肉食系幼女らしい。
「ほう、周囲の村々を襲う盗賊ねえ…」
「って、話でしたよね」
「って、話だったね」
「って、話だったな」
我々3人はこぞって顔を見合わせた。
「場所は間違えていないよな?」
「ええ、ここがその“周囲の村々”にあたる村落のはずなのですが…」
遠くの方には何ら変わりのない平凡な村が1つ。
THE・村、とでも言うべき光景である。
ざっと数えたところ、家が数十軒集まってできている様だ。
村人は百人もいないくらいの規模だろう。
遠目に見る限り、建物が破壊されているだとか畑が荒らされているだとかいった様子は見受けられない。
村人らしき者が井戸で水を汲んでいる姿や、木の枝片手に走り回る子供の姿も確認出来る。
「平和だな…」
「平和だね…」
「平和ですね…」
…という有り様であった。
「どうする?取り敢えず話を聞いてみるか?」
「そうですね…一応、ね」
王国軍の連中と合流する前に独自に色々と調査しておこう、という話になって今に至る。
すると何とまあこうも事前の情報とは異なる情景が広がっているではないか。
これは一体全体どういう事なのか。
畑で何かしら作業をしている女性に声をかけてみる事にする。
おばちゃんがフレンドリーなのは万国共通だ。
「じゃあ、新婚旅行中のラブラブカップルという設定でいきましょう」
こんな辺鄙な村に理由も無く訪ねたら怪しまれてしまう。
何かしらこういった口裏合わせは必要だろう。
「リアナは?」
「私とご主人様の娘ですよ、当然じゃないですか」
「待て待て待て…新婚カップルに何でこんな歳の娘がいるんだよ…」
それにエイラの見かけの年齢は明らかにティーンエイジャー。
どう考えたっておかしい。
魔族の証である頭の角は隠そうと思えば隠せるが、それはどうしようもない。
それに何度も言うが、新婚でもラブラブでもカップルでもないからな⁈
「じゃあできちゃった婚ワケありカップルという設定で──」
「それも却下」
ムムム…とエイラは不機嫌そうな顔になる。
「じゃあどうするんですかっ?」
「いや、もう普通に兄妹設定で良いのでは?エイラとリアナは私の妹という設定で」
「意義ありっ!」
リアナが即座に反応する。
「私がカイルの妹というのは納得がいかない!姉にしろ‼︎」
あ、不満点そこですか?
「自分の今の姿をじっくり見てみるのだな、ロリアナちゃん」
…と、言ってやると彼女は何も言い返せずにグヌヌヌ…と悔しそうに歯噛みしつつも引き下がった。
そして一方のエイラである。
「妹っ…‼︎嗚呼、何と官能的な響き…!深まる兄妹の絆…それは次第に男女の仲へと発展していき、背徳感を抱きつつ互いに愛を求め、肉体を重ね合って欲望を満たす日々…罪悪感から互いに心から触れ合う事が出来ず、虚しく快楽に浸るだけの淫らな一日が今日も過ぎ去っていく…良いですねぇ、この設定でいきましょうっ‼︎」
待て、何故そんなとんでもない兄妹設定になった…
どこの昼ドラだよ。
「いえ、ここは“生き別れの実の母を探して旅する可哀想な三人兄妹”という設定でいこうよ。海の向こうにいる母親に会いに行くの」
それ、どこの母を尋ねて三千里…?
「もっと平凡な設定で良いだろうが。ほら、どこかの村の平凡な兄妹で、今日も平凡に市場にお遣い。その途中で迷ったのでこの村に寄りました…とかな」
「普通過ぎません?」
いや、普通で良いんですけど…?
今の私の肉体年齢は20に満たない程度。
設定としてはこれくらいが妥当なところだろう。
「はあ…まあ兎に角私の言う設定に合わせてくれよ?あと、エイラは角を隠す!」
エイラにフードを被せ、角が見えないように隠す。
戦争は終わっても人々の中には未だ魔族に対する恐怖心や敵意が燻っている。
人の感情は簡単に変わる様なものではないのだから当然なのだろうが。
私とエイラの事情を把握している、かつての仲間やそれなりの権力者相手ならば良いのだが、それ以外の市井の民となると無駄な面倒を避けるために角を隠すべきだろう。
「これで良し」
「でも、“平凡な村人”という設定の割にはこの服、良質過ぎるんじゃない?」
リアナにそこまで言われて私はやっと気付く。
そうか…我々の今着ている衣服は私の元いた世界基準で言えば平凡なものである。
そう、華美でも何でない、まさに平凡そのものな。
元いた世界で同じものを手に入れようと思えばハンドメードで丁寧に仕立てられているから少々値段は張るだろうが、逆に言えばその程度のものでしかなかった。
だが、この世界では違う。
この世界の一般人にとってはその程度のものであっても決して“平凡”などではないのである。
特に農村に生きる人々にとっては、これでも十分過ぎる程に立派なのだから。
学校の歴史の授業で様々な時代の文化について学ぶ事も多かろう。
例えば「江戸時代には町人の文化が〜」とか「ルネサンス期には〜」とかいった風に。
さも皆がそれを享受していたかの様に。
だがそれは基本的に都市部の話であって、農村に於いては古代から近代──正確には産業革命後暫く経つまで──まで殆ど変化無しと言って良い程に生活は変化しなかった。
勿論例外はあれども、基本的には同じ地域の紀元前一世紀の農民と十七世紀の農民の生活を比べたって細かい違いこそあれ根本的には同程度の生活を送っていたと言える。
多少道具が良質になったり、技術が発展してその恩恵を得る事が出来るようにもなっただろうが、それは非常に微々たるものである。
2000年代に生きた人間から見れば、それはブラウン管のテレビが液晶テレビに変化する事よりも些細な事で、どちらにせよ大したものではない。
さて、それを踏まえて自らを顧みてみよう。
産業革命なぞ影も形も無く、未だに人口の大半が第一次産業従事者であるこの世界の事情を考慮しつつ。
そうすれば分かる。
──この服は高級品だ。
「そうだな…失念していた」
これは私の落ち度だ。
どうも未だに元いた世界の常識に囚われ続けている自分がいる。
ローマに入ってはローマに従え、異世界に入っては異世界に従え、である。反省点だ。
「じゃあいっその事何も着ずに──」
「やめろ変態」
「やめろ露出狂」
エイラの案は直ぐさま却下される。
「じゃあ他に何かしら代案を考えて下さいよ。あれも嫌だ、これも嫌だ、じゃどうにもなりませんよ」
エイラの言う事も尤もであるといえば尤もである。
批判するだけなら誰にだって出来る。
そこで、私は最終手段に出る事にした。
「分かった…なら私に考えがある。服装だとか何だとか諸々纏めて解決出来て、尚且つ簡単な方法に心当たりがある」
「そんな都合の良いものがあるの?」
「ああ。最初から勇者だとバラす」
それはまさに、最終手段であった。