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第2章エピローグ「初陣」Part2

──抗魔大戦初期 ピラ王国東部 ニュールロゥ──


隊長は嘆息した。橋の向こうにずらりと並ぶ魔王軍を見て。


──その数、目測で約500。

対する我々守備隊は、私を含めて56名。

約十倍の戦力比である。


「上も無茶を言う…橋を無事に守り切れ、とは…」


「確かに、魔王軍の侵攻を食い止めたければ橋を全て落としてしまうのが最も手っ取り早いでしょうね。それを敢えてしないとなると、何かしら理由があるのでしょうか?…例えば、反攻作戦を見据えて…とか?」


私自身、あり得ないと思いつつの発言であった。

現在、魔王軍は飛ぶ鳥をも落とす勢いで人間国家を蹂躙中。対する人間国家は虫の息。

反攻作戦など笑止千万。為す術も無く敗北を重ねているのが現状なのだから。

魔族の人間界侵攻から数か月──我々人間は魔王軍相手に連戦連敗であった。

魔王軍の勢いときたら、大戦序盤のドイツ軍の様だ。(だとすれば我々はフランス軍…否、ポーランド?)


「いくら山岳戦では敵戦力の分散が期待出来るとはいえ…我々は防衛戦力としては規模が心許なさ過ぎます。やはり我々は捨て駒なのでしょうか…」


兵士の一人が、不安を隠せぬ様子でそう言った。


「まあ時間稼ぎには違いあるまいな。だが、捨て駒も何も…平野での大部隊の軍事行動は封印されてしまう。山岳地帯での小部隊の防衛…これは我々に与えられた唯一の選択肢なのだよ。同時にそれは、相手の土俵に立つ事を意味するがな…」


魔王軍を構成する魔族や魔物、魔獣に比べて、人間達はひ弱である。

人間は身体能力の点で著しく魔獣や魔物に劣っている。猿と恐竜を比べる様なもので、そもそもの戦闘能力が大きく異なるのだ。

魔導士に関しても同様で、一人で一軍に匹敵すると謳われるアズライト学園卒業生達でも、一対一では魔族には到底敵わない。魔族は生まれながらの魔導士の種族であり、純粋な魔力量からして桁が違うのである。

以上の様に、個としての能力を比べれば、人間に勝ち目などあろうはずもないのだ。


では逆に、人間が優れている部分とは何か。

…それは、圧倒的なまでの“数”である。

人間最大の武器は“数の暴力”と、それを最大限活かす集団戦法だ。

正確なデータは存在しないので推定になるが、おそらく総人口で云えば人間の人口は魔族の二十倍を超えるだろう。


正確な裏付けがある訳ではないが、私がこの世界に転生してから得られた様々な証拠から推測する分には、それぐらいの差がある様に思えるのだ。

魔族とは常に戦争しているという訳でもないから、当然彼らに関する情報もある程度は仕入れられる。


それによると、魔族の平均寿命は不明ながら、中央値は大体600歳から800歳の間辺り。500歳になるまでに全体の三割近くが病や事故等様々な理由で死亡するらしい。死因の最たるものは、感染症。魔族も菌やウイルスには敵わない様だ。

しかし幼児死亡率は非常に低く、衛生観念や医療等に関してはおそらく人族よりも進んでいる。私は、魔族の長寿には種族的な特徴に加えて彼らの高度な医療にも理由があるのではないかと推定している。


対する人族の平均寿命は50前後。…まあ、文明レベルの割には結構頑張っている方かな。

死因もやはり感染症が最多で、次いで戦争。魔族など関係なく、人族は人族同士で争い合うからねぇ…

衛生観念に関しては最悪、の一言。手洗いうがい等の基本すら徹底されていない。農村部も酷いが、更に酷いのは都市部である。

都市部だと排泄物は基本放置。飲み水も煮沸消毒が必須なレベルで、殆ど泥…だ。

こんな惨状で医療が発達している訳もなく、大部分を魔法に頼っている様だ。せいぜいが民間療法レベルの傷薬とか。寧ろ、中途半端に便利な魔法というものが存在しているせいで斯くまでも医療が未熟なのだろう。これでは長寿など到底望めまい。


平均生涯出生率は、魔族ではやはり不明。魔族は寿命が長過ぎる事に加え、人族程きっちりとした婚姻関係を結ばない。寿命が長い分、生涯でパートナーを何度も変える例も多い様だ。そのせいで正確な数を推し量る事は難しいが、少なくとも2以下であろう。1.5から2くらいが妥当な範囲か。

ご存知の通り、生涯出生率とは女性が一生のうちに産む子供の数を示すもので、生物には雄と雌がいる訳だから、最低でも2を超えないと人口は増加しない。つまり、魔族は少子化問題に直面しているのだ。(ただし魔族の寿命は長いから、ライフサイクルもその分ゆっくりである。彼らが明確に人口減少と直面するためには、まだ数百年から数千年程度の猶予がある)


ちなみに、人族の場合は都市部でも平均4、農村部だと8から9。

無論、その分幼児死亡率も高いのだが、無事成人した分だけでカウントしたとしても、魔族とは比べ物にならぬ程多いだろう。


それに加え、一定以上の大都市に於ける人口統計を比較しても、魔族と人族では約十五倍の差がある。

魔族の人口が比較的都市部に集中する傾向にある事を加味すれば、実際の人口の差は凄まじいものとなるだろう。


この様に、我々人族最大の武器とは、その数にこそあるのだ。

魔族からすれば、我々は間引いても間引いても直ぐに増えるネズミみたいなものかもしれない。


しかし、魔族とて無能ではない。

我々の苦境はこの“数”を封じられたところから始まる。


魔王軍は、飛龍軍団を用いて制空権を獲得し、人族の地上部隊を襲うのである。

どんなに精鋭を揃えても、万の大軍をかき集めても、全て上空から一方的に壊滅させられるのだ。

また仮に魔導士による対空防御網を構築したり、飛竜騎兵によって迎撃するなど、飛龍の撃退に成功したとしても、今度は前線の戦闘員ではなく後方の補給線が襲われる。

これがいかに絶望的か。


前世でも、“制空”の重要性は歴史が証明している。

WWIIに於いて末期には日本軍は米軍相手に完全に制空権を奪われ、戦闘部隊への補給が満足に出来なかった。

補給しようにも増援しようにも、戦地に近付く前に米軍機や米潜水艦(こちらは“制海”だが)に襲われ、食料すら満足に届けられぬ始末。

最終的には本土にまでB29が飛来するようになって、銃後の軍需工場やインフラまで破壊し尽くされ、終いには民間人まで攻撃対象に…まあ悲惨である。

無論、日本だけでなくドイツも制空権を奪われた後は似た様な目に遭っているし、WWIIに拘らずとも中東戦争に於けるエジプト軍や湾岸戦争でのイラク軍など、挙げるにきりがない程である。


航空機が発達して以後、戦争に於いて制空権とは地上の趨勢すらをも左右するものであり、大規模な軍事行動は航空優勢を以って初めて可能となるものであった。制空権とはそれ即ち戦場の主導権なのである。

そしてそれと同じ原理が、航空機が存在しないはずのこの世界(異世界)でも成り立っているのだ。

人族が魔王軍に盛大にやられているのも、然もありなん。当然の帰結だ。


その様な状況のせいで、我々は数的有利を活かすどころか、全滅を防ぐために小規模な部隊での戦闘を強いられている。数的有利を捨てるなんてモンじゃない、魔王軍相手に完全に数的劣勢だ。数でも質でも劣っていては、勝てるはずもない。

今まさにこうして、我々が少数でコソコソと橋を守っているのも、そういう事情である。…全く酷い。ため息しか出ない。


「さて、数では圧倒的に不利だな…十倍の戦力差とは。城攻めでもせいぜい三倍が限度だろうに」


隊長殿は諦観の目で、橋の向こうにたむろする敵軍を見た後、ため息をついた。


「戦力は圧倒的不利…質的にも当然不利。橋を挟んでの防衛戦というこの状況ぐらいしか、こちらに有利な要素がありませんな」


続けて副隊長殿がその様に言った。


我々の守る橋は、山の中にある小さなオンボロ吊り橋であり、幅員も人が一人通れる程度の細さである。

兵が一斉に雪崩れ込める程丈夫でもなければ、広くもない。武装した兵士が十人渡るだけで落ちかねない危険な橋なのだ。


魔王軍はこの橋を渡ってこちら側に進軍してくるのが目的なのだから、当然、橋が落ちてしまう様な乱暴な攻撃は出来ない。

数の暴力による制圧とか、大魔法でドカーンとか、大抵はこういう力業で我々人族は魔王軍相手にフルボッコにされるのだが、今回ばかりはそうもいかないのだ。

こうしてみると、確かに状況的にはかなり恵まれている。


ただ、副隊長君の認識は少々誤りだ。

何故なら、我々は質的にも有利なのだから…


敵戦力の内訳は、多い順に、山岳戦特化の魔獣“オクタントットウルフ”、魔王軍の基幹戦力で何処にでもいる魔物“デーモンソルジャー”の山岳戦装備、斥候用と思われる魔竜“デビルワイバーン”、そして指揮官・各級士官としてお馴染みの魔族さん達数名。


ネーミングに関するツッコミはご遠慮願いたい。だって、私が名付けたのではないんだもの。

…元からそういう名前なんだもの。


オクタントットウルフは、魔界の山奥や森に棲む狼らしい。狼といえば山か森にいるイメージだから、魔界の山に狼がいたって何の問題も無いだろう。

見た目だけで判断するならば、どこにでもいそうな黒っぽい狼である。大型犬好きな私としては、ペットにしたいぐらいだ。…出来ないけど。

コイツらが厄介なのは、山中でもまるでお構い無しに進軍出来、人間ならば到底進めない険しい山道さえ易々と踏破してしまう点である。

…だって、狼だもん。元から山で暮らしてるんだもん。

個々の戦闘能力自体は大した事はないが、基本的に数十匹単位の群れで高度に連携して戦うので、下手な人族の小隊なんかだと簡単に包囲されて殱滅されてしまう。兵力集中が難しい山岳・森林地帯では、それだけで充分な脅威である。


疲れ知らずの足で険しい山を越える彼らは、敵軍の行く手に先回りして奇襲を仕掛けたり、孤立した敵軍を追い回したり…と、どちらかといえば群れ単独での遊撃を得意とする。今はあの様に他兵科と共に行動しているが、それはこの橋を渡る必要があるからで、稀有な例外である。

我々からすればありがたい事に、オクタントットウルフにとってこの戦いは本領を発揮出来ない不利な戦なのである。


そして、デーモンソルジャー。コイツらは魔族が異界から召喚して使役する、悪魔の兵士である。うん、名前そのまま。

“異界から召喚”という部分が気になるが、私だって異世界転生してる訳だし、まあそれに近いものなのだろう。

コイツらはガン○ムに於けるザ○IIみたいな連中で、魔王軍の大抵の部隊にはコイツらの姿がある。戦闘力は人族よりもちょっと強いくらいだが、数で劣る魔王軍が数的に我々人族と張り合おうと思うと、こうなるのだろう。

見た目は、悪魔と云うより…バイキ○マン…?だって、紫色だし。鳴き声(?)もしゃがれた声で、バイキ○マンっぽいし。


デビルワイバーン。…ぶっちゃけ、コイツらについて解説する事は特に無い。

何故なら、人間界に生息していて我々が軍事利用している、普通のワイバーンと大して変わらないからだ。いや…正確には、ワイバーンがデビルワイバーンと大して変わらない、と言った方が良いか。(魔界のデビルワイバーンが人間界に適応するように進化した結果が、現在人間界に存在するワイバーンである)

強いて言えば、人間界に生息するワイバーンよりもちょっと大きくてちょっと強くてちょっと丈夫でちょっと速くてちょっと禍々しい見た目をしているだけで。…うーん、充分脅威だな。


そして、魔界の支配者階級たる魔族さん達は指揮官である。

素の戦闘力では一番強いはずなのだが、死を極端に恐れ、あんまり自分では戦いたがらないのだ。多分、長命種である事が関係しているのではなかろうか。

まあ…戦わないと言いつつ、実際には後方から魔法砲台として火力投射してくるんですけどね。


対する我の内訳は、アリラハン王国近衛軍団所属第63警備小隊55名に加え、アリラハン王国推薦の勇者カイル・アリラハン・サッカーモンド(私)。

兵士達の装備は、動きやすさ重視で必要最低限──胸部・頭部──を金属鎧で覆い、関節・手足は魔獣ヒイロマジロの革鎧で防護している。武器は主として全長2メートル程度の手槍(アリラハン王国軍の制式歩兵槍は全長十数メートルにも及ぶ非常長い槍だが、山岳地帯では長過ぎるとどう考えても邪魔になるし、少人数では長さの利を有効活用出来ないので、2メートルが限界であった)、副兵装として制式の短剣(両刃の直剣で、刃渡り50センチ弱。短剣と呼ぶには長過ぎるかもしれないが、王国制式の主力剣がこの倍ぐらいの長さなので、それと比較すると“短”剣となるのだ)である。

流石は近衛軍団。皆練度はアリラハン王国トップクラスで、一騎当千とはいかずとも一般的な兵士三人分くらいの実力はある。…魔王軍の圧倒的なまでの強さにはこれでも敵わないのだが。


そして真打、勇者ことカイル・アリラハン・サッカーモンド(私)。一応この中では一番偉い事に(書類上は)なっているが、同時にこの中で最も貧相な格好をしているのも、この私である。

装備は軽さ重視で、アリラハン王国の一般的な登山服のみ。登山服ったって特別なものではない。ちょっと丈夫な私服レベル。

武器は…持ってない。いや、所有していない訳ではないのだが、今は所持していない。だって、鉄の塊を持ち歩くなんて重くて大変だからな。純粋に面倒なのだ。

しかし見た目とは裏腹に、間違いなくこの場で一番強いのは私だ。自分で言うのも何だが、リアルに一騎当千である。


この時点でこちらの勝利は揺るぎないのだが…兵士の皆さんは決死の覚悟であるご様子。


「勇者様はこれが初戦(はついくさ)でしょう?宜しければ、指揮を私に任せていただきたいのですが」


お願いの形を取っているが、これに拒否権は無い。

否とは言わせない、という圧力を感じる。


「隊長さん。何度も言ってますが、私は戦争なんてさっぱり分かりません。最初からそのつもりです。ですから、皆さんは皆さんのやり方で戦って下さい。私は私で好きにやりますから」


戦争に参加するのはこれが初だが、魔物や魔獣と戦うのは初めてではない。

彼らは集団戦闘に慣れているし、私は個人での自由な戦闘に慣れている。

それならば各々の得意とする戦いをするためにも、彼に部隊の指揮を任せ、自分は自分で好きに動いた方が良い。


「では、そうさせていただきます。…勇者様はどの様に戦うおつもりですか?我々は橋の上に陣取って、敵を食い止めるつもりでおりますが」


我々がこの橋を破壊しないのと同様に、敵もこの橋を無傷で確保したいはずだ。

ならば、橋の上にいるのが一番安全だろう。

橋の上にいれば、敵も下手に手を出してはこない。少なくとも、敵の派手な魔法は封じられる。


「では、あなた方には囮になっていただきたい。出来るだけ消耗を避けつつ敵の注意を惹きつけて下さい」


「…何か策が?」


実は、策なぞ無くとも勝てるのだが…苦労して勝った風を装う必要がある。


「逆渡河して、敵後背から奇襲を仕掛けます。その間、敵に気取られないよう囮役が必要です」


「初陣にしては手馴れておられますな。…仮にも勇者、といったところですかな?了解しました、その様にお願いします」


私は隊長さんと固く握手を交わした。


──大丈夫、貴方達を死なせはしないよ。


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