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第2章エピローグ「初陣」Part3


#ハーグ陸戦協定

捕虜は大切に扱いましょう、というルール。

しかし、ルールは破るためにあるのだ…



私はアリラハン王国の勇者であると同時に転生異世界人だ。

──この世界にとって、異質な存在だ。

私の行動にはいつも責任が伴う。


「お前達、急いで援軍を呼んでくるからな…!それまで絶対に持ち堪えていてくれよ!」


「頼んだぞ‼︎後方の部隊が援軍に来るまで、何とか橋を死守してみせるぜ!」


橋の向こうの魔族さん達にもバッチリ聴こえるように、私と隊長さんは大声で叫び合うと、拳と拳をごっつんこ。

私は如何にも必死そうな表情で、後方に向け駆け出した。


援軍を呼びに行ったはずの一番軽装の男が、まさかぐるりと裏に回って背後から奇襲してくるだなんて、流石の魔族さんでも考えもつかないだろうな。


木々の合間を縫う様に暫く真っ直ぐ走っていると、上空からバサバサと翼の音が聴こえてくる。

…まあ、そりゃそうだわな。

いくら何でも、タダで援軍を呼びになど行かせてはくれないだろう。そりゃ、あちらさんだって阻止しますわ。


──来い、ユリシーズ!


心中でその名を呼び、右手を頭上高く掲げると、手の中に転がり込む様に光り輝く剣が現れる。


魔を討ち払う剣──ユリシーズ。

剣としての本来の能力もさる事ながら、持ち歩かなくても使いたい時だけ呼べば使える…という全兵器史をひっくり返す様な超便利機能が備わっており、大変お世話になっている。


コイツが無かったら、私は武器なんて使おうという気すら起こらないだろう。

だって、武器なぞ無くても戦えるし。


「そろそろかな?──リープ!」


取り敢えず困ったら跳んどけ(リープっとけ)!…というマイセオリーがあるぐらい便利な跳躍魔法リープで、今回も取り敢えず跳ぶ。


ピラ王国東部は比較的温暖で、したがって森林の木々の密度が高く、こんな山中ともなると空が見えない。

薄暗かったのが、木々の枝の間からスポッと飛び出せば、一気に明るくなる。


「うわっ…!」


ビンゴ!跳んでビックリ跳躍魔法!

直ぐ目の前に、デビルワイバーンとそれに騎乗する魔族さんが現れる。(正確には、私が現れた側なのだが)

彼からすれば、援軍を呼びに行った軽装の人族歩兵を狩ろうと追っかけてたら、逆に待ち伏せされていた形になる。

流石に驚いて当然だな。しかし、その一瞬の隙が文字通り命取りになるのだが…


「やあ魔族さん!」


ご挨拶の言葉とほぼ同時に、ユリシーズを振りかぶる。

ユリシーズは直剣である。本来ならば斬るのではなく、これ突くか叩くかして使うものだろう。形状からして、斬るのには向かない。

でも、私はそんな事気にしない。…何故なら、素人だからである。だから、斬る。


「うわァァっ‼︎」


魔族さんは咄嗟に剣を抜くどころか魔法詠唱すらままならない。

恐怖の混じった叫び声を上げつつ、何とか攻撃を避けようと身を反らす。

…残念ながら、無意味なんだけどね。だって、乗ってる竜ごと斬るから。


「南無三っ!」


私が剣を振り下ろすと、大した抵抗も出来ずに魔族さんは真っ二つに。

痛みを感じる猶予すら与えぬ、一瞬の出来事である。


──なに?殺すなんて酷い?わざわざ殺さずとも良いじゃないか?

確かに。私の力を以ってすれば、殺すのではなく生け捕りにするのも容易いだろう。

でもね、悲しいけど戦争なのよねコレ。


敵である彼を生かす事がどれ程難しいか。仮に彼を生け捕りしたとして、その後も彼を生かしておく事は非常に困難だ。

…だって、捕虜の世話については私の管轄外なのだから。捕らえた後の彼の待遇まで私が責任を持つ事は出来ない。

ハーグ陸戦協定*みたいな捕虜に関する国際法も無いし、人権尊重とかいう概念も無い。

そんな世界での戦争捕虜の扱いなんて惨いもので、良くて奴隷、悪けりゃ拷問の末に死亡。今ここで死ぬよりも辛い目に遭うのは間違いない。


また、仮に無力化してここに放置したとしよう。

無力化と云っても、それは中々に難しい。ちょっと骨を折るぐらいでは、回復魔法で簡単に戦線復帰されてしまうからだ。武器を奪ったって、魔法で攻撃されるし…魔法で眠らせる事も出来なくはないが、魔族や魔物・魔獣はそういった魔法による状態異常に対する耐性が異様に高いので、これも厳しい。

簡単には治療出来ないレベルで、尚且つ死なない程度に…となると、外傷に加えて内臓も損傷させて──って、無理だろ⁈いやいや無理無理‼︎そんな事をしたら、即死はせずとも絶対最終的に死ぬ。

彼にとって、ここは敵地。彼が生き延びるためには味方と合流するしかないが、その前に確実に死んでしまうだろう。

よって、殺さず無力化を試みる事も無用な苦しみを与えるだけで、寧ろ非人道的である。


──だから、私は彼を殺したのだ。


「──フライ」


飛翔魔法を唱え、私はそのまま滞空した。


真っ二つになった、一人と一匹だったものは、重力に従って地へ落ちていく。そして、森の緑の中に埋もれてしまった。


「ふう…」


私は深呼吸をし、異様に早鐘を打つ心臓を落ち着かせ、狂った様に働く横隔膜を宥めた。


さて。敵の追手は返り討ちにした。

あとは敵を背後から奇襲するだけだ。

私が別行動を始めてから、まだ5分も経っていない。今から急いで向かえば、充分間に合うだろう。


前述の通り森の木々に遮られて、地上から上空を見る事は困難だし、逆もまた然りである。

よって、本来ならば隠密行動で空を飛ぶなど言語道断なのだが、今回ばかりはそれが許される。

一般に、地上を進むよりも障害物の無い空を飛ぶ方が速いというのは真理なのだ。


現在、戦場から直進距離で約1キロメートル強の位置。

森の中を駆けてきたので、自分では結構な距離を走ったつもりだったのだが、実際には幼少期の通学路くらいの距離だった訳だ。

地形を無視するなら、幼い頃の私でも数分で歩ける距離である。

飛ぶなら──ほんの一瞬。


数えるまでもないぐらいの一瞬で、私は戦斗上空に辿り着く。

一応奇襲目的なのだから、気付かれぬよう多少高度を上げつつ比較的低速で飛んだのだが、それでも殆ど一瞬のうちだ。

私はスピードを殺しながら下降し、ゆっくりと地に降り立った。


ばっちり敵の背後に降下完了。


人間は多かれ少なかれ魔力を有している。そのため、本来ならばこれ程近距離に迫ると流石に魔族や魔物・魔獣の魔力感知能力に引っ掛かる。

魔物や魔獣等の魔界に生息する生物は総じてこの能力を有しており、人間界でも魔界に起源を持つモンスターはかなり退化しつつも感知能力を持つ事が多い。

ただ、この能力は魔界の生物特有のものである。それ故、残念ながら、基本的に人族には関係の無い話だ。(一部例外もあるが)


人間を含めた全ての魔力を持った生物は、無意識に自らの魔力を空気中に放出している。主には呼気に含まれる形で体外に排出される(魔力は無臭なのでご安心めされよ)ため、息を止めればある程度は感知を防げる。しかし体表面からも微々たる量ではあるものの常に発されているので、完全に防ぐ事は非常に難しい。


特に、オクタントットウルフの様な魔獣の類は感覚器官が発達しているものが多く、魔力感知に関しても非常に優れている。

一説には、魔族の数千倍から数万倍とも言われる感知能力を持ち、極微量の魔力でも気付かれてしまうのだ。


しかし、この様に便利な魔力感知にも限界がある。それは、これが大気に依存する能力である事に原因がある。

つまり、空気を介して魔力を感知するので風向きによっては全く役に立たないし、魔力が空気中を流れてくるには時間がかかるので多少タイムラグがあるという事である。後述するもう一種類の魔力感知と比べれば、少々使い勝手が悪いと言えるだろう。


以上より、息を止めて速やかに奇襲を仕掛ければ、気付かれる前にこちらから攻撃出来る。


ユリシーズを両手に握り、私は木々の合間から飛び出した。


橋の上に陣取ってなんとか持ち堪えている味方と、それに群がる様にじわじわと追い詰めていく魔物達。

実際に戦っているのはデーモンソルジャーのみで、オクタントットウルフは戦術予備として待機している模様。…随分と余裕だな。

やはり橋の上という地形条件が有利に働いて、数的劣勢をカバーする事に成功している様だが、ゆっくりとでも後退しつつあるアリラハン王国軍ではそう長くは持つまい。


両軍共にローテーションで順繰りに交代しつつ戦っているが、質・数共に劣るアリラハン王国軍の方が消耗が早い。魔王軍の方はかなりの高頻度で最前列を後ろに下げて休ませ、体力を温存しているが、アリラハン王国軍は50人しかいないので魔王軍の様に余裕を持って交代出来る訳ではない。これでは長期戦になればなる程必然的に不利になっていくだろう。

おまけに、魔王軍は戦術予備のオクタントットウルフを温存しているのだ。王国軍が疲れ切ったところに元気なオクタントットウルフを投入されでもしたら、一気に総崩れとなるだろう。

…いや、実際に魔王軍の狙いはそれなのだろう。デーモンソルジャーで消耗させて、オクタントットウルフで勝負を決する…これなら、少々時間はかかるが、魔王軍側も少ない損害で橋を確保出来る。


つまり、今のところジリ貧という事だ。

圧倒的戦力差を前に、一応“ジリ貧”レベルに抑えているのは寧ろ上出来なくらいだが。

まあ、これは私の出番だな。


「ウラァァァァァァ‼︎」


突撃する際に何故かウラーと叫んでしまうのは見逃して欲しい。クセなのである。


「て、敵襲っ!」


魔族の指揮官が慌てて叫ぶよりもずっと早くにオクタントットウルフは動いていた。

魔獣達は私の姿を見るや否や、目を血走らせてこちらに駆けてくる。怖い。

まあ、予備兵力ってのはこういう時のために用意しておくものなのだから、当然と言えば当然である。


ちなみに本当なら、ウラーと叫びながら突撃するよりも、遠距離から大魔法をぶっ放して一気に殲滅してしまった方が楽である。私にはそれが出来るだけの能力があるのだから。

しかし、私がそれをしなかったのには理由がある。


先程、魔力感知には二種類あると述べた。

一つは、空気中に漂う魔力を感知するタイプで、嗅覚の一種と思われる。

これは魔界の生物なら性能の差異はあれどほぼ例外なく有するもので、かなりオーソドックス。

もう一つは、魔力そのものではなく魔力が使用された際に発される何らかの電磁波(?)、あるいは音波(?)を感知するタイプで、視覚か聴覚の一種と思われる。

こちらに関してはかなり珍しく、主に龍種(ドラゴンを含む、高等爬虫類)のみが有しており、一部の竜種(ワイバーン等、劣等爬虫類)が稀に保有している事もある…といった程度のレア度である。本来なら普通の人間がその存在を知る必要など皆無、というぐらいの珍しいものなのだが、なかなかどうして抗魔大戦では頻繁にお見受けする。

ここでは便宜上聴覚タイプと呼称する。


聴覚タイプに関してはまだ不明な部分が多く、もしかしたら我々の認識の一部に間違いが存在する可能性もあるが、今は置いておこう。

兎に角、今重要なのは、魔王軍の虎の子である飛龍がこの聴覚タイプの魔力感知を使えるという事実である。

魔王軍に於ける飛龍軍団の運用は少し特殊で、遊撃戦力として独立運用している様である。普段は人間界上空を飛び回ってパトロールしていて、もし人族の軍勢を見つけたり、大規模な魔力の使用を感知したりすれば、そこに駆けつけて上空から一方的に攻撃を加え、壊滅させるのである。

そしてこれが可能となるのは、飛龍が聴覚タイプの使い手であるからに他ならない。


流石に、ここに飛龍を呼び込むのは躊躇われた。

そうなると、己が剣と小規模な魔法のみによって戦わねばならない。


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